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「許せないなら、どうなさいますか、舞殿」
「どう、って」
ゴーヤーンは舞の耳元に近づき囁きます。

「力を解放されたらどうです、舞殿。あなたの持てる力を。
 満殿やこの者たちを、許したくなどないでしょう……?」
「許せない……許したくない……許さない……!」
許さない、と叫んだ舞の瞳にこれまでと違う輝きが生まれたのをゴーヤーンは認めました。

「お行きなさい、舞殿! 緑の郷へ! あなたを裏切った者達がいるところへ!」
ゴーヤーンの言葉に従うように、舞は部屋を飛び出し緑の郷へと向かっていきます。
残されたゴーヤーンは今度は声に出して、へっ、と笑いました。

――満殿。私の言うことに一々反抗的なあなたには手を焼いたものでしたが……

ゴーヤーンが手を振ります。
「ダークフォールに戻る」という満の決意について議論している咲たち三人の映像が
消えました。

――せめて舞殿の力を解放する礎ぐらいにはなってくれそうですね。
舞の力はゴーヤーンも認めるところでした。性格上、あまり攻撃的なことはできそうに
ないのが唯一の悩みの種でした。けれども、それももう解決した――とゴーヤーンは思いました。


「それだったら、みんなで行ってみたらどうかなあ、ダークフォールに」
満のダークフォールに戻るという意思は揺らぎそうにもないので咲は次善の策を
提案しました。
「みんなで?」
「そう、満一人じゃなくて私と薫と、フラッピも一緒に」
「それは……危険だ」
満は苦しそうな顔をしました。
「でも、危険なところなら尚更みんなで行ったほうがいいよ! ね、私たちと一緒に」
「ラピーッ!」
フラッピが突然耳をぴんと伸ばしました。


「ど、どうしたのこんなに耳長くなっちゃって」
「来るラピ!」
フラッピは額に汗を浮かべて叫びます。
「ものすごく嫌な気配がするラ」
鈍い音がして三人の目の前の机が突然引き裂かれました。パンが地面に転がります。
咄嗟に薫は剣を、満は弓を手に取りました。
「っ!」
満は上を見ました。太陽の光で逆行になっている中、宙を舞っていたのは
満が良く知っている人でした。

「舞!?」
「うらぎりものぉっ!」
いつもとは全然違う低い声で叫んだかと思うと天女のような服をひらひらと、動かしました。
優雅な動きでありながら、舞が一度羽ばたくように動くたびに
突風が巻き起こりました。咲たちは立ち上がる砂埃が目に入らないよう手を目にかざしながら
舞を見上げます。
舞が着ている服は満が一度も見たことのないものでした。

「舞、ちょっと待ってやめて!」
「嫌よ! 満さんの嘘つき! 約束したくせに!」
「私は嘘なんかついてないよ……」
「聞きたくない! 何も!」
舞が手を軽く動かした――と満には見えました。

「ここで僕の出番なんだなあ」
満と薫が立っている近くの地面が割れたかと思うと、橙色と青に彩られた巨人が姿を現しました。
「え!?」
巨人は満の手を掴むとそのまま地面の中に引きずり込もうとします。
「満!」
薫が引き込まれていく満に手を差し伸べました。
「薫!」
満も手を伸ばします。二人の手は届きましたが、二人とも地面に大きく開いた穴へと引きずり
込まれてしまいました。

「満! 薫!」
大きく地面に残された穴に咲は叫びましたが二人の返事はありません。
舞がすとっと地上に降り立ちました。
舞は綺麗な顔立ちでしたが――今は綺麗を通り越して、どこか怖く見えました。

「あなた、舞さんでしょ。どうして、こんなことを?」
咲は立ち、真っ直ぐに舞の目を見つめます。舞の目は怒りで満たされているように
見えました。
「満さんが私を裏切ったからよ。私のところに戻ってくるって言ったのに」
「満は舞さんを裏切ってなんかいないよ! ダークフォールに戻らなくちゃいけない、って
 言ってたもの!」
「うるさい!」
怒鳴るように舞は言うと、飛び上がりました。今度の動きは先ほどまでの優雅なものとは
全く異なる鋭い動きでした。

「えっ!?」
咲が構える時間もなく、舞が蹴りを繰り出します。飛びながら舞の足は確実に咲の頭部を
狙って次々と繰り出されてきました。
「ちょ、ちょ、ちょっと!」
腕で彼女の足を払いながら、身体を動かして交わしながら、咲は舞に押されるように後ろに
下がっていきます。
舞の右足が咲の顎に当たりました。ぐらりとよろけた咲の後頭部に更に舞の右踵が
振り落とされます。
咲の身体は大きくよろめいたかと思うと、地面にどうと倒れました。

「咲、大丈夫ラピ?」
「あんまり大丈夫じゃ……ないけど……」
珍しく弱弱しい声で咲は答えます。舞が近くに降り立ちました。

「舞さん、どうしてこんなことするの?」
舞は答えませんでした。


「ここが僕の大好きな場所なんだなあ」
一方、満と薫はというと、ドロドロンに連れられて森に着いていました。
ダークフォールへと通じる森です。ドロドロンはそこで地上に出ると二人を解放しました。

「ドロドロン、何の用よ」
落ち着きを取り戻した満がドロドロンに問いかけます。満とドロドロンは
ダークフォールでの知り合いでした。

「ゴーヤーンに言われたんだもんね。舞をサポートしろって。
 舞は満みたいに生意気じゃないから僕も応援してあげたいな」
「それで? あなたに私が倒せるとでも思ってるの?」
「ふふーん、僕はいつもの僕よりずっと強いんだぞ! 舞に絵を描いてもらったんだもんね!」
「絵?」
言っていることが良く分からず怪訝な表情をした満にドロドロンは舞に描いてもらったという
絵を見せ付けます。

「ほら、これ。舞は絵が上手いから」
「それで? あなたと世間話してるほど暇じゃないんだけど」
「ふっふーん、そんなこと言っていいのかなあ〜。ここから僕の兄弟が生まれるんだぞ〜」
「?」
ドロドロンは紙を地面に置くと、その上にさらさらさらと砂をかけました。
「弟たち〜おいで〜」
どこか気の抜けるようなドロドロンの声に合わせて、紙が次々と立ち上がり、
ドロドロンの姿へと変形しました。ただ色だけは白黒のままでしたが。

「ふっふっふっ、これだけ数が多ければ負けないもんね!」
舞の絵からドロドロンは何人も何人も生み出されました。

「気持ち悪い……」
薫が正直な感想を口にします。そんなことをしている間に、二人の周りはすっかり
ドロドロンで囲まれてしまいました。

「じゃあみんな、頑張ってね」
本物のドロドロンはするっと地下に潜りました。二人を囲んでいるのは白黒のドロドロンばかりです。
二人は背中合わせになって、周りにいるドロドロンたちから目を離さないようにして
立っていました。

「――どうする?」
薫が背後の満に問いかけます。
「こいつらを相手にしたって多分徒労だわ。本体を倒しに行かないと。
 でもそのためには、こいつらを倒して本体にたどり着かないといけないわね」
「とりあえず倒していけばいいのね」
うん、と満が頷くのを確認して薫は剣を引き抜くとドロドロンの群れに向かって走りこみました。
満も逆方向に、短刀を持って走り込んでいきます。

白黒の塗り絵のようなドロドロンはそんなに強くありませんでした。
図体は大きいのですが、剣を振るえば振るうだけ、倒れていきます。しかし、
倒れるのと同じ数だけまた新しいドロドロンが生まれてきていました。

――くっ……

薫は腕を振るうのがそろそろ疲れてきていました。
最初のうちは爽快でしたが、倒しても倒しても次々生まれてくるのを見ると、
次第に剣を振るう腕が重くなってきました。

満もまた、腕が重くなってきていました。
満の場合は短刀を振るって、でしたから剣の重さはそれほどではないものの、
倒しても倒しても相手が現れてくるというのはそれだけでこちらの勢いを削ぐものでした。

満はドロドロンたちの隙を見ると、手近の木に駆け上がりました。
枝の上で一息入れます。ドロドロンが集まってきてうるさいので、満はどんどん
高く上っていきました。
下のほうでドロドロンが何か言っているらしい声は聞こえてきましたが、
ほとんど木のてっぺんまで登るとドロドロンに邪魔されることはなくなりました。
はあ、と一息入れます。ドロドロンと言えども沢山居ると面倒ね、と満は思いました。

薫は剣を振るいながらただひたすらに走り続けます。ドロドロンたちは倒されてばかり
いることに業を煮やしたのか、右手から左手からくもの糸のような網を薫にめがけて放出します。

薫は右に左に、網をよけて走りました。左側から近づいてきた網を見たとき、咄嗟に左手で
払いのけようとしましたが腕が上がらず、そのまま網に捕らえられてしまいました。
「ふふん、やっと捕まえたんだなあ。どうだ、僕は強いんだぞう」
周りにドロドロンたちが集まってきます。薫はもがきましたが、網はねばねばと絡みつき
薫を放そうとはしませんでした。

「ふふん、どんな風にやっつけちゃおうかなあ〜」
「月の力!」
満の声が聞こえました。次の瞬間、辺りが一瞬真っ白な光で包まれました。反射的に目を閉じた
薫が目を開けると、周りのドロドロンたちはみんな倒れてしまっていました。

「薫、大丈夫!?」
木から下りて駆けつけてきた満が短刀で薫を捕らえている網を断ち切ります。

「ああ、大丈夫だが……しかし、どうして」
「もぐらは光に当たると死んじゃうんですってね。思い出したからやってみたの
 (作者註:俗説です)」
「そ、そうなのか……」
「それはそうと、早く本体を倒さないと」
また新しいドロドロンが生まれつつありました。
「本体は土に潜ってしまっているからな……、私にちょっと時間をくれ、試してみたいことがある」
「そう」
答えて満が二、三歩離れると、薫は剣を両手で持って頭上に振り上げ、
「風の力!」
叫びと共に勢いよく振り下ろしました。剣から地面に向かって竜巻が走ったかと思うと土を
抉っていきます。
しばらくすると、ドロドロンの頭が見えてきました。
「あそこ!」
薫は風を止め、満がドロドロンに向かって矢を放ちます。ドロドロンは頭に刺さった矢を
「こんなことしたら痛いんだぞ」
引き抜きながら立ち上がり、満と薫に向き直りました。
「もう、僕怒っちゃったもんねー! 僕の滅びの力はすごいんだぞ!」
ドロドロンが腕を伸ばすと、周りの木々が枯れ始めました。



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