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「薫、ちょっとその……薫が持ってる青い宝石を見せてくれない?」
「どうして?」
家に戻ると、薫は自室で――咲と共有している部屋で―― 一人、本を読んでいました。
咳払いを一つしてから、咲は薫に話しかけてみました。
「その、ちょっと確かめたいことがあって」
咲の様子を見て薫は怪訝そうな表情を浮かべながらも服の下からクリスタルを出して
咲に見せました。

咲はクリスタルを手にとってしげしげと眺めます。

「もう、いい?」
「う、うん」
数分経ったところで薫は咲の手からクリスタルを取るとまた服の下に収めました。

「どうしたの?」
「うん――このクリスタルにそっくりな、赤い宝石を持っている人、見たんだ」
「へえ、そう」
大して興味もなさそうに薫は答えます。
今はそんなことより本のほうが大事、そんなことを言いそうな雰囲気でした。

「その人、薫にそっくりな、赤い目をしてた」
「ふうん」
「ねえひょっとして、薫の離れ離れになった……お姉さんか妹じゃないかな……?」
薫は初めて咲の方をきちんと見ました。
もう本は閉じてしまって、咲の話をきちんと聞くと決めたようでした。

「そんなこと」
「で、でもさ、本当に薫に目が似てたし……宝石だって、薫のお父さんとお母さんが
 薫に渡してくれたもの、なんでしょ? だったら薫の姉妹も同じような宝石を
 持っていて不思議はないし」
「私の生まれた一族は……もう、いない可能性が高いのよ。知ってるでしょ」
美翔さんのお母さんから薫が聞いた話は咲にも伝わってはいました。
だから咲も、薫の生い立ちについて大体のことは知っていたのです。

「でも、可能性ってだけだし。誰かが生き残っているかもしれないんだよ」
「どこで見たの。その人を」
「その……海岸で」
「海岸?」
咲は躊躇いました。薫に今日のことをありのまま告げていいものかと迷いました。
けれども、この件で薫に嘘をついたりしない方がいいと咲は思いました。

「その人、ダークフォールから来てたみたい。この町を滅ぼすのが使命……って言ってた」
「どういうこと? ……私も本来はダークフォールから来たってこと?」
薫の顔からすっと表情が消えました。

「そそ、そういうことじゃないと思うよ! だって、薫、遊牧の民の出だって」
「証拠があるわけじゃないわ。むしろダークフォール出身と考えた方がいいのかもしれない」
「ち、違うってば! 薫は滅びの国の出身なんかじゃないよ、絶対!」
「どうして言い切れるのかしら」
「だって薫だもん」
「……」
薫は答えに詰まりました。全く根拠になっていない咲の言葉でしたが、
どこか嬉しいのも事実でした。

「それで、その人はこの町を滅ぼしに来て、どうしたの? 倒したの?」
「倒してはいないよ……多分、一旦ダークフォールに戻ったんだと思う。
 その人、精霊の力も使えるみたいだったし、何か今までの敵と感じが違うんだけど……」
「倒せば良かったのに」
「え!? えええ?」
冷静な薫の言葉は咲には信じられないものでした。
「どうして、そんな……だって、薫の姉妹かもしれないんだよ!?」
「この町を滅ぼそうとしているような存在は許せないわ」
「そうかもしれないけど、でも」
「私の姉妹かもしれない人のために、あなたの姉妹がどうなってもいいの?」
「……それ、何か違うよ! どっちの姉妹も守ればいいんだよ!」
咲は懸命に言いました。
「……そんなこと、できn」
「できるよ! きっとできるよ!」
「……ふん」
薫は冷たく息を漏らすと、
「話はそれだけ?」
「あ、ううん、あとちょっと、薫に相談と言うか――私の整理がつかないから
 聞いて欲しい事があるんだけど」
「今度はどんなこと?」
「和也さんから聞いたんだけど……」


咲はつっかえつっかえ、和也に言われた事を薫に話しました。
咲の頭ではあまり情報が整理されていなかったのでひどく時間が掛かりました。

「要するに、その舞って人があなたを攫ったんだし今回の赤ちゃん達を
 攫ったんだって言いたいんでしょう、和也さんは」
薫は咲の話をあっさりとまとめてみせました。
「う、うん……でもさ、何か変じゃない?」
「何が」
「だって私の時って十三年も前だし、今になってまた突然同じことするって……、
 しかも今回はすぐ赤ちゃんたち帰ってきたんだし」
「それで? 他人の考えていることなんて分からないわ、はっきり言って」
「う……それはそうかもしれないけど。でも舞さんって、ずっと行方不明なんだよ?
 それなのに森の奥に居た、って……」
「森の奥ってことから考えられる可能性は一つあるわね」
薫の声はあくまでも冷静でした。

「それって?」
「その舞さんは、滅びの国にいるんじゃない? 何らかの形で」
咲は頭に急に重石を載せられたような気持ちになりました。
「そ……それじゃ、ダークフォールに連れて行かれたってこと? 五歳の時に」
「証拠は何もないけれど。そう考えてもおかしくはないわ」
「そんな……」

――ダークフォールにいるの、薫のお姉さんか妹だけでも嫌なのに。
  和也さんの妹さんまで……舞さんまで……あれ? 舞……?

思いをめぐらしていると、咲の心の中で何かが引っ掛かりました。

「どうしたの?」
突然黙り込んだ咲に薫が尋ねます。
「私、昔、舞って名前の子と仲良くしてた記憶があるんだけど……あれ? いつだっけ?」
「私に聞かれても知らないわ。篠原組にいたんじゃないの」
「ううん、いなかった気がする……あれ? どこで会ったんだろう?」
「大事なことだったらそのうち思い出すでしょう。私はその助けにはなれない」
「うん……」
咲は腕組みをして考え始めました。


――まったく、気分悪い……
ダークフォールに戻った満は微かな灯りを頼りに、ちくちくと針を動かしていました。
咲に破られた服を補修して、それからまた緑の郷に行くつもりでした。

「満さん、戻ってたの? ……あ」
舞がひょっこりと部屋を覗きます。
暗い部屋の中でお裁縫をする満の姿は、どう見ても、使命を達成した者のそれには
見えませんでした。

「どうしたの? 服、破れちゃったの?」
「うん……破られた」
「精霊を守っているっていう人に?」
「そう」
舞は満の側に寄ります。

「満さん、貸して。私、こういう作業得意だから」
「ありがとう、よろしく」
満は素直に舞に服と針を渡しました。

舞の素早く動く手を満はしばらくの間見つめていました。
「緑の郷……」
「え?」
「どんなだった?」
満は黙っていましたが、
「初めて海を見たわ。産まれて初めて。綺麗だった」
「……」
舞は無言で手を動かしていました。

「はい、直ったわ」
「ありがとう」
服を受け取ろうとする満の手に、「これ」と言って小さな紙片も一緒に渡しました。

「これは?」満は折りたたんである紙片を広げます。
「満さんの絵、また描いちゃった……」
紙の中央に大きく自分が描かれているのを見て、満はふっと笑いました。
「満さん……必ず、戻ってきてね。私のところに」
「ああ」
舞の言葉に、満は一瞬たりとも迷うことはなくすぐに答えました。


「頼もしい限りでございますな」
満が服を着た頃に現れたのはゴーヤーンでした。
「……何か、用?」
「いえいえ。満殿が使命を果たされるのを楽しみにしておりますよ。
 舞殿と一緒に」
最後の一言で舞の身体がびくっ、と震えました。

「それにしても今日は随分被害を受けたようでございますなあ」
「相手が卑劣な手を使ったから一時的に撤退しただけよ。
 その対策は考えてあるわ」
「満殿は実に優秀でいらっしゃる」
ゴーヤーンはもみ手をするように両の掌をこすり合わせました。

「これでダークフォールも安泰でございますな」
「……どうでもいいわ」
「またまた、そのようなことを。満殿のおかげで舞殿も私も安心です。
 くれぐれも、次はこのような失敗のないように」
満はゴーヤーンを睨みつけました。

滅びの国、ダークフォールの住人は片手で数えられるほどしかいません。
その割には国は広く、地下に向かって果てしなく広がっています。
そんなダークフォールの最奥部に向かって歩いていく影が一つ――ミズ・シタターレの姿でした。

ある地点でシタターレの足はぴたりと止まりました。

大きな岩が行く手を塞いでいます。ミズ・シタターレが記憶している限り、
この道を通れたのはもう遥かな昔でした。
ある時アクダイカーン様が――滅びの国、ダークフォールの支配者にして
ダークフォールの住人が忠誠を誓うべき唯一の存在が――この岩を落としてからというものの、
ここの道を通ることはできなくなりました。

ミズ・シタターレは今も掌で岩に触れてみましたがびくとも動くことはありません。
アクダイカーン様に謁見するためにはこの道を通らなくてはなりません。
しかしここがこのようになっている以上――そしてアクダイカーン様のお側近くに仕えている
ゴーヤーンが現在でも時折アクダイカーン様の言葉をダークフォール住人に伝えることが
ある以上――どこかミズ・シタターレの知らない場所に謁見の場へと通じる道があるのでしょう。

ミズ・シタターレはその場を離れ、ダークフォールの奥部をさまよいました。
ゴーヤーンが謁見の場へと続く道を隠しているのなら、かなり巧妙な手段を用いているはずですから
――少なくとも恐ろしく分かりやすい彼の別室のようなつくりにはなっていないでしょう――、
注意深く探さなくてはいけませんでした。


カレハーンに続いてモエルンバも戻ってきません。
ミズ・シタターレは彼らにとりたてて深い親愛の情を抱いていると言うわけではなかったのですが
おそらくはゴーヤーンの密命を受けた彼らが帰ってこないというのが気に入りませんでした。
――ゴーちゃん、まるでダークフォールの戦力を削ごうとしているみたいじゃないの。
ミズ・シタターレはそう思っていました。

もっとも、滅びの力により産み出されたダークフォールの住人には死、ということはありません。
カレハーンにしろモエルンバにしろ、姿が消えたとしてもそれは一時的なものです。
彼らはまた葉っぱや火から静かに再生し、滅びの力を蓄えていきます。
そして長い時間をかけてそれぞれの姿に――カレハーンやモエルンバへと戻っていきます。

だから、長い目で見れば大した問題ではないとも言えるのですが、しかしそれにしても
ミズ・シタターレにはゴーヤーンの行動が気に入りませんでした。
それはダークフォールの住人の中でも強い力を誇る彼女のプライドゆえ、であったかもしれません。
自分ではなくゴーヤーンがアクダイカーン様の側近と言うことが、彼女は
そもそも納得できないでいたのでした。



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