「はう……」
咲はテーブルの上に突っ伏して情けないため息をついた。
日向家の冷蔵庫から冷たい麦茶を出してきた満が「絶不調?」と尋ねて
コップを出す。

「ありがと。……絶不調だよ、ここ最近ずっと練習できないんだもん……」
咲は恨めしそうに窓の外を見た。雨が窓に打ち付けている。
梅雨の初めころはまったくと言っていいほど雨が降らなかったが、最近になって
思い出したようにずっと雨が続いているものだから、ソフト部の練習はいつも
夕凪中学の中で階段を走って登ったり降りたり、そんな単調なものになっていた。

夏の暑さとは一味違う、梅雨特有の湿度の高さのせいでますます身体から
気合が抜けて行くような気がする。


「仕方ないじゃない、雨なんだから」
「そりゃそうだけど」
どこか不満そうな咲を尻目に、満は自分の通学鞄の中をまさぐる。
中からはPANPAKAパンの紙袋が出てきた。

「おやつ?」
うん、と頷き満はにこにこと紙袋の中からパンを取り出す。――と、
すぐに異変に気づいた。

「何これ……何か、メロンパンに色がついてるんだけど……」
「ん?」
咲は立ち上がり満の傍による。これなに? と聞くように満が手の中のメロンパンを
見せる。わっと咲は声を上げた。

「満、それカビ生えてる! 食べちゃ駄目!」
「え? そうなの? でも勿体無い……」
「メロンパンならうちで売ってるの一つ持ってっていいから! それは
 絶対食べちゃ駄目、病気になっちゃう!」
ばっと咲は満の手からメロンパンを取り上げ、そのままゴミ箱に直行させる。
満は少し悲しそうにそれを見ていた。
咲は大股に店の方に出て行くと今日焼いたメロンパンを持ってきた。

「……昨日、明日食べようと思って取っておいたのに……」
咲に貰ったメロンパンを食べながら満が呟く。その表情は浮かない。
どこか未練がましく、先ほどのゴミ箱を見ている。

「この時期は仕方ないよ。湿気が多いからどうしてもね」
「……折角取ってあったのに……」
ああもう、と咲は頭を抱えて天井を見た。さっきまで愚痴をこぼしていた
自分と今の満が入れ替わってしまったように思える。

「満、じゃあちょっと泳ぎに行こうよ」
「どこへ? 今日は雨だから、どこに行っても」
「いいから。行こう」
咲に背中を押されるようにして満は立ち上がった。

咲は水着と、ついでに体育着も持って家を出る。一度満の家に寄り、満も
同じ支度を持って出てきた。

「で、どこで泳ぐの?」
傘を並べて歩きながら、満が尋ねる。

「満はまだ行ったことないんだよね。いつでも泳げるところがあるんだよ」
足元の水を小さくとばしながら二人は歩く。しばらく歩いて、夕凪町の体育館に出た。

「ここ、ここ。市民プールがあるんだ。来るの初めてでしょ?」
こくんと満はうなずく。古びた壁にかかる「総合体育館」の文字も、
少し汚れて見えにくくなっていた。雨がその文字に当たっては散っている。

ここはプールや体育館といった、運動するための場所がいろいろと
そろった施設である、と咲が建物の中に入りながら教えてくれる。

「そんなに大きなプールじゃないし、人がいつもたくさん入ってるから
 本当に競技用の練習したい人はここでは泳げないと思うけど。
 今日はのんびり泳いで体を冷まそうよ」
「建物の中にプールがあるのね」
「うん、だから冬でも泳げるんだよ、本当なら。冬は利用者が少ないから、
 最近はずっと閉鎖されちゃってるけど……」
運動を終えて帰っていく人々とすれ違いながら、咲と満は白い壁に囲まれた階段を上っていく。
汗の匂いや水の匂いが混ざり合っているような、不思議な香りが漂ってくる。

3階まで上ると、咲は「ここで受付なんだよ」と言って、
「市民プール入り口」と表示されている扉を開ける。
むっとこもった熱気が流れ出してくる……はずである。
しかし実際には、空気はよどんだまま、ちっとも動こうとしなかった。

「あれ?」
首を少し傾げるようにしながら扉の向こうに入り、受付の机に置かれている札を見て
咲はがっくり肩を落とした。

「どうしたの?」
後ろから満がひょっこりと顔を出す。無言で指した咲の指の先には、
「ボイラー故障のためしばらくの間お休みします」
と書いてある。

「あら……」
「うう……水に入ったら絶対気持ちいいと思ったのに……」
「仕方ないわよ、故障なら」
「ごめんね、満。期待させちゃって」
「別にいいわ」
そのままくるりと向きを変え、帰ろうとしている満の腕を咲はぎゅっとつかむ。

「咲?」
「折角だからさ、何か運動していこうよ! どっちにしてもこの雨じゃ
 外で運動なんてできないもん!」
「いいけど……」

満を引きずるようにして咲は渡り廊下を通り体育館のある別棟の方へと移動する。
プールがある建物と比べ人の数が明らかに多い。

少し奥まった場所にある「使用予約・受付」と表記のあるカウンターに咲は
近づき――今度は中にちゃんと係りのお姉さんがいた――、何か空いてますかと尋ねる。

「どんな施設をご希望ですか?」
「何でもいいんですけど、二人で運動できるような……」
お姉さんはやや眉を顰めた。

「二人……ですか。卓球場は一杯だし、バドミントン用のコートも一杯ですね」
「どこか空いているところ、ありませんか?
「今日はどこも一杯で……」
咲の向こうから聞こえてくるお姉さんの声を聞きながら、満は今日は無理そうね、と思う。

――雨なんだし。動いてさっぱりしたい気持ちは分かるけど……、

「どこか、他にありませんか?」
「他と言っても……ああ、バレーボール用のコートなら空いていますけど……」
すまなさそうに言うお姉さんの言葉を咲は聞き逃さず、

「じゃあそこ、使わせてください!」
「バレーボール以外の競技は禁止されていますけど、いいんですか?」
「構いません!」
自信たっぷりに咲は押し切る。

「い……いいの、咲?」
「うん満、早く行こうよ!」
お姉さんから受け取った鍵をぶらぶらさせながら咲はバレーボール用のコートに向う。
ここの施設は、見学する人は自由に出入りできるが実際にコートなどを使用する人は
鍵を開けて入る形式になっている。

ロッカールームで運動しやすい格好に着替えると、二人ともコートに出た。
緩んでいるネットを協力して固く張る。

「で? ここでどうするの?」
ぽーん、ぽーん、と白いバレーボールを床につきながらネットの向こうの
咲に満が問いかける。
何を今更、というように咲は答えた。

「早くバレーボールしようよ!」
「……二人で?」
「うん! 一対一の、シングルスのバレーボールってことでやろうよ」

――テニスじゃないんだから。

とは思ったものの、「じゃあ行くわよ」と一旦コートの外に出ると、
高くボールを投げ上げて「行くわよ!」という声と共にジャンピングサーブ。

「ナイスサーブ!」
咲は叫ぶとレシーブに入りボールを受けて高く打ち上げ、落ちてきたところを、
「いくよ、満!」
とこちらのコートにアタックを決める。

――なるほど、そういうルールね……

咲のアタックをレシーブしたボールはそのまま緩やかな軌跡を描いて
向こうのコートへと入っていった。

「チャーンス!」
ばっと飛び上がると咲は来たボールをそのまま床に打ち付けるようにアタックしてくる。
だが満の動きの方が速かった。
床に落ちる寸前、腕を伸ばし床とボールの間に差し入れるとそのまま球を上げ、
一度トスをする。
更にアタックをしようとすると、咲の腕がにゅっとコートの上に伸びてきた。

「はああっ!」
気合一閃、腕と腕の間にボールをねじ込む。
咲の腕をかすめ、ボールは咲側のコートに落ちた。

「あ〜、点、取られちゃった」
「点って……、そもそもこれ、どんなルールよ……」

転がったボールを拾ってきた咲は「それじゃ満、今度はこっちからサーブするよ!」
と構える。

――まあ、いいか……咲が楽しんでるみたいだし。

満はぐっと構える姿勢をとった。




「あ〜あ、マジどこも一杯だね」
「仕方ないわ、雨だもの。みんなここに来てるんじゃない?」
仁美と優子の二人組もこの施設に来ていたが、この時は本当にどこも一杯で
仕方なくぶらぶらと運動している人たちの様子を見ていたのだが、バレーボールコートの
ところで足を止める。

「あれ? 咲と霧生さん?」
「あ、本当だ。……二人だけ?」
上から見ていても、咲も満も汗だくで動いているのが分かる。
満のコートにボールが落ち、試合が中断したのを見て仁美は
「咲ー! 霧生さん! 何やってるのー!」
と呼びかけてみた。突然降ってきた声に咲が「あ、仁美!」と手を振る。

「丁度良かった、仁美も優子も一緒にやろうよ! ダブルスにしよう!」
「マジ!? なんなんだか、バレーボールのダブルスって……」
その時、ボールを持ったままの満がくるっと仁美たちの方に向いた。
額に流れてきた汗を拭いて、かすかに笑う。そのまま何も言わずにコートの外に出て
サーブを打とうとしている。

「霧生さんも楽しそうだね」
「マジでね。あんな無茶苦茶なゲームなのに、咲に付き合ってるなんてね」
「行ってみる?」
「そうしてみようか、どうせ暇だし」

二人は着替えると階段を降り、咲と満のいるコートへと足を運んだ。


-完-

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