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「嘘じゃないって、本当だって! 俺と父ちゃんがこの目で見たんだからな!」
教室に入ると、中央の机の上に座った健太の興奮した声が聞こえてきた。

「おはよう、どうしたの?」
席に鞄を置いてから咲は健太を中心とした輪に近づく。舞と満、薫も同じようにした。
「健太がマジ幽霊見たんだって!」
仁美も興奮気味だ。
「え!? 幽霊!?」
「伊東さん、幽霊って決まったわけじゃないよ……」
宮迫が気弱に訂正する。

「え、健太、結局何見たの?」
咲の言葉に健太はおっほんとわざとらしい咳払いをして、
「昨日、俺と父ちゃんが船で沖に出てたらな」
と始めた。

健太の話によれば、昨夜ひょうたん岩から大分沖に出たところで海中にぼうっと光る
白い光を見たらしい。

「……見間違いじゃないの? 何かの魚とか」
「父ちゃんと二人で見たんだから間違いなんかじゃないよ。あんなでかい魚いないし」
「それって不知火か何かじゃないのかなあ」
「しらぬい? 何だそれ」
宮迫の言葉に健太は敏感に反応した。

「九州の方の海で見られる蜃気楼の一種よ」加代が宮迫に変わって説明した。
「でもこの辺の海で見たって話は聞いたことがないけど」
「だろ?」
健太がぐっと身を乗り出す。

「だからあれは超常現象だろ? UFOとかそういうのの一種!」
どうかなあとみんなが不満そうな声を漏らした時チャイムが鳴り、篠原先生が
教室に入ってきた。


「……一応、調べておいた方がいいんじゃないかと思うの」
昼休み、咲たち四人は屋上でお弁当を食べることにした。いつもは
教室で食べているのだが、今日は満と薫が屋上に咲と舞を誘ったのだ。
屋上に着くと同時に満は弁当箱を開き、口火を切った。

「調べておくって?」
咲がきょとんとした表情を浮かべる。

「朝、話してたことよ。海の中に光が見えたっていうあれ」
薫が言葉を継ぐ。舞が不安そうな表情を浮かべた。

ゴーヤーンを倒してから既に数ヶ月。満も薫もごく普通の中学生としての生活を送り、
咲や舞がプリキュアとして戦うこともなくなっている。
こんなに明るい日差しの中にいると、世界が危機に瀕していたこと自体が夢のことのように
思えてくる。
だが満と薫の真剣な表情はあの頃を思い出させた。

「満さん薫さん、それって、その光が滅びの力か何かと関係しているっていうこと?」
満はおむすびを半分口に入れたまま軽く首を振った。

「まだそこまでは分からないわ。滅びの力が動いたような気配もないし……」
咲と舞がほっとしたように表情を明るくする。だが、薫はそんな二人に釘を刺すように、
「でもこれからその影響が出てくるのかもしれないし。だから調べておいた方がいいわ」
「でも調べるってどうやって?」
舞が卵焼きを小さく切りながら尋ねる。
「簡単よ。海に行ってみて光るものがあったら潜って見てみればいいわ。
 私たちが行くから。咲と舞は待っていて」
当たり前のように薫が言った。咲がうーんと唸る。

「あら、咲。どうしたの?」
「二人だけじゃ危ないんじゃないかなあ……」
「だったらどうするの?」
「私と舞も一緒に」
「だめよ」
咲と満の話に薫がぴしゃりとした口調で割り込む。

「でも、私たちも何か……」
舞がおずおずと言うと、薫はやや語調を弱めた。
「咲も舞も、無茶言わないで」
「そうよ。二人を海に潜らせるわけにはいかないわ」
満の手がひょいっと咲のほうに伸び、咲が食べようとしていたクリームパンの
一部を摘まんで自分の口に入れた。

「あ、満〜」
満は軽い笑いを漏らしたが薫はあくまで真面目な顔で、
「二人とも、私たちに任せて。私たちは私たちにできることをするわ」
と告げる。ふう、と咲は息をついて空を見上げた。午前中は雲ひとつなかった空が
徐々に灰色に覆われつつあった。


「じゃあ」
放課後、満と薫はそれだけ言って制服から灰色の戦闘服に着替えると、そのまま海岸から
飛び立った。空から健太の言っていた光を探して海に潜るつもりなのだろう。
咲と舞は海岸に残ったままだ。

小さくなっていく満と薫の姿を見ながら咲が呟く。
「なんか、さあ……」
「どうしたの、咲?」
「なんか……何かできないかな」
「うん……」
こくりと舞が頷いた。舞も気持ちは同じだ。何もできない自分が歯がゆい。
確かにプリキュアに変身はできないが、何かできることをしたい。

「あ」
二人の口から同時に同じ言葉が漏れた。満と薫が何かを見つけたらしく海面へと
急降下していく。
わずかに海面が揺れ、二人の姿はすぐに海に飲み込まれた。

「満、薫……」
咲の口から浮かない声が漏れる。


「あそこね」
海中の薫は満に確認するように呟く。満は無言で頷いた。薫はその方を見もしない。
満が同じ物を目指して進んでいるのは聞くまでもなく分かっている。

暗い海の底に見える白い光の輪。近づくにつれその光が強さを増して行く。
光の輪の中央の暗い影もまた濃さを増している。
不思議な水の流れが存在するのに満は気づいた。光の輪のほうから満たちの
方に向って、呼吸するようにある時は強くある時は弱く、水が流れてくる。
体をそのリズムに合わせて動かし水の抵抗を減らしながら満は進んだ。

「……満」薫の声が満の注意を引く。
ちらりと視線をやると、薫は胸のクリスタルに手を触れていた。
満も自分の胸にかかったそれを見る。赤い石がゆっくりとした周期で
明暗を繰り返していた。



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