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――いい月ね。この町の住人には今夜で見納めだけど。
夜、満は再び夕凪町に現れました。正確には森の中、比較的夕凪町に近いところで
じっと待機していました。

――まずあの子を倒す。それから町を……
満の最初の標的は咲でした。邪魔者を排除してから使命の遂行に移ろうと考えていました。
そのためには咲をこちらに、満の待ち構えている場所に、おびき寄せる必要がありました。

――きっと私の気配か何か感じられるんでしょ。
満は前回咲がタイミングよく現れたことから、今日もきっと咲がすぐにやってくると
思っていました。
こちらからすれば、戦いに有利な場所を選ぶことができるのですから
非常に好都合です。

しかし、夕日が完全に落ちてその名残の橙色の光が消えてしまっても、
月がかなり高いところまで上っても、咲は現れませんでした。

「遅いっ……」
満は我知らず声に出して呟いていました。
――これだけの時間があれば、月の力を使って隕石を落とすことくらいできたじゃない。
どこか計画を乱されたような気がしながら、満は結局月の力を使うことにしました。
前と同じように手を上に向かって突き上げます。
「月の力!」
一声叫ぶと、空のかなたにいくつかのきらめきが生まれました。


「ラピーッ!」
満の気配――というより、満が発動した力の気配をようやく感じて日向家のフラッピが
叫びました。
「どうしたのフラッピ?」
「またラピ! またこの前の……」
「こ、この前の女の子!?」
咲は机の前に座っている薫を見ました。薫はすっと立ち上がります。

「フラッピ、私も行くわ。その人、どこにいるの?」
「こっちラピ!」
「わ、私も行く! ちょっと待ってよ!」
薫と咲、それにフラッピの三人はばたばたと日向家から外に飛び出しました。

――この技、強力なんだけど効果が出るまで時間が掛かるのが問題よね。
満はぼんやりと空を見上げています。もう、咲が来ることなんかまったく
期待はしていなくて、隕石が降ってくることをただ待ち続けていました。


「あそこラピ!」
精霊の声が聞こえてきました。満の全身が一気に緊張感で張り詰めます。
満は持ってきた弓を手に取ると――これは彼女が昔緑の郷にいた頃に使っていたものです――、
背中の矢筒から矢を一本出してつがえます。

「待って、フラッピ」
あの女の子の声も聞こえました。満は集中して森の入り口付近を見つめていました。
「どうするラピ?」
「こうするの」
そう言うと、咲は白い大きな布を取り出しました。

「ラピ?」「何それ?」
フラッピと薫が不思議そうに聞く中、咲は白布を大きく振り回します。
「おお〜い、降参するよ〜」

「は?」「ラピ?」「何?」
薫もフラッピも、そして満も、咲の行動の意味がまったく分かりませんでした。
白い布のおかげで咲たちの位置は満からもはっきりと分かります。
満は一瞬腕から抜けた力をまた戻し、再び弦を引き絞りました。

「ねえ、この近くにいるんでしょ、この前のことは謝るからさ、お話しようよ、少し」
咲は相変わらずまったく無警戒で森の中に入ってきます。

「咲、ちょっと」
薫が咲の肩に手を置いて引きとめようとします。咲はそんな薫を、逆に自分の方へと
引き寄せました。

「薫って言うんだけど、あなたの姉妹じゃないかって思うんだ」
そして見えない満に向かって呼びかけます。
「ちょっと、咲!」
「薫も、青い宝石を持ってるんだよ。それに目の雰囲気も似てるし。
 ねえ、少し話そうよ!」
――何だと……
満から、今はもう薫の姿も見えました。青く長い髪を伸ばした、長身で細身の身体が。

「咲、ちょっと……」
薫は咲の手を振り払うと一旦後ろに下がります。
「ねえ、聞こえてるんでしょ!? 少しでいいから、話をしようよ!
 もしかしたら、家族かもしれないんだよ!?」
「……嘘をつくな!」
「ラピーッ!」
満が矢を放ったのと、フラッピが上空の隕石の気配に気づいたのは同時でした。
咄嗟に薫が飛び出し、お父さんから借りてきた剣で矢をなぎ払います。
「花の力!」
フラッピは咲の頭の上で叫ぶと、前と同じように蔦を傘のように広げました。

――夕凪町は後でいい……まず、こいつらを倒す!
満は決意を固めると、続けざまに二本、矢を放ちました。
一本目は薫がなぎ払いましたが、二本目は薫の頬を軽く掠めて傷をつけました。

「薫!」
「……倒す……」
低く呟くと、薫は咲が止めるのも聞かずに満に向かって突進しました。
射られたことで、薫には満の位置がはっきりと分かりました。
剣を掴んだまま、満のいる木に向かって全速力で走りました。

「ちょっと、薫、ねえ止めてよ!」
咲の声など、もう満も薫も聞いていませんでした。
枝の上から、満は矢を放ちます。薫がそれをなぎ払います。
二、三回、同じ事を繰り返して二人は睨み合いました。
一本、放つと満はぱっと別の木の枝に飛び移り立て続けに矢を放ちました。
薫は一本、よけきれずに左腕に受け止めます。血が飛び散り、痛みが走りました。

「……っ」
業を煮やした薫は右手に持った剣を満に向かって投げつけました。
「え!?」
切っ先が真っ直ぐ自分の方を向いて飛んでくるのを見た満は即座に木から降り、地面の上を走り始めます。
薫は追い、落ちてきた剣を掴むと満に向かってほとんど飛び掛るように切り付けて行きました。
すんでのところで満は薫の剣をかわすと弓を捨て、腰に下げている短剣を引き抜きます。
長剣と短剣を持ち、二人は互いの周りをぐるぐると回りました。

咲の言ったとおり二人の目はそっくりでした。睨みあう二人の赤い目と青い目がそれぞれに
燃え上がるように輝きます。
もう薫は、満の目を見ていると相手の瞳を見ているのか、それとも相手の目に映った
自分の目を見ているのか分かりませんでした。

動いたのは満でした。短刀を構え、薫の首筋をめがけて飛び込みます。
薫は咄嗟に血の流れる左腕を振り回し、短刀を持つ満の右手に手刀をぶつけると
右手の剣を振り下ろしました。

「薫!」
隕石をほとんど受け止め追いついてきた咲が見たのは薫が左手で満を抱き止めるようにしながら
右手でその首に剣を当てている姿でした。

「……離せ!」「だめ、薫! やめて!」
吐き捨てるような満の言葉と咲の声が同時に薫の耳に届きます。

――たお……す……

薫の決意にはぐらつきが生まれていました。
それは突進してくるときの満を抱き止めた時の感触が人間のそれとしか
思えなかったからなのか、
狂犬のように自分を睨みつけている満の目が自分のそれと似ていたからなのか、
薫にもよく分からないことでした。

「だめだってば、薫!」
咲が薫の右手から剣を取り上げようとします。薫はそんな咲を振り払おうと
右腕を上げ、


「あら、随分修羅場ね〜」
――え?
近くの地面に濃い紫色の穴が開いたかと思うと薫と咲にとっては初対面の、
満にとっては良く知った人物が姿を現しました。
「シ、シタターレ……」薫の腕の中満は呟くと、薫から逃れようともがきました。
薫は腕により一層の力を込めて満を離さないようにしています。左腕に鈍い痛みが
走っていましたが、薫は力を入れ続けました。

「ちょっと、何の用よ!」
咲がミズ・シタターレに向かってずけずけと話しかけます。
シタターレからはカレハーンやモエルンバと同じ、ダークフォールの住人という
気配が伝わってきました。

「私はミズ・シタターレ。使命を果たせなかった挙句に敵に情けをかけられて
 いるようじゃダークフォールの戦士としての誇りも何もないわね!」
言葉と共に、シタターレの手から紫色の水球が満に向かって放たれました。
咄嗟に満も、薫もよけようとしましたが水球は過たず満を薫から引き離すと
その中に満の身体を封じ込めました。

――沈む……!
満は自分が巨大な沼の中に放り込まれたように、身体がどこかに向かって
引き込まれて行くのを感じました。視界が次第に暗くなり、何も見えなくなっていきます。
満は腕を動かし、上と思われる方向に向かって身体を浮かび上がらせようとしました。
しかし身体は満の意思に反して静かに吸い込まれて行くばかりで
満はがばっと空気の泡を吐き出してしまいました。



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