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「あれ、しばらく」
舞の診察を終えた泉田は外に出、満と薫とばったり出くわした。
満と薫はみのりを迎えに来たのである。正確には薫が来たがり、満はその付き合いであった。

「どうも」
満と薫は軽く会釈する。
「二人はどこかの道場には通ってないの?」
「いえ」
「そうなんだ、気が向いたらまた、うちにおいでよ」
「篠原道場に?」
「ああ、一緒に練習するのは流派が違うから難しいだろうけど……用心棒でも、やってくれたら
 ありがたいし」
「用心棒?」
満は怪訝な顔をした。仮にも武芸に秀でた者を育てている道場で用心棒を雇う必要があるのだろうか。
「ほら、例の道場破り対策でね」
「……対策」
満と薫の顔は道場破りという言葉を聞いてこわばった。泉田の発する一言一言を聞き漏らすまい
として神経を集中した。

「道場破り、夜になるといくつもの道場を順番に破って回ってるだろう?
 うちはまだ来ていないから警戒を強めないといけなくてね」
「そうなんですか」
「そうそう。咲が毎晩道場に泊まってるだろう? あれは遊んでるんじゃなくて、一応うちの
 防御力を高めておこうってことなんだよ。私も毎晩泊まってるけどね。
 ちっとも道場破りが来ないから、最近は合宿気分にもなっていたりするけど」
「……そうなんですか」
満は考えた。この人の情報は使えるかもしれない。
「道場破りは、道場でしか見つかっていないんですか。その、どこか出歩いているのが
 見られているとか」
「そういう話は聞かないね。天を突くほどの大男だっていうけど、
 普段はどこにいるんだか……」
「破られていない道場は、あといくつあるんですか」
「うちを含めて、あと三つかな? ……道場破りにそんなに興味があるの?」
いえ、と満は否定した。

薫は舞がすぐ近くにいる気配を感じた。
実際、舞はすぐ近くにいたのである。泉田と満が話しているすぐ傍、自宅の戸のすぐ中にいた。

――満さん……どうしてそんなに道場破りの事を……

舞は咲と会おうと思って外に出ようとしたのである。
しかしそこで満と泉田の声が聞こえてきたのでそこで立ち止まり、ついつい隠れて聞いてしまった。
薫は舞の気配だけを感じながら、どうして舞が出てこないのか不思議に思った。

気が向いたら来てみてよ、と泉田は道場に帰っていった。満と薫は診療所の隣にある
寺子屋を覗く。みのりはまだそろばんを弾いていた。満と薫は外でしばらく待つことにする。

舞は満たちの声がやむのと同時に診療所から飛び出した。もう一人でいるのは耐えられなかった。
一目散に駆けて行く舞の後姿を薫は見ていた。

――満さん達は、道場破りと何かの関係がある!
舞の中でそれは確信へと変わっていた。舞は一心に咲を目指した。相談できるのは咲しかいない。

「どうしたの、あの子?」
満も走り去る舞に気づき薫に尋ねる。
「さあ?」
「薫お姉さん、満お姉さん来ててくれてたの?」
みのりが二人の傍に笑顔で立っていた。

舞が着いたとき、咲は甘味処にいた。舞は――普段の様子からは考えられないほど
慌てて――店の中に飛び込む。
「ま、舞……」
いつもとは違う舞の様子に咲は驚きを隠せない。
客がいなかったとは言え、舞はいきなり咲に抱きついてきたのだ。

「満さんと薫さんは……」
「二人なら、寺子屋に行ったよ」
「うん、それは知ってるの。咲、満さんと薫さんは……誰?」
「誰って、満と薫は満と薫だよ」
そうじゃないの、そういう意味じゃないの、と舞は首を振った。

「満さんと薫さんは、道場破りと何かの関係があるんじゃないの?」
「え? そんなはずないよ。何であの二人が」
「咲、私見たの。満さんが泉田さんにつけた傷は道場破りがいつもつけるものと同じ……」
「ちょ、ちょっと待ってよ舞!」咲は手に持っていた盆を置くと、落ち着こうよ、と
舞を座らせる。

「満がつけた傷って言うのは、この前の立会いの時のだよね」
「そう、さっき泉田さんが診療に来たの」
「それで、その傷が」
「いつも私が見る、道場破りにつけられた傷と同じなの」
「刀での傷だから、似てるんじゃないの?」
「違うわよ、同じ刀を使ったってその斬り方で体に残る傷跡は違うの」
「うーん、だったら、たまたま満の剣の使い方と道場破りの使い方が似てたとか」
「お父さんが言ってたんだけど、ああいう傷跡が残るのは珍しい剣の使い方なんですって」
「だったら満と道場破りは同じ流派なんじゃない?」
「満さんの流派って一つしか道場がないんでしょ。お父さんが開かれた」
「じゃあ、満と同じ道場の人?」
「だったら満さん達は道場破りの知り合いじゃない!」
「え……えーと?」
ようやく咲にも舞の考えていることが理解できた。しかし言っていることは
重大である。

「えっとつまり、道場破りは満たちと同じ道場の人で、っていうことは
 満たちの知り合いで……ってそんな!」
「何がそんななの?」
咲たちの気づかない間に満と薫が店の前まで帰ってきていた。

「いや、その……あはははは」咲はごまかし笑いをした。
満と薫の背後にはみのりもいる。みのりにいきなりこんな話をするわけにもいかない。
「みのり、ちょっと奥に……ええと、じゃあお店任せていいかな。
 私たち、ちょっと用事があるから出てきたいんだ」
「うん! やる。満お姉さんと薫お姉さんも一緒にやろう」
「ああ、私たち、ちょっと満と薫と話したいから……」
「私たちと?」「何を?」
「ちょっと大事な話なんだ。お客さんが来たらできないから……ごめん、みのり、お願い!」
強引にみのりを説得して店に残らせると、咲は舞と満と薫を店の外へと連れ出した。

「ここは、あんまり人が来ないから」
咲は町から少しはずれの大きな樹の下に三人を連れてきた。舞はよく咲と二人で
来たことのある場所である。

「それで、話って?」
腕を組み、満が問う。
「あ、あのさ、その……」
いざ本人を目の前にして言うとなると、普段は何事にも物怖じしない咲でも
どこかたどたどしい口調になる。

「その、満と薫って、誰なの?」
「はい?」
しまった、と咲は思った。さっき舞に聞かれて意味の分からなかった質問を
自分も満たちにしてしまった。
「誰って言われても」
「どういう回答を期待しているのかしら?」
「えーとえーと、ごめん、今の質問忘れて。えっと……その」
舞は二人に向かい合う咲の後ろで苦しそうな顔をして
満と薫とは目を合わせなかった。

「その、二人は最近暴れまわってる道場破りと何か関係があるの?」
咲の質問はいきなり核心を突いた。薫は表情を少しも変えない。
満は口の端を少し歪ませた、ように咲には見えた。

「どうして、そんなことを?」
満は腕を組んだまま尋ねる。
「舞が、この前満が泉田さんにつけた傷を診たんだけど――」
「……」
「舞はね、二人も知ってると思うけどお医者さんの手伝いをしてるんだ。だから、
 道場破りと戦ってケガした人の傷も見てる。満がつけた傷と、
 道場破りがつけた傷と、そっくりなんだって」
「……」
「二人と同じ道場の人が道場破りになったんじゃないかと、私たち思ったんだけど……」
咲の声がだんだん小さくなる。
満と薫はずっと黙っていた。一言も発しようとはしなかった。

「ねえ、満、薫、違うなら違うって言ってよ! 私たちの勘違いなら謝るから!」
咲は満の組んだ腕にすがるようにして言う。満は表情を固めたまま、まだずっと黙っていた。

「満さん、薫さん、あなた達が道場破りその人ってことはないわよね……、
 道場破りは、天を突くほどの大男ですものね」
満も薫も、答えようとはしない。
「満、薫、もし道場破りが知り合いで、知っててその人を匿ってたりすると、
 満と薫も罪に問われたりする可能性もあるんだよ!? 何か事情があるなら言ってよ、
 二人の力になるよ」
「力に?」
満の口が初めて動いた。意外そうな顔をしている。

「うん、そうだよ。私たち、満と薫が何かの事情で悩んでいるなら力になる」
「何を言っているのかしら?」満は組んでいた腕を放す。咲の手が払いのけられる格好になった。
「……満」薫が満の肩に手を置く。満はその手を掴み、そっと自分の肩からはずした。
「私も薫も、道場破りとなんて関係ないわ」
「そ、そうなんだ……」

満の言葉は多分嘘だ、と咲は直感していた。けれども満が答えた以上、それ以上嘘と決め付けるわけにも……、

「嘘よ!」
舞が決めつけた。
「まっ、舞!?」
「どうしてそんなことが言えるのかしら」
満が咲を押しのけ、舞と向かい合う。
「私のつけた傷跡が道場破りのものと似てたから? だいたい、私たちが罪に問われる可能性があるとして、
 どうしてそれをそんなに気にするのよ」
「気にするわよ! そ、それに傷跡が似てるっていうのは凄く大きな証拠じゃない」
「証拠? それが? 偶然似てたんじゃないの」
「嘘! 私はもう何十人もの人の傷を見てるんだもの。
 偶然あんなふうに似ることなんてないわ。満さん薫さん、道場破りが誰か知ってるなら、
 もうやめるように言って。このままじゃ、咲たちの道場だって……」
「それはできないわね」
薫が突然言った。表情は変えることのないまま舞のほうへと歩み寄る。
「知らないもの。道場破りがどこにいるかなんて」
「咲っ! ああ、舞もここにいたのか」
男の声がした。四人が思わずそちらを見ると、魚屋の健太がはあはあと息を切らしている。

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