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「咲、ひょっとしてこれ……」
舞が木刀を取り上げる。
「薫さんが、道場破りの人と」
「……」
咲は黙っていた。考えれば考えるほど、悪い想像ばかりが浮かんでくる。
額に滲み出してきた嫌な汗を咲は袖で拭った。

「舞、満のところに行こう」
咲は木刀を左手に持ち、右手で舞の手を引く。月明かりで見る舞の顔は
いつもよりも白くなっていた。
――私も、きっと血の気が引いてる。
咲はそう思った。

二人が戻ったとき、満は相変わらず暇そうにしていた。
おにぎりは最後の一つまで食べ終わってしまって包み紙だけをその手に握っている。

「満!」
「あ、咲、舞、どうし……」
「満! 大変! 薫が!」
走ってくる咲と舞に満は怪訝な顔をしていたが「薫が」という言葉を聞いて
その顔つきが真剣になる。

「どうしたの、薫が!?」
咲は走ってきた荒い息そのままに、「薫が、道場、破りと、戦った、みたい」
と満に伝えた。
「『みたい』ってどういうこと!? 薫はどうなったの!?」
咲は、はあはあと息をついた。満はその肩に手を置き、少し揺さぶる。
舞は声も出せないくらいに息が乱れきっていた。

「薫、どこにも見つからなくて、それで人に聞いてみたら道場破りみたいな
 人と河原で、睨みあってたって話で、でもその河原にも薫はいなくて、
 で、これが落ちてたの」
咲は満に木刀を見せた。
「これ……キントレスキーの」
キントレスキーは常時木刀を持ち歩いている。
いつでも手合わせしたい者とできるように、ということらしい。
満にとって、残されていた木刀は紛れもなくキントレスキーの残した印だった。

咲と舞はようやく息を落ち着け、満の様子を見守る。
「……それで、薫は?」
「探したの、すごく探したの。薫さんのこと。でも、どこにも……」
「どこにも?」
「どこにも、いなかった。……満?」
満は咲の手にキントレスキーの木刀を押し付けた。
そのまま何も言わずに走り出す。
「ちょ、ちょっと待ってよ、満! は、走ろう舞……」
咲と舞も手を繋いで満の後を追う。西の空には欠けた月が煌々と輝いていた。


「薫! 薫!?」
薫がいたはずの道場の傍で満は叫ぶ。道にはもう人影はない。
「薫!」
いくど叫んでも薫の声が返ってくることはなかった。どこかで犬が吠えている
声は聞こえたがそれだけだった。
「薫……」

「満……」
ようやく、咲と舞が追いつく。
「薫、いた?」
満は俯き、首を振った。肩をがっくりと落とした満の姿は普段強気な時のものからは
まったく想像できないものだった。

「キントレスキー……」
満は小さな声で呟く。
「お、お兄さんが薫をどこかに連れて行ったのかな?」
「ひょっとしたら薫さんがどこか怪我して、それでいないのかも?」
満はまた首を振った。
「薫が怪我してようが死にかけてようが、連れて帰って治療するような
 キントレスキーじゃないわ」
「……」
咲と舞は何もいえなかった。今まで分かっているのは薫がおそらくキントレスキーと戦ったこと、
そしてその姿がどこにも見えないことだ。

「満、一度休もう。もう誰かに聞くこともできないし、こんなに暗いと探しきれないよ」
咲は満の手を握ろうとしたが、
「嫌よ」ぱっと満は手を離した。
「満」
「薫を探す。休んでなんかいられないわ」
「気持ちは分かるけど、でも」
「のんびり休む気になんてなれないの」
「満さん、ひょっとしたら薫さんは家の方に戻っているかも……」
「それ、本気で言ってる?」
「……」
満にきっと睨みつけられ、舞は何も言えなくなってしまった。咲がまあまあ、ととりなす。
「もうすぐ月も沈むし、どっちにしろ家に灯りは取りに帰らないといけないんだから、
 一度戻ろう、ね、満」
「……それなら私は一人でここで探す」
「だめ。それだけはだめ。絶対だめ。満まで何かに巻き込まれるかもしれないじゃない!」
「何に巻き込まれるって言うのよ! 私は大丈夫よ」
「大丈夫じゃないってば! とにかく、危険なことはだめだから。
 満まで何かに遭ったら薫のことどうするの!?」
三人はともに家に戻ることにした。西の地に沈もうとする月は赤みを帯びてきていた。


時間を少し遡る。
キントレスキーに倒された後、薫はどうなったのか。
薫自身にも細かい経緯は分からない。

ただ気がついた時、薫は誰かの肩に担がれてどこかに運ばれようとしていた。
キントレスキーかと一瞬思ったが、違う。知らない人物だ。
自分を担いでいる者の他に何人かが周りを囲み、同じ方に向かって歩いている。

――私をどこへ……?

一言も喋ることなく歩き続ける集団を薫は不安に思った。
頃合をはかり、自分を担いでいる者の背中から飛び降りる。
そのまますぐに周りを囲む者たちをかいくぐり逃げる……はずだった。
しかしキントレスキーと戦った身体はまだ回復仕切ってはいなかった。
誰かが薫を後ろから殴った。さらに腹部を。薫は再び意識を失った。


「連れてきてどうするんです! しかも、ここへ!」
薫を連れた一行はある屋敷へ――夕凪町の中心地に近い、かなり広い屋敷へと
入っていった。

ここは持ち主が誰とも知れぬ屋敷として町人には有名ではあった。
相当な地位を持つ者の所有であろう、ということは囁かれていたが、
具体的に誰の者であるかは分かっていなかったのである。

ウザイナーはこの屋敷の持ち主にこれまでの経緯を告げた。
道場破りを見つけたこと、道場破りが誰かと戦っていたこと、
道場破りはその者を倒して逃げたこと、云々。
この屋敷の持ち主、ゴーヤーンは一応報告を聞いていたが、

「それで道場破りはどうなったのです? 逃げられた!? 何をやっているのです!」
ウザイナーは言葉を継いだ。
道場破りと、今連れてきたものが隠し財産の壷がどうの、という話をしていたと。
財産と聞きゴーヤーンは目の色を変えた。

「ふむ、財産ね」
ウザイナーはゴーヤーンの次の言葉を待っている。
ゴーヤーンは手にした茶碗をくるくると回すと茶を飲んだ。
「はあ、まったりまったり。
 ……すると道場破りとその者とは何らかの関係がある者で財産を争っているらしいと。
 しかもそれは隠し財産であると。ふむ、……けしからんことですね」
けしからんと口では言いながらゴーヤーンはにやりと笑っていた。

「そのようなことに関わる者ならば調べなければなりませんな。
 道場破りの居場所を知っているかもしれませんし、……その隠し財産とやらについても……。
 任せます。言わないようなら少々手荒に聞いても構いませんよ」
ウザイナーは了解した。

冷たい水をかけられ、薫は目を覚ました。今度は暗い中にいた。
漆黒の、闇の中にいる。どこか建物の中であるらしい。
水を払おうとしたが手が動かない。両腕とも手首に絡みついた縄で
拘束されている……誰かが蝋燭に火を灯した。
自分が小部屋の中にいることが見て取れた。

ちろちろと燃える火が自分の目に近づけられる。
蝋燭を持つ者の顔は見えなかった。頭巾のようなものでも被っているのかもしれない。
蝋燭の燃える臭いに薫は少しむせそうになった。

「道場破りはどこに行った?」
蝋燭を持っている者が低い声で薫に問いかける。そのことか、と薫は思った。
「知らないわ」
「隠し財産の壷とは何のことだ」
「……知らない」
「そんなはずはないだろう」
瞬時に背中に熱い痛みが走った。焼け付いた棒か何かを振り下ろされたようだった。

――そういうことか……
薫の頭は妙に落ち着いた。
――何としてでも、キントレスキーのことと壷の事を聞きだしたいのか……
もう何も喋るまい、と薫は心に決めた。こんな扱いを受ける謂れはない。
ふっと、ゴーヤの匂いがした。場にそぐわないので薫は奇妙に思った。
「どうです」部屋の外から小さな声がする。
わずかに見える隙間から薫は部屋の外を見ようとした。奇妙な形の頭が見えた。

「聞かせてもらおうか。隠し財産の壷とは何だ? 口がきけるうちに言った方が身のためだぞ」
「……」
背中にまた痛みが走った。


「おう、お前ら」
「どうしたの、健太?」
咲と舞と満が帰ってくると、健太が甘味処で待っていた。
「用があったんだけど、お前らが出かけてるっていうから」
「健太ごめん、私たち今すっごく急いでるの。用だったら明日に」
咲が答えている間に、満は灯りの支度をしようと
「お前らと最近一緒にいる薫って奴、見たんだけど」
「え!?」
奥へ入ろうとしていた満がだだっと健太の傍に走ってきた。
「どこで!? どこで薫を見たの!?」
「それがさ――、」
咲に向かって健太は困ったような顔をして、ぽりぽりと頬をかいた。

「どこ!? 早く教えて!」
満が健太に詰め寄る。健太は「う……うん」と言い、

「あの、所有者不明のでかい屋敷だよ」
「え、薫がそんなところに?」
咲は素っ頓狂な声を上げた。あの屋敷は薫が待機していた道場からは少し離れていたし、
薫がそこにいたというのは実に不釣合いである。

「それが、しかも」
健太は声を潜めた。
「な……何?」
咲、舞、満の三人は健太に近づき息を止めるようにして健太の言葉を待つ。

「なんだか分からないけど、やけに柄の悪そうな男に担がれて入ってったんだよ」
「担がれて……薫は抵抗とかしてなかったの?」
「気絶してたんだと、思う」
「……!」
満は店から飛び出そうとした。出ようとして、薫が連れられていった場所を知らないことに
気づいて立ち止まった。

「満!」
咲と舞が満に続く。
「行こう、速く!」立ち止まった満は咲に手を引かれ、再び走り出した。

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