「薫?」
満が声をかけるが薫の視線はみのりにのみ注がれていた。満もそちらに目をやると、
「よいしょ」と小さく声を上げたみのりがえい、とばかりに看板を所定の位置に置いている。
一仕事終えて、ふう、と小さく息をつく――と、すっと薫が満の隣から離れた。

「おはよう、みのりちゃん」
今まで見ていたことなどおくびにも出さずにみのりに近づいていく。

「あ、薫お姉さん! あのね、みのりこれセットしたんだよ!」
「そう。……ちゃんとできてるわ」
得意げなみのりとそ知らぬ顔をしている薫を見て、満はちょっと薫に呆れながら
店のほうへと歩み寄った。

「あ、満お姉さんも!」
「おはよう。咲はもう行ったの?」
「うん、朝早くに。出かける時は半分寝てるみたいな感じだったよ」
寝坊がちな咲のことだ。朝早く起きるのはさぞ辛かっただろう――と、
満は胸のうちで苦笑した。

「ところでみのりちゃん、その髪は?」
満が先ほどから気になっていた事を尋ねる。みのりはいつもの三つ編みではなく、
髪の毛をゴムで一つにまとめているだけだ。

「あ、これ……」みのりはちょっと束ねた髪に触ると、
「いつもはお母さんに三つ編みにしてもらうんだけど、今日はお母さん忙しかったから」
と答える。へえ、と満は声を出した。

「薫お姉さんはいつも自分でしてるの?」
いきなり自分の方にみのりが振り返ったのに薫は少しどきどきしながら、
「え、ええ――まあね」
と答える。
「ふう〜ん」
みのりはくるりと薫の周りを一周し、元の場所に戻ってくるとじっと
薫を見上げる。
「な、何?」
「薫お姉さん、髪結ぶの上手?」
「いえ……私は」
あーあ、と思いながら満は薫を見た。
薫の髪型はバレッタで留めただけの簡単なものだ。毎朝見ているが、髪を梳かして
真ん中で留めるということしか薫はしていない。だから、みのりや咲のような凝った
――と満には見える――髪の結び方は分からないはずだ。

「そっか……」
みのりはいかにも残念そうにしていたが、再び薫の後ろに回りこむ。
「?」
薫が不思議そうに振り返ると、みのりは薫の髪を見ながら何かを考え込むような表情を
していた。

「どうしたの?」
「薫お姉さんの髪、すごく綺麗」
「……ありがとう」
薫は顔がにやけてしまうのを必死に堪えているように満には見えた。
薫に聞こえるようにわざと一つため息をつく。ちらりと薫が満を睨んだ。

「んー」
みのりが何か考え込んでいる。したいことがあるのだけれどうまく行くかどうかわからない、
そんな顔だ。ぱっとみのりが顔を上げて道路の方を見た。

「舞お姉ちゃん!」
「おはよう、みのりちゃん」
「……早いのね、舞」
満が呆れたように言うと、舞は満と薫を見てくすりと笑った。

「満さんと薫さんもね」
――なんだ、舞も同じ事を考えてたのね……。
そんなことを考えている満の脇をみのりがすり抜けて舞の元に駆け寄った。

「あのね、舞お姉ちゃん。ちょっとお願いがあるんだけど……」
「なあに?」
「舞お姉ちゃん、髪の毛結ぶの得意?」
「得意ってこともないけど……」
「その髪型自分で結んでるの?」
「ええ、これはね、そうよ」
舞は不思議そうな顔をしながらもみのりの質問に答えている。

「あのね、舞お姉ちゃん。お願いがあるの」
「何?」
「みのりの髪の毛、三つ編みにしてほしいの」
「ああ、いつもみたいに?」
こくりとみのりが頷くと、舞はにっこり笑って「分かったわ」と答えた。

四人で店の中に入っていくと、咲のお父さんが驚いた顔をした。

「お、おはよう。今日はみんなずいぶん早いんだね。……咲は今日、いないんだけど」
「分かっています」と舞が答える。「お手伝いできたらいいなと思って」満が付け加えた。

「あ、……ありがとう、みんな」
咲の父は照れたように笑って答える。
「来てくれたのは嬉しいけど、昨日の内に準備はしてあってね。今日はそんなにお客さんが
 多く来ることもないだろうし、大丈夫だよ」
「え……でも」
満の顔を見て咲の父は、
「じゃあ、忙しくなったらお手伝いをお願いしちゃおうかな。
 それまで、みのりを見ていてほしいんだ」
と答える。満はそれを聞いて納得したように頷いたが、みのりはちょっと不満そうだ。

「みのりだってお手伝いできるのに〜」
「はは、分かってるよ。看板出してくれたかい?」
「うん、ちゃんと置いたよ!」
「ありがとう。じゃあ、みんなに迷惑かけないようにね」
みのりはまた「もう」と不服そうな顔をしたが舞たち三人を見上げると、

「じゃあ、みのりの部屋に来てくれる?」
と、三人を自分の部屋へと連れて行った。


部屋に入ってみのりを椅子に座らせると、舞はみのりから渡されたブラシでゴムを解いたみのりの髪をとき始めた。
薫は興味深そうにすぐ近くで舞の手つきを見守っている。

満は他三人から少しはなれ、咲のベッドの上に座っていた。
髪の長い三人が話しているのをぼんやりと眺める。

「へえ……」
みのりに「このぐらいでいい?」と確認してから手際よく右側の髪を三つ編みにしていく
舞の手元を、薫は感心したように見つめている。
一分かかったかどうか、右半分はすぐにいつものような三つ編みになった。
舞はちょっと手を止めて、
「これで大丈夫?」とみのりに問いかけ、うんと頷くのを見てから左側に手をつける。そちらもあっという間に出来上がった。ピンを留めて完成だ。

「わーい、舞お姉ちゃんありがとう!」
ぴょんとみのりは飛び跳ねるように立ち上がった。

「舞お姉ちゃん、すごく上手なんだね。お母さんみたい!」
「そ……そんなこと、ないけど」
照れたように顔を赤くした舞に
「さすがね、舞」と薫が静かに呟いた。みのりはそんな薫を見て、
「ねえねえ、薫お姉さんも舞お姉ちゃんに髪、結ってもらったら?」
とさらりと言う。

「ええっ!?」
「だってー、薫お姉さんそんなに綺麗な髪なんだもん。たまには
 髪型変えたところ見てみたいな」
「いや、でも、そんな、舞に悪い……」
「薫さんさえよければ、……私も見てみたいな」
「やってもらえばいいじゃない、薫」
「満っ!?」
いきなり自分の背後から満の声がして薫はぎょっとした。
つい今までベッドの上にいたはずなのに……と思う間もなく、
満の手が薫の肩に伸びてきて今までみのりが座っていた椅子に座らせる。

「舞と同じ髪型なんて、いいんじゃないかしら?」
満の言葉に「さんせーい!」とみのりが元気良く答える。
「薫さん、本当にいいの?」
舞が薫を気遣うようにして確認すると、薫は「いいわ」と小さな声で答えた。

「じゃあ舞、お願いね」
満は薫から少し離れ、舞に場所を譲った。舞は薫のバレッタを外すと
みのりにしたのと同じように髪を梳いていく。
満はまたベッドに戻り、舞に髪を大人しくセットさせている薫を
見ながら忍び笑いを漏らす。

「やっぱり、薫さん髪長いわ。私よりだいぶお団子部分が大きくなりそう」
「別に、構わないけど……」
興味なさそうな薫の声が聞こえてくる。しばらくの後、
「できたわ」舞が声を上げた。
「わー、薫お姉さんが舞お姉ちゃんみたい!」
薫が椅子から立ち上がる。いつもの薫よりも大きく見えるのは髪型のせいだ。
へえ、と満は声を漏らして薫に近づいた。

「意外と似合うじゃない」
「うん、薫お姉さんすごく可愛い!」
「薫さんたまには髪型変えるのもいいかも」
三人に口々に言われて薫は無表情ながらやや顔を赤らめる。
鏡の中の自分をふと見やり一瞬驚いた顔をした後、突然満の肩を掴んで
ぐいっと椅子に座らせた。

「な、何!?」
満がびっくりして立ち上がろうとするのを押さえ込むと、
「舞。満もお願いしていいかしら。――咲と同じ、髪型でね」
舞はくすっと笑った。

――薫さん、自分だけいつもと違うのは嫌なのかしら……

「いいわよ。じゃあ、満さんは咲ね」
「え、ちょっと舞!」
抗議めいた口調の満に向かい、「たまには髪形変えるのもいいと思うわ」
と薫が答える。――その口調に「絶対に逃がさない」という意思めいた物を感じ
満は諦めたように「いいわよ」と呟いた。

その日のPANPAKAパンは、常連客がいつもと少し雰囲気の違うお手伝いを
珍しそうに見ていたという。

-完-

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