――薫さんって、意外と色々悩むのね。
正直な舞の感想だった。ケーキを選んでいる薫は、もう随分と長いこと、
二つのケーキの間で迷っている。

ゆっくり決められるようにと、舞は薫から少し離れてPANPAKAパンの店内を彷徨う。
いつも見慣れた店内が少し違って感じられた。
――息遣いが、違う……。
そんな言葉で舞はこの違いを表現したくなった。

ここにいる面々は、舞、咲の両親、コロネとその中のフィーリア、それに薫。
傍目から見ている分にはいつもと同じ、PANPAKAパンに来ている客と店側という構図であっても、
フィーリア、薫の二人はこれまでずっとここには来ていなかった存在なので
二人が居るだけで店内の空気が少し変わったように思えた。それも、いい方に。
何がいいと言われても困るが、舞は今の状況が好きだった。

ふと足を止め窓の外を見る。パラソルの下で、咲が満に抱きついているのが見えた。

――咲ったら。
パートナーの分かりやすい感情表現は今に始まったことでもない。

「何しているのかしら? 二人とも」
薫が舞のそばに来た。舞と同じく、満と咲を見ている。
「薫さん……ええと、その」
「あれはどういう意味の行動なの?」
純粋に疑問だ――と言うように薫が舞に尋ねる。少し考え、舞は言葉を捻り出した。

「咲は、確認したいんだと思うの」
「確認?」
「ええ」
「何の?」
「満さんが、帰ってきたことの確認」
「見れば分かるじゃない、そんなの」
「ええっと……その。触って、確かめたいんだと思うの」
「触って?……」
薫はふっと手を動かした。その手がそのまま舞の肩に触れる。
「こんな風に?」
どこかまだ、薫は怪訝な表情を浮かべている。
「二人とも、満さんも薫さんもずっと長い間居なかったのよ。
 だから――まだ、夢じゃないかってどこかで思ってたりするんだと思うの。咲も」
「舞も?」

こくりと舞は頷いた。実際、どこか夢のようだ。
フィーリア王女に二人が帰ってきた理由を聞いたものの、上手く行き過ぎて
どこかで夢ではないかという思いも捨てきれない。

「私たちはそんなに長い間……」
「そうよ。……もう、四ヶ月も」
「そうだったのか……」
薫は呟いた。薫の記憶はアクダイカーンの攻撃を受けたところで終わっている。
だからそんなに長い間眠っていたと言われてもどこか信じられなかった。

アクダイカーン――自分達の産みの親。
今頃自分達の話をドロドロンなりゴーヤーンなりから報告され、さぞ怒っていることだろう。
そう思うと胸が痛む。
しかし自分の気持ちは気持ちで変えることができない――と考え事をしながら
薫は顔を上げ舞が泣いているのに気づいた。

「どうしてまた泣いてるの?」
「ごめんなさい、懐かしいし、――嬉しかったから」
「……」
一体二人にとって、四ヶ月という時間はどれほどのものだったのだろうか。

――私たちにその時間が認識できていたら、私たちも泣いたのだろうか?
考えてみる。だが、良く分からない。

「舞」
名前を呼ばれて、舞は顔を上げた。自分よりも少し背の高い薫が真剣にこちらを見ている。
「咲と同じ事を、してみてもいい?」
「え?」
「咲が満にしているのと同じように、あなたを抱いてみてもいい?」
「いい……けど」
舞の言葉を待って薫は腕を伸ばした。舞はなぜか緊張した。
静かに舞の身体に触れた薫の腕がそのまま舞を抱き寄せる。

薫は無言でしばらく舞を抱いていた。舞も薫になされるがままになっている。

「……温かい」
薫がぽつりと呟く。「薫さん?」
「私たちは、ずっと眠っていた。ダークフォールの水の底で」
「水の底?」
「ああ。なぜあそこに居たのか分からないが……気がついたら、そこにいた」
「そうだったの……」
二回だけ行ったことのあるダークフォールの様子を思い出しながら舞は答える。
「そんなところに」
「眠っている間は全然気がつかなかったんだが、咲と舞の声が聞こえて目を覚ました時、
 ――ひどく、ひどく寒かった」
「薫さん」
薫の声の調子が変わったのに舞は気づいた。

「感覚なんてほとんどないのに水は冷たくて……でも、身体が全然動かなくて、
 ……すぐ近くにいるはずの満にもなかなか手を伸ばすことができなくて……」
「薫さん」
舞を抱く腕の力が強くなった。

「緑の郷は、温かいな」
「薫さん……」
舞はつと薫の腕から抜け出すとその目を真っ直ぐに見た。

「私たち、二度と満さんと薫さんにそんな思いさせないから」
「舞?」
「薫さん達は、あの時私たちを守ってくれたから――今度は私たちが薫さん達を守るわ。
 私と咲で。二度と、そんな思いさせない」
「それはどうかしら……」薫は目を宙に泳がせた。

「あなた達には、力が足りない。今日だってカレハーンとドロドロン相手に負けそうになってたじゃない」
「ごめんなさい、それはそうだけど」
「ダークフォールでカレハーンやドロドロンは弱い方だって言うのは知っているのかしら?
 その二人に負けるんだから、」
「そ、それはそうだけど……」
舞はまた泣きそうになった。今度は薫の辛辣な評価のせいで。

「でも、私たちは満さんと薫さんを守りたいのっ!」
ふっと薫は笑った。
「四ヶ月経っても変わらないのね」
「え?」
「無謀なところも含めて、前と同じだわ。そんなに長い時間が経っていたなんて
 信じられないくらい」
「……」

「舞、私たちにも守りたいものはあるわ。私たちはそれを全力で守る」
「それは……?」
薫は答えなかった。代わりに舞の手を取り、「満と咲のところへ行きましょう」
とだけ言った。

待ちきれなくなった満がもうメロンパンを食べ始めているのが見えた。

-完-

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