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満は、瞳の奥から何かがこみ上げてくるような感覚を必死に抑えていました。
ダークフォールから出た時、最初は森に出ました。――歩いていると、海に着きました。
話に聞いたことはありましたが、海を見るのは産まれて初めてのことでした。

海の上に突き出した岩の上に座っていると、風が吹き満の頬を優しく撫でていきます。
潮の香りも波の音も、初めてのものなのにどこか懐かしく満には感じられました。
昔、草原を走っていた頃には海というものを一度見てみたいと思っていたものです。
満はそんなことをふと思い出しました。けれども、もう満は変わってしまっていました。

――舞が、いる……、

目の奥に浮かんできたものを力を込めてぐいっと身体の中に押し戻すと
満の目からは光が消えました。
死んだような満の目には海が映ってはいましたが――満はもうそれを見てはいませんでした。

「月の力!」
小さく叫び、手を天に向かって突き上げます。
昼の青空に小さく星々のような煌きが飛び散りました。煌きはそのまま大きくなっていきます。

――このまま……
満は海の上から夕凪町を見ていました。このまま、あの町はいくつもの隕石が当たって死んでしまう。
ゴーヤーンの言った通りにすることができる。
私にはこれしか、生きる道はないんだから……、

隕石が落ちてくるまでにはまだしばらくの時間があります。
満は目を閉じてその時を待つことにしました。


「あそこだラピ!」
「え? どこ?」
「あの岩のところにいるラピ!」
「あ、あの……って普通の女の子じゃない!」
「普通の女の子はあんなところにいけないラピ!」
「あ、そうか!」
咲とフラッピが駆けつけたのはそんなときでした。

「咲、上ラピーッ!」
「上!?」
フラッピの声に驚いて咲が上を見上げると隕石群がもうずっと大きくなって
咲たちの頭上に迫っていました。

「どどど、どうしよう!」「花の力の導きに任せるラピー!」
「そ、そんな適当な……ああもうしょうがないや、花の力!」
咲は頭上に手を突き上げ、大きな声で叫びました。

――お願い、どうにかなって!

咲の身体を薄い光が包んだかと思うといつもよりずっと多くの蔦が天上に向かって伸びはじめました。
ちょうど落ちてくる隕石群に向かって数多の蔦が突き進み、夕凪町の上に傘のように
広がります。

「え? なんか凄いんだけど!?」
「思いを込めると力が強くなるんだラピ!」
蔦に隕石がぶつかる音がしました。
上空から鈍い音がいくつもいくつも響いてきます。
しかし蔦が突き破られることはなく、隕石が地上にまで落ちて来る事はありませんでした。

――遅い……?
破壊の音が聞こえないのを不審に思った満は目を開けます。
夕凪町は咲の花の力に守られ、いまだに健在でした。

「へえ、なるほど」
ひょうたん岩の上で満は立ち上がります。

――あの子が、精霊を守ってるっていう。
ひょうたん岩の上に立つ満と、海岸に立つ咲。二人の目はここで初めて合いました。

「咲、気をつけてラピ!」
「う、うん……分かってる、分かってるけど」
――普通の女の子にしか見えないよ!
咲は戸惑っていました。これまで対峙してきた敵、カレハーンやモエルンバは
明らかに人間とは異なる姿をしていました。
だからダークフォールの住人と説明されてもすぐに納得できたのですが。

「……」
女の子はひょうたん岩からすっと飛んでくると咲の前に降り立ちました。
これだけで彼女がもう普通の人間ではないのは明らかでした。
それでも、咲にはまだ彼女がダークフォールに住む存在だと言うことが
納得できませんでした。

「あなたは……誰?」
咲は人間に話しかけるように話しかけていました。
「そんなこと、どうでもいいわ」
女の子は興味なさそうに答えます。
「私の使命は、この町を滅ぼすこと。それだけ」
「そ、そんな……」
咲は無言で上を見ました。咲が張り巡らした傘はまだ町を守っています。
太陽の光の届かない暗い中で二人の少女は対峙していました。

「……」
咲に釣られるように、女の子も上を見ます。忌々しそうに、舌打ちしました。
「あなたを倒せば、あれはなくなるのよね」
「……う、うん、そうだと思うけど」
「咲、何真面目に答えてるラピ!」
「それなら、倒すわ」
女の子の赤い瞳は燃えるように輝きました。

――薫の目に、似てる……
咲がそんなことを思った瞬間、
「月の力!」
「えっ!?」
女の子が右手から光弾を放ちました。光の弾は咲の目の前で弾け、辺りは一瞬
白い光に包まれ咲の視界は奪われました。

「くっ!」
咲は女の子がこちらに向かって来るのを感じ、咄嗟に手を前に構え防ごうとしました。
しかし彼女はもう目の前にいました。そのまま左手が前に突き出されたかと思うと
咲の防御も空しく、腹を殴られ倒されていました。
「……」
咲は立ち上がりすぐに距離をとると再び構えの姿勢を取ります。

「ふん」
「ね、ねえ月の力って……あなたもしかして精霊の力を」
咲の頭の上のフラッピも、女の子の答えをじっと待っていました。
フラッピの知る月の力と言えば、月の精ムープの力です。
彼女がムープの力を何らかの形で奪ったのか、それとも彼女は咲と同じように
精霊の力を使える存在で、ムープの助けがなくても
力を操れるようになったのか。

「そんなもの、知らないわ」
女の子は素っ気なく答えます。
「ねえちょっと止めようよ! 聞きたいことがあるの。少しでいいから、
 話しようよ」
「それって命令? 私、命令されるの嫌いなの」
「……命令とかそういうんじゃなくって、って、わっ!」
答える咲を無視して女の子は咲に向かって突進して来ました。

「花の力ラピ!」
咄嗟にフラッピが叫びました。動かない咲の代わりに蔦が女の子に向かって伸びます。
女の子はぎりぎりのところで蔦を避けましたが、
蔦は軽く彼女をかすって服を破いて行きました。

「あ……」
首まで覆っていた服が破れ、彼女の胸近くまで肌が露わになります。
女の子は反射的に服を抑えると、ふん、と咲を睨み付け、
「随分なことをするのね」
「あ、あのごめんね、っていうか別に私がそうしようと思ったわけじゃ……」
「……」
女の子は無言ですっと姿を消しました。

「あ、あれ? どこ行っちゃったんだろ?」
「ダークフォールに戻ったのかもしれないラピ」
「って、フラッピ! あんなことしちゃ駄目じゃない!」
咲はとりあえず上空に展開した蔦の傘を収め、それからフラッピに
お小言を始めます。
「フラッピだってしようと思ってあんなことしたわけじゃないラピ、
 ただの偶然ラピ〜」
「それはそうだろうけど、でも怒っちゃったじゃん!」
「最初からあんまり平和ではなかったラピ……」
「そうだけど、とにかく女の子にああいうことするの禁止!」
傘を除くと、また日が照り付けてきました。
さっき隕石が降ってきたとは思えないほど静かな青空が見えました。

「でも、フラッピ、あの子何か宝石みたいなの首から提げてたね。赤いの」
「咲にも見えたラピ?」
「うん……」
フラッピの攻撃で女の子の服が一瞬落ちた時、咲とフラッピには彼女が提げていた
赤いクリスタルが見えました。

「薫が持ってるのと、似てた」
「フラッピもそう思うラピ……」
「薫のところに行こう」
先ほど和也に言われたこと。舞という女の子のこと。今戦った、人間としか
思えない女の子のこと。彼女がどこか、薫に似ていたこと……。
いろいろなことが咲の頭の中に渦巻きました。
誰かに話して、少し整理したい。相手としては薫が一番適任であるように思えました。



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