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「おはようございます!」
咲と舞、仁美と優子が海の家に到着したのもその頃である。
「おう、咲ちゃんたち。おはよう。今日は悪いね、今年も頼っちゃって」
おじさんは上機嫌でそれを出迎える。

「えーっと、何から手伝いましょうか?」
優子はもう準備万端と言った様子だ。
「じゃあ、優子ちゃんは焼きそばの下ごしらえでおばさん手伝ってくれるかな?」
「はい!」
元気よく答え優子はすぐにおばさんのそばに立ちあれこれと指示を受けている。

「私たちは……」
「じゃあ、咲ちゃんたちは外の飾り付けをしてもらおうかな。
 お客さん一杯来るように頼むよ。幟なんかの大きいところは
 おじさんが済ませたから、メニューの表とかを貼っておいて欲しいんだ」
おじさんから材料を貰い、外に出て行こうとすると浮かない顔をした健太が
店の中に入ってきた。

「あ、健太おはよう」
「おはよ……」
気の乗らない口調で咲に答えると、「父ちゃん、持ってきたけどさあ」と一升瓶を
手近の机の上に置いた。
「お。持ってきたか。それじゃ早速勝負開始だな!」
「父ちゃん、やめろよもう」
「うるさい、ここでやめられるか!」
呆れたような健太を尻目に一升瓶を引っつかむとそのままの勢いで外に出る。
咲たちも何となく気になり目で追うと、おじさんは隣の水下屋に真っ直ぐ向かっていた。
慌てて後を追うと、

「あら、おはようございます。何か御用かしら?」
ミズ・シタターレが優雅に――というよりは慇懃無礼に迎え撃つ。

「これでどうだい」
星野屋のおじさんは得意げに一升瓶を水下屋の屋台の上に叩きつけるように置いた。

「あら?」
ミズ・シタターレは一升瓶を手に取りしげしげと眺める。「ひかりの女王」という名の
日本酒である。

「この前のお詫びにこれを下さるって言うのかしら?」
「へっ、そんなわけないでしょう」
鼻で笑うと、おじさんは続ける。

「今日、おたくがうちに買ったらカキ氷を売る権利とこれを上げますがね、
 うちがお宅に買ったらこいつもカキ氷も貰いますよ。
 やれるもんならやってみてくださいよ」
比較的丁寧な口調ではあるもののシタターレとおじさんの目は笑っていない。
とうとうシタターレが啖呵を切った。
「へえ、いいじゃない。受けてたちますわよ!」
「ああ、面白いね、やってみてもらおうじゃないか!」

「あ、あの……」
咲は何とか言葉を挟もうとするが二人はにらみ合ったまま咲の声に気づいてさえいない。

「もうやめろよ、父ちゃん。大人気ない。しかもうち、勝っても得しないし」
健太が止めようとするが、二人は
「やかましい!」
「そうよ、これは大人の話なの。健ちゃんには悪いけど、星野屋には
 今日限りカキ氷を諦めていただくわ」
「なんだと!」と取り合わない。

満も薫も舞も仁美も、呆気に取られ何を言ったらいいのか良く分からなかった。

「帰るぞ、みんな! 今日は星野屋の貫禄を水下屋に見せ付けてやる!」
「おとといいらっしゃい!」
ミズ・シタターレに憤然と背を向けるとおじさんは星野屋に向け悠然と歩き始める。
仕方ないので健太を初めとして咲、舞、仁美はおじさんについていったが、
ちらりと咲と舞が後ろに目をやると満と薫がほとんど無表情のまま――だが、はっきりと
困った顔をしてこちらを見送っていた。

「……どうしよう」
舞が呟いたのを咲も聞き逃さず、
「うん、何とかしないと……チャンスがあるといいんだけど……」
――ハナミズターレだけだったら色々言えるんだけどなあ、健太のお父さんも
  どうにかしないといけないからなあ……

車が止まる音がした。そろそろ海水浴客が到着するようだ。


「こちらがメニューです」
にっこり笑って満は水下屋の前に並んでいる客にメニューを差し出す。
まだ列には二〜三組といったところか、少し混んでいるけど待ってみようかと
思えるようなレベルである。

――これくらいならまだ大丈夫ね……
注文を待ちながら満は列の様子を隣の星野屋と比較する。

「満も薫も、いいわね。うちは店が狭いんだから、ちょっと客が混雑始めると
 すぐに長い列になるの」
開店前、シタターレは二人に厳しい顔をしてこう告げた。

「だから、とにかく回転を速くして。列が長くなり始めたら、一人はすぐに注文を
 取るようにして私に知らせなさい。もう一人はできたのを順番に運んでいくこと

 ここで一人一人に渡していくとつかえるから、とにかく速くするのよ」
「シタターレの作るスピードはアップできるの?」
挑発するような口調で満がそう尋ねると、シタターレはぎっと満を睨みつける。

「私の作るスピードは何も問題ないわ。列ができるとすればあんた達のせいよ」
「ふ〜ん」
「とにかく、午前中が勝負よ! 昼になるとどうしても焼きそばに釣られて
 星野屋に行く人が出てくるから。いいわねっ!」
と、いうわけで満が注文取り、薫ができたものを渡すという役割分担でやっている。
とはいえ、今は列も短いのでシタターレが直接聞いたとしてもそれほど
時間のロスになるとは思えないが……、少しずつ列が伸びてきているような感触はある。

「はい、メニューどうぞ」
前の人の注文をシタターレに叫んだ後再び次の二人組にメニューを渡す。

「わ〜一杯ある!」
二人組の女の子――満たちより少し年上だろうか、茶色の髪を短く切ったヘアスタイルと
黒の長いストレートが対照的である――は歓声を上げた。
この場所で水着を着ていないからどこか目立つ格好になってしまっていた。
海水浴というよりもハイキングにでも行きそうな服装だ。

「あの、この5GoGoセットって!?」
茶色い髪の女の子が興味津々といった表情で満に尋ねる。

「これはミニカキ氷5種類のセットで。味はピーチ、ストロベリー、レモン、メロン、ブルーハワイ
 の5つをそれぞれミニサイズでワンセットにしています。サービスでココナッツミルクも
 つきます」
満は今日何度目かの説明を繰り返した。
このセットはシタターレの発案である。5つセットとはいえミニサイズのカキ氷なので
それほど単価は上がらない。
ココナッツミルクをつけて少し割高にはなるが、それでも物珍しいし
色々な味を楽しみたい客も多く良く売れる。

「じゃ、私、これ! ほのかは?」
「じゃあ私は、グレープで」
「ありがとうございます。……5GoGoとグレープ一つずつ!」
シタターレに向って叫び、「少々お待ち下さい」と二人に言って満は列の後方へと
更に進む。

「グレープ味なんてのもあるんだ」
「なぎさも少し食べてみる?」
「うんうん!」

満の後方から女の子達の楽しそうな声が聞こえてきた。


「ふん、水下屋には負けん!」
星野屋のおじさんは鼻息も荒くカキ氷製造機のハンドルを回し続ける。
星野屋の出足はどうしても、水下屋に比べて遅くなる。
焼きそばを主力商品としている以上仕方のないことではあるが。

「星野屋のカキ氷どうぞ〜!」
今は咲も舞も星野屋から少し離れて呼び込みである。
水下屋の列が少しずつ伸びているのを見ると咲も焦る――が、
おじさんがハンドルを回す声が大きくなってくるのが気に掛かる。

「カキ氷は星野屋でどうぞー! 今回は2倍量の増量サービス中です!」
「ふおおおおおおおお!」
数メートル離れているというのに、おじさんの声が聞こえてくる。

「父ちゃん、やめろよ、もう! ゆっくりやっても大丈夫だってば!」
「うるさい、水下屋に負けてられるか!」
昼どきになり、星野屋のほうにも列ができ始めていた。焼きそばを食べた人がカキ氷も
一緒に買っていこうとしているのだ。

「満、薫、もっとてきぱきと動きなさい! 呼び込みもして!」
星野屋に人が集まり始めたのを見たシタターレが満と薫に指示を出す。

その様子に気づいたおじさんは更に、
「よーし、今から星野屋タイムサービス! 2.5倍量に増量!」
と叫ぶ。

「父ちゃん、もう止めろって!」
「健太、男には戦うときがあるんだ!」
星野屋の前に列ができ始めた。少しずつ伸びて行く。

「ふおおおお! 見ろ、健太、お客さんがあんなに!」
「父ちゃん、もう……」
瞬間、バキッと嫌な音がした。はっと健太が見ると、製氷機のハンドルが
折れてしまっている。

「父ちゃん!?」
「静かにしろ!」
おじさんはハンドルを持ってばっと製氷機に取り付くと元通りに嵌めようとした
――だが、折れた部分はどうしても元には戻らない。

先頭に並んでいた客が、がっかりした表情を浮かべる。

「……」
数秒間、製氷機と取っ組んでいたおじさんだったがいざとなると決断は速い。

「健太、お客さん水下屋に御案内しよう」
「え。……」
「お客さんあんまり待たせちゃいかん」
おじさんは店から一歩外に出ると「大変申し訳ありません」と頭を下げ、

「ただいまアクシデントによりカキ氷が作れなくなってしまいまして……」
と説明を始める。
お客さんたちもそれを聞き三々五々、水下屋の方へと移動して行く。
残るお客さんは焼きそばを買ってからカキ氷にしようという人たちばかりで、
焼きそばに関しては基本的におばさんの担当なのでおじさんの出番はない。

おじさんは製氷機を店の奥へと持っていくと黙々と、
どうにか直そうと取り組み始める。

「父ちゃん……」
健太もそばに寄ってきた。

「健太、何してるんだ」
「え?」
「水下屋、手伝いに行って来い。咲ちゃんや舞ちゃんも一緒にな」
「あ、ああ……」
「水下さんに御迷惑かけるなよ!」
「ああ、分かってるよ!」
――父ちゃん、格好いいぜ……!
健太は駆け出し、咲と舞を呼んで水下屋に向った。
突然二店分のお客さんが押し寄せる形になった水下屋は――というより
満と薫が――てんてこ舞いである。

「満、薫! 私たちも手伝うよ!」
「咲!」「舞!」
「おう、俺もやるぞ!」
満と薫は一瞬立ち止まって考えると、

「それじゃお客さんに二列になってもらいましょう」
と言い、お客さんに話して列を二つ作ってもらう。

「じゃ、そっちの列の注文取りとカキ氷渡すのは咲たちでお願い。
 これがメニューの表よ。私と薫はこっちの列をするから」
「うん、分かった!」
メニューを受け取った咲は舞と健太の方に向き直ると、
「じゃあ、とにかくお客さんに速くカキ氷渡せるようにしよう!」
「おう!」「うん!」
シタターレは麦わら帽子の下で薄く笑っていた。

――へえ、星野屋からこっちに手伝いまで出すとはねえ……

「うーん、美味しかった」
浜辺に備え付けられたベンチの上で5GoGoセットを食べ、ほのかのグレープカキ氷を
少し分けてもらったなぎさは満足そうに息をつく。

「あの店、少し空いてきたかしら」
ほのかが先ほど自分達の出てきた水下屋を見やる。
一時期列がずいぶん長くなっていたが、少しずつ落ち着いてきてはいるようだ。
なぎさはえいっと立ち上がると、海水浴客で一杯の海を眺めた。
潮風が静かに吹いてくる。
「あー気持ちいい」
ほのかはそんななぎさを見て微笑しながら、
「折角海に着たんだから泳いでく?」
「え? ええ? あ、あり得ないあり得ない!」
大慌てで手をぶんぶん振るなぎさを見てほのかはまたにっこりと微笑む。

「そ、そうそう、もう一つの名所って書いてある大空の樹に行ってみようよ」
ごまかすように雑誌を取り出すなぎさを見て「そうね」とほのかは答え、
二人はゆっくりと海岸を後にした。

「ふう〜」
時が経ち、夕方になるとさすがにお客さんが減る。ずっと立ちっぱなしで
働いていた咲たちも星野屋の椅子に腰掛けて一休みだ。
もう焼きそばも今日の分の材料を全部使い切ってしまったそうで、
星野屋は閉店状態である。水下屋もシタターレが一応店にはいるものの、
お客さんはいない。

「……」
製氷機の修理を終えたものの、もう今日は機械を休ませると言っておじさんは
店の奥に引っ込んでいたが、シタターレが暇になったのを見るとまた出てきて
水下屋に向った。咲たちも慌てて後を追う。

「水下さん!」
「あら、星野屋さん」
あわあわとしている咲たちには全く気づかない様子でおじさんはシタターレに声を
かけると、

「今日はうちの負けだ。うちのお客さんたちの分のカキ氷も作ってくれて……助かった!」
ふふん、とミズ・シタターレは笑い、朝置いていったままの「ひかりの女王」を手に取った。

「あ、あのさシタターレ、勝負は勝負でいいけど、もう星野屋がカキ氷売らないって言うのは」
「お客さんのためにも、やっぱり二軒でカキ氷を売った方が……」
咲と舞が口々に言うも、ミズ・シタターレは

「子どもが大人の話に首を突っ込むもんじゃないわ」
と取り合わずに二つの紙コップに酒をなみなみと注ぐ。

「まあ、今日のところはお宅のおかげでうちの売り上げもあがったようなもんだし、
 なかったことにして差し上げますわ」
コップの一つを星野屋のおじさんに渡す。

「へえ、意外と肝が座ってるじゃねえか」
「当然ですわ」
二つのコップがわずかな音をぶつかり合い、シタターレとおじさんは
ごくりと酒を飲み干した。

――は〜、やれやれ……
咲は胸を撫で下ろしていた。とりあえず仲直りということになったようだ。

「うーん、やっぱり仕事を終えた後の酒はいいねえ!」
「お、おい父ちゃんもう止めろよ!」
「やかましい、健太に俺の気持ちが分かるか!」
咲がはっと気づくと、おじさんとシタターレの酒盛りが速い勢いで進んでいる。

――あ、明日も店出すのに大丈夫かな……

「咲、舞。明日も……」
満と薫がいつの間にか咲と舞の後ろに近づいてきていた。
「この分だと、明日もみんなで手伝った方がいいかもしれないわ」
薫が囁いた言葉に咲も舞も頷き――何だか笑ってしまった。
それでもいいや、という気分になる。

「健太、何かつまみ持って来い!」
「父ちゃん、もうやめろよ〜……」
酒盛りはまだ続きそうである。

-完-

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