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「咲、花の力ラピ!」
倒れている咲に向かってフラッピが叫びます。「う……うん……」
咲は答えて、いつものように手を伸ばして「花の力」と言いましたが、蔦が伸びてくる様子はありませんでした。

「あ、あれ?」
自分の力がいつものようには使えないこと――それに、舞がいつまでも攻撃してこないことを
不審に思って少し身体を起こすと異様な光景が目に入りました。
木と言う木、草という草が枯れ始めています。舞もなぜか呆然として
その光景を見ているようでした。

「な、なんでこんなことに……」
「誰かが滅びの力を使ったのかもしれないラピ……」
「そんな……」
舞が漏らした声が咲の耳に届きました。
どこかで聞いた覚えのある声でした。
「舞さん……ひょっとして、舞!?」
舞が驚いて咲を見ます。咲は興奮して続けました。

「舞、舞だよね! 私、咲! 覚えてない? すごく小さな頃、首都にある野原で
 毎日遊んでた……」
「……」
舞は咲の顔を覗き込むようにしましたが無言のままでした。咲は続けます。

「ごめんね、私遅刻しちゃって。あの日から会えなくなっちゃってたから、
 ずっと気になってたんだ。本当にごめん、勝手に遅刻しちゃって」
「あなた……!」
舞の顔が紅潮します。
「あ、思い出してくれた? 良かったー、ほら、私と舞って小さい頃
 本当に仲良かったよね……ってええええ!?」
舞は跳び上がると咲に向かって足技を繰り出しました。
「え、ちょっと、だから、止めてよ、舞!」
「あなただって私から離れていったんじゃない!」
「ええええええ!?」
咲は驚いている間に再び蹴倒されました。
「あなただって、私から離れていったんじゃない! 許さない!」


ドロドロンが勝ち誇っていられたのはわずかな間でした。満が無言で、
ドロドロンの体に向かって何本も矢を打ち込んだのです。
堪えきれなくなったドロドロンは砂になって消えて行きました。
満と薫の周りに集まってきていた白黒のドロドロンたちも消えてしまいました。
それと同時に木や草も元の緑に戻り始めました。


舞は天高く飛び上がります。舞の目から、咲は地上を這っている小動物のように
見えました。猛禽類はそういう動物を狙っては襲うものです。
舞はくいっと身体の向きを変えると、咲めがけて急降下しました。

「舞!」
戻ってきた満は舞のその姿を見ると、
「薫、背中貸して!」
薫の背中を駆け上がって上空に向かって跳び上がりました。
ちょうど降下してくる舞を捕まえられるように。
「舞、お願い止めて!」
「いやよ!」
舞の足を満の手が掴みましたが、舞はそんな満を振り払おうと
空いている方の足で満の身体を蹴り落とそうとします。満も舞の両足を掴んでしまおうと
手を動かします。舞の足ははげしく動き、満を落とそうとしていました。

「舞、私は裏切ってなんかいないって!」
「聞きたくない!」
満は説得も試しましたが舞は聞く耳を持ちませんでした。その間にも、二人の身体は真っ直ぐ、
真っ直ぐに落ちていきます。

「咲、逃げるラピ!」
地面でぼうっとそんな二人を見ていた咲にフラッピが叫びます。
このままだと舞と満、二人が咲の上に落ちてくることになるのでした。
「う、うん、でもさ、このままだと二人とも地面に叩きつけられ……あ、そうだ、
 花の力!」
今度はいつもどおりの蔦が出ました。咲はいつかしたように蔦を傘状に広げます。
「これならきっと落ちても痛くないもんね」
「それだけじゃ駄目よ。風の力!」
薫が剣を振るいました。薫は剣を持っていたほうが風の力を出しやすいようでした。
強い風が吹き上がり、落ちてくる二人の速度を緩めます。満を下にして、二人は蔦の上へ
柔らかく落ちました。咲が蔦の高さを下げて二人を地面に迎えます。

「舞……」
落ちた瞬間に、満は舞を抱きしめるような格好になっていました。
満からはまた土の匂いがしているのに舞は気がつきました。
「もう、ダークフォールに戻るのはやめよう……このまま緑の郷にいよう。
 舞だって、ダークフォールは嫌いなんだから……」
そのまま腕に力を込めます。舞は、
「だめよ、できない」
と答えました。
「どうして」
「怒られる……」
「ゴーヤーンなんか、放っておけばいい」
「ゴーヤーンじゃないわ。お兄ちゃんに……」
「お兄さん?」
満には舞の答えが意外でした。そういえば舞の家族の話を聞くのは
初めてでした。

満が腕の力を緩めると、舞は満の腕からするりと抜けました。
「お兄ちゃんに、怒られるから……また、怒られちゃうから……」
「お兄ちゃんって、ひょっとして和也さんのこと?」
咲が口を挟みます。あのお兄さんは怒りそうにないな、でも舞はきっと
美翔さんちの舞さんなんだと思うんだけど、と思いました。

「知ってるの」
「近所に住んでるよ。ここのすぐ近くに」
「……だめよ、怒られる」
何に対して「だめ」なのか――きっと、自分が家に帰る事をちらりと考えてみての
言葉だったのでしょう。

「そんなことないよ、和也さん舞に会いたがってた」
「だって、私はお兄ちゃんに言われたことを守れなかったんだから……」

舞の記憶の奥底に、兄に叱られた記憶が隠れています。隠れていながら、それは、片時も
舞から離れることはありませんでした。

「昔、友達を飛ばしてしまったとき、お兄ちゃんは凄く怒って……
 一度も見たことがないほど怒って……その友達にも謝りにいったけどわたしのことを
 怖がったままで……、だから私は、二度と鳥を操ったりしないって決心した……のに」
「う、うん……」
咲は相槌を打ちます。他の二人は黙って舞の話を聞いていました。

「あの日、また飛ばしちゃった……知らない人だったけど……私に話しかけてきて、しつこかったから、
 だから飛ばしちゃった……でも、飛ばしてから怖くなって――家に帰るのが……」
「……」
「咲と約束してたいつもの場所に行っても、咲も来なくて……誰も来なくて……
 家に帰ったらお兄ちゃんにきっと怒られるし――私からはみんなが離れて行くから」
「え、舞が言ってるあの日って私が遅刻していつもの場所に行かなかった日のこと?
 ……ごめん。本当にごめん。でも私は舞から離れていったんじゃなくて
 本当に純粋に寝坊しただけなのっ!」
咲は言っていて情けなくなってきました。
舞は咲の言葉には答えませんでした。
舞の脳裏には、あのときの光景が鮮明に蘇ってきていたのでした。


――お兄ちゃんに怒られる……
小さな舞は、そのことしか考えることができませんでした。自分がどこかに飛ばして
しまった知らない男のことなんか、あまり考える余裕はありませんでした。
"舞、こんなことしちゃ駄目だ! 絶対駄目だ!"
以前友達を飛ばしてしまった時、和也は血相を変えて舞を叱りつけました。
舞は黙ってうつむいているしかありませんでした。

"さあ、謝りに行こう"
そう言って舞の手を無理やりに引っ張ると友達の家へと行きましたが――、
しかし友達はおびえているばかりで碌に舞と目を合わせようとはしませんでした。
和也はそのことも、気になったようでした。

"舞、こんなことをしていたら誰も舞とは一緒に居られなくなっちゃうよ"
和也は、そんなに強い口調で言っているつもりはありませんでした。
舞に教え諭しているつもりでした。しかし、舞には和也の言葉だけではなく態度や顔や
――そういったすべてのことが「怒っている」ことを伝えてきているように思えました。

――二度と、こんなことしない。お兄ちゃんに怒られるから……
舞はこの時そう決意したはずなのです。でも、
また同じ事をしてしまいました。

舞は小走りに、その場から逃げ出しました。
どうしよう。どうしよう。どうしよう。
お兄ちゃんになんて言おう。
走って、そのまま毎日咲と会っていた野原に出ました。
――咲に会えば、きっとなんとかなる。
根拠もなく、舞はそう思いました。今は誰かと会いたかったのです。
大好きな誰かと。そしてこれからどうしたらいいか、その誰かと一緒なら
きっと大丈夫、と思いました。

でも、咲は来ませんでした。
最初は自分が時間を間違えたのかと思いました。
次には、咲はいつも少し遅れがちだから、と思いました。
次には、咲は絶対来るから、と思いました。
でも、咲は来ませんでした。

――私があんなことしたから……だから咲も、来てくれない……
幼い舞は、咲が来ないことと自分がした事を結びつけて考えてしまいました。

「だから、ごめん! 謝る!」
答えない舞に向かって咲は手を合わせ、頭を下げます。
薫が咲の後ろから手を伸ばしたかと思うと、地面につんのめるくらい深く
頭を下げさせました。

「舞。私もだけど……、誰も、舞から離れようとなんてしてないよ。
 それは舞の勘違い。だから、そんなことを心配する必要なんてないわ」
満が舞に話しかけます。

「でも、お兄ちゃんは……」
「和也さんが一番そんなことないよ!」
咲は薫の手を押し返すようにがばっと頭を上げました。
「和也さん、この前舞のこと見たって言ってて……、帰ってきて欲しいって言ってたよ。
 お父さんもお母さんも、待ってるって」
「舞。もうやめよう」満も言葉を添えます。「ダークフォールになんて、戻らなくていい。」
「でも……、」
舞はまだどこか躊躇っています。

「あなたには幸せになる使命がある」
薫がぽつりと言いました。
「え?」
「あなたのお母さんが言ってた言葉よ。――どうしたら、あなたは幸せになれるの?」
「お母さん……」
舞はうつむきました。それから、顔をやや上げて、咲たち三人を見回しました。

「家に……帰りたい」
「うん、じゃあ帰ろう!」
咲が舞の手を取ります。
「美翔さん家、ここからすぐ近くなんだよ。和也さんもお父さんもお母さんも、
 舞のこと待ってるから!」
「早く会いたい……本当に、会いたくなってきた……」
「うん、早く行こうよ!」
「誰に会いたいのですか」
低い男の声がしました。地面にぽっかりと巨大な紫の穴が開きます。
満と薫は咄嗟に前に出ると、咲と舞をかばうように両腕を広げました。

「お初にお目にかかります、ゴーヤーンと申します」
地面から現れたのはゴーヤーンでした。普段から白い舞の顔色が青白く変わります。

「何をしに来たの」
「おやおや、満殿。仕事の報告もせずにこんなところで何をなさっているのです」
「仕事って、この町を滅ぼすって話のこと? 満はもう、そんなことしないよ!」
後ろから咲が叫びました。
「そうですか、さて、舞殿はどうお考えですかなあ」
「舞だってもう満のことを誤解したりしてない! それに、舞はこれからお家に帰るんだから!」
「帰る?」
ゴーヤーンはわざとゆっくりと咲の言葉を繰り返しました。

「はて、舞殿に帰る場所なんてありましたかな」
「あるよ! 舞はお父さんとお母さんとお兄さんのところに帰るの!」
咲の手には、舞の手の震えが伝わってきました。それが止まるように、咲は手を強く握りました。
「はて。舞殿は緑の郷では暮らしていけないはずですが」
「どうして!」
「舞殿のお力が、この緑の郷で許容されるものですかなあ。舞殿の力は強すぎます。
 人間達には舞殿が恐ろしくて仕方がありますまい」
「どうして、そんなこと言うのよ!」
咲は本気で腹が立ってきました。薫は、舞はこの男のこういう嫌味たっぷりの口調に
次第に支配されてしまったのだろうと考えていました。

「おやおや、咲殿。あなたも被害者なんですよ」
「へ?」
「あなたは小さい頃、白鷺に攫われたそうですなあ」
舞の手がびくっと震えました。
「何で、知ってるのよ」
「よく知っていますとも。――その白鷺を操ったのは産まれて間もない舞殿でございましたなあ」
咲が驚くほどの力で、舞は咲の手を振り払いました。
「舞!?」
舞の顔は青ざめ、その目は地面に向いていました。
――そんなことまで、していた……知らないうちに……やっぱり、私は……

「それが、どうしたって言うのよ!」
「おや、随分強気ですなあ」
「私はもう、そんなことどうだっていいの! あのことがあったから篠原先生にも会えたし、
 薫にも会えたんだから!」
「……咲」
舞は咲を見ました。咲は舞に向かって笑いかけます。

「大丈夫。私は舞を恐れたりしないよ。それに、もう舞に飛ばされたりもしない。
 大きくなって、強くなったから。大丈夫なんだよ」
そして再び手を繋ぐと、
「早く帰ろう。舞の家に」

「おやおや、まったく困ったものですなあ」
ゴーヤーンは呆れたように呟きました。
「舞殿、昔与えられた罰をもうお忘れですか?」
彼の手に紫色の光が集まっていきます。ゴーヤーンの目は冷たい光を帯びていました。
舞が怖れているゴーヤーンが現れる、満はそう思いました。

「ええ? お忘れですか?」
ゴーヤーンの手から紫色の光弾が放たれ、満と薫、咲の身体は一瞬にして立っている
場所から吹き飛ばされました。

「舞!?」
すぐに立ち上がった咲が見回すと、舞は小さくなってゴーヤーンの紫の球の中に閉じ込められていました。
「どうです、舞殿。お忘れですか?」
彼が手を揉み合わせるたびに球の中には雷のようなものが走り舞に当たります。
舞が苦しんでいる顔は外からでも見て取れました。

「舞っ!」
満と咲が球の傍に駆け寄ろうとしましたが、光弾に再び弾かれました。
「やれやれ」
肩をすくめ、ゴーヤーンは球の中から舞を解放します。舞はどさっと地面に倒れました。
「舞!」
咲は舞を抱えるようにしました。

「何でこんなことするのよ!」
「ゴーヤーン。あなたはどうしてそんなに舞に執着するの?」
咲とは対照的に落ち着いた声で満が尋ねます。

「舞殿の強い力は緑の郷では厄介なものでしかないでしょうが、私ならその力を
 有効に使うことができますからな。
 今だからお話しますが、咲殿を飛ばしたときから舞殿には目をつけていたのですよ。
 こちらに取り込む機会を窺っていました」
「あなたの目的は、何? ダークフォールの使命に基づいて、この世界を滅ぼすこと?」
「いえいえ」
ゴーヤーンは笑って首を振ります。
「そんなことではございませんとも。私の願いは、この緑の郷を支配することです。
 泉の郷を押さえ、夕凪町を滅ぼしてその力を誇示すれば私に逆らおうなどと考える愚か者は
 そうそうおりますまい。
 舞殿の力があれば、緑の郷の愚か者から私の身を守ることもできましょう、
 力を見せ付けて怖れさせることもできましょう。何かにつけ便利でございます。
 ま、満殿も同じような理由でこちらに引き込んだのですが、性格的に素直な方が
 好都合なので」
「どうして、緑の郷を支配するなんて……ダークフォールの目的は、世界を滅びに包むことでしょう?」
「それは遠い遠い先の話でございますよ、満殿。それまでの間、緑の郷を私の好きにして
 何が悪いのです? 緑の郷を支配すれば、別荘も建てられるしゴーヤ味のカキ氷が食べ放題でございますよ」
「な……なんて俗っぽい……しかも小さい……」
「大丈夫、舞?」
満とゴーヤーンが話している間に舞は少し落ち着き、咲の手を借りて立ち上がります。

「ちなみに、」
ゴーヤーンはフラッピの方を見ました。
「あなたにはわざと逃げてもらったんですよ」
「何ラピ!?」
「精霊を全部捕まえて泉の郷を完全に滅ぼしてしまったら緑の郷も滅んでしまいます
 からなあ。後もう少しで完全に滅びる、というところで止めておくのが最善でしょう。
 アクダイカーン様に忠誠を誓うあまり私の計画の邪魔をしかねないカレハーンたちも
 皆さんが倒してくれたし、私の計画は順調だと思っておりましたとも」
「な……なんだか馬鹿にされている気がするラピ……」

「しかし、皆さんのおかげで舞殿は使えなくなってしまったようですな」
――諦めたのか……
薫は意外に思いました。ゴーヤーンはどちらかというと一つのことにこだわり続けそうに
思いましたから。

「作戦は、後で考え直します! 私の野望を知った皆さんには、消えていただきますよ!」
「自分で喋ったんじゃない!」
「問答無用です!」
咲に答えたゴーヤーンの手に特大の紫の球が生まれ始めました。

四人ともその光を見、逃げようとしたその時、地面にぱっくりと大きな穴が
開きました。

「え!? ええええ?」
驚き悲鳴を上げながらゴーヤーンが穴の中へと吸い込まれていきます。
穴の吸引力は四人とフラッピをも地下へと引きずり込んでいきました。

「ひ、ひえええ!?」
全員の身体は恐ろしい速さで地下のダークフォールを通り抜けていきます。
満と舞が良く知っている場所も過ぎ、地下へ地下へ、ダークフォールの最奥部までも
引きずり込まれていきました。



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