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「うーん、いたた……」
咲たち四人はダークフォールのもっとも深くにあるらしい部屋でようやく地に投げ出され、止まりました。
先に吸い込まれていったゴーヤーンはどこへ行ったのか、すぐには姿が見えませんでした。

「みんな、大丈夫?」
微かな光の中咲は他の三人に声をかけます。

「大丈夫」
「大丈夫みたい」
「大丈夫よ」
それぞれの声で返事が返ってきました。空間は薄暗く、お互いの顔も良くは見えません。

「ここは?」
「ダークフォールだけど、ここまでは来たことがないわ」
咲の問いに満が答えます。四人の目の前には大きな岩があって、視界が遮られていました。

「ゴーヤーン、今まで何をしていた」
岩の向こうから地に這うような低い声が聞こえてきます。
四人は岩の上から顔を覗かせました。

「はっはい、アクダイカーン様!」
――あれが、アクダイカーン様……
満も舞も、ダークフォールの支配者の名前を聞いたことはありましたが実際に見るのは
初めてでした。
巨大な黒い存在が座っているという、それだけで押しつぶされそうなほどの威圧感がありました。
アクダイカーンの傍らにはミズ・シタターレが上機嫌な表情で立っています。

そしてその二人に向き合うように、こちらに背中を向けてゴーヤーンが立っていました。

「答えよ、ゴーヤーン。今まで何をしていた」
「ほらほら、言っちゃいなさいよゴーちゃん。アクダイカーン様が眠りにつかれているのを
 いいことに好き勝手してましたって」
ミズ・シタターレが楽しそうにゴーヤーンに言葉をかけています。

――アクダイカーン様が、眠りに……
満は意外に思いましたけれど少し考えて、それもそうか、と思いました。
支配者の目が届かないことが分かっていたからこそゴーヤーンも思い切った行動が
とれたのでしょう。

「答えよ」
黙っているゴーヤーンにアクダイカーンが促します。
「は……はい、アクダイカーン様、私は決して好き勝手をしていたわけではございません……」
ゴーヤーンの声からは焦りが感じられました。満も舞も、彼のそんな声を初めて聞きました。

「あら、だったらなんだって言うのかしら〜」
「わ……私はですね……、来るべき、アクダイカーン様の時に備えて緑の郷を整備しようと
 思っていたのです。我が滅びの国ダークフォールの時が至り、緑の郷を滅ぼす段になっても
 抵抗する輩がいないとも限りません。
 その時のため、私は緑の郷の住人にアクダイカーン様への忠誠心を植えつけようと思いまして……」
――よく言うわ。
薫は半ば呆れながらゴーヤーンの言葉を聞いていました。
勢いに乗ってきたのか、言葉を発していればいるほど彼の口は滑らかに動くようでした。

「ですから私の行動はダークフォールとアクダイカーン様を思えばこそのものでございます。 
 決してミズ・シタターレ殿の言われたように自分の好きなようにしていたわけではございません」
「おほほ、随分言い訳のうまいこと。
 その結果としてカレハーンやモエルンバが失われたことはどう説明するつもりかしら?」
「それは彼らが作戦に失敗しただけのことでございます。
 まったく無能な部下を持つと苦労いt」
「愚か者!」
ゴーヤーンの言葉はアクダイカーンによって断ち切られました。
そしてこれが咲たちの聞いたゴーヤーンの最後の言葉となったのです。

アクダイカーンの手から放たれた電撃を浴び、ゴーヤーンは消えてしまいました。
後にはゴーヤが一つ、転がっているばかりでした。

「ミズ・シタターレ。ダークフォールの管理は一時的にお前に任せる。
 幹部達が蘇るまで、お前がダークフォールを守るように。我は再び眠りにつくゆえ、
 ダークフォールを守れ」
「はい!」
ミズ・シタターレは嬉々としてアクダイカーンに答えました。
結果的に、彼女は求めていた地位をうまく手に入れたのですから。

「そこに緑の郷の者達が入り込んでいるな。ここは緑の郷の者の入る場所ではない。
 無事に帰れると思うな!」
え、と咲たちは思いました。次の瞬間天上から岩ががらがらと降り注ぎます。

「に、逃げよう!」
四人と、それにフラッピも、走り始めました。アクダイカーンとの謁見の間が崩壊していきます。
ミズ・シタターレの高笑いが後ろから聞こえてきます。
ダークフォールは崩れ、崩壊が後ろから咲たちを追いかけてきます。

「みんな、つかまって!」舞が叫び、三人が舞の両手につかまりました。
咲はフラッピを抱いて、みんながつかまったのを確認した舞は天女のような服を大きく広げ
空中を滑るように飛び始めます。

飛んでいく途中に満と舞の部屋が見えました。そこも落ちてくる岩で埋まっていきます。
舞は速度を上げました。崩壊の速度も速くなりました。
崩壊は舞たちの後ろに、ぴったりとついて来ていました。
舞は飛び続けました。目指すのは上、地上、緑の郷、家族が居るところでした。
舞につかまっている三人はそれなりに重いものでしたが、舞はそんな事を思う余裕もなく、
ただひたすらに、鳥の力を使い続けました。

――光が!
舞の目に小さな光が見えました。飛び続けるにつれそれは大きな光となりました。
ぽっかりと上に穴が開いています。地上へと続く穴でした。

近づくにつれ、風が吹き込んできます。花の香りがします。緑の郷までもうすぐでした。
舞は三人を掴んだまま、地上へと降り立ちました。


「はああ〜着いた……」四人と、それにフラッピは見慣れた地上に出てきて
一段落、といった格好でふうと一息入れました。

「舞、ありがとう。助けてくれて」
「ううん、みんなが――私を助けてくれたから」
咲と舞がそんなことを言い交わします。満と薫は――自分達では気づいていませんでしたが――
微笑して、そんな二人を見ていました。


わーい、わーい、と小さな声が聞こえてきます。
「?」と四人は顔を見合わせましたが、フラッピにはその声の正体が分かったようでした。

「フラッピの仲間が帰ってきたラピー!」
地面から現れたのは鳥の精霊、月の精霊、風の精霊、それからもう何か分からないいろいろな
精霊でした。

「みんな、無事だったラピ?」
「大丈夫チョピ。チョッピたちを捕まえてた人がいなくなったから逃げられたチョピ!」
「良かったラピ〜、薫、咲、満、舞、ありがとうラピ!」
フラッピが代表してお礼を言った、つもりでしたが後から後からお礼を言いに来る
精霊たちにほとんど押しつぶされそうになっていました。

「それじゃあさあ、このダークフォールが襲ってきてって話ってもう終わったの?」
「きっと、そうラピ!」


それからのことは急ぎ足で進んでいきました。舞は美翔家に帰り、十年近く別れてからの再会を
果たしました。
四人に戻った家族は、最初はどこかぎこちないものでしたけれど、
次第に継ぎ合わさっていくのでした。

ミズ・シタターレは誰もいなくなったダークフォールで退屈していました。
ゴーヤーン時代のダークフォールは全て埋まってしまって、新しく地下にダークフォールが
開けていましたが、そこの管理と他の幹部の成長を見守るのが彼女の仕事でした。
しかしひどく詰まらないものでしたから、緑の郷に出て芸人の修行でもしようかしら、
と考えていました。
キントレスキーはこのダークフォールのどこかに居るはずなのですが、
見つけてもどうせトレーニングをしているだけですから話し相手にはなりません。
ゴーヤーンの二の舞はごめんですから、うまくアクダイカーン様の目をごまかす
方法を考えるのにはまだしばらくの時間が掛かりそうでした。


舞が落ち着いてから、薫と咲と満と舞は精霊たちを連れて首都に出かけました。
フィーリア王女に報告するためです。しかし今回は連れている精霊の数が多いので、
目立って仕方がありませんでした。
フィーリア王女は四人に感謝した後、精霊たちを連れて泉の郷に帰っていきました。
フラッピは少し寂しそうでしたけれど――しかし咲に背中を押されて、
他の精霊たちと一緒に泉の郷へと帰っていきました。

首都に来たので咲は篠原組を探しましたが、今は別の地方に行っているという話でした。
咲は篠原先生に色々な経緯を伝える手紙を書いていましたが、どれだけ書いても終わる気配が
ないので口頭で伝えた方が楽だな、なんて思い始めていました。

しかし会えなかったので、諦めて手紙を完成させることにしました。
もう便箋に十枚にもなっていましたが、まだまだ続きそうでした。……



首都から夕凪町に帰ってきてしばらく経ったある日、四人とみのりは木の上の小屋に上っていました。
以前からみのりと薫が作っていた小屋です。途中から人手が急に増えたので、
予想よりもずっと早くに完成しました。


「ねえ、本当にうまくできたね!」
みのりは小屋の中で飛び跳ねます。「危ないから」そう言って、薫はみのりを
抱きかかえて止めました。

「でも、ここだと風が少し違うみたい……」
舞は小屋の中を通り抜ける風を感じています。風は咲の首もくすぐっていきます。
PANPAKAパンから持ってきたメロンパンを食べながら、満は甘さを噛み締めていました。

「薫たち、明日から出かけるんだよね」
咲が確認しました。「そうね」と薫が頷きます。
満と薫は、一度草原に行ってみることにしていたのでした。

「行っても、たぶん灰に包まれているだけだと思うんだけどね――」
今はPANPAKAパンに居候している満が呟きます。
「それでも、見てみたいの。私が産まれた場所」
「うん。分かってる」
薫の言葉に満は頷きました。一応、送別会ということで五人は集まっているのでした。

「でもでもでも、薫お姉さんたち夏までには戻ってくるんでしょ?」
みのりが口を挟みました。
「ああ、帰ってくる」
「そんなにはかからないかもしれないわ」
「そうだよね、みのりと一緒に泳いでくれるって薫お姉さん約束したもんね! 
 ……そういえば、満お姉さんと舞お姉ちゃんって泳げるの?」
「私は――分からないわ。川では泳げたけど。海では泳いだことないから……」
満が答えます。
「なんだ、それなら泳げるわよ。海のほうが泳ぎやすいんだから」
「へえ、そうなの。――で、舞は?」
「私……泳げないの……」
舞は顔を赤らめました。

「なーんだ、じゃあ私が特訓してあげる!」
咲が舞に向かって笑いかけます。
「え……特訓!?」
「そうそう、一度泳げるようになれば後はもう簡単なんだから。
 私、人に教えるの得意だし」
「それは……どうだか」
得意気に話す咲でしたが、薫が冷静な顔で首を傾げます。

「じゃあ、お姉さん達みんな約束だね!」
みのりが立ち上がって嬉しそうに言います。
「約束?」
四人はきょとんとした顔をしました。

「そう、約束! 薫お姉さんと満お姉さんは夏までに帰ってくること、
 咲お姉ちゃんは舞お姉ちゃんに泳ぎを教えること、
 舞お姉ちゃんは夏までに泳げるようになること、これみんな、約束だよ!」


【花鳥風月・完】



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