「満……」
咲は腰掛けている満の後ろから手を回した。咲の腕が満の肩を抱きしめる。
「どうしたの」
振り返りもせずに満は尋ねる。咲はすぐには答えずに、腕に力を強く込めた。
「……痛いんだけど」
満は咲の腕から温もりを感じながら、しかし平静を装って呟いた。
視線は真っ直ぐ前を見ていながら、意識は自分の後ろに立つ咲にばかり集中している。

「ごめんね」
咲はやっと満から腕を放した。空気が満の首筋を這って行く。
「どうしたのよ」
満はようやく後ろを振り返り咲を見た。――咲の目に涙が溜まっている。
大きな目から今にも零れ落ちてきそうだ。

「また、泣いてるの?」
「だって、涙は嬉しいときにも出るんだよ」

満と薫は長い眠りから目覚めた。――満と薫自身、アクダイカーンに逆らったときに
消滅を覚悟していた。ただ自分達の友達を守ることができればいい、そう思っていた。
二人はずっと意識を失ったまま、咲と舞の声で目覚めた。
――会いたい……!
意識を取り戻した二人が最初に思ったのはそのことだった。

咲に会いたい、舞に会いたい、みのりに会いたい、美しさを取り戻した空の泉も見たい。
二人は言う事を聞かない身体を必死に動かそうとした。
アクダイカーンの攻撃を直接受け止めた身体はその機能をほとんど失い、
まるで二人の意思は働かなかった。

――会いたい……!

ダークフォールの湖底である。光は届かない。二人は意識がはっきりとするにつれ
焦りを感じ始めた。身体は意のままにならないまま、気持ちだけが強くなっていく。

――あの時の力が戻ってくれば……
満は願った。アクダイカーンの攻撃から咲舞を守ったとき。
初めて誰かを守るために自分の力を使った時、あの時はいつもよりもずっと強い力を出せた。

「くぅ……」
声が漏れる。隣の薫も同様だった。
時間が過ぎる。ただ過ぎて行く。二人が絶望の底に沈みそうになる気持ちを
必死に奮い立たせているとき、二粒の穏やかな光が二人に届いた。
二人は再び自由を取り戻し、咲と舞の傍らに戻ったのである。


「パンを食べたいわ」
帰ってきた満が言うので、咲と舞は満と薫を連れてPANPAKAパンにやって来た。
舞と薫はまだパンかケーキを選んでいるはずである。
満は迷わずパンを選び、咲は満の分と自分のジュースを運ぶことにした。
ジュースをテーブルの上に置くと、ついつい、座っている満に抱きついてしまったのだ。

「どうしてそんなに泣くのよ」
「だって、満と薫が帰ってきてくれたんだよ!?」
呆れたような、冷静な満の言葉に咲は涙目のまま反論する。
「それがそんなに嬉しいことなの」
「嬉しいよ! 当たり前じゃない」
自分の方を向いた満をもう一度咲は抱きしめた。満の顔が咲の胸に押し付けられるような
状態になる。

「咲?」
「満、帰ってきたんだよね。本当に帰ってきたんだよね」
「何を言ってるのよ……本当に決まってるじゃない」もぐもぐと満は答える。
「だってさ……」
咲は満を放した。咲の目は、今はもう完全に泣いていた。
「すごく……すごく悲しかったんだよ。二人がいなくなって」
「そう」
「『そう』じゃなーい!」
突然大声を上げた咲に満は一瞬たじろぐ。
「夢も何回も見たし。二人が帰ってくる夢。でも、起きたらやっぱり二人ともいなくって」
「……」
咲はまた優しい目になって続ける。

「だから、何か信じられなくってさ……満と薫が帰ってきてくれて、
 本当に嬉しいんだ」
「……」
満は黙って聞いていた。
咲は満に、一番言いたかったことを言う。

「満、ありがとう」
「何が?」
「私たちの世界に戻ってきてくれて」
「……私も薫も、自分の希望を果たしたかったのよ。お礼なんて言う必要ないわ」
「ううん、そんなことない。……ねえ、満?」
「なに?」
「もう居なくなったり、消えちゃったりしないでね」
「……」
「もうあんな、悲しい思いはしたくないよ。ずっと私たちと一緒にいよう」
「そうね……」
満は呟いた。自分の心に嘘はつかない。それは薫と同じように、満も思っていたことだった。


咲たちの世界にずっといる。満と薫もそれを強く願っていた。
ただ――、
”アクダイカーン様に産み出されたご恩を忘れたか”
――いずれ、全てのカタはつけなくてはいけない……

このまま緑の郷で何事もなかったように生活できればいいが、そうもいかないだろう。
ダークフォールは絶対に自分達を許そうとはしない、と満は思った。

「満、私の話聞いてる?」
「き、聞いてるわよ」考え事を中断されて満は慌てる。

「じゃあ、約束だよ。絶対居なくなったりしないって。今度は必ず守ってね」
「『今度は』?」
「だって満、前数学教えてくれるって約束したのに教えてくれなかったじゃない!」
咲は笑った。

「一学期の数学、散々だったよ」
「それはあなたの努力の問題よ……そういえばテストってのもあったわね、緑の郷には」
「そうそう、もうすぐ期末テストなんだよ、一緒に勉強しよ」
「一緒に?」
「だって二人とも長い間留守にしてたからこれから頑張らないと」
「休んでた分教えてもらうなら舞のほうがいいわ……舞だけでいいわ」
「そ、そんな〜!」
「食べるわね」
騒いでいる咲を横目に満はさっさとメロンパンをぱくつく。店の方から薫と舞がやってくるのが見えた。

-完-

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