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「いやその、すみません。部下が少々手荒な事をしたかもしれませんが」
「その責任はあなたにあるでしょう」
「いやいや、ごもっともでございます、あの、どうか刀を下ろして」
ゴーヤーンの言葉が終わるのを待たずに打ちかかる。
風よりも速く振り下ろされた満の刀は過たずゴーヤーンの身体を捉え、
横に逃れようとする彼に更に追いかかる。

ゴーヤーンの手から湯飲みが落ち砕けた。
鋭く不快な音と共にゴーヤーンの身体も床に倒れる。満は二度、三度と
刀を振り下ろした。

「満……もう……」
見ていられなくなった咲が満の肩に手を置く。だが満は「離して」と言い
木刀を投げ捨てると腰の刀を引き抜いた。
一度も使ったことのない真剣がぎらりと閃く。

「満っ!」
刀の光に満自身も一瞬の躊躇を覚える。と、薄目で満の様子を窺っていたゴーヤーンが
いきなり身を起こし満の前に平伏した。

「何っ!?」
「あなたのお怒りもごもっとも、部下のなしたことは全て私の責任。
 全く申し訳ないことでございます」
満は頭上に刀を振り上げた。このまま刀を下ろせば、この男を切り捨てることも
可能である。自分の身体がぶるぶる震えているのに満は気づいた。
――このまま、斬るか……?

斬るか、斬られるか。そういった戦いの場においてならともかく、
この状況で真剣を振るうのは、……満にはできなかった。

「……もういい」
満は言うと、刀を持った手をだらりと下ろした。
後ろで成り行きを見守っていた咲がほっと息をつく音が聞こえる。

「いやどうも、ありがとうございます。感謝いたします……」
ゴーヤーンがやや上体を起こすと突然満の腹部に痛みが走った。
一瞬息を止め、満はしゃがみ込む。
腹部を押さえた手に真っ赤な血がついている。ゴーヤーンの投げた小刀が刺さっていた。
「満!」
「やれやれ、血の気が多いばかりの若者は困りますなあ」
ゴーヤーンが満目掛けて振り下ろした刀を咲が咄嗟に自らの刀で受け止める。
咲とゴーヤーンはともに腕に力を込める。
刃を交えたままゴーヤーンは咲を見据えた。

「咲殿。それで私に対抗できるおつもりですか?」
ゴーヤーンの口調はあくまで丁寧であった。
悠然とした笑みも変わらない。

「……できる!」
「……咲」腹部を押さえながら満が立ち上がった。
再び真剣をゴーヤーンに向けて構える。
「おやおや。まだそんな元気がおありでしたか。あまり深くは刺さらなかったようですな。
 しかし……」
ゴーヤーンは右足を床に叩きつける。その音と共に邸内に残っていた部下達が部屋の
中に入ってくる。

「満殿。形勢はとうに逆転しているのですよ」
満はすっと咲の後ろへ移動した。咲と背中合わせになる。
満と咲は互いの背中に相手の存在を感じ剣を構えながら、二人とも
必死に考えていた。ここからどうしたら脱出できるだろう?


ふふん、とゴーヤーンは笑った。

「大人しく壷を渡していればいいものを。変に抵抗するからこういうことになるんですよ。
 薫殿も、それにあなた方もね」
ぎりぎりと満は奥歯をかみ締める。

「さて……」
ゴーヤーンは手を挙げて合図を出そうとした。しかしその時、
外から奇妙な音が聞こえてきた。笛の音である。楽器ではなく、警吏の役人が呼び集められるときの
笛の音だ。音はまっすぐこの屋敷に近づいてくる。全ての者の注意が一瞬そちらに
ひきつけられた。

「咲っ!」
満はぱっと咲の手を掴むと屋敷の者達の隙を突いて逃げる。後から追いかけてくるが
とにかく走る。
屋敷を出ると庭の木の影に隠れた。

一瞬の間をおいて、町方がどやどやと敷地内になだれ込んでくる。
やり過ごすと満と咲は門から外に出る。

「ここで乱闘が行われていると報せがあった」
「いえいえ、そんなことはございませんが」
ゴーヤーンは刀をしまい、にこやかに答える。ゴーヤーンの部下達も、刀を下ろした。

「ならば、何をしていた」
「私どもは邸内に侵入した不審者を捕らえようとしていたばかりで」
「不審者? どこにいる?」
「逃げました。皆様が来てくれたおかげで。まったくありがたいことです」
「なるほど。……それにしてもゴーヤーン様」
同心が妙に馴れ馴れしげに声をかけた。

「なんでございますか?」
「この屋敷は誰の物かと噂になっておりましたが、持ち主はあなただったんですなあ」


「はあ、はあ……」
ゴーヤーンの屋敷から逃げ出した咲と満は近くの川沿いで闇に紛れ
一休みしていた。
うっと満が腹を抑える。

「満、痛い?」
「うん……ちょっと、ね」
咲は満の腹に手をやった。満が痛そうに顔を歪める。血がまだ流れ出している。
咲は自分の袖を引き裂くと、傷口の上から固く巻いてとりあえずの処置とした。
「咲……」
「満、早く帰ろう。家に帰ろう」

そのまま道へ出ると咲と満は目立たないように家を目指した。
月はまだその光を保って輝いている。

甘味処にたどり着くと、舞がその前で待っていた。
「二人とも!」
舞が驚き、嬉しそうな声を上げる。
「舞!」
咲は舞の手を取った。「ごめんね。ずっと待っててくれたの?」
「ええ。二人のこと、心配だったから。……でも良かった。これで薫さんも
 安心だわ」
「薫、どうかしたの?」
「満さんのことが心配で眠れないみたいだったから」
「そう」
「……良かった、二人とも、無事で帰ってきてくれて」
舞は咲の手と満の手に自分の手を重ねた。
三つの手が重なる形になる。

「二人とも、今日はもう寝るわよね」
「う、うん。でもその前に、満が怪我したから……」
家人を起こさないように家に入り、舞に手当てをしてもらう。
「薫さんも二人が無事なのを自分の目で見たいと思うから、明日できたら家に来てね」
そうする、と二人は約束し舞と別れた。そのまま二人とも泥のように眠りこけた。


「で……」
咲と満が舞の家を尋ねたのは翌日の夕方近くである。薫に顔を見せ、
キントレスキーに会ってからの経緯を説明する。

「屋敷の主人とその手下に囲まれて、どうしようかと思っていたら
 都合よく役人の人たちが来てくれて……」
「あ、あの」
咲の説明がそこまで行ったところで舞が口を挟んだ。
「どうしたの、舞?」
「あの、それお役人に報せたの私なの」
「え!? 舞だったの?」
「ええっとそのう……あのお屋敷に入ってしばらく二人が出てこなかったら
 そうしてって、薫さんに頼まれてたから」
「薫?」
満が薫を見る。薫の顔は微かに笑っていた。

「ええ、そうよ。あの屋敷にいる人は得体が知れない。
 あなた達ならうまく隙をついて逃げ出すだろうと思ったのよ。
 たとえ捕まることになっても、殺されるよりはましだと思って」
「まあ……ね」
確かに、そうである。
しかし、薫の掌に乗っていたようでどこか悔しい気もした。
「それはそうと、満。お腹の怪我はどうなってるの」
「大した怪我じゃないわ。大丈夫よ」
「見せて」
薫が言うので、満は着物をはだけた。
包帯が腹部にしっかりと巻きついている。薫はそれを見ると、腹部に
右の拳を叩き込んだ。

「うぐっ!?」
声を上げ、満は腹部を押さえる。咲と舞はことの成り行きに驚いていた。
「な……なんで」
「言ったでしょう、もう私が痛めつけられたことは忘れなさいって。
 人の話を聞かないからこういうことになるのよ」
「……」
「もう、本当に復讐なんて考えるのはやめなさい」
「ああ……もう、なんだか……」
満は天井を見上げた。

「気が済んだ」
「そう」
薫が安心したように答える。
「あんなのを相手にしてたって仕方がないわ」
満の顔はどこかすがすがしかった。何かの憑き物が落ちたようだった。

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