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「ゴーヤーンさんはあの屋敷を公に隠して持っていたことが問題視されて
 力を大分失うことになるみたいね。引退するかもしれないって」
舞が町で聞いてきた話を皆に教える。
「そうなの。でも、なんだかもうどうでもいいわ」
薫が言うのに満も頷く。咲と舞は二人のそんな反応を見て何故か安心した。


「ねえねえ、満お姉さんと薫お姉さんにお客さんだよ」
みのりが部屋に入ってきた。
「お客さん?」「誰?」
「すごーく、大きな男の人だよ」
キントレスキーか、面倒くさいわねと満は思った。
――怪我してるって言えば、簡単に引き下がってくれるかしら……

そんなことを考えつつ、咲と舞と共にキントレスキーの前へと出る。
「おお」
キントレスキーはいつもとは少し違う姿をしていた。
笠を被り、荷物を背負った姿はどう見ても旅人だ。

「昨日は中々楽しかったぞ」
「……そう」
満にキントレスキーは壷を持たせた。
「カレハーンに返してやれ」
「私、あなたと戦っていないけど」
「昨日面白い事をさせてもらったのでな。あの得体の知れない屋敷に突っ込んでいくのは
 いかにもお前は若いと思ったが。しかしまあ、昨夜の礼だ」
「そう? それなら貰うわ。……ところで、その格好は?」
「ああこれか。諸国を旅して回り、修行を積んでこようと思ってな」
「そうなの」
満はふっとおかしなことに気づいた。

「キントレスキー、刀は?」
「ミズ・シタターレに預けた。刀を持たぬことで、今までとは違う強さが得られるのでは
 ないかと思ってな。……それでは、生きていたらまた会うこともあろう」

キントレスキーはくるりと後ろを向くと、そのまま悠然と歩いていった。
刀を差していないのに、まるで気にしていないような堂々とした様子である。

「良かったね、舞!」
咲は突然舞の手を取る。
「え?」
「ほら、満たちのお兄さんが道場破り止めてくれたからもう、今までみたいに忙しく
 なることないじゃない!」
「あっ、そうね!」
そういえば道場破りのことをすっかり忘れていたのに舞は気づいた。

篠原道場が襲われて以降全く出てきていないものだから、ついつい
油断してしまっていた。しかし、これでもう本当に警戒を解いてしまって
良いのである。


薫の前に戻り、満は壷を床の上に置いた。見慣れた壷に薫がはっとした表情を
浮かべ満を見る。
「どうしたの」
「キントレスキーが持ってきたわ。昨日は一暴れできたからそのお礼ですって」
「ねえねえ、この中に隠し財産の秘密が隠されてるんだよね」
咲がなぜか声を小さくして話しかける。
秘密と言うことを口にすると自然、声は低くなった。

「カレハーンの話が正しいのなら、そうでしょうね」
「あ、開けてみようよ!」
咲の言葉は当然のものであった。しかし、四人の間に緊張が走る。
隠し財産がどれだけのものか分からないが、これまでの話からすると
相当なものであるはずだ。隠していることが見つかればそれはそれでまた罪に問われる
ことも想像される程度には。

「開けるわよ」
慎重に、満は壷の封をはがした。中を覗き込み、紙片を取り出す。
とうに茶色くなった紙が四つに折りたたまれて入っている。

丁寧に満は紙を開いた。紙は一瞬その開かれた姿をあらわにした。
しかし次の瞬間、
「あ」「あ」
四人が思わず呟く中、紙はぱらぱらと崩れ落ちた。
もう随分古い紙であったため、弱くなっていたらしい。
満と咲、舞は慌てて床の上の紙の破片を拾い集める。
しかし組み合わせてみても、その上に描かれている薄い線は
読み取れるものではなかった。

「ふ、ふふふ……」
満は思わず笑ってしまった。
隠し財産、隠し財産といわれていたものを示す手がかりが、一瞬にして
自分の手から消えてしまった。
これは自分達も、あのゴーヤーンという男も必死になって追っていた筈の
ものなのに、開けてみた途端に消えてしまうような頼りないものであった。

そんな満を咲も舞も薫も、どこか不安そうに初めの内は見ていたが、
やがて三人も声を立てて笑い始めた。
何がおかしいのか自分達でも良く分からなかったがこの状況はどこか滑稽だった。


「仕方ないわね、満」
ひとしきり笑い終えたところで薫が言う。
「ええ、そうね。仕方ないわ。また一から考え直さないとね」
「考え直すって?」
「いろいろよ。私たちがこれからどうするかってこと。
 今までは、まずこの壷を手に入れることを考えていたから、
 全部考え直さないといけないわ」
咲に向って満は答える。
内容からすると落ち込んでいてもおかしくないような言葉であったが、
満の声はどこか弾んでいるようにも聞こえた。

「ねえ、満たちはこれから何をしたいの?」
咲はいつかと同じような質問をした。満と薫は少しの間考える。


「私は……、」
薫が最初に口を開いた。
「舞のお兄さんがしているみたいに、誰かにいろんなことを教えるような
 ことをしてみたいわ」
「私はお団子を作ってみたい」
満が薫の言葉にかぶせるように言う。
「咲のお家みたいに、おいしいものをつくる仕事をしてみたい」
舞には二人の言葉が心地よく感じられた。
何かをしたい、という言葉は未来に向って気持ちよく広がっている。

「ただ、そのためには何分……」
「先立つものが、ないとね」
満と薫は苦笑する。
う〜ん、と咲は腕を組んで考えた。何とか二人に協力したい。
しかし二人に丁度いい仕事というと……なかなか、思いつかなかった。

四人が考え込んでいると外が妙に騒がしくなった。
いつもとは違う騒がしさだ。誰か偉い人でも来たらしい。

数人の足音がどやどやと四人のいる部屋に近づいてくる。
四人は顔を見合わせた。誰かが尋ねてくる心当たりなど、誰にもない。
「若殿のおなりである!」
最初に部屋に入り込んできた侍が大音声で呼ばわった。

「はい?」「何?」「え?」「へ?」
四人が口々に驚いていると、
「頭が高い、控えよ」と言われる。状況の良く分からない四人が顔を上げたままでいると、
「いいのですよ、顔を上げたままで」
怒ろうとしたらしい侍を四人の良く知る高い声が制した。

三、四人の侍の後ろから現れたのはフィーリアである。
四人ともぽかんとその姿を見た。

「舞さん」
「は……はい」
「今まで、あなたにはお世話になりました。この度私は父の跡を継ぐことになったので
 もう寺子屋に来ることはできないのですが」

「は、はい……え?」
舞も、他の三人も今のフィーリアの言葉を反芻する。
さらに、「若殿」と呼ばれていた事を合わせると……
「え〜っ!?」

咲はついつい大声を上げてしまった。
フィーリアはそんな咲の様子に静かに笑う。

「驚かせるつもりはなかったのですが」
「だって、そんな、フィーリアちゃんが若殿だなんて、ええと、その」
「隠していてすみません、ですが身分を明かしてこちらに来るわけにも行かなかったので」
「あの、どうして家にいらしてたんですか?」
舞は当然の疑問を口にした。フィーリアは、町の皆さんと同じ空気を吸いたかったのです、
と答える。

「父の跡を継ぐとあまり気軽に町に出ることもできませんので。
 こちらに来たことで、色々な事を学ぶことができました。ありがとうございます」
「い、いえ……」
舞はひどく恐縮した。フィーリアが丁寧な言葉遣いをするのはいつものことである。
しかし身分を明かされてからその言葉を聞くと、
自分が身の程知らずなことをしているような気持ちになってきた。

「今日はお礼と、お願いがあって伺いました」
「お願い?」
「満さん、薫さん」
「はい」「なんでしょうか」
「お二人にお願いがあります。私のために一働きもらえないでしょうか」
「……え?」
咄嗟のことに、満と薫は返答に窮した。
「お二人は遠いところから来たと伺っています。仕事を探しているとも」
フィーリアはそんな二人に構わず、どんどんと話を進める。

「そ、そうですが……」
「でも、一体何を」
フィーリアは微かに笑った。

「お二人が掏りにあったように、この町も必ずしも治安は良くありません。
 お二人に十手を持っていただき、町を安全にしていただきたいのです」
「どうして、私たちに?」
薫の問いにフィーリアは真面目に答える。

「お二人が真っ直ぐで優しい心を持っているからです」
「でも私たちは、そういった仕事をしたことがありません」
満の言葉にフィーリアはにっこりと笑うと、大丈夫ですよ、と答える。

「誰でも最初は初めてなのです。
 ……それに、あなた方のある種向こう見ずな優しさがあれば大抵のことはできます」
満と薫は顔を見合わせた。仕事がある、と言う点では渡りに船である。しかし――?

考えて見てください、と言葉を残してフィーリアは去った。
咲も舞も何も言わずにただ黙って満と薫のことを見つめている。


数ヵ月後――

「カレッち、満と薫から今月分の仕送りが来たよー」
「よし、しまっとけ!」
闇滝では月に一度こんな会話が交わされるようになっていた。
満と薫が仕送りをしてくるようになったおかげで道場の財政も持ち直している。
道場破りが闇滝の者だったらしい、と噂が立ったときには
ついに門下生がいなくなるのかとも怯えたが、
却ってそれが評判を呼びぼつぼつと門下生も増えてきている。

「一、二、三、チャチャチャ!」
道場の片隅でモエルンバの踊りは今日も冴え渡る。


「いらっしゃいませ〜、あ、満!」
満はひょっこりと甘味処に顔を覗かせた。
咲が目ざとく見つけ、迎え入れる。
「いつものね」
満は言い、どさっと手近な場所に座った。
満の着物は初めて夕凪に来たときと比べて格段に質の良いものになっている。

「今日は何も起きてないの?」
「うーん、まあね。今のところ」
咲が持ってきた団子を満はすぐにぱくつく。
顔が自然にほころんでいく。
「薫は?」「舞のところよ」


薫は寺子屋を訪ねていた。
医者の方の仕事が大分楽になったので、最近は舞も寺子屋に出ている。
薫が来たのに気づくと、舞はぱっと表情を明るくした。
みのりも薫に気づいて飛び出す。

「薫さん、お疲れ様!」
「え、ええ……みのりちゃんを迎えに来たわ」
咲の家に住んでいるわけでもないのに、と思って舞は笑う。
薫が、「みのりを迎えに」と称してここに来て、咲の家まで送っていき、
その後満と一緒にまた仕事に戻るのは見慣れた光景だった。

「今日はね、お習字すごく上手に書けたんだよ!」
「薫さんにこの前教えてもらったからなのよね」
みのりの言葉を舞が補足する。
「うん! 薫お姉さんのおかげ」
薫はみるみる顔を赤くした。「大したことはしてないわ」
照れ隠しをするように、帰るわよ、とやや早口で言う。

「じゃあね、舞お姉ちゃん。また明日」
「じゃあ、舞。また……」
「ええ、またね」
舞が見送る薫の背中はどこか逞しく見えた。


小腹を満足させた満と、みのりを送った薫は連れ立ってまたぶらぶらと歩き始める。
町がもう少し落ち着いたら辞めさせて貰って自分達の夢をかなえようと満と薫は
考えていた。それにはもう少し時間が掛かりそうなのではあるが。


「あ」
満が空を見た。
闇の迫る橙色の空を、巣離れしたばかりの小鳥が真っ直ぐに飛んでいく。



-完-

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