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空は晴れている。もうすぐ月も出るだろう。
満は懐に果たし状を入れ、手には木刀――キントレスキーが薫に渡したもの――を持っている。
腰にはいつものように刀を差し、少し緊張して立っていた。
日はもうすぐ完全に沈む。橙色の夕焼けが空に残り、満の長い影を土に落としている。

咲も道場から借りてきた木刀を手に持ち、引き締まった顔で舞の家の前に立っている。
しばらく待っていると、舞が出てきた。手にもっている袋の中には
怪我の手当てに使うものが入っているのだろう。

「薫さん、眠ってるみたいだから起こさなかったわ」
ああ、と満は頷き、「その方がいいわ。またついてくるとか言い出されても困るから――」
と続けた。

「舞、忘れ物はない?」
「うん、ちゃんと確かめてきたから大丈夫。咲たちは?」
「私たちはそんなに持って行くものもないもんね」
「ああ……」
満は答えながら懐の中の果たし状を出し、時と場所を確認する。

時は今夜、満月が出る頃。場所は先日薫とキントレスキーが戦った河原。
間違いなかった。
再び満は果たし状を折ると懐へとしまいこむ。

「行きましょう」
満の言葉を合図に三人は歩き始めた。三人とも、自分達を見ている目には気づかなかった。
屋根の上に自分達を監視する目があることなど、三人は一度も気づいたことが
なかったのである。


河原に着いたとき、キントレスキーはまだ来ていなかった。満は石をぽんと蹴る。
ぽちゃりと平和な音を立て、石は川に飲み込まれていった。
気温が低くなってきているのを三人は感じた。
もう日は落ちてしまったのだろうか、互いの顔が見にくいくらいの暗さになってきている。
月はまだ低い。辺りを照らすにはいたらなかった。

咲と舞は、思わずきょろきょろと見回してしまう。満と薫の兄がどのような様子でやってくるのか、
二人にはあまり想像できなかった。

――ふむ……
河原に足を踏み入れる前に、キントレスキーは足を止めた。
満と、他二人の女の子が見える。甘味処の娘と診療所の娘だ。
薫の姿が見えないことにキントレスキーはやや不審を覚えた。

しかし、どこにも薫が潜んでいる気配はない。
キントレスキーはそのまま足を進めた。河原に降り立つと、三人が一斉にこちらを向いた。

「キントレスキー」
「しばらくだな、満。薫はどうした」
「薫は来れないわ。怪我が治ってないから」
「怪我だと? ……薫はそんなにも治りが悪いのか」
「どういう意味?」
「薫を立ち上がれないようにはしたが、しかしまだ治らんとはな」
「誰もがあなたみたいな筋肉馬鹿じゃないの。それに薫はあなたと戦った後、
 別の人たちとも戦ったから」
咲と舞は、はらはらしながら二人の会話を聞いていた。
兄と妹の会話にしてはどこかつっけんどんな会話である。内容も物騒だ。
キントレスキーはどこか余裕がある様子をしていたが、
満は薫のことをあんまり言われると木刀を持ってそのまま突っ込んでいきそうだった。

「別の人? 誰だ?」
「知らないわ。壷を欲しがってるらしいけど」
吐き捨てるように満は言った。「薫は今、寝てる。だから私があなたの相手になるわ」
そのまま木刀をキントレスキーに向って突きつける。
キントレスキーはふんと笑った。

「つまらんな」
「何ですって」
「薫とお前の力は同じくらいだ。この前薫と戦った時のことを考えればお前の力も分かる。
 お前一人を相手にしたところで私にとっては意味がない」
「私が薫の代わりに!」

咲が満とキントレスキーの間にずいっと割って入る。
「ほう。私はキントレスキー。鋼鉄のような精神と、鋼の肉体を持つ男」
「は……はあ。そうなの」
「どうした、私が名乗ったのだから名乗るのが礼儀だ」
「さ……咲よ」
「そうか。そちらは?」
キントレスキーは舞のほうを顎でしゃくった。

「舞、です」
「そうか。三人で戦うつもりか?」
「舞は戦わないわ。お医者さんだから、ついて来てくれたの」
「なるほど、用意周到だな。だが――」
キントレスキーは声を潜めた。咲も満も舞も、耳をそばだてる。

「気づいてはいないようだな。囲まれて、いる」
えっと三人は辺りを見回そうとした。だがキントレスキーに止められる。

「馬鹿者、気づいている事を気づかれてはいかん」
「えっとその、囲まれてるって……誰に?」
「あちこちの茂みや岩の影に隠れている者たちがいる」
咲の問いにキントレスキーは答え、「薫と戦ったときもいたな」と付け加えた。
その言葉に満の目の色が変わる。
「薫と戦ったときにいたのと同じ人たち?」
「ああ、同じような気配だ」
「どこにいるの?」
「さっきも言っただろう、そこら中にいる」
満は一瞬地面を見ると、木刀を握り直した。

「キントレスキー、今日の勝負は少し待っていて」
言ったかと思うと満は身を翻した。手近にあった岩へと突進する。
驚いたのはその影に隠れていた者たちである。
満の動きに対応しきれず、次々に叩き伏せられていった。

「満!?」
咲は満を追いかける。止めて、と言おうとしたが、今止めると満が逆に倒されるだけなのではないかと
思うと止められなかった。

ふん、とキントレスキーは笑う。乱戦は嫌いではない。
こっそり隠れているような奴らは嫌いだが、それを追い立てて戦いに持っていくのなら
面白い。

「うおおおおおー!」
一声吼えると、キントレスキーもまた隠れている者たちに向って突進した。

草むらに隠れていた者たちが飛び出す。彼らの使命は、キントレスキーと満が戦っている
間に上手く壷を手に入れることであった。
壷の持ち主を名乗る者が果し合いをしている間に漁夫の利を得る。
それが目的であった筈なので、まさかキントレスキーと満の両者を敵に回すとは思っていなかった
のである。

「さあ、正々堂々勝負しろ!」
出てきた者たちの前にキントレスキーが仁王立ちした。
巨大な体躯に輝く緑の目が怯えた者たちを見下ろし見据える。

一同を指揮していたウザイナーはぱっと逃げ出した。
部下達もそれに続く。
「待て!」
既に倒した者は捨て置き、満は一斉に逃げるものたちの後を追う。
「逃がしはせん、逃がしはせんぞ!」
やけに楽しそうにキントレスキーも叫び、疾走する。
「ちょっと、二人とも止めておこうよ〜!」
咲もその後に続いた。咲の目的は相手を倒すことではなく満を止めることなのだったが。

「え、え〜と……」
舞は事態に適応できずにぽかんとしていた。――その間に河原からは誰もいなくなってしまった。
満やキントレスキーに剣を喰らった者も腰を抑えたりしながらこの場から逃げ出してしまった。

先頭はもうかなりの場所まで進んでいるだろう。舞が今から走ったところで追いつくことはない。

それでも、ふうと息を吸うと舞は走り始めた。そのまま満と咲を追いかけた。


ウザイナーの率いる先頭集団は満とキントレスキーに煽られつつ、
ほうほうの体で例の屋敷へと辿りついた。屋敷の門の中に入り込むとすぐに
門を閉ざし、キントレスキーと満を締め出そうとする。
だが、
「ばかものっ! 敵に背中を見せるものではない!」
キントレスキーは閉ざされようとする門に即座にとび蹴りを浴びせた。
鈍い音と共に門が外れる。ぽっかりと開いたその空間にキントレスキーも満も咲も
飛び込んだ。

「さあどうした、お前達も戦士だろう!」
キントレスキーはそう言い、邸内に逃げ込んだ者たちに戦いを挑むが逃げてばかりで
勝負しようという者がいない。

満はそんなキントレスキーを尻目にだだっと走りこみ屋敷の中へと突進した。
「満!」
咲は満を追いかける。
屋敷の中から何人か、警護に当たっているらしい者たちが出てきたが満の気迫に押されるように
道を空けた。一人、二人、満の前に立ち塞がろうとした者が現れたが――
以前門の前で満と押し問答をした者もいた――、満は木刀を構えると躊躇なくそれらの者
たちに打ち込んでいった。怯んだ隙に廊下を進む。

満は一番奥の部屋、屋敷の主人がいるはずの部屋を目指した。
そこに居る者が薫をあのような目に遭わせる指示を出したはずなのだ。

奥に近づくにつれ何かの匂いが強くなった。ゴーヤだ、と満が気づいたのは
奥の間を開けた時であった。

「おやおや」
奇妙な形の頭をした男が満と咲を部屋へ迎え入れる。
男は悠然と、笑みを浮かべていた。

「ようこそいらっしゃいました、満殿、それに咲殿」
恐ろしく腰の低い態度で挨拶をする。満は男を頭から足まで眺めた。
「なぜ私の名前を知っている」
「知っていますとも、このゴーヤーン、この町のことならなんでも」
「薫を痛めつけるように指示を出したのはあなた?」
満は手に木刀を構えた。

「薫殿……あの、髪の青いお方ですな……少しお伺いしたいことがあったので
 こちらにお招きいたしましたが、決して痛めつけようなどとは……」
「嘘をつくな!」
満は怒鳴った。
「いえいえ、そんな、決して嘘など」
「拷問を受けたと、薫が言っているのよ! しかもその時、ゴーヤの匂いがしたと。
 あなたの身体にしみ込んでいる匂いでしょう!?」
満は刀を構えなおす。すぐに跳びかかれる体勢で、一歩、一歩とゴーヤーンに
近づいていった。その分ゴーヤーンも後退していくのではあるが
満の方が歩幅は大きい。じりじりと、二人の距離は縮まっていった。

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