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【第三話】
「困ったものですねえ」
夕凪城内、ゴーヤーンはわざとらしく顔をしかめてみせた。
「お触れを出しても一向に道場破りが捕まらないとは。町民からの情報もないようですが。
 手配書にあるとおりの目立つ男なら、見ている者はいるはずでしょうにねえ」
仕返しを恐れているか何かのようですね、とウザイナーは答える。
「全く」
ゴーヤーンは再びわざとらしくため息をついてみせる。
「道場はあといくつ残っているのです」
二つです、という答えを聞きゴーヤーンはふむふむと頷いた。
「ならばその二つのうちの一つを選んで、その周りに手の者を配備したらどうです。
 もう一つの道場はどうするか? 放っておきなさい。既にこれだけの道場が破られているのです。
 あと一つ余計に潰されたって同じことです。それよりは総力を傾けて道場破りを捕らえた方が良いでしょうね」
ウザイナー殿の出世のためにも、とゴーヤーンは続ける。
この夕凪城は実質的にゴーヤーンの支配下にあるといっても過言ではない。この藩が
戦国の世を生き残ってきたのはゴーヤーンの策謀によるところが大きい。
代替わりに当たり、世間を騒がせる道場破りを捕らえることで花を添え、
次の代においてもますます力を奮いたいものだとゴーヤーンは考えていた。
そのためにはこのウザイナーに一働きしてもらわなければならない。
少々頼りないが、ゴーヤーンは期待していた。
この男にはあまり頭がない。ゴーヤーンを裏切るほどの才覚もないが、
言われた事を実行するだけの力はある者。非常に都合のいい存在だった。


さて、天を突くほどの大男キントレスキーは一体どこにいるのか。
キントレスキーは逃げることも隠れることもせず夕凪の少しはずれに住んでいた。
一人暮らしではない。妹に身の回りの世話をさせている。

「帰ったぞ」
今日の戦利品である壷を渡そうと思ったが、妹のミズ・シタターレは出かけていた。
「何だ、いないのか」
部屋の中にどっかと腰を下ろす。床が少し揺れた。この男の巨体は半端ではない。
これだけ目立つ男がどうして今まで捕まらないでいられたのか。
最大の理由は手配書にある。はっきりと書いてある「目が緑色に光る」と言う文言が
キントレスキーに幸いした。

キントレスキーの目は普段は緑色ではない。本気を出したときのみ
緑色に輝く。したがって戦っていないときのキントレスキーの体格を見て
疑った者があったとしても、目の色を見て道場破りではない、と判断する
者ばかりであった。

これがそこかしこで恨みを買っているような者であれば目の色がどうあれ、
手配書に書かれた特徴とやや似ていると言うことで密告もされようが、
キントレスキーは愛想もよく近所づきあいもそつなくこなすような人間であった。
よって今まで通報されることもなく平和に暮らしていたのである。
平和に。当人としては平和に。


「なんだ、帰ってたのかい」
「ああ……欲しがってた壷が、丁度よさそうなのがあったので持って来た」
「どこから?」
ミズ・シタターレは水芸に使う道具の手入れを始める。
「女ばかりの道場からな」
「今日はもう行ってきたの」
「ああ」
彼女はまだ父が存命の頃、話し合いの末に家を出た。それ以来水芸を見せて収入を得ている。
夕凪に出てきた当時は生計を立てるのに苦労した時もあったが、最近は比較的
安定した稼ぎをあげている。キントレスキーはそこにうまく転がりこんで居候しているのである。

「今日はまだ昼じゃないか」
「いつもと違うものが得られるかもしれないと思って行ってみた」
「それで?」
「うん?」
「どうだったの?」
「何がだ」
「いつもと違うものは得られたの?」
キントレスキーはごろりと寝転がった。だらしのない、と言われて再び座りなおす。
「何もない」
「そう」
「いつもと同じように、道場のやつらを一蹴して終わりだ」
「ふうん」
「まったく、何もないものだ。……茶を淹れてくれないか」
「自分でしなさい、居候なんだから。あ、私の分もね」
しぶしぶキントレスキーは立ち上がり茶を淹れた。ミズ・シタターレはそれに満足したようで
鼻歌を歌いながら手入れを続ける。


「でもあんた、」
「うん?」
「そんなに何もないなら闇滝にでも帰ったら?」
「そういうわけにはいかん」
キントレスキーは飲み終えた湯飲みを床に叩き付けんばかりにする。
「私の究極の目標は、強い敵と戦い孫子の代まで伝えられる勝負をすること。
 そのためにはまずこの身を鍛え上げねばならぬ。しかし今のままでは
 私の相手となるのは弱い者ばかりでとても役には立たぬ」
キントレスキーは着物を脱ぎ捨て腕立て伏せを始めた。腕の筋肉が一際盛り上がる。
「何でもいいけど」
ミズ・シタターレは湯飲みを洗うために立ち上がった。
「何だ?」
「捕まるようなどじだけは踏むんじゃないわよ。
 面倒に巻き込まれるのだけはごめんだからね」
「分かっている。お前には迷惑をかけん。案ずるな。十一、十二、十三……」
キントレスキーは一度腕立て伏せを始めると千回まで止まらない。


「てめえ、また壊しやがって!」
「これはこの前の直し方が悪かったんだぜ、カレっち」
その頃闇滝の道場では仲良く喧嘩する声が響いていた。
「お前にカレっちって言われる覚えはねえんだよ! また床を踏み抜きやがって!」
道場の床には大穴が開いている。一家の三男、モエルンバが踏み抜いた跡である。
「程度も考えずに踊りやがって」
道場にはカレハーンとモエルンバ、さらにその弟のドロドロンの姿しかなかった。
「でも良かったね。周りに誰もいなかったから怪我しなくて」
「良かねー!」
本来、道場は多くの門下生達で一杯になっているはずである。しかし今は誰もいない。
時代的な問題に加え、権威を持っていた父が死んだことで一気に生徒達が離れて
しまったのである。

「修理費どっから出すんだよ、モエルンバ」
「うーん、あいつらが壷持って帰ってくれば解決だろ」
「隠し財産ってどれくらいあるんだろうね」
「たく、あいつらと言いお前らと言い余計なことばっかりしやがって……」
お触れのことをすっかり忘れ、闇滝では隠し財産を待ち望んでいた。



篠原道場が破られた翌日から、満と薫は二手に分かれてキントレスキーが残した二つの道場の周りにいることにした。
待っていればキントレスキーと会う可能性も高い。
――会ったとして、道場破りを止めさせるのは至難の技だろうけど……、
と満は考える。
――でも、壷を返してもらうのはできるかもしれない。
満は不審に思われないように適当にぶらぶらしながら道場の周りを回っていた。

「ねえ舞、満と薫は大丈夫かなあ?」
咲は甘味処で手伝いながら食べに来た舞に話しかける。道場は現在休止中であり、
咲には今手伝い以外にさしてすることはない状態であった。
舞も今はまだお呼びが掛かっていないので団子を食べている。
「大丈夫って?」
「だって、道場破りに会うかもしれないわけでしょ」
「道場破りって言っても二人のお兄さんなんだから二人は無事なんじゃないかしら?」
舞は当たり前のように答える。
兄が妹を傷つけるはずがないと舞は信じ込んでいる節があった。

「そうかな」
「そうよ。きっと二人が説得すればお兄さんだって聞いてくれるはずよ」
「そうだよね」
咲はぱっと顔を上げる。新しいお客さんが入ってきた。「いらっしゃいませー」


薫は、満とは別の道場の傍の河原で石の上に腰を下ろしていた。
三回ほど道場の周りを回ったところでそこにいる人間からじろじろ見られるように
なったのでそこから少し離れたのである。
――キントレスキーはいつ、来るだろう……
今日かもしれない、明日かもしれない、明後日かもしれない。昼か夜かも分からない。
それならそれで、じっと待っていようと薫は思っていた。来るのは、間違いない。
確実に来る。
できればこちらの道場に先に来て欲しい。満が待っている方ではなく。
あまり満を危ない目に遭わせたくはない。

――満。

周囲に目を配りつつ、薫は満の事を考えた。生まれた時から一緒にいる、
薫のただ一人の仲間である。満は必ず、薫の一歩先を進んでいる。家を出ようと言ったのも
満の方だった。薫も家にはうんざりしていたが、満がいなければ踏み出すことは
できなかっただろう。
しかし先に進む者には危険も多い。そのことだけが薫の気がかりだった。
自分が後ろからぴったりついていても、いつか満がどこかで大火傷をしてしまうのでは
ないかと、そんな気もしていた。
――キントレスキー、早く、こちらへ……
薫は心の中で念じた。

風が吹き抜ける。石に腰をかけ、じっと動かない薫の姿は何かの彫像のようにも見えた。
キントレスキーは現れない。
もしや満の方に行っているのではないかと、そう考えると薫はこの場を離れて満の傍に行きたい
という思いに駆られたがぐっと腹に力を入れその場に留まる。今日キントレスキーを
見逃した結果、万一彼が捕まってしまうようなことがあれば家から罪人を出してしまう。
更に隠し財産の存在が却って面倒なことに繋がるかも知れず、自分達が生きる道も困難になる可能性が高い。

"薫、家を出ましょう"
満はあの日、真剣な面持ちで薫に囁いたものだ。二人が寝起きしていた一室で、これ以上ないほど
満は薫に口を寄せた。
"家を?"
"ええ。ミズ・シタターレは自由に生きたいと言って家を出たそうね。今、どこで
 どうしているかも分からないけれど。私たちだって、道場で生きる以外の道を模索してもいいと思うわ……"
"そうね、そうしましょう"
満の方から言い出してきたことに薫は少し驚いていた。二人ともこのまま道場にいるのは
嫌だということがお互いに分かってはいたが、自分より満のほうがまだここに馴染んで
いるように薫には思えていたのだ。それとも、このまま何もせずにここで朽ち果てて行く
覚悟を固めそうな薫に満は業を煮やしたのか。

「……」
薫は立ち上がった。昔よく見ていた者の姿がその目には映っている。
天を突くほどの巨体を持ち、髭をたくわえ、腰には長い刀を帯びる……キントレスキー。

道場へと真っ直ぐに進む兄の前に薫はすっと横道から出てその姿を見せる。
キントレスキーはぴたりと足を止めた。

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