前へ 次へ


【第三話】
「カレハーン殿? そういえば最近見かけませんな」
「ゴーちゃん、何も知らないの?」
滅びの国ダークフォールは闇に包まれています。
しかしその中にも灯りがいくつも点り、緑の郷のように明るくなっている部屋で
ダークフォールの二人の実力者が向き合っていました。

「ゴーヤーンです。……私は何も存じ上げませんなあ」
「そうかしら? カレハーンがあまり身勝手な行動をとるとも思えないんだけど」
「はて……?」
「まあゴーちゃんが知らないんなら仕方がないわ。アクダイカーン様のお側に仕える唯一の
 部下ですものねえ」
「ゴーヤーンです。シタターレ殿、そこまでカレハーン殿のことを気にされるとは
 珍しいですなあ」
ゴーヤーンと名乗る男はもみ手のような手振りをしながらゆっくりと言いました。
「最近、このダークフォールにも仔狐や仔犬が住むようになったようですからね。
 一度ダークフォールをお洗濯したいものですわ!」
シタターレと呼ばれた女の方は、突然声を荒げると派手な衣装を翻して消えてしまいました。
後に残るのは彼女が立っていたところに溜まる水ばかりです。
ふん、とゴーヤーンは鼻で笑いました。


「それで、こういう計画なんだそうだけどね……うまくいくと思う?」
「やるしかないじゃない」
「うん……でも」
ダークフォールの別の部屋からは小さな二つの声が聞こえてきます。
ゴーヤーンの部屋ほどには灯りを使っていない、微かな光が互いの顔を照らし出す程度の
明るさの部屋でした。

ゴーヤーンの部屋から飛んできたミズ・シタターレはこの部屋の前に音もなく着地しました。
部屋の中の声に耳をすませます。声は途切れ途切れに聞こえてきました。
「……怖いの?」
「少し、だけ」

「あ〜ら、ゴーヤーンの子飼いのお二人さん、何が怖いのかしら?」
ミズ・シタターレは何の遠慮もなく、ずかずかと二人の部屋の中に入り込みます。
「シタターレ……!」
二人のうち、赤い髪の少女の方が黒い髪の少女をミズ・シタターレから隠すように
動きました。

「ミズ・シタターレよっ! 人の名前を呼ぶときは敬称をつけなさい!」
「どうでもいいわ」
「何をっ! あら、おほほ……」
感情的になった後なぜか取り繕うのがミズ・シタターレのいつもの癖でした。

「何を計画しているのかしら?」
「どうでもいいわ」
投げやりに、少女の一人が答えます。少女はこの女に対しては何もまともなことは
喋るまい――と決めているかのように頑なでした。
「……なんだかしらないけど、ダークフォールに迷惑をかけることだけは
 しないでもらいたいわね、ゴーちゃんの忠実なしもべのお二人さん!」
捨て台詞を残して、ミズ・シタターレはどこかへ消えてしまいました。
後にはやはり、水が残っています。

残された少女達二人は黙って顔を見合わせました。
一人の少女が灯りを消し、辺りは完全な闇に包まれました。


家族が増えた日向家は今夜も賑やかです。
「だからね、みのりも今年は海で遠くまで泳ぎたいな〜」
みのりが食卓の真ん中においてあるパンに手を伸ばしながら言います。今日の議題は
海でどこまで泳ぐかについて、薫は泳ぎが得意なので浜からひょうたん岩まで
泳ぐことがありました。

ひょうたん岩付近はもうかなり深くなっている上に水の流れもかなりあるので気をつけなくては
いけません。そういう理由で、みのりはまだ海で遠くまで泳いで行ってはだめ、足の着く範囲にしなさい、
と口をすっぱくして言われていたのでした。

「まだ、みのりには早いと思うけど」
お母さんが心配そうに言います。お父さんも、
「ひょうたん岩までいくのは、もう少し大きくなってからでもいいんじゃないかな」
と言いました。

「でも、みのりお友達の中でも一番泳ぎが上手いんだよ!」
「へえ、すごいね」
咲は素直に感心します。
「でしょ? 咲お姉ちゃんは泳げるの?」
「私泳ぎ上手いよー、篠原組では一番上手かったもん」
「みのりと同じだ」
「……咲。暑くなったら、」
薫がようやく口を開きました。
「ひょうたん岩まで行ってみよう。行けるかどうか」
「えー、みのりは?」
「みのりはまだ。咲と私が余裕を持ってひょうたん岩まで行けたら――、
 みのりがそこまで泳いでいってもし危ない状況になっても二人で助けられるかもしれないから、
 それだったら」
「あ、なるほどね」咲がいい案、というように顔を明るくしました。
「そっか、二人でならみのりを手助けできるかもしれないもんね」
「ねえお父さんお母さん、お姉ちゃん達についてきてもらったら泳いでいい?」
「ふう」「しょうがないわね」
お父さんお母さんは困ったように口々に言いながら、
「とにかくまず咲が泳げるかどうかだね。それでかなりゆとりがありそうだったら、
 みのりもお姉ちゃん達と一緒なら泳いでもいいよ」
お父さんがまとめました。

「わーい!」
「あれ、私ひょっとして責任重大……?」
「そうね」
今更気づいたように戸惑っている咲に薫の言葉が追い討ちをかけます。

「咲お姉ちゃん、よろしくね!」
「あ……あはは……」
ひょうたん岩近くってものすごく潮が早くて泳げなかったらどうしよう。
そう思いながら、咲はごまかすように笑っていました。


「と、言ってもまだまだ泳ぐのには早いから、もっと暑くなってからよ」
すっかり泳ぐ気になっている咲とみのりにお母さんが釘を刺します。
「はーい」
夏になったら、と言う話が終わると夕食の時間も終わりました。

「咲、お風呂あいたわ」
咲は薫の部屋にベッドと机を入れて、部屋を共有していました。
みのりが咲か薫のどちらかと部屋を共有すると言う案もあったのですが、
薫の部屋が元々広かったというのと、咲が薫と一緒の部屋を望んだので
こういう形になっていました。

「あ、ありがとう薫!」
着替えを持って咲が慌しく出て行きます。
咲と同居することになったため、薫の部屋は以前と比べて物が溢れ、
見た目にも賑やかな印象でした。この前までは大してものがなく、
引っ越してきたばかりの部屋のような雰囲気でしたが、今は色とりどりのもので――
例えばそれはクッションでしたが――一杯でした。
そして薫は、こういう雰囲気の部屋も嫌いではないのでした。
まるでみのりの部屋にいるような気もしました。
みのりの部屋も、いろいろなものが溢れているのです。

「うっ……ぐす……」
小さく泣き声が聞こえてきたような気がして、薫は咲の布団をめくりました。
中でフラッピが涙を堪えています。

「何してるの?」
「うわっ薫!? 見ないでラピ!」
「そう」
薫はまた布団を元に戻しました。
「薫〜、何があったのかくらい聞いてラピ〜」
フラッピがごそごそと布団の中から這い出てきます。
「そう。……何があったの?」
「みのりに本を読んでもらったラピ、そしたら今思い出しても泣けてくるラピ」
「ふうん、何の本なの」
「眠れる森の美女ラピ」
「なんでまた」
それで泣くのよ。とても幸せに終わるお話じゃない。薫はそう思いましたが、
フラッピが考えていたことは違うようでした。

「チョッピは今ダークフォールに囚われているラピ、
 フラッピは早く助け出さないといけないのに全然助けてないラピ……」
「ああ……」
――なるほど、自分を王子様に見立てているのね。それで、不甲斐ない、と。
「でもダークフォールに取り返しにいくこともできないし仕方がないじゃない」
――そもそもあなた達の王女が「逃げ続けなさい」としか言ってないし。
「そうラピ……でも、心配ラピ……」

――まあ、ね……。
薫は窓の外を見ました。外は平和でした。ウザイナーが出ることは以前と変わりませんでしたが、
少なくともカレハーンのような恐ろしい存在が出て来る事はありませんでした。
実際、薫もカレハーンのことがあるから「ダークフォールは恐ろしいラピ」と言われて
信じることができるのですが、あのことがなければ心のどこかで疑っていただろうと思いました。

「でも、こんな風にしていると」
「ラピ?」
「滅びの国の脅威が迫っているなんて考えられないわ」
「フラッピも、同感ラピ……。でも、奴らは確かに攻めてきたし、チョッピたちも
 囚われているんだラピ……」
滅びの国というのは一体何を考えているのだろうか、と薫は思いました。
泉の郷を全て掌握するのが狙いなら、このフラッピを襲って来るはずです。
現に一度フラッピは狙われているのですし、第二第三の敵はすぐに現れるだろう、とも
薫は思っていたのでした。しかし現実には、まったりとしたのどかな時が流れて行くばかりです。

――どうでも、いいけど。
薫は思いました。滅びの国の意思など、考えても分かるはずはありません。


その夜、薫は変な明るさで目が覚めました。隣のベッドの咲は相変わらず何も気づかずに
眠り続けています。
ベッドの上に起き上がると、窓の外が赤くなっています。
――何? 何が起きた?
咲のベッドに乗り、窓を開けるといつもより空気が熱くなっているような気がしました。
赤い光は森の方から輝いてきます。

――火事……?



前へ 次へ
長編SS置き場へ戻る
indexへ戻る