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「……っ!」
外で見ている薫には、満の苦悶の表情がはっきりと見えました。
満はもがいてももがいても球の中をぐるぐると回っているばかりで決して外に出られることは
ないのでした。
薫は思わず剣を振り上げると、水球に向かって切りつけていました。
水球は思ったよりもずっと粘度が高く、薫の剣を飲み込むように絡み付いてきました。

「ほーほっほっ! 剣で水が切れるかしら?」
ミズ・シタターレの高笑いが辺りに響きます。
「ちょっとハナミズターレ! なんなのよ、あんた!」
「誰が鼻水よっ! 私はミズ・シタターレ」
「あの人、あんたの仲間なんでしょ!」
「ええダークフォールの一員らしいわね、でもゴーちゃんに尻尾振ってるばかりの
 無能者に用はないわ!」
「そ……そんな! ええい!」
咲は無性に腹が立ち、ミズ・シタターレに向かって殴りかかっていました。
咲の繰り出す拳をシタターレは両手で次々に受け止めます。

「所詮力のない者は何をしても無駄よ!」
「そんなことない!」

――助ける……!
咲とミズ・シタターレが戦っている横で薫は剣を握る手に力を込めました。
剣には水が吸い付くように絡み付いていて、びくとも動きません。
しかし薫は、水球の中で苦しそうに顔を歪めている満を見て
助ける、助ける、と心の中で呟いていました。

「う……ああああああ!」
力を込める薫の口から自然と叫び声のようなものが漏れました。
――助ける!
思いが強くなった時、薫の握る剣の刃から泡のようなものが湧き出てきました。
泡は大きくなり、立ち上り、水球の中に入り込み、そして薫の剣から一陣の空気の
流れが噴出したかと思うと水球は形を失い、満は壊れた水球の中から地面に向けて
落下しました。
後から落ちてきた水が満の身体を濡らします。
しかしそれはもうただの水で、満を包み込むような力はありませんでした。

「何!」
「風の力ラピ!」
「風の力……今日のところは水に流してあげるわ!」
捨て台詞を残すとミズ・シタターレは来たときと同じように地面に穴を開けて
その姿を消しました。
形勢が不利になっても残っているような愚かな真似はしない主義でした。

げほっ、げほっ、と満は地面にうずくまって水を吐き出します。
咲はそんな満の背中をさすっていました。薫は立ったまま、そんな二人をぼんやりと見ていました。

「な……なぜ……」
はあはあと荒い息をつきながら、ようやく口がきけるようになった満が
薫の方を見上げて問いかけます。
「なぜ、助けた……」
「……分からない」
薫は素直に答えました。

「分からないが……」
自分の首筋に手をやると、服の下から青いクリスタルを取り出します。
首からはずして、それを満に見せました。

「似たものを持っていると、聞いている」
「……」
満は無言で、薫と同じように首から赤いクリスタルをはずします。
近くで比べてみると、二つの宝石は全く同じ形をしていました。
薫の方は青、満の方は赤、その違いがあるばかりでそれ以外は
同一のものと言ってもいいくらいそっくりでした。

「ねえ、帰ろう。家でゆっくり話そうよ。ね、二人とも」
二人は今度は咲の提案に従いました。

もう、夜も随分更けています。
みのりを起こさないように三人はこっそり家に入ると、
お父さんとお母さんには新しくできた友達と言う風に説明して
薫の治療をして軽い夜食を作ってもらって、それから、咲と薫の部屋に入りました。

三人はそれぞれ机の前に、寝床に、床に、適当に座ります。

「ねえ、ダークフォールから来たって言っても本当はこっちの世界の人なんでしょ?
 名前、何ていうの?」
咲が真っ先に会話の口火を切りました。
「ええ、そうよ。昔は緑の郷にいたわ。名前は……満」
「へえ、綺麗な名前……あ、ごめんね自己紹介が遅れちゃった。
 私は咲、でこっちが、薫」
満は紹介された薫を改めてまじまじと見ました。

「私には、昔双子の妹がいたと聞いているわ……私の一族は昔からの慣習で
 双子が産まれたらその片方を捨てなくてはいけない決まりがあって、 
 それで私の妹はどこか遠くに連れて行かれたと聞いているけど」
「……」
薫は満の話を黙って聞き、それからぽつりと、
「私は昔捨てられていたそうよ。これを持って」
とクリスタルを再び取り出して見せると、
「それでこの家に拾われて……でもこの石は遊牧の民の物だって」
「――私の家は草原で暮らす、あなたの言う遊牧の民だったわ。
 私のクリスタルは両親から、お守りとして渡されたもの……」
「繋がったね!」
咲は二人の会話に嬉しそうに加わります。

「薫の話も満の話も、全部繋がるよ。やっぱり薫と満は姉妹なんだよ」
「そう……かしら」「そんなに単純でいいのかしら」
「そうだよ、絶対そう! 二人とも目がそっくりだもん!」
満と薫は無言で目を合わせてから、照れたように二人とも目を逸らしました。

「でも、それでどうしてダークフォールに?」
咲の質問は次の問題に移っていきます。
「……」
満はしばらく答えるのを躊躇っていましたが、

「火の山が爆発したことがあったの」
ぽつりぽつりと話を始めました。
「私たちの一族は比較的山の傍を移動していることが多かったから……、
 いつもなら、山の様子がおかしければ一旦離れて様子を見ることになっていたけど、
 あの時は本当に静かな山がいきなり火を噴いて……」
「……それで?」
冷静な口調で薫は続きを促します。

「私たちはあの時、いろいろな道具や動物達を山すぐ麓に置いて、
 自分達は草原の方にいたの。だから山が火を噴いた瞬間には、私たちは無事だった」
「……それで?」
「私は小さかったから、すぐに遠くに逃げなさいと言われたの。大人たちは
 荷物や何かを取りに戻ってからすぐ逃げるって。でも結果的に、
 その判断は間違ってた」
「……」
「待ち合わせしていた場所で、私はずっと待っていたわ。火を吹き上げる山を見ながら、
 何日も何日も。でも誰も来なくて――、そのうち手持ちの食べ物もなくなった」
咲と薫は今はもう黙って満の言葉を待っていました。
満は淡々と、話を続けます。

「食料がなくなって、私はやっとその場から少しだけ離れることにしたわ。
 少しだけ離れて、――草原には他の遊牧の民もいるはずだし、動物もいるはずだから
 食べ物をもらうなり狩をするなりして息をつないで、それからまた戻ってくる。
 そう考えていたの」
「でもそれは甘かった。人も動物も――まともな生き物はみんな、もうとっくに遠くに
 逃げていたのよ。歩いても歩いても、動くものに出会うことはなかった。
 灰が降ってきて、足元の草も灰に埋もれてしまうようになって……、
 その中から草を掘り出して、何とか食べていたわ。水は、たまに振る雨を集めておいて、
 汚かったけど」
「そんなことをしている間に私はもうすっかり疲れてしまって……ある日、とうとう、
 座ったまま立ち上がれなくなってしまった。一人ぼっちで生きていくなんてできないと、
 つくづくそう思ったわ……」
「その時、私の前にゴーヤーンが現れたの」
「ゴーヤーン?」
咲と薫は聞きなれない名前を繰り返します。

「ええ、そう。ダークフォールの支配者、アクダイカーン様の一番の側近よ。
 彼は自分に仕えるなら、私の事を助けてくれると言ったわ……」
「それで……」
「その時、私は本当に救われたと思った。ゴーヤーンの姿は明らかに人間のものではなかったけれど、
 なんだかもうどうでも良かった。ただ、私の事を助けてくれるという存在が
 現れたことが嬉しかったの。
 だから私はゴーヤーンに着いてダークフォールに行ったの。
 どうせ緑の郷にいても私の生きていく術はなかったし」
「……月の力はどうしたラピ?」
フラッピがたずねます。フラッピにとっては一番気になることでもありました。
「これは、ダークフォールでゴーヤーンに言われてキントレスキーに鍛えられている
 うちに身についたのよ。
 生まれつきの力なんですってね。あなたの花の力も、あなたの風の力もそうでしょう?
 ゴーヤーンがそもそも私をダークフォールに連れていったのも、この力があったから……」

三人と、それにフラッピはしばらくの間黙っていました。
「ダークフォールからは、逃げられなかったの?」
今度は咲が尋ねます。満の今の話し方からして、あまりダークフォールが好きだった
訳じゃないみたい、と咲は思っていました。

「逃げられなかった……わ。実際に逃げようとしたのは二、三度しかないけど。
 舞を置いていくわけにはいかなかったから」
「舞?」
聞いたことのある名前でした。咲と薫は満の話に耳をすませます。

「舞は、私と同じ。緑の郷からゴーヤーンによってダークフォールに連れて来られたの。 
 でも、私よりずっと早くに。私たちは二人、いつも一緒にいてそれで……、
 一緒に逃げようって、何度も言ったわ。
 二人なら緑の郷でも生きていけるかもしれないって。
 でも舞は頑としてそれを拒んだ。だから、私も……それで今回、夕凪町を
 滅ぼすように言われて……もし拒否したりしたら、舞が何をされるか……」
咲は和也から聞いた話と、今の満の話を総合しようとしました。
舞、と言う人がもし和也の妹だとしたら……だとしたら?

「ねえ、その舞さんって、美翔さんって言わない?」
「知らないわ。彼女はあまり緑の郷でのことは話してくれなかった」
「そうなんだ……」
――うーん、舞さんの話はまだなんか良く分からないな……
そう思いながら、咲はふっと窓の外を見ました。

「あ、お月様がもう大分傾いてる……もう寝ようよ、みんな」
「その方がいいかもしれないわね」
「じゃあ、私みのりの部屋で寝るから、二人はここで寝てよ」
「え……」
「どうして?」
「ほら、積もる話だってきっとあるだろうしさ。フラッピ、行くよ。
 じゃあ二人とも、ごゆっくり〜」
戸惑っている二人を置いて、咲はさっさと部屋を出ました。咲としては、
無口な二人が少しでも会話できるように、というつもりでした。


「……じゃあ、私はこっちで寝るから。あなたは咲のを使って」
「そう……ありがとう」
残された二人は早々に寝ることになってしまいました。
無口な人同士では中々会話は盛り上がらないのです。

寝具に身を横たえ、満はこんなに柔らかいところで寝るのは久しぶりだということに
気づきました。
ダークフォールではずっと岩の上で寝ていましたから――身体はもうすっかり慣れて
しまっていました――ようやく、人間らしくなったような気がしました。
満は起き上がると、立ち上がって隣で寝ている薫を見下ろしました。

「何……?」
気配を察した薫が尋ねます。
「一緒に、寝よう」
「え……」
「舞とは、良くそうしている」
「そう……いいけど」
寝具の上で少し端によると、満は空いた場所へと入ってきました。
同じ布団で寝ているからといって特に何か会話を交わすこともなく、
薫は満の様子をただ窺っていました。
その内にひくっ、ひくっ、と押し殺したような泣き声が聞こえてきました。

「満……?」
「見るな……!」
満は布団を深く被ってしまいました。薫は布団の上から満の身体にそっと
手を重ねます。
「満……これからは、一緒に、いよう」
「うん……」
「私たちは今までずっと、離れていた。長すぎるほどの間……。
 本当は、一緒に生まれたんだから……」
「そうね……」
満が微かに泣く声はしばらくの間聞こえていましたが、やがて二人とも眠ってしまいました。

【第四話 完】



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