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「薫? 言われたもの、見当たらなかったんだけど」
満が部屋の中に入ってくる。びくりとした咲と薫を見て怪訝な表情を浮かべた。

「ああ、そう? じゃあ勘違いだったかしら」
「どこかで調達してくる?」
「いいわ、どうしても必要なものではないから」
「そう」
いぶかしげな表情のまま、満は床に座る。薫が昨日と同じように
朝食をきれいに平らげているのを見て、満足そうに微笑んだ。

「そういえば、咲」
「ん?」
「昨日私が寝た後どうしたの?」
「舞とちょっと話して、それからみのりと一緒に帰ったなり〜」
「そう。おいしかったわ、篠原先生にも伝えておいて」
ふふ、と咲は笑った。
「何よ」
まさか自分が寝ているときに変な寝言でも言ったのでは、そう考え満は
咲を半ば睨みつけるように見る。

「私誰かと二人っきりでお酒飲んだのなんて初めてだよ。
 初めての相手が満だったのが不思議だっただけ」
「ふん」
満は軽くそっぽを向く。

薫はいつものように舞から渡されている痛みを和らげる薬を飲んだ。
相変わらず苦い。慣れれば飲みやすくなるのかと思ったが、
そういう性質のものでもないらしい。一度飲み忘れたふりをして飲まなかったことが
あるのだが、満に見つかって強制的に飲まされた。

「じゃあ、ちょっと舞呼んでくるね」
「それなら私はこれを片付けてくるわ」
咲と満は食事を終えた薫の食器を手分けして持ち、一旦薫の部屋を出る。

薫は二人が部屋を出るとまた布団の中に横になった。
怪我を負ってから少し時間が経っている。傷跡は少しずつきれいになっていてはいるが、
まだ元通りに動けるほどではない。それに左腕は添え木に固定されたまま、
少しも動かすことができないでいる。

「あの……」
静かに部屋に入ってくる足音がした。
薫が見やると、みのりがおずおずとした表情でこちらを見ている。
「どうしたの」
「薫お姉さん、お怪我どんな?」
見ると、みのりは身体の後ろに花を隠している。何のつもりだろうと思いながら薫は
ゆっくりとその身を起こした。

「薫お姉さんは静かに寝てなくちゃいけないから、薫お姉さんから呼ばれなければ
 みのりしばらくお部屋に行っちゃいけないって言われたんだけど、でも、
 お見舞いしたかったから……」
「こっちへ」
薫は右手を振り、みのりを自分の傍まで来させた。

「はい、これ」みのりは後ろに隠していた花を薫に渡す。
薫はありがとうと言って受け取った。瑞々しい匂いがした。

右手に薄い桃色の花を持ったまま、薫はみのりに尋ねる。
「……どうして、お見舞いに来てくれたの?」
「え?」
質問の意味が分からないと言うようにみのりはきょとんとした顔をした。
少し考えてから、

「だって薫お姉さんだもん」と答える。
「それが?」
「お姉ちゃんのお友達だし、うちにも住んでるし……みのりが転びそうになった時、
 支えてくれたし……」
我知らず、薫は花を布団の上に置くと右手でみのりの髪を撫でていた。
「変わった子ね、あなたは」
「え?」
薫の掌の下でみのりが見上げる。
「初めて会ったときから、私や満に話しかけてきたでしょう。しつこいくらい。
 あれは何故?」
「え……っと、だって、薫お姉さんたち遠いところから来たみたいだったし、
 みのりが言ったことのない場所のお話聞きたかったから」
当たり前のようにみのりが答える。この子にはきっとそういうことも当然の行動なのだ――
と薫は理解した。

「満も私も、誰かに興味を持たれたことなんてなかったから」
薫は手を動かし続ける。
「だから、すごく新鮮だったわ」
みのりは黙っていた。薫の言っていることは言葉の意味としては分かっても、
実感を伴って理解できるものではなかった。
薫の部屋の前をフィーリアが通った。二人の姿を見ると何かを言いかけ、
しかしそのまま立ち去った。薫もみのりも、そのことには全く気づかなかった。

「あれ、みのりちゃん?」
舞が入ってきた。後ろには咲の姿も見える。
「あ、こら、みのり……」
「いいの。私が呼んだから」
咲が何か言いそうになる前に薫がみのりを庇う。
「これ、みのりちゃんが?」舞は布団の上に置いてある花を指した。
「うん、お見舞いにって思って……」
「あとでちゃんとお水上げて、薫さんの傍に置いておきましょう」
舞はみのりに向かってにっこりと微笑む。
「うん!」
咲は最初の困ったような顔はどこかへ行ってしまって、今ではそんなみのりを優しい目で
見ている。
咲にとってはみのりが来ることで薫を疲れさせたり、舞に迷惑をかけたりすることが
気になっていたのだが、そういうことがなさそうであればとりたててみのりに怒る理由はなかった。

舞の診たところ、薫の様子はあまり昨日と変わってはいなかった。
昨日より悪くなっているところはない。昨日より良くなってはいるのだろうが、
その変化は微かではっきりと見えるものではない。
そういう意味で、
「順調だと思うわ」
と舞は言った。


「あら、ご機嫌ね」
ミズ・シタターレの家に戻ってきたキントレスキーは今度は手紙をしたためている。
「ああ、いいことを思いついた」
「果たし状」と書いてある手紙を、キントレスキーは最後の地図まで書き上げた。


【第四話 完】

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