「お姉ちゃんだけなんだって」
みのりはいかにも不満そうだ。
PANPAKAパンの中庭でみのりの相手をしている薫はふっと笑って、
「二人しか参加できないんでしょう?」
と優しく確認する。

「それはそうなんだけど……」
みのりはやっぱり不満そうだ。薫と向かい合って座っているテーブルの上の
オレンジジュースをストローで軽く吸うと、
「みのりも行きたかったな」
諦めきれていない表情を浮かべる。
薫はそんなみのりの様子を見てまた静かに笑った。

とはいえ、薫にみのりの状況が完全に理解できているわけでもない。
みのりが愚痴をこぼしていたのは、咲が親戚の結婚式に
行くという話だ。咲だけではなく、お母さんも。

「本当は、お父さんとお母さんの二人に招待が来たんだよ。
 でも、子供を置いていくわけにいかないからって」
また始まった。
結婚式の主役は、みのりと咲の従姉妹だそうである。
お母さんの方の親戚、というものだそうだ。少し遠いところに住んでいるので、
泊りがけでないといけないらしい。

大人二人が泊りがけで行き子供たちだけを家に残していくのも危ないので――薫は、自分たちがこの家に一晩泊まれば安全が確保できるのではないかと思ったが、
そういう問題でもなく、子供だけでは何かが起きた後の対処が仕切れないのだそうだ――
お父さんは家に残り、代わりに咲がお母さんと一緒に行くことになったそうである。

「みのりだって、夏お姉さんにいっぱい遊んでもらったのにな〜」
今度結婚する従姉妹は咲やみのりとは大分年が離れているそうだ。
面倒見が良くて親戚の集まりなどでは咲もみのりもよく遊んでもらったそうである。

「でも、お姉ちゃんだけなんだよ。
 みのりだって夏お姉さんのお祝いしたいのに」
「……」
薫はしばし考えた。自分ならみのりを抱きかかえて飛んで
親戚の家があるという場所まで行くことも……、
いやいや、と考え直す。

――やっぱり、それはできないわ。

薫がちょっと黙ったのを見てみのりは少し冷静になったのか、
「でもね、みのり、お手紙書いたんだよ」
「お手紙?」
「うん、お祝いのお手紙!」
「へえ……」
「いっぱい書いたんだよ、お姉ちゃんに頼んで
 夏お姉さんに渡してもらうんだ」
「いい考えね。みのりちゃんが考えたの?」
うん、とみのりは得意げに頷いた。

「私もいつかみのりちゃんからお手紙貰えるのかしら」
「うーん、薫お姉さんには、出さないかも」
何気なく言った一言に返ってきた言葉に薫はえっと思った。

「だって、薫お姉さんはいっつもそばにいるから
 お手紙出さなくってもいいんだもん」
「みのりー! 薫ー! おやつ食べよー!」
咲が二人を呼ぶ声がした。


「咲、明日から行くんでしょう? もう支度はしたの?」
咲とみのりの部屋に入り、舞と満も含めた五人で小さなテーブルを囲む。
薫が「行くんでしょう?」と言ったのを聞いて咲は一瞬何のことか分からなかったようだが
すぐに了解したようで、
「うん、明日からいくんだけどね。一泊だし、今夜支度すれば大丈夫だよ」
「親戚の家に行くっていう話のこと?」
咲から話を聞いていたらしい舞が言うと、咲はうんと頷いた。
「お姉ちゃん、手紙忘れないで持っていってよ」
「分かってるってば〜。もう、何度も何度も言わなくても」
「写真もちゃんと、撮ってきてよ。ウェディングドレスの」
「分かってるって。みのりこそ、お父さんの仕事の邪魔しちゃ駄目だからね」
「邪魔しないもん!」
むきになったようにみのりが言い返す。
満はそんな様子を静かに見ていたが、そういえば、というように話を変えた。

「明日の夜はみのりちゃん一人で寝るの?」
咲とみのりの部屋は二人部屋なのでそれだけ広い。一人で使うには広すぎる。
眠る時にはちょっと寂しそうだ。

「え、えっとね、それは……」
みのりはちょっともじもじとした。

「お父さんと一緒に寝るんだよね、明日は」
「もうー!」
咲が言ってしまうとみのりは顔を真っ赤にして、
「みのりが寂しいから一人で寝れないんじゃなくて、お父さんが寂しいっていうから
 一緒に寝てあげるの!」
と懸命に言う。
舞はくすっと笑って、

「そうよね、お父さんが寂しいものね」
「うん! だから、一緒に寝てあげるの」
みのりは舞の言葉に満足したようでクッキーに手を伸ばした。

日がずいぶんと傾き西日になると、そろそろ舞と満、薫が帰る時間になる。
三人を送りにでた咲は、「じゃあみんな、また明後日ね」
と手を振った。

「明日は朝早く出るんだっけ?」
満が確認するように聞くと、
「うん、そう。夜明けに出るんじゃないかな?」
夕凪町から新幹線の通る駅まで出るのに大分時間が掛かるから、と咲は答えた。

「そう、じゃあ咲、」
「気をつけてね」
満と舞が口々に言い、三人は咲の家を離れた。


「……薫、どうしたの?」
舞と別れ二人きりになったあと、満は隣を歩く薫に話しかけた。
妙に無口だ。無口なのはいつものことだが、いつもに増して無口である。

「いや……」
薫はちらりと西の空に目をやった。
太陽が沈んでしまうまでにはまだ間がある。

「……満、大空の樹に行こう」
「え? 帰らないの?」
一つ頷くと、薫はさっさと道を曲がった。トネリコの森に行く方角だ。

「……どうしたのよ」
満は小走りに薫に追いつく。薫は相変わらず何も答えないので、
満は諦めて早足に歩く薫についていった。

坂をのぼり、大空の樹につく。
日はもう落ちそうで、当たりも夕闇に包まれてきた。薫は立ち止まり大空の樹を
見上げると、すっと近寄りいつかのように腕を大きく伸ばしてその幹にしがみつくように
抱きついた。

「薫……?」
「満もすれば?」
ぐっと左手だけを伸ばして薫は満の手を掴んだ。勢い、満は大空の樹の方に身体が傾き
そのまま薫と同じように幹を抱く。

「……薫?」
満はしばらく目を閉じて樹に抱きついていたがやがて目を閉じたままで尋ねた。
「……」
薫はやはり何も答えない。

「どうしたのよ」
再度尋ねる、と、薫が樹から身を離す気配がした。
満も目を開け薫の方へと振り返る。

「……大したことじゃないわ。ただ……」
「ただ……?」
「みのりちゃんも咲も、舞も、私たちの知らないことをいっぱい知っているわ」
「……?」
何を今更、と満は思った。そんなことはもうずっと前から分かっていたことだ。
今更悩むことでもない。
満が怪訝な表情をしているのに気づいたらしく、薫は言い直す。

「――私たちにはダークフォールしかない」
「……?」
余計に分からなくなった。満が頭を疑問符で一杯にしていると、薫がええと、
と言葉を繋いだ。

「みのりちゃんや咲、多分舞も、私たちの知らない世界と繋がっている。
 そこはきっと、ここと同じくらい豊かな世界だと思う」
「……何? 咲やみのりちゃんには親戚の家があるって話?」
こくりと薫は頷いた。
「それは、私たちには親戚なんてないけど……」
「そうね。ダークフォールしかないし」
「でもそれは仕方ないじゃない。今から親戚なんてつくれないもの」
「分かってるわ。それは、仕方ない」
「寂しくなっちゃったの?」
満はからかうように言った。薫はむっとした表情を向ける。

「みのりちゃんに言って、一緒の部屋で寝てもらう? それとも、空の泉から
 ムープとフープに来てもらう?」
「……別に、それは必要ないわ」
「……ねえ薫、覚えてる?」
満は手を大空の樹に添えた。
「何を」
薫の声は若干の棘を含んでいる。
一陣の風が木々の枝を揺らしがさがさと音を立てた。もう、互いの顔も見難いくらいの
暗さになってきている。

「私たちが初めて咲にここの場所に連れてきてもらったときのこと」
「……覚えているわ」
忘れるはずがないでしょ。薫はそう言いた気だった。

「あの時、私たちは二人きりだったわ。そう思おうとしてた」
「……そうね」
あまり思い出したいことでもない――、薫の表情はそう語っている。
「本当はあの時、もう二人きりじゃなかったのにね」
満はそれでも言葉を続けた。
「……そうね」
「薫、私たちは二人きりで枯れた泉にいたところから、咲や舞、みのりちゃんと一緒に
 緑の郷で暮らせるようになったわ……みんなが助けてくれたからだけど」
「ええ、そうね」
日が完全に落ちた。星明りが二人を照らしている。

「咲たちみたいに色々な世界――きっと豊かな世界だとは思うけど――を知るのは、
 これからゆっくりでいいんじゃない? すぐに咲たちと一緒になろうとしたって無理よ」
「ええ。――分かっているわ」
薫の表情は良く見えないが声は穏やかだった。

「今日は一緒に寝てあげようか、薫?」
満の声がまたからかうものになる。
「別にいいわ。大体、いつも一緒の部屋で寝てるじゃない」
「薫がどうしてもっていうなら、一緒の布団で寝てもいいわよ」
「いらないわ。蹴られるのはいやだもの」
「ふ〜ん?」
にやにやと笑いを浮かべている満だったが、突然薫に手を掴まれて驚いている
内に大空の樹のすぐ傍にある木の枝の上に二人で立っていた。

「どうしたの?」
「折角だから、月を見ていきましょう。もうすぐ上ってくるはずだから」
「……そう?」
何が折角なのか良く分からないが、満は薫と並んで月がでてくるのを待つことにした。


-完-

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