「メロンパンは当然として、アンパンも捨て難いしクロワッサンも……」
「先、出てるわね」
夏休みである。ソフトボール部エースの咲は集中練習とかで
毎日のように学校に出ている。舞は咲について行ってスケッチを取り、
フォーム改造に協力している、らしい。

らしい、というのはここに居る女子中学生二人――満と薫――は咲たちの練習風景を
一度も見に行ったことがないのでどうなっているのか良く知らないからである。
「練習が一杯入っちゃうとお店の手伝いができないなあ」
と呟いていた咲に
「どうしてもって言うならわたしが手伝ってもいいけど」
満の言葉が発端となり、ここのところ毎日、満と薫はPANPAKAパンに
手伝いに来ている。本当のところ人手は一人で十分なのだが、薫も暇なので
満に付き合うことにしていた。

朝、開店の少し前に来る。夕方、閉店の少し後に帰る。
これが最近の二人の日課である。昼ごはんはパンを3つくらい食べていいことになっていた。
混雑している時間帯が済むと「お昼食べてきていいわよ」と言われ、
二人で庭に出てパンを食べる。――のであるが。
いつもちゃっちゃとパンを選ぶ薫と比較して満は選択にかなりの時間をかける。
その日のパンの焼き具合や気分を総合して判断しているらしいが――何度説明
されても、薫には満がどういう点にこだわっているのか分からない――、
先に庭に出てきた薫はぼんやりと満を待つことになるのである。

「あっ、薫お姉さん!」
パタパタと、足音がした。日向みのり。日向咲の妹である。
「あ、ああ……」
「これからお昼?」
「そうよ」
「えへへ、今日は間に合ったんだ」
左手に持ったプールの道具一式。濡れた髪。みのりは最近、学校のプールに
ずっと通っていた。

「薫お姉さん、みのり今お昼持ってくるから、一緒にお昼食べてもいい?」
「いいわよ」
「じゃあ、すぐ持ってくるね!あ、満お姉さんこんにちは!」
満が挨拶を返す暇もなく、みのりは大慌てでPANPAKAパンに駆け込んで行った。

「どうしたの?」
「お昼一緒に食べたいそうよ。ちょっと待ってればすぐ戻ってくるって」
満の問いに、薫は笑顔で――本人は自分の表情を自覚していないが――答える。
(私が待たせると、不満そうな顔するくせに)
満はそんな薫がおかしかった。
「笑ってるのね」今そう言えば、すぐにいつものように表情を出さないよう努めるに
違いなかった。
(あなたの笑顔は、嫌いじゃない……)
だから、黙っていよう。そう思っていると、言葉どおりすぐにみのりは戻ってきた。
二人と同じように手にはパンの袋を持っている。

丸テーブルに三人で座る。
「それでね、みのり毎日泳いでたらね、今日は赤いラインまで泳げたんだよ!」
「赤いラインって?」
「プールの底に線がひいてあってね、赤いのは端から5メートルのところなの。
 だからみのり今日は5メートル泳げたんだよ!それでね、あとは息継ぎをマスター
 すれば何メートルでも泳げるようになるって先生が言ってくれてだから
 今年は25メートルを……」
テーブルには主にみのりの声が響く。満と薫、二人は相槌を打ちながら
みのりの話すことに耳を傾けていた。


「……そう言えばお姉さん達しばらく見なかったけど、どこか旅行に行ってたの?」
「旅行なんて、行ってないわ」
「それなら、どうしてたの?」
「さあ」「ちょっと別の町に行ってたのよ。用事ができてね」
みのりの問いに対する薫のぶっきらぼうな答えを、満が慌てて取り繕う。
ダークフォールに行ってアクダイカーンと対峙して云々、などということを
みのりに言えるはずもない。

「夏休みの間にどこか行くの?」
「行かないわ」
「みのりもね、夏休みの旅行って行ったことないんだ」
みのりの声のトーンが少し落ちる。
「みんなは行くんだって」
「それはそんなに大事なことなの?」
「大事っていうことじゃないけど、でも行ってみたいなあって……」
「仕方がないでしょう」
冷たいと思えるほど薫はあっさりと言った。
「お家がお店を開いているんだから。お店休んだら、パンが買えなくてがっかり
 する人もいるでしょうね」
「うん、そうなんだけど……」
(薫……言いたいことは分かるけどもう少しなんとか……)
どうフォローしようか、満が考えていると。薫は更に言葉を重ねた。

「旅行に行って何がしたいの?」
「それはその、折角の夏休みだし、みのりもいつもと違うことがしてみたいし……」
「私たちにはあなたを旅行に連れて行くことはできないけれど。
 ……少し変わったものなら見せてあげることができるかもしれないわ」
(薫!? 何言い始めてるの!?)
「変わったもの? ……それ、なあに?」
「さあ」
「それいつ見せてくれるの?」
「店が終わってからよ」
「今日の夕方?」
「そうね。出かけてもいいって、お父さんお母さんに許可を貰えれば」
「うん、みのりお母さんに頼んでみる! それでいいって言ってくれたら、
 連れてってくれるんだよね? 約束だよ!」
「そうね、約束する。……そろそろ私たち、時間だから」
「あ、みのりもお店でお手伝いするー」
三人は席から立ち上がり、そのままPANPAKAパンへ戻った。

客が誰もいないとき、満はそっと薫の傍に立つと耳元に囁いた。
「薫。あの子に何見せる気」
「満だって良く知ってるものよ。そんなに大したものではないわ」
「滅びの力なんか見せるつもりじゃないでしょうね」
「まさか。緑の郷由来のものよ。満にはすこし力を借りるけど」
「……それは、いいけど。でも……」
(緑の郷由来のもので、あの子より私たちの方が良く知っているものなんてあるの?)
満の疑問は「いらっしゃいませ」と言うために飲み込まれた。


「お疲れ様でしたー」
「満ちゃん薫ちゃん今日もありがとうねー。あ、みのりもよろしく」
エプロンを脱いでPANPAKAパンを出るとすぐにみのりがやって来る。
「薫お姉さん、約束だよ!」
「そうね、行きましょうか」
「うん!」
いつかのように、みのりは薫と手を繋ぐ。もう片方の手でみのりは満の手を取った。
「えへへ」と満に笑いかけ、三人は連れ立って歩く。

「どのくらい歩くの? 遠いの?」
「すぐ、そこよ」
薫の足はゆっくりと進んだ。潮の匂いが強くなってくる。
「海――?」
夕日の射す海岸は、海水浴客も多くが帰り支度を始めていて人が大分まばらになっていた。
水が冷たくなってきたのか、海に入っている人はもうほとんどいない。

「みのり、足元に蟹が――」
「あー、本当だ♪」
みのりが蟹に気を取られた隙に、薫はさっと満の手を握ると海に向かってエネルギーを放出した。
薫たちのほど近くにボートの姿が現れる。――誰も気づかなかったのは幸いだった。

(力借りるって、こういうことね)
物を消滅させるときより、物を作り出すほうが遥かに大きなエネルギーを必要とする。
薫から解放された満の手は少し痺れていた。
満の力も使って、薫がボートを作り上げたのだ。

「それなら、行こうか」
「え?」
「あれに乗って」
蟹を追いかけていたみのりはきょとんとした顔で薫を見、指差した先のボートを見ると
驚いた顔をした。
「ボート乗せてくれるの?」
「ええ、まあね」
「みのり漕げないよ」
「私が漕ぐわ」
「わーい♪」
みのりはぴょんとボートに飛び乗る。薫は砂浜からボートを押し出し、それから飛び乗った。
「あれ? 満お姉さんは?」
「私は浜で待ってる」
「そう」
満の言葉を聞くと薫はすぐにオールを握り、力強く漕ぎ始めた。
ボートに乗った二人に気持ちよく風が吹き付ける。

「満お姉さんも来ればいいのに〜」
「浜の方が好きなのかも知れないわ」
「ひょっとして、泳げないの?」
「そうかもしれないわね」
「だったらみのりと一緒に練習すればいいのに」
「そうね……」
しばらくするとボートは薫の目指していた地点に着いた。夕凪町名物、ひょうたん岩の
すぐ傍だ。

「みのり」
オールを止めると、海面を覗いていたみのりを薫は後ろから抱きかかえるようにする。
「少し、目を閉じてくれる?」
左手で後ろから目隠し。みのりは素直に目を閉じた。

「もう、開けていいわ」
「えっ!? ここって!?」
目を開けるとみのりは薫に抱っこされたままひょうたん岩の上にいた。
「ひょうたん岩!? 薫お姉さん登ったの?」
「ええ、まあね」
「す、すごーい高ーい!」
「あ、あんまり暴れないで、危ないから……」
「夕凪町ってこんな風に見えるんだね!」
「そうね。……きれいね」
夕日を浴びて夕凪町の木々は橙色に輝いていた。
木々は生命を謳歌し、貪欲に日の光を吸い込んでいた。

「こっちも」
身体を回し、薫はみのりに夕日も見せる。
いつも見ているはずの夕日はずっと大きく、ずっと強く輝いていた。
ひょうたん岩に打ちつける波の音が耳に残る。
「うわあ〜……」

(ひょうたん岩、ね。なるほど……考えたわね)
そんな二人を、満は海岸で体育座りをして眺めていた。
「みっちるー! そんなところで何してるの?」
後ろから日向咲に呼ばれる。汗だらけになって走ってきた。

「部活終わったの?」
「うん、今日も絶好調ナリ! 満は? 何してるの?」
「妹の成長を見守る姉、ってやつかしら……」
「え?」
「なんでもない」
「ふうん……? あ、そうそう、私もうすぐ集中練習終わるんだけど、
 舞のおかげで新フォームも完成に近づいてきたし」
「そう、良かったわね」
「だから、店のほうの手伝いもできるようになるから」
「そう、……ってことは私たちは」「一緒にやろうよ!」
「えっ?」
信じられないという顔で満は咲を見る。

「だって、必要ないわよ? 私と薫の二人だけでも手が余ってるのに」
「え〜、そんなこと言わないでよ。お母さん達に聞いたんだけど、
 満たちお客さんにも評判良くて、すっかり看板娘なんでしょ?」
「……さあ……」
いつものように誤魔化した、のではなく本当に満は面食らって答えた。
そんな話は聞いたことがなかったが、そういうことになっているのだろうか。
咲がこんなことで嘘をつくとも思えない。

「だからさ、一緒やろうよ、夏休みの間」
「でも、」「忙しい?」「そういう訳じゃないけど」
「だったら、お願い! 私だって満たちがいた方が楽しいし」
「そうね、そうしようかな……お昼のパンも食べたいし」
「ありがとう、満!」
咲は両手で満の右手を掴むと、上下にぶんぶんと振る。
「手、痛いって」
「あ、ごめんごめん。つい嬉しくなっちゃって」
「お姉ちゃん! 今帰ってきたの?」
咲が満の後ろを見ると、みのりと薫が海から戻ってきたところだった。
「やっほーみのり……って、また薫に遊んでもらったの!?」
「うん♪」
「ごめんねー薫、いつもみのりのこと遊んでもらって」
「……別に、謝ることじゃないと思うわ」
「だったらいいんだけど。ほらみのりも薫にちゃんとお礼は?」
「うん! ありがとう薫お姉さん!」
「別に。……誘ったの私だし……」
「じゃあね、満、薫、また明日ー」
「お姉さんたち、バイバーイ」
「バイバイ……」

満と薫は小さく手を振った。
咲とみのりの後ろ姿を見送ってからひょうたん岩を振り返る。
ここから見ると逆光となって黒く沈み込んでいた。

「明日も、晴れるそうよ」薫が小さな声で呟く。
「どうして分かるの?」
「夕焼けの翌日は晴れになるものらしいの。さっきみのりが教えてくれたから」
「明日も晴れか。ねえ、薫?」
「なに?」
「明日も、こんな風にのんびりとしていられるかな?」
「そうね。きっと。……ずっと」


-完-

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