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【第四話】

咲たちのところにも「連れて行かれた赤ちゃん達が帰ってきたらしい」という
知らせが入ったのは数日後のことでした。
咲が尋ねていったお家からは咲に謝っておいて欲しい、とも伝言されてきました。


「本当に良かったよね」
「そうね……」
店を手伝いながら、咲は暇を見て薫に話しかけます。

「すぐ、戻ってきてくれて。これで安心だよ〜」
「そうね」
薫は少し黙って考え込みました。
「薫、何考えているラピ?」
咲の頭の上に乗っていたフラッピが尋ねます。
「別に何も。……ただ、どうしてこんなことが起きるのかと思って」
「うーん、でもみんな帰ってきたんだからいいじゃん! 鳥だってそんなことを
 したくなるときがあるんだよ」
――そうかしら? ……
口には出さないものの、薫は咲の意見には納得できませんでした。

「そう言えば、お父さんたち今回の件でお祝いのケーキ頼まれてるんだってね。
 手伝わせてもらえるかなあ、楽しみ〜」
咲の頭はもうその次のこと、お祝いの方へ向いています。
ケーキ作りを手伝うようになったのはここ最近のことですけれど、
薫よりもずっと筋がいいらしく、十分お父さんの助けになるほどに上達していました。

「いらっしゃいませ、あ、和也さん!?」
「やあ、ちょっといいかな」
がたんと店の扉が開いて美翔和也が入ってきました。
真っ直ぐに咲の側に向かいます。

「お手伝い中?」
「え、あ、はい、その」
「だったら後にしようかな」
「咲がいなくても平気です」
咲の様子を見て悩んでいるらしい和也に薫が冷静に声をかけます。

「えー薫、そんな……」
「今はお客さん少ないですから」
「ああ、そういう意味」
和也はにっこりと笑うと、
「じゃあ悪いけど、ちょっと咲ちゃんと話がしたいんだけど。外で」
薫に承諾を求めるように言いました。

「どうぞ」
薫は短く答えます。
「え、薫、本当に大丈夫?」
「大丈夫。だから早く行けば?」
薫に促されるようにして咲と和也は店を出ました。

「何か、薫君に悪いことしちゃったかな」
「あ、その、和也さん今日はどうして……」
咲は顔を少し赤くして和也のやや後ろを歩きます。

「うん、ちょっと咲ちゃんに話したいことがあってね」
――話したいこと……なんだろう……

あんなことかな、こんなことかなと考えていると咲の胸は妙にどきどきと
落ち着かなくなり始めました。
和也はそんな咲の様子にはまったく気がついていない様子ですたすたと、
店から離れ迷うことなくどこかに向かっています。

――このまま行くと……森?

咲も和也が目指している場所がどこか、大体分かってきました。
森はいつものように明るい日の光を浴びて葉を輝かせながら、
その中は暗く沈みこんで見えます。

森はこの前のモエルンバの影響か、下草はまだ戻っていませんでした。木々も
大分葉を散らしてしまっています。
以前との一番大きな違いは、森の近くに来ても鳥の声がほとんど聞こえてこないことでした。

森はしんと静まり返ったまま二人を迎えました。

「咲ちゃん。話があるんだ」
「はっはい! あの……」
咲は珍しくもじもじと下を向いて、和也の次の言葉を待ちました。

「赤ちゃん、帰ってきたんだってね」
「……はい?」
「ほら、いなくなったっていう赤ちゃん達。良かったね、帰ってきて」
「ああ〜、あの。はい、帰ってきたそうです!」
こんな話だったことに少しがっかりしながらも咲は元気良く答えます。

「咲ちゃんも昔同じようなことがあったんだってね」
「はい、でも今回はすぐに戻ってきてくれて本当に良かったです」
「そうだね」
咲の顔を見て、和也は少し躊躇していました。話そうと思っていた事を話した方がいいのか、
それともこのまま黙っていた方がいいのか迷いました。
しかしこのことはもうずっと黙っていたことで――そして、いつかは言わなければいけないと
思っていたことでした。


「咲ちゃん、実はね」
「は……はい」
和也の雰囲気が真剣さを増したので咲は再び緊張して次の言葉を待ちます。

「君、僕の妹と同い年なんだ」
「妹? ……?」
咲は丸い目を更に丸くしました。和也に妹がいるとは聞いたことがありませんでした。
「僕には妹がいたんだよ。舞って名前なんだけど。僕が言うのも変だけど、
 すごく可愛い妹だったんでね……。
 うちの家族は、今はみんな舞の話をしないようにしているけど、
 ……でも、待ってるんだ。ずっと、舞の事を待ってるんだ」
――舞……?
どこかで聞いた名前だ、と思いながら咲は黙って聞いていました。

「咲ちゃん、謝らないといけないことがあるんだ」
「か、和也さんが謝るなんてそんな。それに何も和也さんに謝られるようなことありませんし!」
和也の話はころころと飛びます。咲は戸惑い、わたわたと慌てました。

「いや、僕の妹のことなんだ、謝らなくちゃいけないのは。
 咲ちゃん、君は白鷺に連れて行かれたって聞いているけど」
「あ、はい、そう聞いています」
「多分その鷺を操っていたのは舞なんだよ」
「え?」
咲にとっては予想もできない言葉でした。和也はどこか辛そうに苦しそうに、
それでも咲の目を見たまま続けます。

「君をご両親から引き離したのは舞だ。――だから僕は、舞のしたことを咲ちゃんに
 謝らないといけないんだ」
「え? え? ちょっと待ってください、和也さん!」
咲は混乱しながら、頭を下げようとする和也を止めました。
「だってそれ、変です。私が鳥に連れて行かれたのは産まれて三ヶ月くらいの時で、
 私と同い年だったら舞さんだってその時赤ちゃんだったはずです!」
「咲ちゃんには不思議な力があるんだってね。花の力、だっけ」
「え……ええ……そうですけど」
「舞には小さな頃から不思議な力があったんだ。あの子は、鳥を操ることができたんだよ」
「……」
和也の言葉は確信に満ちていました。
今までずっと考え続けてきてこれしかないと思うに至った答えを咲に淡々と告げているようでした。

「僕が気がついたのは舞が一歳の頃。鳥たちを集めてはまた放していたんだ。
 ――それだけだったら良かったんだけどね。
 寝ているときに舞の側に鳥が集まって来たこともあった。
 きっと夢の中で何かしてたんだろうと思うけど。――それで、三歳の頃にはね。
 友達と喧嘩して……まあ、小さな子にはよくあることだけど……友達を飛ばしちゃったんだ」
「飛ばした?」
「鳥を呼んで、友達を空中に引き上げちゃったんだよ」
「……」
「僕が気づいて大きな声を上げたんで鳥はすぐに友達を放した。その子はひどく怖がっていてね、
 鳥のことも舞のことも……僕は舞のことを怒ったんだけど、
 その時思ったんだ。舞はもしかしたら、それまでにも似たようなことをしていたんじゃないか……、
 むしろ舞が赤ちゃんの時のほうが歯止めが利かなくてなにか大変な事をしてしまって
 いたんじゃないかってね。でもそれはまだ、そう思っていただけで何も確証はなかったんだ。
 お父さんもお母さんも舞の不思議な力にはあんまり気がついていないみたいだったから、
 僕は内緒にしておくことにした」
「……」
咲はずっと黙って聞いていました。

「確証が持てたのはつい最近だよ。ここに戻って来て、咲ちゃんが帰ってきて、白鷺に
 連れてかれたらしいって話を聞いて……おまけに、また赤ちゃん達が鳥に連れて行かれて」
「え、でも今回の赤ちゃんの件は。……舞さんは、今?」
今、どこにいるんですか。どうしているんですか。咲の問いは当然のものでした。
「舞はね、五歳のときにいなくなっちゃったんだ。ふっつりと。忽然と、って言うのかな」
「え……」
ぐらり、と地面が揺れたような気がしました。私の周りには家族と離れる人が多すぎる、
咲はそう思いました。

「でも、舞をこの前見たんだよ。あの火事の時に。ここで」
「え……え?」
ここで? それなら今、舞さんはどこに?
咲の心に生じた疑問は和也にも伝わったようでした。

「森の奥に、人影が見えたんだよ。女の子の。すぐ森の中に隠れて見えなくなったけど。
 随分大きくなっていたけれど――あれは舞だ。
 間違いない。僕は舞を見間違えることはないんだ。……そしたら、あの赤ちゃん達の事件だろう?
 ――あの時、舞を追いかければ良かった。そうすれば、また帰ってきてくれたかもしれないのに。
 赤ちゃん達のあんなこともなかったのかも知れないのに」
「え、えー……ちょっと待ってください」
咲は近くの石に腰を下ろし、頭を抱えて考え込みました。

「舞さんは、私と同い年で、鳥を操ることができて、えーとそれで……」
「ラピーッ!」
フラッピが突然叫びました。

「ちょっとフラッピ、考えてるんだから静かにしてよ!」
「大変ラピ、すごく嫌な気配がするラピ!」
「ええ!?」
咲は考え事を一旦中断して立ち上がりました。
「どこ!?」
「海の方からするラピ!」

「行こう!」
「あ、咲ちゃん!?」
「和也さんは海岸から離れていてください!」
咲は走りながら後ろを振り返ってそれだけ言うと、海岸めがけて一目散に走りました。



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