「美翔さん、子ども達大体入ったみたい」
「ありがとう、お母さんに伝えてくるね」
夕凪市民図書館のホールはみのりをはじめとした小学生の子ども達でごった返していた。
一週間ほど後に日食がある。夕凪市では皆既日食とはならないが、
かなり欠ける部分日食にはなるそうだ。

舞の父が天文学者であることは夕凪市では良く知られているので、今日は子ども達を相手に
図書館で日食についての解説を依頼されていた。本当は美翔家でこういった
授業めいた物をできたほうがいいのだが、そんなに大勢は入ることができないので
図書館ですることになっていた。

普段から図書館で子どもたち相手に人形劇をしている加代と宮迫が子ども達をホールに案内して、
予定時間の少し前にホールはほぼ満員になった。エアコンを少し強くしないと暑いくらいだ。
基本的には小学生向けの会だが、中学生の姿もホールの後ろの方にあった。咲に舞、
それに満と薫。高校生の舞の兄、和也もいる。舞と舞の兄は聴衆というのかスタッフというのか
微妙なところだ。――今も舞は、子ども達が大体入ったということを加代から聞いて
それをお母さんに伝えに行っている。

今日は考古学者の舞のお母さんも子ども達に少しお話をすることになっていた。
日食にまつわる神話を紹介するのだ。美翔家総出である。

子ども達のざわざわとした声は収まらないまま、このままずっと続きそうに見えた。
――と、舞がホール内にすっと戻って来て咲の隣に座った。
「始まるの?」
咲が囁きかけると、舞はええと頷く。
「お母さんも準備できたみたい」
「えー、お待たせしました」
図書館の職員がホールの前に設置された舞台からマイクで子ども達に呼びかけた。
ざわめきが徐々に静まっていく。
「それでは本日の日食勉強会、第一部を始めます。第一部は美翔可南子さん、
 日食と古代の神話についてのお話です。それでは皆さん、拍手でお出迎えください」
拍手なんてしなくても、と舞は思うが、素直な子ども達の拍手で会場は一杯になった。
舞台の袖から舞のお母さんが――今日はびしっとスーツを着こなしている――
拍手に応えるように手を振りながら出てきた。舞は少し心配そうにきゅっと手を握る。

あああ、と会場から声が漏れた。舞台の上でずるっと滑った舞のお母さんが頭から
転びそうになってぎりぎりのところでバランスを取り体勢を立て直す。
拍手が大きくなった。笑い声も。
「もう、お母さんってばあ……」
舞が思わず呟くと、咲がひそひそと
「でも、すごくいい雰囲気になってるよ。みんな笑ってて」
と囁きかける。
「そうなんだけど」
舞は少し不満そうだ。娘としては、こういう場ではどじなことをしないでいてほしい
ものらしい。

「えー、皆さんこんにちは」
「こんにちはー」という元気な子ども達の声が、少し照れ笑いを浮かべた舞のお母さんを
出迎える。
「それでは今度起きる日食。こうした日食は昔、昔から観測されていました」
お話が始まる。会場はすぐに静かになった。
舞のお母さんは、日本の天の岩戸の神話――太陽神が岩戸の中に閉じこもり地上が
闇に閉ざされたので、出てきてもらうために他の神々が飲めや歌えの大騒ぎをした話――が、
日食を元にしたものだという説があることや、中国や中南米の神話では
竜やジャガーが太陽を飲み込むことで日食が起きると理解されていたらしいという話をした。
スライドに映し出される神話の物語は子ども達にとって珍しい話らしく、
たまにあちこちから「へえー」といった声が漏れる。

子ども達の後ろで、満はふうんと思いながら舞のお母さんの話を聞いていた。
どの話も、初めて聞く話だ。太陽が大昔から緑の郷のあちこちで崇拝を集めていたらしいことが
次第に満にも理解できてきた。
――全ての泉の要となる泉が『太陽の泉』っていうくらいだものね。
そんなことを思い出して満は一人納得していた。

舞のお母さんの話の次は舞のお父さんだ。和也も舞台上に上がり、太陽と月、地球の
位置関係を示す模型のセッティングなどを手伝っていた。
舞はそれも、どこかはらはらとした表情で見つめている。

「みんな、こんにちは」
舞のお父さんの方がこうした会に慣れているのか、月が地球と太陽の間に入って
日食が起きるという話が滑らかに始まった。
スライドでは過去の皆既日食の映像が流される。ダイヤモンドリングで感嘆が起きた。

「……それで、最後にみんなに注意だよ。たとえ日食中でも、太陽の光というのは
 ものすごく強いんだ。観測する時には必ず日食グラスという、専用の装置を
 用意した方がいいね。お父さん、お母さんが子どもの時にはガラス板に煤をつけたり、
 撮影していないネガフィルムの黒い部分を通して太陽を観察したことも多いんだけど、
 それも目に与える影響が大きいのでやらない方がいいということがだんだん分かってきたんだよ。
 少し大きなデパートや科学の本を扱っている本屋さんに行けば最近は置いてあることが
 多いから、事前に準備しておくといいね。分かった人?」
はーい、という声があちこちから起きる。
ぱっとホール内の照明がついた。まぶしそうに子ども達が目をこすっている。
「はい、美翔先生に説明していただきました。みんな、もう一度大きな拍手!」
図書館員さんの指示で最後の拍手が沸き起こった。やがて舞台が空になり、子どもたちは
ホール後ろのドアから順番に外に去っていく。

「舞」
ホールを出てすぐのところで何となく舞のお父さん達を待っていた咲たち四人のところに、
和也が近づいてきた。
「あ、お兄ちゃん。お疲れ様」
「お疲れ様でしたー、和也さん」
咲にいやいやというように手を振ると、和也は改めて舞を見て
「今日は久しぶりに家族で外食しようってさ。レストランの予約取ってたみたいなんだ」
「え? そうなの?」
「うん。僕たちに話すの忘れてたらしい」
「もう〜」
心底呆れたように舞はため息をついた。
「車で行っても少し時間がかかる場所だから、すぐ行こうってさ」
「突然なんだから」
眉を八の字にしている舞のところにお父さんとお母さんが連れ立ってやってくる。
すぐに咲たち三人が舞のそばにいるのに気づき、
「ああ、みんな来てくれたんだね。今日はありがとう」
「私たちこそ、ありがとうございました! 面白かったです!」
舞の両親に咲がお礼を言う。ふふ、と舞のお母さんはおかしそうに笑うと、
「今日も転んじゃった」
と顔を赤くした。
「もう、昨日もあんなに気をつけて歩く練習してたのに」
「やっぱり転ぶ時は転ぶみたいね〜」
不満そうな舞にお母さんが軽く答える。聞いている咲は思わず笑ってしまった。

「それで、舞。和也から聞いた? これから車乗っていくわよ」
「は〜い。……えっと、じゃあみんな……」
舞はくるりと咲たちを振り返った。
「うん。また明日ね、舞」
「じゃあね」「また明日」
咲と満、薫が口々に答えると舞も「また明日」と手を振って家族に囲まれその場を立ち去った。

「やっぱり格好いいなあ、舞のお家って」
咲がしみじみと呟くと、
「そう? 咲の家だって格好いいじゃない」
と満が不思議そうに尋ねる。薫も満に同意するように頷いた。
「うーん、やっぱり何か、違うよ」
「そうかしら……」
満は納得できていないような様子だ。と、ホールから飛び跳ねるようにしてみのりが
出てきた。

「あ、薫お姉さん!」
みのりがぴょんと薫に抱きつく。
「ちょ、ちょっとみのり」
咲が慌てて止めようとするが、みのりはそれとは関係なく薫から離れて再び
薫を見上げた。

「あのね、薫お姉さん。これから何かご用事ある?」
「ないわよ。どうかしたの?」
「日食とか、太陽とかの本を借りていこうと思うんだけど、薫お姉さんにも
 一緒に来て欲しいの。高いところにおいてあるご本もあると思うし」
「もう、みのり。何でもかんでも薫に頼まないの」
咲の言葉に「いいの」と薫は答え、
「じゃあ、行きましょう」
とみのりの手を取った。
「うん!」
にっこり笑ってみのりは薫に掴まる。二人の姿はすぐに図書閲覧室の中に吸い込まれた。

「……帰ろっか」
「そうね」
咲と満は顔を見合わせて少し苦笑した。お互いの姉妹を、相手の姉妹に取られてしまったような
格好だ。

図書館の外に出ると、辺りは柔らかな橙色の光に包まれていた。咲と満はその中をゆっくりと
歩き始める。
海沿いの道に出ると、太陽が海を黄金色に照らしていた。
思わず咲も満も足を止め、その光景に見入った。満がちらりと咲の横顔を見ると、
咲の髪の毛も陽光を浴びて金色に染まっていた。……ふと、満に悪戯心が沸き上がる。

「咲」
後ろからきゅっと咲を抱きしめる。
「ん、どうしたの満……うわあ!?」
突然自分の身体が宙に浮いて咲は悲鳴のような声を上げた。もちろん、咲の
背後の満が空へと飛び上がったからだ。数秒後に二人はひょうたん岩に着陸していた。
「ど、どしたの満?」
やっと身体を解放されて咲は落ちないようにひょうたん岩の突端をしっかり掴みながら
満に尋ねる。
ひょうたん岩に立ち、ふふ、と満は悪戯っぽく笑った。

「ここなら、中々誰からも見つからないわよね。咲の姿」
「満?」
咲は首を捻った。満は上機嫌だが、言っていることが良く分からない。

「昔言ってたでしょ。咲が太陽で、私が月だって。だったら、私が咲をみんなから
 隠したらこれが日食ってことよね」
「満〜」
やっと満の意図が分かって咲はしょうがないなあというような笑いを浮かべた。

「ずっとこうやって咲のこと隠してたら、みんなが咲を取り戻すために
 飲めや歌えの大騒ぎを始めるのかしら」
「一足早いお祭りだね! 始まったら出て行こうよ、二人で」
咲も満の冗談に付き合う。
「ふふ、そうね」
笑った満の隙を見逃さずに咲はぐいっと満の肩を掴むと座らせる。
「咲?」
「えへへ、こうしたら満のことも皆から見つからないよ」
「え? ええ……」
「こうやって満のこと隠してたら、きっとみんな、満を取り戻すために大騒ぎするよ」
「そうかしら?」
純粋に疑問だと言いたげな満に「そうだよ」と咲は大きく頷いた。

「鯛や平目の舞踊りがきっとあるよ!」
「そ、それは……」
満は、そんなの見せられても、と言いたそうだ。
「みんな、満のこと大事なんだから」
「そうかしら?」
「そうだよっ!」
絶対そうだよ、と咲は請合う。

「じゃあ、ここで咲と私、二人でこうしててお祭りが始まるの待ってみる?」
「それでもいいよ」
「本当に?」
満はじっと咲の目を見た。咲もその目をまっすぐに見返す。

「みんな、絶対満のこと探して大騒ぎするもん。それは間違いないよ」
「……そう」
ふっと満は息をつく。でもここじゃ駄目ね、と呟くと再び咲を抱いて飛び上がり
海岸に戻った。
「満?」
「あの場所じゃ、すぐに薫にばれて怒られるもの」
満はぺろりと舌を出した。
釣られて咲も「そっか、そうだよね。薫にはすぐわかっちゃうよね」
と笑う。

「本当に誰にも見つからない場所見つけてからね。二人で隠れるのは」
そういって悪戯っぽく笑う満の顔を夕陽が明るく照らしている。
咲は明るく輝いている満の顔を見て少し安堵した。

-完-

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