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「ということで……、」
翌日の朝練。咲はソフト部員一同6人の前に満と薫を立たせて紹介した。
「緊急事態だから、満と薫に手伝ってもらうことにしたのでみんなよろしくね!」
よろしくお願いします、とソフト部員が頭を下げる。満と薫も慌てて頭を下げた。
「それで、今度の試合はこういう打順と守備にするから!
 え〜と、一番レフト原田さん、……」
全員の分を読み上げると、いつもと違う守備につくことになった部員は
少し不安そうな顔をしていた。
「とにかく、今日はまず守備練習で。みんなそれぞれ、守備位置について〜!」
はいっ、と部員達は答えて今読み上げられた守備位置についた。
満もサードの仁美に教えられながらショートの基本位置についている。
薫はホームプレートの後ろに行こうとして、
「あ、ちょっと待って薫!」
と咲に止められた。
「え?」
「薫は私とバッテリー組むから、まず私と2人で練習しよ。えっと、プロテクターつけて……」

――そっか……真由美も出られなくなっちゃったんだ
二年生ピッチャー、宮崎夏美はライトの守備につきながら咲と薫がキャッチボールを
始めるのを見ていた。2人の霧生先輩のことは宮崎夏美も知っている。
運動神経抜群だがどこの運動部にも入らず、勿体無いと思っている人が大勢いることも。

篠原先生が打った打球が鋭く二遊間に走った。
満がぱっと飛びつきキャッチすると、一塁に送球する。
――う〜ん、さすが霧生先輩。運動神経いいって言われてるだけあるなあ……
そう思っていると、横の方からばしんと重い音がする。

「うん、薫そんな感じでキャッチングして!」
咲が薫を座らせてボールを投げ込んでいる。
「じゃあちょっと速いの投げてみるね」
咲がぐっとグローブを構えた。夏美が見ていると、咲がぶんと全力で投げ込む。
ストライクゾーンからは少し外れた。
薫はやや腰を浮かせ気味にして、それでもしっかりとキャッチする。
「咲。これはボールじゃないの」
「うん、次はストライクにするよ」
薫からの返球を受けて咲は苦笑した。

――あっちの霧生先輩も……キャプテンの球しっかり受けてるなあ……
安定感は太田先輩並だと夏美は思った。
キャッチャーがしっかり球を受けることができないとピッチャーは思い切った
投球をすることができない。
太田優子はその点で抜群の安定感を誇り、それが夕凪中エース・日向咲の
全力でのピッチングに繋がっている。
この人もまた、全力投球を引き出すことができそうだと夏美は思った。
――私も頑張らなきゃ!
見とれていたのに気づいて慌てて前を向く。
篠原先生が打ったボールが高く上がり、「取りま〜す!」と夏美は落下地点に入った。

 * * *

――お見舞いいこっと。
その日の放課後、宮崎夏美は大原真由美の家を訪れた。
バッテリーを組む二人のこと、互いの家はよく行き来している。
伝染るから、と言われるかもしれないと覚悟していたがすんなり真由美の部屋に
通される。

「真由美、入るね」
ノックして部屋に入ると、真由美は
「夏美!?」
とベッドの上に起き上がった。今まで読んでいたらしい文庫本が
枕元に転がっている。
「これ、今日の授業のノートだよ。一応コピーして持ってきた」
「あ、ありがとう……」
「試合出られないんだって?」
「え、ええ……」
申し訳なさそうに真由美は視線を落とした。
「もう、そんな顔しなくていいからさ〜。
 病気ならしょうがないじゃん、みんな休んでるんだし」
「それが……その」
「え?」
「あの……」
真由美の声がか細くなる。「どしたの?」と夏美は聞き返した。

「実はその……病気ってわけでもなくて……」
「へえ……って、どういうこと!?」
夏美が唾を飛ばさんばかりの勢いで真由美に迫ると、真由美は黙ってしまった。

「病気じゃないって、え? 何? 怪我?」
「そうじゃなくって……その……キャプテンの球を受ける自信がなくて……」
「……え? 何それ?」
「キャッチャーがしっかりしてないとピッチャーはちゃんと投げられないでしょ!?」
突然真由美が大声を出したので思わず夏美は後ろに引いた。
「そりゃ分かるけど、真由美普通にできるじゃない」
「でもっ! 夏美の球ならいつも受けてるから大丈夫だけど、
 キャプテンの球を受けるのは初めてなんだもん! 現実に一球も取れなかったし!
 それでキャプテンが思い切ったピッチングができなくなるんじゃ……!」
「でもだって、キャッチャーできるのは真由美しか……」
「霧生先輩たち……でしょ? 助っ人に入るの」
真由美の声のトーンが落ちる。
「え? 何で知ってるの?」
「やっぱり。キャプテンと仲いいし、運動部に入ってないから試合の日程が重なることもないし
 多分そうじゃないかと思って」
「変なところで頭回るなあ……」
「霧生先輩たちならどっちでも何でもできるもん」
う〜、と夏美は唸って頭をばさばさと掻いた。この前見た真由美と今日見た薫を
比較すると、真由美の意見は客観的には尤もである――、

「でもだからって仮病って」
「胃が痛くなったのは本当なのっ! 試合のこと考えるとキリキリと」
「それじゃしょうがないけど……でもさ、真由美。
 あんた来年は私と組んで多分メインのバッテリーやるんだよ?
 そんなに自信なくしてたら私が困る……」
「ごめんっ! でもお願い、今回だけは見逃してっ!」


――はあ……
宮崎夏美はため息をついて真由美の家から帰路に着いた。
真由美の気持ちも分からなくはないのだが、
――でも何とか、自信を持ってもらわないと……、
と夏美は思う。

――たとえば、キャッチャー勝負して霧生先輩に勝つとか……
そう考えてはみたものの、ふるふると夏美は首を振った。今の真由美が
薫に勝てるかと言えば、まず無理だ。そうなればますます自信をなくしてしまう。

――じゃあ、時間が経つのを待つ?
それしかないだろうかと思うものの、このアイディアは気に入らなかった。
宮崎夏美は待ちが好きなタイプではない。自分から攻めて行くほうが好きだ。
それはソフトボールの投球の組み立てでもそうである。
夏美は考え考え、自分の家に着いた。



数日後。試合前最後の練習が終った。
満と薫を含めた守備練習もこれまでに何回か行い、割と上手くいっている。
普段は守備の指示を優子が出しているが、今回は咲がそういった指示を出すことになっている。
これは薫がまだソフトボールのセオリーを良く知らないので仕方がない。

「じゃあみんな! 日曜日の試合の時は遅刻しないで集まってね!」
はい、と元気よく部員一同が答えて解散となる。
「お疲れさま〜」
グラウンドから引き上げようとした咲と満、薫に舞が近づいてきた。
「あ、舞。ごめんね待たせちゃって」
「ううん、スケッチたくさん描けたから。咲も満さんも薫さんも」
「私のフォーム、どうだった?」
「うん、ばっちり。いつもの咲のフォームよ」
「本当? 良かった〜」

「……あの、」
仲良く話している4人組のそばに立った宮崎夏美が恐る恐る声を出す。ん? と咲が振り向いた。
「宮崎さんどうかした?」
「あの……霧生薫先輩、」
自分の名前を呼ばれて薫は驚いたように彼女を見た。
「霧生先輩、私の練習に少しだけ付き合ってください!」
そう言ってばっと頭を下げる。
「え?」
薫が困惑して聞き返すと、
「あの、少しだけキャッチボールしてもらえませんか?」
「それってどういう……?」
「あ、宮崎さんって普段はピッチャーなんだよ。今回は特別にライトに入ってるけど。
 ちょっとピッチャーとして、キャッチャーに受けてもらうような練習もしたい……ってことだよね?」
咲が夏美と薫の顔を見比べながら話に割って入った。
「はい、そうなんです! 是非お願いします!」
「えーと、それって……」
薫が咲に視線を向ける。咲が大きく頷いたので、
「それなら、やるわ」
と薫は答えた。
「ありがとうございます!」
と夏美は内心ガッツポーズした。

最初の関門は突破だ。
真由美本人に勝負させるのが駄目なら自分が勝負すればいい――というのが、
ここ数日で彼女が出した結論だ。
自分が全力で投げる球を薫に受けてもらう。一球でも受け切れない球があれば
自分の勝ちだ。
これまで、真由美は夏美の球をほとんどキャッチしているので、それで堂々と
「霧生先輩は私の球を受けられなかったよ」
と伝えればきっと自信を取り戻してくれる。――はずである。
グローブ片手に夏美はグラウンドに出た。後ろからついてきた薫が
適当に距離を取ってミットを構える。
咲や満たちは先に帰ることにしたらしく、グラウンドには2人だけだった。

「それじゃお願いしまーす」
サンバイザーを取ってぺこりと一礼して、また被りなおすと夏美はぐっと
ボールを持って構えた。
――最初一、二球は普通の球で……
と思い、その通り緩めに球を投げた。薫も簡単にキャッチすると
夏美に球を投げて返す。

――よし、ここから勝負!
勝手にそう決めて、夏美はまず全力のストレートを薫に放り込んだ。
ばしっと乾いた音を立ててミットにボールが納まる。ぽーん、とボールが帰ってきた。
――う、駄目だったか……。
よし、と夏美は気を取り直す。夏美の武器は速球というよりは多彩な変化球だ。
球種だけで言えば咲よりも多い。

――まずはライズボール!!
ライズボールは打者の手元で浮き上がる球だ。当然、キャッチャーも少し上の方でボールを
取ることになる。

パシン。いい音でボールは薫のミットに納まった。サインも何もなく投げたはずなのに、
と夏美は動揺しかけたが気を取り直す。

――え、えーと、球はまだあるんだから!!
次に投げたのはカーブ。キャッチャーに向って左に曲がっていく。薫は少し
ミットの位置を変え、ボールをきちんとキャッチした。
――じゃ、じゃあ……
今度こそ、渾身の一球。夏美の好きなドロップボールだ。打者の手元で落ちる分、
キャッチャーも取りにくいはずだ。まして今はノーサインで投げているのだから
相当動体視力が良くなければ……、

――えーい!!
全力で投げ込んだ球は、しかし、下に動かした薫のミットにしっかりと納まった。
――う、嘘……
夏美の身体から力が抜けた。球を投げ返そうとした薫は夏美の様子が変わったのに気づき、
「お終い?」
と立ち上がる。
「あ……ありがとうございました!」
夏美はお礼を言い、それからへたへたと地面に座り込んだ。

 * * *

――ごめん、真由美。
制服に着替えた夏美は学校を出ると、家には帰らずにひょうたん岩が見える
海岸に向っていた。

――霧生先輩に勝てなかったよ……
海岸で少し気持ちを落ち着かせよう。そう考えながら海岸に着くと、
そこには既に先客がいた。
―― ……美翔先輩。
咲と仲がいいことはよく知っていた。スケッチをしているようだし
邪魔しちゃ悪いとその場から去ろうとすると、ちょうど終えたたらしく
舞が振り返る。

「あ……さっき薫さんと練習してた」
「あ、はい」
「薫さんとの練習、もう終ったの?」
「……はい」
練習ではなく勝負だったが、とにかく終った。自分が負けて。

「ピッチャーってやっぱり自主練も大事なのね。咲もよくしてるし」
「……キャプテンが?」
意外に思ってそう尋ねると、舞は頷いた。

「一人で練習してる時もあるし……太田さんと一緒に練習している時も
 あるみたい」
「そうなんですか……」
知らなかったと夏美は思った。それとも、知らなかったのは自分だけなのか。
試合頑張ってね、と言い残して舞は海岸から離れていく。
残された夏美はふうっと息をついて砂浜に座った。

なんだかこれまでのことが頭の中で整理されていくような気がする。
――そっか。練習すればいいんだ。
考えてみれば簡単なことだった。自信を取り戻すための一番の近道は
地道に練習を積むことに決まっている。
真由美と一緒に練習すれば、多分真由美も自信を取り戻してくれる。

――よし、真由美が落ち着いたら2人でばりばり練習するぞー!
夏美はそう、夕陽に向って誓うのだった。

-完-

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