満さんがPANPAKAパンを手伝うようになって数年がたつ。
初めは私たちと同じように忙しいときに販売のお手伝いをするだけだったけれど、
今はパンやケーキを作るお手伝いもしている。満さんが焼いたパンがお店に並ぶことも
最近は良くある。お客さんに買ってもらってもいいようなできだと咲のお父さんたちが
判断したみたいで――満さん本人も、もう毎日のようにPANPAKAパンで働いている。
それでも大学で必要な単位はちゃんと取っているから満さんはすごい。
……薫さんは、「当然よ」といっていたけれど。

「舞ー、今から帰るところ?」
「あ、満さん」
今日の最後の講義が終って大教室から帰ろうと支度をしていると、満さんが後ろから声を
かけてきた。コートを羽織って、少し大きめのバッグを軽そうに持っている。厚手の教科書を
かばんの中に綺麗に入れるために少し手間取っていると、
「へえ」
と満さんが呟く。
「どうかした?」
やっと入れ終えて鞄を肩にかけると満さんはくすりと笑った。

「そんな教科書だったっけ、って思って」
「買ってないの?」
私が尋ねると、満さんはちろっと舌を出した。
「授業が分からなくなったら買えばいいやって思ってたらそのままになっちゃったの」
ふふ、と私も満さんに釣られて笑った。こんなだから、満さんは大学に行きながらPANPAKAパンのお手伝い
――もう、アルバイトと呼んだ方がいいけれど――をしっかりできるのだ。

「今日は、薫さんは?」
「ナントカ美術論とか、そんなの取ってるって言ってたわ。少し授業時間が長いらしいの。 ……舞は、それ取ってないの?」
「私は前期で受講したから」
「ああ、そうだったの」
「今日はPANPAKAパンはお休みの日だっけ?」
隙間風が吹き込んで妙に寒い大学の廊下に出た。満さんも私も一瞬身をすくませる……が、
我慢して歩き始める。

「そう」
本当は毎日行きたいんだけど、と満さんは答えた。
「おじさんが、大学もちゃんと行かないと駄目だって」
「うん……」
咲のお父さんやお母さんは満さんや薫さんのことをどこまで知っているのだろう、
と私は思った。

満さんと薫さんはダークフォール消滅後も緑の郷の精霊達の力を得て私たちのそばに
留まってくれた。事務的な色々のことはフィーリア王女の不思議な力で何とかなったみたいだ。
私たちも中学生の頃はそうしたことを良く分からなかったし、満さんや薫さんは
もっと分からなかったから、「これまで特に困ったことがなかった」というだけなのだけれど。
でも、フィーリア王女の力でも家族だけは作れない。……だから満さんと薫さんは今も
二人暮しをしている。
私も咲も、家族から満さんたちのことについて聞かれることがたまにあった。
こんなに仲良くしているのだから当然だけど、その度に満さんたちの家のことは
何となくごまかしてきていた。

たぶん、咲のお父さん達も満さんや薫さんのことを詳しくは知らないはず。
でも満さんたちがずっと二人だけでいることは気がついていると思う。
だから、咲のお父さん達は……
「ねえ、舞?」
満さんの言葉で私の考え事は中断した。
「あ、うん」
「時間ある? ちょっと付き合ってほしいところがあるんだけど」
「うん、大丈夫」
「じゃあ、こっち」
私たちの家の方に曲がる道の方ではなく、大通りの方に満さんは
歩いていった。私もそれに続く。
風に吹かれた黄金色の銀杏の葉が私たちの足を掠めるようにして転がっていった。

「……」
「……」
向かい合わせに座って私たちは無言だった。
どうしてこんなことになっているのだろうとちょっと考える。

二人で入ったのは全国的なチェーン展開で知られるケーキ屋さんだった。
少し奥まった二人用の席。
私たちの間にあるのは、ケーキが12種類×2つずつ、計24個。

「……」
満さんは無言でフォークを口に運んでいる。

「あの……」
何? と問い返すように満さんは目をわずかに細めた。
「なんでこんなことに?」
「……、舞はどう思う?」
何が? と私は聞き返しそうになる。と、満さんが気づいたようにくすっと笑った。

「そっか、まだ説明してなかったんだっけ」
「?」
顔中を疑問符だらけにしている私を見て、満さんはフォークを置くと改めて座り直す。

「舞は、どんなケーキがいいと思う?」
「え?」
「クリスマスに、どんなケーキ食べたい?」
クリスマス? まだ11月になったばかりなのに。困惑している私を満さんは
少し面白そうな顔で見つめている。

「えっと……」
満さんはまだじっと私を見ている。何か答えないと許してくれそうにない。
「咲のお父さんが作ってくれるケーキ……みたいな……」
「やっぱりね」
満さんは軽くため息をつく。私はそのがっかりしたような口調が気に掛かった。
「やっぱり……?」
「私もなの」
満さんはモンブランにフォークを刺して一口食べた。
そのままフォークを皿の上に戻し、肘を机の上について掌の上に顎を乗せながら横を見る。

「私も、クリスマスには『咲のお父さんが作ってくれるみたいなケーキ』が食べたいの」
どうしてそんなに浮かない顔をして言うんだろう。私には腑に落ちなかった。

「満さん?」
「……」
少し沈黙が流れる。
「でも、どうしたら『咲のお父さんが作ってくれるみたいなケーキ』ができるのか、
 それが分からなくて」
「咲のお父さんに、教えてもらったら……?」
「できないわ」
満さんは私のほうにちらっと目を向けた。目が少し笑ったような気がした。

「どうして?」
「課題を出したのがおじさん――咲のお父さんだから」
「課題?」
「PANPAKAパンのクリスマスケーキって、いつも基本2種類でしょ?」
急に満さんが真面目な顔になる。
「もし、私がいいアイディアを出せれば、私の考えたケーキを合わせて3種類
 出すようにしてもいいって言ってもらえて」
「え!? それって、満さんの考えたケーキがお店に出るってこと!?」
満さんは恥ずかしそうに頷いた。
「そう。……でも、だからおじさんに教えてもらうわけにはいかなくて……」
「それで、たくさんケーキを食べてるの?」
こくりと満さんが頷く。このペースで食べていて太らないのかとも思うけど……満さんなら
平気なのかもしれない。


「PANPAKAパンでいつも食べているようなケーキにしたいけど、具体的に
 どうしたらいいか分からないのよ」
モンブランを食べ終えると、満さんはチョコレートケーキのお皿に手を伸ばした。
それから私の視線に気がついたようで「……何?」と尋ねる。

「あ、ううん、満さんと薫さんって似てるなって思って」
「今頃そんなこと言う?」
「うーん」
私はちょっと悩んだ。満さんは多分、言葉の意味を私の意図とは違う方向で捉えている。

「今の満さんと絵を描いてるときの薫さん、似てるわ」
「えー?」
満さんはあからさまに意外そうな顔をする。……うん、こういう表情は
薫さんはあまりしないかな。

「顔が似てると言われるのはよくあるけど、絵を描いてるときの薫に
 似てると言われたことはないわ」
「そう? 満さんが何かを真剣に考えてる時の顔、薫さんに良く似てるけど」
「……そうかしら」
満さんはなんだかちょっと不満そうだ。

「ね、満さん」
「ん?」
「さっきのケーキのこと」
「ああ……」
「満さんの、一番好きな場所に行ってみたら?」
「私の、一番好きな場所?」
きょとんとした表情で満さんは私の言葉を繰り返す。

「うん……、私、ケーキのことは分からないけど」
私も満さんと同じようにチョコレートケーキをつつき始めた。
「絵のアイディアが纏まらない時に、好きな場所に行ってみると
 突然まとまることがあるの。だから……」
「ふうん……」
満さんはテーブルを見渡す。まだ手をつけてもいないケーキが12個。

「じゃあ、舞。早く食べましょ」
「え?」
「残すなんてできないもの。お日様が沈む前ならいけるわ。私の一番好きな場所」
黙々と、私たちはケーキを食べ始めた。

「……舞、大丈夫?」
ケーキで甘く膨れたおなかを抱えて、満さんの「一番好きな場所」についた頃には
もう夕暮れが迫っていた。少し苦しそうな顔をしている私を満さんが心配してくれている。

「1つ2つ、私にくれれば良かったのに」
「ううん、美味しかったから……」
満さんの好きな場所は、やっぱりここ。大空の樹の下。当たり前みたいに樹の幹に
抱きつこうとして、私たちはもう一つの人影に気がついた。

「満、舞……どうしたの」
透き通るような声は薫さんのものだ。

「どうもこうも、別にないわよ。ペッタンコしにきただけ。薫も?」
大学からそのまま直行してきたらしい薫さんは満さんの言葉に無言で頷く。
「何となく来たくなって……咲は?」
きょろきょろと薫さんはあたりを見回した。
「今日はソフト部のミーティングがあったはずよ」
「ああ、それで」
今日はいないのね。と薫さんは納得したように呟き、そっと樹の幹に腕を広げる。
目を閉じた満さんと薫さんの顔はいつもと違ってすごく無防備で、
私はやっぱり二人が似ていると思った。

「……」
しばらくして満さんも薫さんも樹から手を離す。後ろに二、三歩下がって、
満さんの足が止まった。その場にしゃがみ込む。

「……松ぼっくり? こんなところに……」
このすぐ近くには松の木はない。どこかから風に吹かれてきてここに落ちたのかもしれない。

「……」
満さんはそれを拾い上げて、見つめながら黙っていた。

「満?」
どうしたの、と薫さんが声をかける。
「なんか……まとまりそうな気がしてきた」
「え?」
「ケーキのアイディア……何となく、見えてきた。
 ごめん、私帰る!」
満さんは鞄を持って駆け出していってしまった。薫さんが呆れたように私を見る。

「満、どうかしたの?」
「聞いてない? クリスマスケーキのこと」
「聞いてないわ」
私と薫さんは夕日の中を、満さんに追いつかないようにゆっくりと歩いて帰る。


……後で分かったことなのだけれど、丁度その頃咲も家に着いていた。
「ただいま! あれっ、今日は満は?」
「今日は大学だよ。満ちゃんだっていつも来れるわけじゃないんだから」
「咲、ちょっとサイズ合わせたいんだけど……」
そういって、咲のお母さんは咲にある服を着せたそうだ。

「お母さん、これってどういうこと?」
「ああ、クリスマスに満ちゃんに渡そうと思って。咲でサイズ合わせておけば
 大丈夫でしょ?」
「これ、満に? 満、すっごく喜ぶよ!」
満さんへのプレゼントは、咲のお母さんが店でいつも着ているのと同じデザインの服。
この年のクリスマスから、満さんは本当にPANPAKAパンの一員になった。

-完-

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