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薫が自分の状態を把握したのは翌朝になってからである。
折られた左腕には添え木が当てられ包帯で固定されている。
身体中のいたるところにある火傷には薬が塗られ、その上から更に清潔な布を当てられていた。
結果、薫は顔をのぞき身体中のあらゆるところに包帯が巻いてあるような状態であった。

朝食は粥を舞が用意してくれていた。左手の使えない薫が食べにくそうにしているので
満が手伝う。

「父が昼頃薫さんの様子を見たいと言っていたわ」
今は急な患者さんに呼ばれて、ちょっと出ているけれど、と舞は続ける。

「でもよかったわ、薫さん。昨日と比べてずっと顔色が良くなっているわ。……」
舞は何かを言いたそうにしていた。大方、あのことだろうと満は察した。

「薫。何があったの?」
代わりに満が尋ねた。舞の表情を見て、聞きたかったのはこれで合っていたのだと
満は確信を深めた。

「……ん」
薫は粥を掬っていた匙を置いた。どこから話そうかと考えているような様子を見せたが、
「あそこで待っていたら、キントレスキーが来たのよ」
最初から話すと決めたようだった。
キントレスキーが来たと言う話を聞いてやっぱりと満は思った。
キントレスキーはやはり薫の方へ行っていたのだ。

「壷を返してと言ったら、返して欲しければ倒してみろと言われたの。だから
 私はキントレスキーと立ち会ったけど――強かったわ。やっぱり」
全然敵わなかった――と言う薫の顔にはわずかながら悔しさのようなものがにじんでいた。
「それから?」
話を続けるように満が促す。あまり覚えていないの、と薫は言った。

「キントレスキーに倒されたとき、私は失神してしまって……次に意識を取り戻した時には
 誰かに担がれてどこかへ連れて行かれるところで……抵抗した、けど、また殴られて
 気を失って。もう一度目を覚ましたときにはひどく暗い部屋で――そこで……」
薫は言葉を詰まらせた。
「拷問を、受けた?」
満の問いに薫は頷く。
「隠し財産について知りたがっていたみたいだった……」
そっちか、と満は思う。どこかからか隠し財産の話を聞き、薫を捕らえたのだろう。
「薫さん、相手がどんな人だったかは覚えてる?」
「暗くて――」
薫は俯いた。
「誰の姿も良くは見えなくて……ただ――」
「ただ?」
「どういうわけか……ゴーヤの匂いがふっと。多分一番偉い人だと思うけど、その人が来たときに」
舞も満も、薫が冗談でも言い始めたのかと思った。
しかし薫はこんな場合に――いや、どんな場合にも――わざと冗談を言うような
たちではなかった。

「冷めちゃうわ」満は言い、薫の手に再び匙を持たせてやる。
「……うん」
「ねえ舞……」薫が再び食べ始めたのを見て、満は舞のほうに身体を向けた。

「あの屋敷には誰が住んでいるの?」
舞は申し訳なさそうに、
「私たちにも分からないの」と答える。

「でも、あれだけ大きなお屋敷なんだから」
「ええ……誰が住んでいるかってくらい、知られてておかしくないの。でも、
 誰も知らないのよ……」

ふん、と満は思う。
どうにも胡散臭い相手である。
しかし相手が誰であるとしても、薫にこんな怪我を負わせたことは許せない。

「ごちそうさま」
薫が匙を置いた。器の中はきれいに空になっている。
「良かった、薫さん。全部食べられたのね。何よりだわ。はい、お薬」
「これは?」
薫は受け取り、舞に尋ねる。痛みを和らげるお薬、と言うのを聞いて納得したようだった。

「苦いんだけど、お水で一気に飲んでね」
薫は言われるままに薬を飲んだ。本当に苦くて思わず吐き出しそうになったが
我慢して飲み込む。満が飲み込んだ後の薫の背中を軽くさすった。

「薫さん、父が戻ってくるまでまたしばらく寝てた方がいいわ」
舞は薫の食べ終わった食器を片付けにかかった。満も手伝う。
廊下に出た舞に続き、満も廊下に出た。
「舞……」
「満さん?」
薫の傍にいるときとは様子の違う満に舞は、きょとんとした表情を浮かべる。
「薫は後、どのくらいかかるの? 全快するまでに」
「う〜ん」
舞は考える。薫さんの体力にもよるけど、と前置きして、
「骨も折れているから、一ヶ月はかかるんじゃないかしら。一通り治るまでに。
 元通りに身体が動かせるようになるまで、って言ったらもう少しかかるかもしれないけど」
「一ヶ月……そう」
「ええ。焦るよりは、ゆっくり確実に治した方がいいと思うわ」
「……舞」
言いにくいことだけど、と満は言葉を続けた。
「私たちには、舞も知ってる通りお金がないの。だからその、治療費が……、
 いずれ必ず払うから……」
舞は皆まで聞かずに安心して、とにっこり笑った。

「満さん達の事情はちゃんと分かってるから。満さんは安心して、
 薫さんにゆっくり療養させてあげて」
満は安堵の息をついた。

【第三話 完】

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