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「あれ? どうしたの?」
黙々と歩く二人を咲の陽気な声が止める。二人は歩みを止め、咲を見るとそのまま
歩み去ろうとした。
「ちょっと待って、さっきは本当にごめんね」
「さっき?」
満が足を止める。薫は二、三歩進んだところで足を止めた。

「ほら、みのりが着物汚しちゃって……」
「ああ、あのこと……」
満は天を仰いだ。そういえば、そんなこともあった。もう遠い昔のことのような
気がする。

「どうでもいいわ」
更に歩み去ろうとする満と薫の前に「ちょ、ちょっと待って!」と立ちはだかる。
「何? まだ何か用?」
いらいらと薫は咲に問いかけた。
「二人とも何か、さっきと雰囲気が違うよ。何か――困ってるみたい。何かあった?」
簡単に自分達の気持ちを言い当てられ、満と薫は内心動揺した――が、それを包み隠す。

「あなたには関係ないでしょ」
薫の一言は、咲を突き放した。
「そ、そうだよね、ごめんね。でも二人とも旅してきたみたいだし、
 なんだか心配になっちゃって。困ったことがあったら何でも言ってね。さっき迷惑かけちゃったし、
 私にできることなら何でもするから!」
「何でも?」
満の赤い目がきらりと輝いた。薫は満の変化に気づき、まさかと考える。

「それなら、泊めてもらえる?」
「へ?」
咲にとっては思いもよらない頼みであった。目を丸くする。

「私たち、お金がないの。持ってたんだけど、盗られたのよ。掏りに。
 それで困っていたんだけど――」
「ええっ!? 大変なり!」
咲は自分の身に起きたことのように驚いた。

「そ、それでどうするの!?」
「だから困ってたのよ。今夜は野宿しようと思ってたんだけど――」
「それなら、家に来て! 何晩でも泊まっていっていいから。野宿なんて、危ないもん!」
――今まで結構野宿だったんだけどね。
咲の大げさとも思える反応を見て満は内心苦笑した。薫は、
――私にはとてもこんなことできない……
と、満を改めて見直していた。

甘味処に三人で戻る。お父さんとお母さん、それとみのりに事情を説明する。
泊まることはあっさりと受け入れられた。

「ただ……」
大人たちは心配そうな顔をする。

「しばらくはうちに泊まるとしても、その後の当てはあるの?
 随分遠くから来たようだけれど」
「はい、」満は素直に答える。

「まず家に手紙を書きます。私たちの持ち物の中でお金に替えられそうなものがあれば
 それも替えて……」
「そう、じゃあまずお家の人からの連絡を待って、ね。咲の部屋に泊まってもらうのでいいかしら? 
 咲は夜、いないんだし……」
「分かった〜。じゃあ二人とも、こっちこっち!」
案内された部屋は散らかっていた。咲が慌てて片付け、散乱しているものをとりあえず
仕舞いこんで見えないようにする。

「じゃあここ使ってね。二人だと少し狭いかもしれないけど。
 私たちはすぐ隣に居るから、分からないことがあったら何でも聞いて」
「あの……」
「うん?」
部屋を出て行きかけた咲に満が声をかける。「ありがとう」
「いいって。困ったときはお互い様だよ!」
咲は笑いながら言い、部屋には二人だけが残された。
二人きりになった満と薫は顔を見合わせ、はあと溜息をつく。
とりあえず、今夜の宿はどうにかなった。

「それじゃ……」
満がどっかりと座る。薫もすっと座った。

「持ち物を点検しましょう。薫、今私たちがどれだけのものを持っているのか」
「ああ……」
薫は返事をしたが、満が自分の荷物の口を開け始めたのに反して動こうとしなかった。

「何してるのよ。早く確認しましょう」
「すまない、満」薫は頭を下げた。「迷惑をかける」
「いいわよ、別に。早くしましょ。手紙も書かなくちゃいけないんだし」
「……すまない」
薫は繰り返し、自分の荷物を開けにかかった。

荷物を出すたび、二人は絶望的な気持ちになった。分かっていたことではあったが、
荷物には碌な物が入っていない。着物もあまり持ってはいないし、強いて言うなら――
来る時に「何か便利に使えるかもしれないから」と持ってきた壷くらいであった。

「これを古道具屋にでも持っていけばいくらかにはなるわね」
満は言い、壷を脇によけて置く。
「後は着物? でもこれを売ると今着ているのを洗えなくなっちゃうし――」
「私たちにはまだ持っているものがある」
薫がぽつりと呟いた。「これは、どうする?」
「……」
薫の言う「これ」とは、二人の持つ刀のことである。父親からずっと持たされている。

「これを売れば、きっと一番、金にはなる」
「それは――止めておきましょう」
満は下を向いた。薫の顔をあまり見たくないようであった。

「そう。……それなら私は手紙を書く」
薫は巻紙を広げる。
「お尋ね者になっていたことと、私たちの、その、お金のことを書けばいいのよね?」
「そうね、ただ薫……」
「何かしら?」
薫は手を止め、満を見る。

「私、はっきり言って闇滝にはあまり帰りたくないの。その辺に気をつけて、
 『とにかく一度戻って来い』とか言われないように手紙を書いてくれる?」
「……やってみるわ」
薫は答え、満は近くに古道具屋がないか尋ねるため部屋を後にした。


翌日。
壷はいくらかの金にはなったが、満と薫が期待したほどではなかった。行きには壷を抱えていた
満の左腕は今は空き、二人は手ぶらで古道具屋から甘味処への道を辿っていた。

「それにしても、薫。これからどうしよう。手紙の返事が返ってくるまでにも少し時間が掛かるし、
 かといって彼を捜すにも何か手がかりがないと」
「うん……」
古道具屋と甘味処はそれほど遠くない。じき、二人は甘味処に戻ってしまった。
店の前で二人は顔を見合わせる。くるりと後ろを向くと、そのまま店を後にしようとした。
入っていくのは、どこか気まずいものがある。
が、立ち去ろうとした二人を咲の声が呼び止める。

「どうだった、二人とも? 売れた?」
咲は店の中から外に出てきて二人の手を取る。

「あ……まあ……」
咲は薫が口ごもりながら答えるのを見て、

「あれ、うまくいかなかったの?」
「いや……ちゃんと売れた。少し安かったけど」
「ああ、それなら良かった。そうなんだよ、あそこのおじさんちょっとケチだからさあ……、
 でも、売れたんなら良かった」
咲は楽しそうに言い、続ける。

「これからどっか行くの? 二人ともここのこと良く知らないだろうから、良かったら私、
 案内するよ」
「随分――その、私たちに……お節介なのね。店のほうはいいの?」
冷たくも聞こえる満の言葉だったが咲は気にも留めずに、
「今はお母さんの手が空いてるから」
と答えた。満はふと、咲に尋ねてみる気になった。
「ねえ……私たちにできる仕事って何かあるかな?」
「仕事?」
「お金が戻ってくることも考えにくいし、今日作ったお金も何かあればなくなってしまうだろうし」

「でも、お家に手紙書いたから何とかなるんじゃないの?」
昨日の会話の流れからいくとそう考えるだろうなと満は思った。

「私たちの家は兄弟が多いし、あまり豊かでもないの。最悪、自分達の力でどうにかしろと
 いう返事が返ってくるだけかもしれない。もしそうなったら困るから――」
「う〜ん、仕事ねえ」
咲は少し考え込んだ。

「うちで働いてもらえると一番簡単なんだけど、私が手伝うので手が足りちゃってるからなあ。
 もっとお客さんが来るところならいいんだけど――舞の家は、お医者さんだから簡単に
 手伝えるような仕事じゃないし……うーん――」
咲は口をへの字に曲げ、思い悩む。

「そう、やっぱり、ないのね」
「うう、ごめん。でも何かあるかも……」
「満」
薫が呟いた。「返事によっては、闇滝に戻ることも考えよう」
「……戻らないと、いけないかな」
「現状を見る限り、ここで暮らして行くのは難しそうよ」
「そうか……」
満は長く息を吐き出した。それはどこか寂しそうなものに咲には思えた。

「ねえ、闇滝って? 二人が出てきたところ?」
「そうよ」薫が短く答える。「聞いたことないでしょ」満が補足した。

咲は恥ずかしそうに、
「私、土地の名前とかあんまり良く勉強しなかったから……」と答える。
「でも、そこに二人のお家があって、兄弟がいっぱい居るんだ」
「そうね――騒々しいばっかりだけど」
どこか自分の家を否定しているような満の言葉だったが、咲は「羨ましい」と言い、
満を驚かせた。

「羨ましい? 何が?」
「私はみのりと二人だけの姉妹だから。兄弟が沢山居たら賑やかで楽しいだろうなって思って」
「うるさいだけよ」
「ねえ、二人の兄弟は、お兄さん? お姉さん? 弟? 妹? それともみんな居るとか?」
「兄が四人と、姉が一人よ」
「じゃあ、二人も合わせて七人兄弟! 本当に多いね。それで二人は末っ子なんだ。
 ふうん、じゃあみんなに可愛がられてたんだね、きっと」
咲としては当たり前のことを言ったつもりであった。しかし満は、首を振った。

「そんなことはないわよ――別に」
「えー、そうかなあ」
「そうよ。七人兄弟の下二人なんて、気にも留められていないって」
「そういうものかなあ」
「そういうものよ」
薫も黙ったまま頷いた。

三人は当てもなく歩き続けていたので、いつの間にか先ほどの古道具屋も過ぎ、
薫が掏りに遭ったと思しい地点も過ぎていた。

「ねえ、どうせここまで来たんだから舞の家に寄っていかない?」
「舞?」「誰?」
「舞は、私の友達。お父さんはお医者さんで、お母さんが寺子屋をやってるから今みのりが
 行ってるはずなんだ。舞って、すごく可愛いし頼りになるから、二人の力にも
 なれるかもしれない」
二人は咲の言葉に従うことにした。


【第一話 完】

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