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森に先ほどまで蠢いていた炎は和也の目の前で一瞬にして消えてしまいました。
ちょうど咲がモエルンバを倒した時の事です。
消えたな、と和也は思い、眠りを邪魔されてぎゃあぎゃあと鳴き交わす鳥たちが
上空を舞っているのを見て、
「おおい、もう火は消えたよ」
と呼びかけます。――もちろん、鳥に言葉が分かるはずもないのですけれど。
鳥たちは、まるで誰かに呼ばれているように必ず森の奥の方に飛んでいきました。

――この森では、鳥のねぐらは奥のほうにあるのかな?
そう思って、しかしそれは変だな、と和也は考え直しました。

――あの鳥たちは、この付近を寝ぐらにしていたからこそこの近くを
  飛んでいたんだろうに。

和也は森の奥に向けて目を凝らしました。人影がぼんやりと見えたような気がしました。

「和也さん、大丈夫ですか?」
和也が森に一歩入ろうとしたその時、咲の声が聞こえました。

「ああ、咲ちゃんたち。あの人は?」
「あの人はダークフォールの人だったので……、火、消えましたね」
「そうだね――帰ろうか」
和也は二人の背中を押すと、町のほうへと二人を向けました。


「うーん、結構歪んでいるわね」
翌日、薫はみのりと一緒に森の入り口まで来ていました。咲にうるさく言われたので
両の掌には包帯を巻いています。薫は木に登り、みのりと二人で作っていた
小屋の様子を調べていました。昨日の熱で、小屋の壁はひずんでしまっています。

「直せそう?」
みのりが木の下から薫に言いました。薫はするすると、木から下りてきます。

「一度壊して、作り直した方が早いかもしれない」
冷静に、そういいました。
「折角ここまで作ったのにね」
「仕方ないわ。このままだと危ないから。解体するから、みのり、手伝ってくれる?」
「うん! どうすればいいの?」


――うわっ、すごい音。
いつもは静寂が支配するダークフォールの一角に鳥たちの鳴き交わす声が
響いています。声のする部屋に明るく灯された光は外までも漏れ出していました。

「――何やってるのよ、舞」
肩ほどまでの赤い髪の少女が部屋の中に入っていきます。
部屋というよりは洞窟といった方が相応しいような、岩がそのまま露出した場所でした。
「あ、満さん。この子たち、興奮しているみたいで……」
満が部屋に入ると、何羽もの鳥が舞の――長く黒い髪を伸ばした少女の――
周りをばたばたと飛び回っていました。
白や灰色の羽が散らばり、あちこちの岩の上に落ちています。

「ちょっと、うるさいわよ眠れないじゃない! 明日のお肌に関わるわ!」
天井から水が落ちてきた、と思うと現れたのはミズ・シタターレでした。
寝るところだったからなのか珍しく化粧を落とした素顔のままでした。

「ご、ごめんなさい……」
「全く、夜中にこんな騒音を立てるなんて非常識もいいところね。
 これだから拾われてきた子は」
「あの、ごめんなさい、すぐに」
「大体ダークフォールにこんなに小汚い生き物が沢山いるなんて美しくないわね。
 あなた達に美学を説いても」
「早く寝れば」
満がぼそりと、低い声で呟きました。

「何ですって」
「お年の人は早く寝ないとお肌に関わるんでしょ。早く寝れば?
 鳥たちなら舞がすぐに静かにさせるわ」
ミズ・シタターレの指先が水色に輝きはじめました。
それを見た満の掌にも光のようなものが集まり始めました。
二人は互いに一歩も引かない構えでした。

「み、満さん、ミズ・シタターレさん、やめて!」
舞の声が二人の間の緊張をふっと解きます。

「ふん、すぐに静かにさせてほしいものね!」
ミズ・シタターレは衣装を翻すと二人に水しぶきをかけて消えてしまいました。


「満さん……あ、あの、ごめんなさい!」
「舞?」
自分に頭を下げる舞を満は訝しく思いました。
「何か私に謝るようなこと、してた?」
「だって、満さんとシタターレさんが戦いそうに」
「いいの、私が好きでしたことだから」
「でも……」
「それよりこの子達、本当にどうにかしないと」
「そ、そうね……」
「舞の力なら、黙らせるなんて簡単じゃないの?」
満はちらっと舞を見ました。満の言葉に、舞はうつむいてしまいました。
「できる……けど……」
「けど?」
鳥たちは相変わらず鳴き喚いています。ミズ・シタターレが今にも舞い戻ってきそうでした。

「でも、無理に連れてきたんだから元々……、あんまり手荒なことはしたくないの」
「ふうん……それなら、灯り消したら? 鳥って暗闇だと目が見えないでしょ?
 暗くすればみんなそのうち寝るわ。多分」
「え……そうなの」
「知らなかったの?」
無言のまま舞はこくんと頷くと、灯した蝋燭にことりと蓋をかぶせ消しました。
辺りから光が消え、ダークフォール本来の闇に包まれます。鳥たちは初め驚いたように
却って鳴き声を大きくしましたが、やがて一羽また一羽と眠りについたようで
静かになっていきました。

「本当、……よかった、静かになって」
「私たちも、もう休みましょ」
満は舞の手を軽く握りました。
「舞の部屋、鳥で一杯なんだから……」
「ありがとう、満さん」
そのまま二人は満の部屋へと移動しました。

舞の部屋、満の部屋と言っても先述したとおり、ちゃんとした部屋になっているわけではありません。

ダークフォールにいくつもある洞窟のような空間を、二人はそれぞれゴーヤーンから
「何も用事がないときはここにいらしたら良いでしょう」とあてがわれていました。
二人が灯す明かりもゴーヤーンからたまに渡されるものでした。二人は光があるほうが好きですから――、
貰った火を絶やさないよう、燃やすものがなくなってしまわないよう、
気をつけて扱っていました。

今も満の部屋には微かな灯りが点いています。闇に長く暮らしている二人にとっては、
これだけの光でも十分でした。
「モエルンバさん、帰ってこないんだって」
岩の一つに座って、舞が呟きました。
「へえ、そうなの」
「――倒されちゃったのかな、緑の郷の誰かに」
「精霊を守っている人間がいるらしいって話だから……カレハーンも結局戻ってこないし」
「……」
「舞?」
「緑の郷に居ついちゃった、なんてこと、ないよね」
「そんなこと」
「ないよね」
舞の顔はどこか憂いを帯びて、目はここではないどこか遠くを見ているようでした。

「……久しぶりに、私も行ったの。緑の郷」
「うん……」
舞がぽつぽつと何かを語り始めた時、満はただ相槌を打って聞くことにしていました。
何か余計な事を言うと舞はすぐに言葉を止めてしまうので、
静かに聴いているほうがいいのでした。

「なんだか、懐かしく……ううん、そうじゃなくて、何だろう、こんなだったかなって
 思って……」
「そう」
「でもきっと……」
「……」
「もう寝よう、満さん」
「そう」
満は手を伸ばすと、ことんと灯りを消しました。部屋の中が真の闇に包まれます。
満の赤い目がしばらく闇の中で光っていましたが、やがてそれも消えてしまいました。


モエルンバが現れてしばらくしてからのこと、咲たちは変な噂を耳にしました。
最近産まれた赤ん坊が次々と、いなくなっていると言うのです。
夕凪町だけで起きている話ではなく、首都でもそういう現象が起きているということでした。

咲たちにその話をしてくれたのは竹内彩乃でした。
「ふ〜ん、不思議な話ナリ」
「産まれたばかりの赤ちゃんがいなくなっちゃうから、お母さんを落ち着けるのが大変らしいわ」
「その原因は?」
興味を少し惹かれたらしく、薫も会話に加わります。

「分からないらしいんだけど、ただ、鳥が……」
「鳥?」
「鳥が赤ちゃんを連れていくのを見たことがある人がいるらしいわ。赤ちゃんの寝巻きを
 くわえて、とか……」
――咲と同じような状態じゃない。

「ふうん、そんなことって良くあるのかな」
「あるはずないでしょ、滅多にないからみんな騒いでいるんだもの」
咲の間の抜けた言葉に彩乃が呆れた声で返します。

「うーん、でも私もなんかそうだったって……」
「え? そうなの」
「咲」
薫は咲の身体をちょっとつつくと注意を促しました。あまり人に言って歩くこと
でもないように薫には思えたのです。

「どこのお家の子たちが連れていかれたのか、知っていますか」
咲は薫の言葉の意味にまったく気づいていないようで、そのまま話を続けます。

「何軒かは知っているけど」
「そこ、私行ってみるナリ! 薫も行こ!」
「私はみのりと先約があるから……」

――はあ……
一人で赤ちゃんのいなくなった家を訪ねてみた咲は、自分の考えが少し
甘かったことを思い知らされました。
咲は、昔白鷺に連れ去られたという自分が行けば少しは家の人たちの
気が休まるかもしれない、とそんなことを考えていたのです。

実際にはそんなことはありませんでした。
もう少し時間が経ってから訪ねていけばまた少し違ったのでしょうけれど、
今咲が自分の経験を話しても余計に家族の混乱はひどくなるばかりで、
――余計なことしちゃったナリ……
そう思わずにはいられませんでした。

「そんなに落ち込むことないラピ、咲は良くやったと思うラピ」
肩の上からフラッピの声がします。
「ありがとう、でもやっぱりお節介だったかも」
「うーん、あの人たちも落ち着いたら咲の話を聞きたがると思うラピ」
「そうかなあ」
「そうラピ。だからそんなに気にすることないラピ」
フラッピは咲の肩の上で受けあいます。

「でもさあ、フラッピ。不思議な話だよね」
「何がラピ?」
「鳥の話だよ。私だけじゃなくて、ほかの赤ちゃんもそんな目に遭うなんて。
 しかも、今回は何軒もの家で起きてるんでしょ? 鳥、普通そんなことしないし」
「う〜ん、ラピ……」
咲の肩の上でめずらしくフラッピが考え込んでいます。

「どうしたの?」
「普通には無理だけど、鳥の力を使えばできないことはないラピ」
「鳥の力って、でも、フラッピ以外の精霊ってみんなその、今は囚われてるんでしょ」
「そうラピ……」
「だったら、できるはずないじゃん」
フラッピは咲の肩の上でもじもじしていましたが、
「咲、前にも言ったラピ。場合によっては精霊が側にいなくても精霊の力を使えることが
 あるラピ」
「ああそれ……何かよく分からないんだけど。私はフラッピのおかげでこんな風になれたけど、
 精霊の力がなくても不思議な力が使えるってこと?」
「花の力は咲のもともとの素質ラピ。フラッピがいると出しやすいけど、
 咲一人でも使えるはずラピ」
「ちっとも使えないんだけどなあ。この前も、高いところにあるお皿をとりたかったんだけど……」
「もっと切実なことに使って欲しいラピ……」

二人はしばらくの間無言で歩いていました。咲があれ? というような声を上げます。
「でも、鳥の力を使える人がいたって、何でその人が赤ちゃんどっかに連れてくの?
 しかも私のときからもう十年以上も経ってるんだよ?」
「うーん、分からないラピ」
「分からないことばっかりだね、なんだか」
「そうラピ……」


「ほほう、失敗ですか、舞殿」
「申し訳ありません」
その頃、ダークフォールにはゴーヤーンの得意な皮肉たっぷりの声が響いていました。

煌々と光の照るゴーヤーンの部屋は、ダークフォールの中でも特異です。
緑の郷の家の中のように床があり――岩肌が露出するままになっているのではなく――、
ゴーヤーンが落ち着いてお茶を飲める空間になっています。
頭を下げ続けている舞を見ながら、隣にいた満がふん、と皮肉げに息をつきます。
「あなたの立てた計画がまずかったから失敗になったんでしょ、ゴーヤーン。舞のせいじゃないわ」
「ほほう、満殿。しかし舞殿は私に必ず成功させると約束して下さったのですがねえ」
「も、申し訳ありません……」
――それだって、無理やり舞に言わせたんでしょ……
満はゴーヤーンと、彼にただ謝り続けている舞を見ているのがだんだん我慢できなくなってきました。

「舞、行きましょ。報告はもう済んだんだから」
そう言って舞の手をとり、引っ張って行こうとします。
「おやおや、満殿はせっかちですなあ」
ゴーヤーンの言葉と共に、部屋の戸口に竹のような植物が何本も生え満たちの行く手を塞ぎました。

「ゴーヤーン?」
「今しばらく、お話をして下さいませんかねえ」
ゴーヤーンの目には今まで満が見たことのない光が宿っていました。何もかもを冷たく見下ろすような、
そしてそれを見た舞の顔色が変わり満の手を振り払うとゴーヤーンの元に駆け寄りました。

「お、お願いです! 満さんは関係ないから、だからどうか私だけで!」
「舞……!?」
――怯えてる?
満の目から見た舞は明らかに怯えていました。ゴーヤーンに対して怯えていながら、
そのゴーヤーンの側に寄って何かを懇願し続けているのでした。

「お願いです! 罰は私だけで!」
「おやおや、舞殿。随分満殿が大切なんですなあ。もっとも満殿がどう思われているかは
 分かりませんが」
「……どういう意味よ。大体、罰って。緑の郷から子供連れてきて、力を秘めた子をこっちに取り込むって
 計画、立てたのはあなたじゃない。舞はちゃんと鳥たちを操ったわ。
 子供達の中に力を秘めている子がいなかったからってそれは舞のせいじゃない」
「しかしですなあ、舞殿が操る鳥を集めるために既にモエルンバ殿が消息を絶っています。
 これだけの犠牲を出して結果が伴わなかったというのも」
「だから全責任はあなたにあるのよ!」
「や、やめて満さん!」
「舞?」
「お願い、やめて……」
舞はもう今にも泣き出しそうでした。ゴーヤーンと満の間に挟まれてどうしようもないと、
子供のように顔をくしゃくしゃにしていました。


「舞殿は、本当に満殿が好きでいらっしゃるようですなあ」
「……」
満は黙って、ゴーヤーンをにらみつけていました。

「満殿、一つ提案があるのですがねえ」
「提案?」
「今回の件、計画は諦めざるを得ないでしょう」
「既にここまで失敗しているものね。もともと計画が甘いからだけど」
「……満殿に、次の新たな計画を担っていただきたい」
舞がぎょっとしたように伏せていた顔を上げ、ゴーヤーンを見ました。
「私に?」
「ええ。満殿にもぜひここで一働きしていただきたいのですが」
「……」
「自信がない、怖いというなら仕方ありませんな。舞殿にお願いすることに……」
「するわ」
満は真っ直ぐにゴーヤーンを見ました。
「それでは、具体的な計画を」
「後で聞くわ」
満は舞の肩に手を掛けると、舞を再び引き起こしました。
「舞を部屋まで連れて行くから。それから戻ってくるわ」
「お待ちしていますよ、満殿」
「……」
先ほど満たちを阻んだ竹は小さく縮んでしまい、満と舞はそのままゴーヤーンの部屋を出ることが
できました。

「満さん……あの、ごめんなさい」
「何を謝っているの」
「だって満さん、あの人の言うことなんか聞きたくないんでしょう?……」
満は黙ってしまいました。確かに舞の言ったことは、本当でした。

「聞きたくは、ないわ。でも、」
――舞が怯えているのも、見ていられない。
「満さん、でも……あの人は本当に恐ろしいの。逆らうなんて、考えないで。
 お願いだから……」
舞は消え入りそうな声で言いました。

満は舞から何度もゴーヤーンの話を聞いたことがあります。
満にしてみれば単なる嫌味な男、としか見えないのですけれど、
舞は満と会う前何度もゴーヤーンに恐ろしい目に合わされているようで、
ひどく彼の事を怖れているのでした。


――舞がそう言うなら、仕方がないけど。私はここで生きていくしかないのだし……、

舞を部屋に送り届けると、満はゴーヤーンの指示を聞きにまた戻りました。

【第三話 完】



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