咲とみのりの部屋に集まり四人でテストの勉強をしているとみのりが部屋に入ってきた。
「あ、みのり……」
一番はかどっていない咲が「もう」と少し不機嫌そうにするが、みのりはそれを
意に介していない様子で、
「あのね、お母さんが今日みんなで夕食食べない? って」
とにこにこしながら舞、満と薫に尋ねる。
「夕食?」
満がきょとんとした表情を浮かべると、「なんかね、みんなにご馳走したいって」
「みんな、食べていったら?」
さきほどの不機嫌な表情とは打って変わって咲は上機嫌そうな声で、
「お母さん何かはりきってるの?」
みのりに顔を向けると、うん、とみのりは大きく頷いた。
「良く分かんないけど、今夜はおいしいもの作るからみんなに食べて行ってほしいんだって」
「ほら〜、みんな食べてってよ」
おねだりするような咲の表情に満と薫は苦笑しながら「いいわよ」と答える。
「やったー! 舞は?」
「ちょっと家に電話して聞いてみるね」
舞も苦笑して立ち上がる。「電話借りていい?」と咲の了解を取ってから、
みのりと一緒に部屋を離れて階下へと降りて行く。

「舞も食べられるといいな〜……でも、ご馳走って本当になんだろう?」
咲はすっかり表情を緩めている。あれかな、これかなと考えていてまったく
机の上の教科書に目を落とさなくなった咲の右手を薫がぱっと抑えた。
「ん、薫、何?」
「その前に……」
薫は咲の手に鉛筆を握らせる。
「明日の英語のテストで赤点取ったらまずいんでしょ。
 部活の時間に篠原先生に補習されかねないって」
満がからかうと、咲は「そうだ! まずいんだ!」とまた慌てて単語の書き取りを始めた。扉の外までその声は聞こえていたらしく、くすくすと笑いながら舞が部屋に戻ってくる。
「舞、どうだった?」
「ええ、食べてきて構わないって。咲のお母さんにも全員食べますって伝えてきたわ」
「よーし!」
鉛筆を握ったまま咲はガッツポーズをつくる。
「じゃあ咲。ご飯までにこのページまでの単語、」
満は咲の教科書を2ページほどめくる。
「覚えてね」
「うん! ……ってええ!? 無理だよ〜……」
夕陽に赤く染まった部屋の中で咲は諦めたように仰向けに寝転がる
。舞はとんとんと部屋の中を小走りに咲の隣に座った。
「咲、まずこの単語を覚えてみたら?」
「う〜ん」
むっくりと咲が起き上がる。舞が指しているのはこれまで書き取りしていた単語の次の単語。
「d-e-l-i-c-i-o-u-s……スペルが難しいなあ。デリシオス……」
「デリシャスよ、咲」
う〜ん? と首を捻りつつ、咲は頑張って覚えようと紙にスペルを何度も書きつけ続けた。


「夕陽が見えてうっひっひ〜」
「……夕陽と笑い声をかけてるわけね。そんなギャグじゃ牛だって笑わないよ」
ちょうどその頃、トネリコの森には健太と宮迫二人の姿があった。
「うーん今のギャグはいまいちだな」
頭にねじり鉢巻をした健太が腕組みをする。
「それより星野君いいの? 明日英語のテストだよ。勉強しないと」
「どうせこれまで勉強してなかったんなら今になって勉強するなんて卑怯だって」
「いや……その……」
「それよりも、ネタ作りしようぜ。切羽詰ってる時こそいいネタが浮かんだりする
 ものなんだ」
「やっぱり切羽詰ってるんだ」
呆れたように言いながらも宮迫は諦めてネタ作りに付き合うことにした。
樹の根にでも腰掛けようと二、三歩後ろに下がる……
「わっ!?」
意外とぬかるんでいた地面に足を取られ宮迫は思い切りしりもちをついた。
制服のズボンが泥で汚れる。
「あー、何やってんだよもう」
健太が手を伸ばし、宮迫はその手に掴まって立ち上がる。
ハンカチでズボンの裾についた泥を払っていると健太が
「おい、何だあれ」
と宮迫の袖を引っ張る。
「うん?」
と宮迫はハンカチをしまって健太の指す方を覗き込んだ。
大きな松の木の根元に何かが見える。


「お母さん、おかわりっ!」
「はいはい」
その日の日向家の「ごちそう」はマツタケご飯だった。
親戚から送られてきたので是非みんなにも食べていって欲しいということらしい。
ふかふかと湯気を立てているご飯の香りと味を楽しみながら口に運んでいる舞の横で、
咲は早々に二杯目に取り掛かっている。
満と薫は初めのうち少し不思議そうな表情をして食べていたが、
やがて美味しさが分かってきたらしく箸が進んできた。
「舞ちゃんたちも、どんどん食べてね」
咲のお母さんに言われ、「はい」と舞たちは答える。――だが咲みたいな勢いでは
さすがに食べられそうになかった。

「伯父さん、突然マツタケなんてどうしたの?」
二杯目も半ばにさしかかりやっと落ち着いたらしい咲がお父さんの方を見ると、
「さあ? その場の勢いみたいだけどね」
とお父さんは笑った。
「みのりマツタケこんなに食べるの初めてー! 薫お姉さんは?」
くるっとみのりが隣の薫を見る。
「ええ、私も初めてよ」
マツタケ自体が初めての薫が答える。
「おいしいね」
「ええ」
みのりが満面の笑みを浮かべているのに釣られるように薫も笑う。
満が咲に続いてお代わりをもらい、二杯目に突入。たっぷりご馳走になってから
満と薫、舞はそれぞれの家に戻った。

翌日。
「咲、テストどうだったの?」
四時間目のテストが終ると満と薫は早速咲の席に近づいた。
「うん、多分何とかなったよ!」
咲は大きくガッツポーズだ。「昨日の勉強が効いたのかな〜」と、
テストが終ってみればすっかり能天気である。
「そう、良かったわね」
「うん、みんなありがとっ!」
近くの椅子を持ってきて満と薫が座り、いつもどおりのお弁当の時間だ。
咲がお弁当箱を開けるとマツタケの芳香がわずかに漂ってくる。
「あ、それ昨日の」
「うん。満、良かったら少し食べる?」
「……いいのかしら?」
「うん、満昨日気に入ってたみたいだし!」
咲がマツタケご飯を少し満の弁当箱の蓋に分ける。
薫は舞に「マツタケご飯って特別なの?」と尋ねていた。
「特別って?」
「なんだか昨日、マツタケご飯って言うだけで普段の食事と違うみたいだったから」
「ああ、」
舞は納得したような表情で、
「マツタケってすごく採れる量が少ないキノコなの」
と説明し始める。
「普段食べるキノコは栽培できるらしいんだけど、マツタケは自然に生えてくるのを
採ってくるしかないそうなの。でも、すごく美味しいでしょう? 
だから、どうしても値段が高くなって」
「なるほど……」
薫は少し考えると、
「自然に採れるというのは、どこで採れるの?」
「マツタケ、だから松の木の下だと思うけど……」
自信がなさそうに舞の声は小さくなった。
「トネリコの森にもあるの?」
「ああ、それはないと思うわ」
今度は舞も自信たっぷりだ。トネリコの森にマツタケがあったらあんなに
静かな森じゃすまないもの、と付け加える。
「へえ……」
薫は少し残念に思った。

放課後、四人は咲の提案でトネリコの森に向った。「テストが終ったから森で
のんびりしようよ」というのがその理由だ。テスト前にも特に森に行くのを断って
いたわけではないが、何となく四人は森に向った。

「うわっ、お前ら!? 何しに来たんだよ!?」
「何しにって……健太と宮迫君こそ何やってんのよ!?」
森には先客がいた。健太と宮迫。手に嵌めている軍手は土いじりでもしていたかの
ように泥だらけだ。咲たちの視線がその手に落ちる。さっと健太は手を後ろに回して
隠したが宮迫は、
「ああもう言っちゃった方がいいよ」
と諦め顔だ。
「えー、でもな……」
渋っている健太にずいっと咲が顔を近づける。
「何かろくでもないことしてたんじゃないの?」
「してねーよ、そんなの」
「だったら、何してたの?」
「……仕方ないな……誰にも言うなよ」
健太はズボンの尻ポケットから昨日見つけたものを出して咲たちに見せる。
少し変わった形をしたきのこのようなものが健太の掌の上にはあった。
「何、そのきのこ?」
「……マツタケだよ、マツタケ」
健太は声を潜めた。
「マツタケ!?」
と咲たち四人が大声を上げる。「しーっ」と健太が慌てる。
「そんなにでかい声出すなよ、誰かに気づかれるかもしれないだろ」
「それどうしたの?」
「昨日ここで見つけたんだ」
「あそこの松の木の下だよ」
と宮迫が指さす。トネリコの森といっても、トネリコだけが生えているわけではない。
「そこに落ちてるのを見つけたんだ。……一本だけだけど」
「一本だけ落ちてたの?」
舞が不思議そうな顔をした。「それは誰かの落し物……?」
「マツタケなんか誰が落とすんだよ」
健太は自信たっぷりに舞の言葉を否定する。
「きっとこの森のどこかにマツタケが一杯生えてるところがあるんだぜ」
「……で、それを探してたの?」
「ああ。誰にも言うなよ。……探すの手伝ってくれたら、見つかったの半分やるぜ」
どうする? と咲たちは顔を見合わせる。
「……本当に半分くれるの」
健太に確かめたのは薫。「あ、ああ」と健太は少し意外そうに答えた。
「何、薫。探したいの?」
満も驚いたように薫に尋ねる。
「ええ」
と薫は一片の迷いもなく答えた。「じゃ、私たちも探そう」と咲が決める。

健太たちとは少し離れた場所を咲たちは探すことになった。ポイントは松を探してその下を見てみることだと宮迫から聞いたのでその通りにしてみる。
「松松松……、意外とないもんだね」
「そうね」
咲と満がハイキング気分で歩いている前を、薫はひどく真剣な顔をして歩いていた。
舞がその隣に並んでいる。松らしき木を見かけると薫はすぐにそちらに行って
その周りの土を調べている。
何本目かの木の根元を確かめて、薫はため息を一つついて立ち上がった。
「あの……薫さん?」
また歩き出そうとする薫に舞が様子を見ながら話しかける。
「どうしてそんなに熱心に探してるの?」
「……昨日の食事が美味しかったから、またみんなで食べられたらいいなと思って……」
ぽつぽつと薫が答える。
「なんだー、そういうこと?」
咲がぴょんと飛び出してきて薫の前に立った。
「またきっとそのうち伯父さんが贈ってくれるよ。そしたらみんなで食べよう」
「……そうね……」
でも、もしもここにあるんだったら、と言いながら薫は視線を森の中にさまよわせる。
あ、と薫の視線が止まった。

――精霊!?
フラッピやチョッピに良く似た精霊の姿が薫の目に映った。
低木の向こうへと薫が跳んでいくと、だがそこにはもういない。

「薫、どうしたの?」
突然の薫の行動に満が不思議そうな表情を浮かべている。
「今ここに精霊がいたんだけど……フラッピやチョッピと良く似た姿で」
「ええ!?」
みんな薫のそばに集まり辺りを探してみるが精霊の姿はどこにも見えなかった。
「泉の郷から迷い込んできてたのかな〜」
咲が呟く。満も「ちゃんと帰れればいいけど」と頷きながら呟いた。
「薫さん、それ……」と舞が薫の足元を指した。薫が視線を下に向けると、
マツタケが一本だけ転がっている。
「……?」
不思議そうな表情で薫はそれを取り上げた。軽く鼻を近づけると間違いなくマツタケの香りがする。
「精霊の落し物……かなあ。何で精霊がそんなの運んでるか良く分かんないけど」
咲が考え考え言うと、あっと満が声をあげた。
「ひょっとしてさっき見せてもらったあのマツタケも、その精霊が落としていったもの
 なんじゃないかしら。この森に生えているものじゃなくて」
「あー……」
舞が満の言葉を少し反芻して「きっとそうね」と答える。

「じゃあ、健太たちに言った方がいいのかな?」
「咲、何て言うつもり?」
満に聞かれて咲はうっと言葉につまる。
「精霊とはいえないよね……一日探してみて見つからなかったら諦めるかなあ」
「宮迫君はあんまり見つかると思ってなかったみたいだから」
舞が苦笑めいた笑みを浮かべた。
「私たちが見つからなかったって言ったら諦めるんじゃないかしら?」
「そうだね……、言いに行こうか」
咲を先頭に四人はがさがさと低木を越えて元の道を辿る。
薫は通学かばんの中に一本だけのマツタケをねじ込んだ。舞がすっとそばに寄ってくる。
「お吸い物か何かにしてみたら?」
「お吸い物? そんな料理の仕方もあるの?」
「ええ、マツタケを使った料理って色々あるのよ。後で家に寄って行ったら? 確か本があったと思うから」
「そうね……そうさせてもらうわ」
――みんなに食べてもらえるような料理ができればいいけど……
薫はそう思いながらトネリコの森を進んでいった。


-完-

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