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【第五話】

舞の家に果たし状の投げ込まれていたのはその数日後のことである。
満と薫宛てであった。

薫がいる布団の傍で満が果たし状を広げる。読みやすいキントレスキーの字が
一面に広がっている。
手紙の本文は、改めて「果たし状」という一言と「満殿・薫殿」という言葉で始まっていた。

「……読んで、満」
腕組をしたまま厳しい顔で果たし状を見ている満に薫が焦れたように言った。
布団に寝ている薫の姿勢から文面を読み取るのは難しい。
咲も舞も、固唾を飲んで満の言葉を待つ。

「私たち二人と、戦いたいらしいわ」
「二人?」
「ええ、二人、同時に。二対一でなら骨のある戦いができるかもしれないと。
 戦いが終われば、いずれにせよ壷は返すそうよ」
「……」
薫は黙って天井を見ていたが、ゆっくりと身体を起こした。
「薫?」
満は薫の行動を心配そうに見る。
「日時は、いつ?」
「今夜よ。今日は満月だから」
「分かった」
「何が」
「一緒に行こう、今夜」
「薫」「薫!?」「薫さん!」
三人が口々に薫の名を呼んだ。薫は無表情のまま布団から立ち上がろうとする。

「何をする気なの」
「付け焼刃でも、少しくらいは刀の練習をしておいた方がいいでしょう」
「薫! だめだよ!」
咲は薫の両肩に手を掛け、薫をむりやり布団へと座らせた。
だが薫はまたしても立ち上がろうとする。怪我人だというのに、その力はやけに強かった。

「薫さん、今出て行ったりしたらまた怪我が悪化しちゃうし、新しい怪我だって多分……」
「構わない」
舞の言葉を切り捨てると、薫は咲の手を自分の身体からはずし押し戻そうとした。
咲もそれに抵抗する。しばらく、無言の押し合いが続いた。

「いいかげんにしなさい、薫」
見ていた満は一言呟くと固定された薫の左手に手刀を叩き込む。
「くっ……」
よほど痛かったのだろう、薫はほとんど声を上げることなく左手を押さえ込んだ。
薫の力が抜けたので、自然、咲も力を抜く。
目に涙を溜め声なく痛がっている薫を他三人が囲んでいるような状態になる。

「か、薫さん、大丈夫!?」
舞がすぐに薫の左手を取る。
添え木が添えられていることもあって、薫の腕が別段新たに傷つけられたわけでもない。
ただ、痛いばかりである。

「……満、なんでこんな……」
「そんな状態で何ができるって言うのよ。大人しくしてなさい」
「大人しくなんて、そんな」
「はっきり言って、今のあなたについてこられても迷惑だわ。
 いつも、自分のできる事をしなさいって言ってるのは薫じゃなかった?」
「……」
黙っている薫に、満の言うとおりだと咲も舞も口々に言い――まず、薫は行かないことになった。

「決まりね。それじゃ」
満は果たし状をがさがさと折りたたむ。
「え? 決まりって、どうするの?」
咲は薫の肩に手を置いたまま尋ねた。今は押さえ込むという形ではなく、
そっと添えているような状態だ。

「決まってるでしょ。私が一人で行く。薫がこんな状態なんだから」
「満」
薫は満に困ったとでも言いたげな表情を向けた。
「何よ」
「それだけはやめて」
「どうして。だって、キントレスキーがこう言ってきてるんだから。多分、
 機会は今しかないわ」
「それは止めた方がいいよ、満」
咲の言葉に、舞も二度三度と頷いた。
「満さん、お兄さんはとても強いんでしょう? それに、薫さんの時みたいに
 また何か怪しいことに巻き込まれるかもしれないし。
 一人で行くのは、止めた方がいいわ」
「丁度いいじゃない」
満はわざと、鼻で笑った。

「薫をこんな風にした奴らが現れるのならうってつけだわ。
 そいつらを、痛めつける絶好の機会よ」
「……止めなさい、満」
満は薫には直接答えず、果たし状をぽんと薫の布団の上に置いた。


「何かが出てくる可能性があるなら、これに乗らない手はないわ」
「止めなさい!」
薫が声を荒げた。基本的に冷静な薫にしては珍しいことである。

「……何よ」
「あなたでは無理よ」
「何が」
「キントレスキーと戦うのも、その後であの屋敷にいる奴らと戦うのも」
「……この機会を逃したら、恐らく二度と巡ってはこないわ。
 薫を襲った奴らは壷を狙ってるのよ。キントレスキーが持ってる壷を。
 その壷を巡って戦うと知れば、必ずやってくるわ。
 うまくすれば、思い知らせることができる……」
「……もう、いい」
「何が」
「思い知らせるなんてこと、考えなくていい。私が怪我をしたことは忘れて。
 もし首尾よくあの屋敷の人たちを痛めつけたとしても、次は満が恨まれてつけ狙われるだけよ」
「忘れられるわけないじゃない」
何を言っているのか、と満は思う。
満は薫の左手を掴んだ。痛さに薫が顔をしかめる。

「こんな状態になってるのに、忘れられる筈ないじゃない」
満は手を離す。薫は自由になった左手を右手で軽くさすった。
「満、薫の言う通りだと思うよ」
これまでずっと黙っていた咲が口を挟んだ。
「何よ、咲まで」
「満の気持ちは分かるけど……」
咲は薫の後ろから顔を出すようにして満に話しかける。

「満があんまりそんなこと言ってると、薫だって心配しておちおち
 寝てられないよ。そのこと、もうあんまり考えない方がいいと思う」
「……」
「ねえ、満。薫は自分が怪我させられたことはもちろん怒ってるけど、
 でもそれよりも、満が危険な目に遭う方が心配なんだよ」
「でも、……それを置いておいても、行かないと。キントレスキーに会って、
 壷を返してもらわないと」
「そうね」
薫が落ち着いた声に戻った。

「満が一人で行ったとしても、キントレスキーは容赦しないでしょうね。
 壷を返してもらうには、やっぱり満が一人だけで行っても……」
「それなら、私が行くよ!」
咲があっさりと言った。

「満がどうしても行くって言うんなら、私がついてく」
「咲」
舞は心配そうに三人の様子を見守っている。
「どうして、あなたが?」
来るな、と言うように満は言った。

「咲はこのことには関係ないじゃない」
「関係ないけど、でも手伝うよ。満と薫が困ってるんだし」
「あなたにはどれだけの力があるの?」
そんなに強いわけではないでしょう。満はそう言いたげだった。

「う〜ん、確かにそんなに力はないかもしれないけど、でも私だって行かないよりはましだと
 思うし。満はどうしても行く気で、薫は満を一人だけで行かせたくはないんでしょ?
 だったら」
「頼む」
満が答える前に薫が咲に答えた。

「薫あなた……」
満は解せないと言った表情をした。薫が咲に頼むとは思っても見なかったのだ。
満から見ていても、薫がこの夕凪に住んでいる人たちの事を――みのりや、咲や、舞たちの事を――
気に入っているらしいことは分かる。
薫がそのような相手に対して危険な場所に行って欲しいと頼むことは
満には予想できていなかった。

「満を、頼む」
薫は満がそんな風に思っていることには気づいていない様子で咲に繰りかえす。
咲は、任せといて!と胸を張った。

「頼りないかもしれないけどさ、満が危険な目に遭わないように頑張るよ」
「それなら、私も行くわ」
舞までがそんなことを言い始めた。どうして?と問う満に舞は、
「咲や満さんが怪我したら、すぐに手当てできた方がいいと思うから」
と答える。
その表情はきわめて真剣で、思いつきで言ったようには見えなかった。
この会話を始めた頃から舞はそのことを考えていたのかもしれない。

「そうだね! やっぱりこういう危なそうな時は、行ける人みんなで行った方がいいよ」
全くこの子達は、と満は思った。どこまでもお節介なんだから。私と薫の問題なんだから、
放っておけばいいのに――と思いながら、同時にこういう人たちだから、とも思う。
満にとって咲と舞は今まであまり接したことのない類の人間ではあったが、
しばらく一緒に過ごしている間にその思考過程も何となく分かるようになってきていた。

「……じゃあ、咲、行きましょ」
「どこ行くの? まだ早いよ」
「外に出て、少し身体を動かしておいた方がいいと思うわ」
「あ、じゃあ篠原道場に行こうよ! みんなぼつぼつ稽古を再開しているみたいだから、
 混ぜてもらって準備運動にしよう」
「ああ……泉田さんも?」
「うん、もうそろそろ復帰すると思う」
「そうか」
舞に薫の事を頼むと、満と咲は共に部屋を出た。舞と薫はその背中を見送る。
心配そうに二人の事を見送っていた薫だったが、二人の姿が見えなくなると
舞のほうへと向いた。

「迷惑かけるわね。どこまでも」
「ううん、気にすることないわ」
舞は微かに笑って首を振った。
「咲は誰かが困ってると放っておけないから」
「あなたもね」
「私?」
舞は少し薫の言葉を考え、

「咲と一緒にいたら、こうなっちゃったの」
そう言ってまた笑った。
「そう」
薫も微笑した――あの子の傍にずっといたら、確かに何かが伝染してくるのかもしれない。
それは悪いものではないだろう。

「迷惑ついでに、舞に一つお願いがあるんだけど……」
薫はまた真剣な表情に戻った。

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