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「お前は」
薫は無言のままキントレスキーを睨み返す。
「しばらくだな、薫。何しに来た」
「話があって、来た」
「ほう。お前が私に、話?」
薫とキントレスキーが二人だけで向かい合うのは初めてのことだった。
闇滝では薫は常に満と一緒に行動していたし、他の兄弟達がひっきりなしに
騒いでいたのでキントレスキーも怒鳴ったり唄ったりと忙しくあまり一人に
なることがなかった。
改めて、薫はキントレスキーに威圧されているような気がした。
大男と少女が睨みあっている図が物珍しいのか道行く人が二人の事をじろじろと見ていく。
ここはうるさい、とキントレスキーが言い二人は河原へと移動した。

「それにしても、お前はここに住んでいるのか?」
「甘味処に世話になっているわ」
「ふん、あそこか。……それで何だ、話とは」
再びキントレスキーが問いかける。
「二つある。まず、道場破りをやめて」
「ほう? 私が道場破りだと?」
「人相書きの特徴を見る限りあなたとしか思えないわ」
キントレスキーはふふんと笑う。

「人相書きなど出されているのは心外だな。私の望みは自らを鍛えること。
 道場を回っているのもその修行の一環だ。誰に言われようとも
 やめることはせん」
「そう。分かったわ」
薫はあっさりと引き下がった。元々このことはキントレスキーには受け入れられない
だろうと予想はしていた。
「物分りがいいな」
「捕まりさえしなければ構わない」
「カレハーンにでも言われたのか? ……私の仕官の話は諦めろ。私にはそのような生き方は
 向いていない」
薫の返事は聞かずにキントレスキーは言葉を続ける。
「お前達には私のことを当てにせずにしてもらいたい」
「分かってるわそんなこと」
「そうか、ならばこれで」
「待って!」
立ち去りかけたキントレスキーを薫は呼び止める。
「まだ何かあるのか」キントレスキーの声にはやや不快そうな響きがこもっていた。
「私は早くあの道場に行かなければならんのだが」
「話は二つある。――この前篠原道場から持っていった壷を返して」
「篠原道場? ああ、あの女ばかりの道場か。しかしあれは戦利品、理由なく渡すことなどできん」
「あれは元々私たちのものなの」
「しかし道場内にあったものだからな」
「お父様が隠した財産のありかが、あの中にしまってあるそうよ。
 カレハーンはそれを求めてるの。道場を立て直すために」
「ほう?」
キントレスキーの目が輝いた。
「面白い話だな。カレハーンの奴、あの道場は自分の力では維持しきれないとでも
 思い始めたか」
「知らないわ」
薫は突き放すように言い、いいから早く返して、と再度頼んだ。
「そういう訳にはいかんな」
キントレスキーは髭を捻る。
「あれは私があの道場の者全てを倒した代わりに頂いたもの。
 欲しいというなら、お前も私を倒して奪うのだな」
できるのか、薫。お前に。キントレスキーは冷たい目で薫を見下ろした。

キントレスキーにとっては、満と薫は道場の隅でこっそりと生きていた二人という
印象しかない。同じ家には生まれたものの、自分に繋がる者という認識は
あまりなかった。

「ならば、あなたを倒す」
薫の答えにキントレスキーはほう、と声を漏らすと「良い態度だ」と呟いた。
「お前が覚悟を決めているのなら、相手になってやる」
キントレスキーは木刀を一本、薫に投げてよこす。薫は受け取り、
「どこで勝負するの?」
と尋ねた。
「どこで、だと? ここでいいではないか、逃げるつもりか?」
「外での立会いは禁じられているわよ。道場の中とかどこかのお屋敷の庭でないと」
「ばかものっ!」
キントレスキーは大音声で怒鳴った。薫は思わず耳を塞ぐ。

「戦いとはどのような状況においても起こり得るもの。どんな場所でも全力で
 戦えるようにしなければ修行とは言えん。軟弱者め、鍛えなおしてやる!」
キントレスキーは巨大な木刀を瞬時に構えた。薫はぱっと飛び退り、足元の石を
振り下ろされる大刀めがけて投げつける。石が当たりわずかに木刀の進路がそれ、
薫はその切っ先を紙一重でかわした。
「おのれっ!」
キントレスキーは薫に向かって踏み込む。薫は跳び下がり距離をとった。
「どうした、逃げてばかりか。それでは私は倒せ」
キントレスキーの言葉が終わらないうちに薫は彼に向かって突進する。振り下ろされる
刀をかわし、薫は渾身の力でキントレスキーに刀を振り下ろした。それは見事に
キントレスキーの身体を捉えた。
だが、
「弱い。弱すぎる」
キントレスキーは自らの身体に押し当てられている薫の木刀を左手で握り締めた。
薫の動きが止まる。手を放させようと木刀を動かそうとしてもキントレスキーの
手はがっしりと木刀を握り締めていた。
「たとえ真剣を使ったとしてもこんな力では私の筋肉に大きな傷をつけることは
 できぬぞ。刀とはこう使うのだ」
薫の身体を熱い痛みが走った。至近距離で繰り出されたキントレスキーの
刀は薫の身体を地面に叩きつけ、倒れ伏させた。

「お前には基本的な力が足りない」
キントレスキーは左手の木刀を投げ捨てた。薫の身体に当たり乾いた音を立てて転がる。
「そんな細い身体ではいかん。もっと鍛えなければな」
「ぐ……」
薫は起き上がろうとした。しかし、身体に力が入らなかった。

ゴーヤーン、ウザイナー配下の者達は満が待っている方の道場で待機していた。
掟を破り河原で立ち会っている者がいるという報せを受け彼らはもう一つの道場へ
向けて移動した。彼らは薫とキントレスキーが対峙する河原で息を潜め
成り行きを見守っていた。

「隠し財産の壷は渡せぬな」
「ま……待て……」
「根性だけは認めてやる」
身を起こそうとした薫をキントレスキーは再び地に叩き伏せた。
キントレスキーは鋭い目つきであたりを見回す。多くの者達がこちらを窺っている。
長年の経験と勘により、キントレスキーは潜んでいる者たちがただの町で起きる
犯罪を取りしまる警吏の役人ではなく、どこか得体の知れない者たちであることを察した。

――面倒なことになるのは避けねば。
キントレスキーは身を翻すとその場を去った。数名の者が後を追おうとしたがウザイナーが
それを止める。ウザイナーの目には倒れたままの薫の姿が映っている。
有用な情報源と見えた。


「咲、準備できたわ」
舞はおにぎりを三つずつ包んだものを咲に見せた。
「さっすが舞! おいしそうなり〜」
咲は思わず手を出しそうになる。舞は慌てて引っ込めた。
「だめよ。これは満さん薫さんの分だから。咲の分は別にちゃんととってあるわ」
「そ、そうだよね。それにしても二人とも遅いなあ……」
もう夕闇は濃くなっていた。満と薫はいつまでも帰ってこない。咲と舞は、
二人のために差し入れを持っていこうと考えていた。まだ戻ってこないのは、
キントレスキーがいつまでも現れないためだとばかり思っていたのである。

二人は一つずつお握りの包みを持ち、まず満がいるほうの道場へと向かった。
道端で暇そうにしている満はすぐに見つかった。
「満!」咲が手を振って声をかける。
「……二人とも」
「満さん達がお腹をすかせているといけないと思って、差し入れを持ってきたの」
包みを渡され、満は素直に嬉しそうな顔をした。早速とばかりに開き、
ぱくつき始める。
「……どんな?」
舞は少し不安げに尋ねた。「ん。美味しい」満は感じたそのままを口に出す。
手の中のおにぎりは見る見るうちに小さくなっていった。

「満、道場破りは?」
「まだこないわね。薫のほうに行っているとしても、いつもみたいな声が聞こえると思うし。
 今日は夜、現れるつもりなのかもしれないわ。薫から何か連絡でもあった?」
満は一つ目のおにぎりの最後の一口を飲み込んだ。咲と舞は首を振る。

「これから薫さんにもこれを持っていくつもりなの」
舞はもう一つの包みを満に見せた。満はそれも欲しがっているような目をしたが、
自分の手元にまだ二つ残っている事を思い出し考え直す。
「そう……ありがとう」
「満、真夜中を過ぎたらもう道場破りは現れないと思うよ」
「そう。それまで粘ってみるわ」
満は二つ目のおにぎりに口をつけた。


咲と舞はもう一つの道場の近くまで来たが、薫の姿は見当たらない。
「薫、どこかに隠れてるのかなあ?」
道場の周りを一周してみても薫はどこにもいなかった。
「少し離れたところにいるのかもしれないわ。範囲を広げて、探してみましょう」
「じゃあ、私こっちから探してみるね」
「私はこっちから……」
咲と舞は二手に分かれ、薫の姿を探した。路地も見た。河原も、もちろん見た。
木刀が一本転がっているばかりで誰の姿もなかった。
道場の人にも聞いてみたが道場破りは今日は現れていないというし、
青い長髪の姿も見た覚えがないという。
咲と舞はなんだか嫌な予感がした。道場破りが現れていないのは、
薫がいないことと何か関係があるような気がしてきた。

「薫ー! 薫!」
「薫さん! どこ?」
咲と舞は声を上げ始めた。道行く人たちが何人か、不思議そうに咲と舞を見る。
二手に分かれて探し、落ち合い、首を振り、それを五度ほど繰り返した。
二人は次第に絶望的な気持ちになった。
呼べども呼べども薫の姿はどこにもない。
「聞いてみましょう」舞が言う。
「誰に?」
「この辺りの色々な人たちに。誰か何か見ているかもしれないわ」
咲と舞はそれから、歩いている人を捕まえては青い長髪の女の子を見た覚えがないか尋ねた。

「私たちと同じくらいの年で、少し大人っぽくて、髪が長くて青色で、
 目がちょっと釣りあがってて声がわりと低くておでこが広いんです!」
「どこかで見ませんでしたか!? この近くまで来てるはずなんです!」
二人が必死の面持ちで尋ねるのでたいていの人は勢いに押されて無視することなく
答えるのだが、知らないものは知らないとしか答えようがなく
そのたびに二人の顔は暗くなった。
日が沈む。今夜は明るい月が出ているので灯りに困ることはなかったが
人通りは少なくなった。

「あの、ちょっと」
まだ道に出ているわずかな人たちに薫のことを聞く。咲と舞は焦りを感じていた。
このまま薫が見つからなかったら、……とついつい考えてしまう。

「――その女の子、見たよ」
「本当ですか!? その子はどこに?」
やっと、薫らしき人を見たという人を見つけたのはしばらくしてからのことだった。

「何かこの道場の周りで大男と話してたな」
「大男……」
――ひょっとして、薫のお兄さんの道場破り!?
「うん、一歩も引かずに話してた。それであっちの河原の方に行ってたんだ」
「二人でですか?」
「うん、二人で」
「それから後は?」
「さあ、どうしたのか……」
「――ありがとうございました」
咲と舞は顔を見合わせた。薫は道場破りと遭遇していた。
しかしその後二人がどうなったかは分からない。念のため河原にも行ってみたが
二人の姿はなかった――前と同じように、木刀だけが転がっていた。

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