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目を覚ました満は自分がどこにいるのか一瞬分からなかった。
柔らかい布団の中にいる。隣に薫が寝ている気配も感じる。
――薫の病室か……あれ? 私どうして寝てるんだろう?

頭を軽く振り、記憶を辿ってみる。

最後に覚えているのは咲と酒を飲んでいたことである。中々美味しかった。
しかしそれで今、寝ているということは……、

――飲みながら寝たのか……

布団に寝かされているということは、誰かが、多分咲が、満を布団まで運んで
くれたのだろう。
――全く、こんなこと……

満は恥じた。怪我をしている薫が皆の手を煩わせるのは仕方がない、当たり前のことである。
しかし怪我一つせずにぴんぴんしている自分が咲の手を煩わせるのはいかにも
みっともないことのように思えた。

まだ少し頭の中がぼんやりしている。
満は布団の上に正座して座り二、三度目をしばたかせると
立ち上がろうとした。と、手を薫に掴まれた。

「……薫?」
「満……」
「ごめん、起こしちゃった?」
「ううん、さっきから起きてた。満が起きる少し前から」
「そう、また寝た方がいいわ。私、ちょっと顔を洗ってすっきりしてくる」
薫は無言で満の手をぐいと引いた。予想外に強い力で、
満は布団の方に倒れこむ。

「何?」
「満も、もっと休んでた方がいいわ」
「そんなことないわよ。十分休んだわ。それに、こんな昼間から寝るなんて」
だが、薫は満の手を離さなかった。
「薫?」
「休んでなさい、少し」
「必要ないわ」
「私、怪我してよかったと思ってる」
怪訝な表情を満は浮かべた。それが薫に見えているのかは良く分からなかったのだが。

「キントレスキーが私の方に来て、満が怪我するようなことにならなくて
 良かったわ」
「何を……」
言ってるのよ、満は思う。
「でも、私が怪我したことで満があれこれ心配したり身体を休めることが
 できなくなったりするのは見たくない」
大丈夫よ。満は答えた。私、本当に十分休んだから。薫が寝てたとき、
私もちゃんと休んでたから。

「そう……」
なら、いいけど。そう言って薫は手を離した。

「そういえば舞のお父さんには診てもらった?」
「ええ。特に悪化しているところはないから、安心していいって」
「そう。良かった。じゃあ、ちょっと顔洗ってくるね」
満はしっかりとした足取りで部屋を出た。


顔を洗っていると、舞がやって来た。
「満さん、起きたんだ」
そう言われ、舞にも眠っているところを見られたのかと思うと
満はまた恥ずかしくなった。

「そ、そうね、つい眠ってしまって……」
「咲が言ってたわ。満さんの飲みっぷりがすごく良くてびっくりしちゃったって」
――そうだ、咲。
そもそも自分が寝てしまっていたのは咲に酒を勧められたからである。
その当人はどこにいったんだ、と満は思った。

「咲はどうしたの?」
「みのりちゃんを連れてお家に帰ったわ。また満さんたちの様子を見に来るって言ってたけど……」
「そう」
――また、ね……
満は舞の顔を見た。舞は至極当然のことを言ったまで、というように
落ち着いた顔をしている。

「一つ、聞きたいことがあるんだけど」
「なあに?」
「咲や――それに今日酒をくれた篠原先生とか、あなたも、どうしてそんなに
 お人よし、と言うか、私たちにいろいろしてくれるの?」
「私、何かした?」
「薫を診てくれてるし、ここに泊めてくれてる」
「うーん、咲がいるからかな……?」
「咲が?」
「うん。咲って凄く優しいし、私を包み込んでくれるみたいなの。
 咲と一緒にいると、そういうことをするのがすごく自然なことに思えてくるの」
「そうなの」
「ええ」
舞は満面の笑みを浮かべて頷いた。


翌朝、咲と満は一緒に舞の家を訪ねた。
薫が急変する心配もおそらくはないだろう、ということで
満は甘味処に戻っていたのである。

薫の部屋を覗くと、昨日と同じように朝ごはんを食べている薫の
姿があった。一人なので昨日よりも食べにくそうにしている。

「おはよっ、薫! どんな?」
咲は遠慮なく部屋に入っていく。薫は驚いて匙を取り落とした。
「あわわ、ごめん、びっくりさせちゃったね」
咲が慌てて拾い上げる。
「別にいいわ」と薫は答え、「それで、どんな?」という満の問いに
「昨日と同じくらい。悪くなってるってことはないわ」と言う。
「そう」
薫の答えに満はわずかに顔を曇らせた。分かっていたことではあるが、
一足飛びに回復して行くということはないようだ。

「そうだ、満……」
思いついたように薫が言う。
「甘味処においてある私の荷物の中から、持ってきてもらいたいものがあるの」
「何?」
「ちょっと分かりにくいと思うんだけど……」
事細かに、薫は指示を与える。なんでそんなものが必要なのかと満は不思議そうな顔を
したが、言われたとおりに一旦戻る。部屋には薫と咲だけが残った。

「咲」
満が部屋から出て行ったのを見届けてから薫は咲に真剣な視線を投げる。
「ん?」
「昨日満がどこへ行ってたのか知ってる? 朝ご飯の後」
「え……ああ、まあ……」
「知ってるのね。どこへ行っていたの?」
「私が見たわけじゃないんだけど、フィーリアちゃんによると……」
「フィーリア?」
「会ったことなかったっけ? みのりの友達。寺子屋にも来てる、目の見えない」
「ああ、分かったわ。それで、その子が?」
「うん、満と会って連れて戻ってくれたらしいんだけどね。薫が
 連れてかれたあのお屋敷の前で思いつめたような顔をしてたって」
「やっぱり」
薫はため息をつく。

「満はきっと、薫がこんな目に遭わされたのが許せないんだと思う……」
「そうなんだろうけど、……やめてほしい……」
「薫もそう思うの?」
咲は食事をする薫に顔を近づけた。
「あの屋敷は危ないわ。満をあまりあんなところに近づけたくない」
「分かるよ、薫。私もそう思う。満のこと、良く見ておくよ。
 変なこと考えないように」
「頼む。私もできるだけ満を引きとめるつもりだけど……」

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