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「さっきの人……」
咲とフラッピが冗談のような会話をしている間に薫がぽつんと呟きました。
「ウザイナーに似てたわ。雰囲気が」
「ダークフォールのものだから、似ているはずラピ」
「ウザイナー? 何それ」
「夕凪町に良く出てくる生き物よ。何かと迷惑な。最近その数が増えているのだけど……」
「それはダークフォールの力が強くなっているからラピ」
「ふうん……薫、私夕凪町に行くことになってて」
「知ってるわ」
「あれ、何で?」
「あなたからさっき聞いたから」
「え? さっきって確か薫寝て……あっ! 寝たふり? 意地悪だなあ、もう」
咲は笑って言いました。
「それで、どうして夕凪町に?」
「うん、先生から言われたんだけど――なんでも今首都にいて、これから夕凪町に帰る人で
 悪い組織から狙われてて危険な人がいるから護衛としてだれかついていってほしい、って
 依頼があったらしいんだよね。政府の偉い人から。
 ……それってひょっとしてフラッピと薫のこと?」
フラッピと薫は顔を見合わせました。今日あのお役人に言われたことを考えると、
十分にありえることでした。

「そうね。そうかもしれない」「そうかもラピ」
「じゃあ薫、これからもよろしくね」
咲は右手を差し出します。薫はまた咲の手を握りました。

「今日は私が薫に守られちゃったけど」
「私は後ろから斬っただけよ……何もしてないわ」
「ううん、薫がいてくれなかったら私たち危なかったもん! ね、フラッピ!」
「そうラピ」
「もう、寝ましょう。明日は旅だから」
薫は照れ隠しのように言って、剣を持って立ち上がりました。

咲がふと、薫の剣に目をやります。
「あれ、それ……その印なに?」
鞘に彫られている印を指差しました。
「これ? 日向家の紋よ……私が育った家の」
「ちょっと見せて」
怪訝に思いながら薫は咲に剣を手渡します。渡された剣を、咲はしげしげと眺めました。

「やっぱり、同じだ」
「なにと」
「私、白鷺に連れてこられたって言ったでしょ」
「ええ」
「その時、ちょっといい服を来てたらしいんだけど、その服には『咲』って名前と
 この紋が刺繍されてたらしいんだ」
あっと薫は思いました。そういえば、咲という名を聞いたときどうして気づかなかったのか。

「ねえ、私ひょっとしたら」
「間違い、ないんじゃない」
投げやりともとれる口調で薫は言いました。
「日向家には一人、行方不明になった女の子がいるから。赤ちゃんのときに。私と同い年くらい」
「え、じゃあ……」
「だから、間違いないと思うわ」
「じゃあ、私と薫はひょっとして姉妹?」
「……」
薫は黙っていました。咲はその沈黙を別の意味に受け取りました。

「なんてね、いきなり馴れ馴れしいよね。でも本当にそうだったら」
「あり得ないわ」
短い言葉で否定すると、薫は自分のベッドでばさっと布団を被って眠りにつきました。

「? ……そ、そう、お休み」
フラッピと咲は困ったように顔を見合わせました。


翌朝、咲と薫は早くに出発をしました。早く出ることができたのはひとえに
薫が咲を容赦なく叩き起こしたからでしょう。
咲は篠原組のみんなに別れを告げて――篠原先生には事情を話し、
咲が見つかったとき着ていた服を渡してもらった上で「すべてのことが落ち着いて
事情が分かったら手紙を書いて」と言われました――、
今日の練習に出るみんなに見送られて二人は旅立ちました。

「ねえ薫、何か怒ってる? 昨日の夜から」
「別に」
いつもに増して薫は無口でした。答える言葉も最低限の短いもので、いかにも咲と
口をききたくないと言っているかのようでした。

「ごめんね、私と姉妹、なんて言っちゃって」
「……」
「でも運命って面白いね。薫とは二日前に知り合ったばかりなのに
 こんな風に旅をしているなんて」
「……」
「もし夕凪町で私の生まれたところが見つかったら……」
「日向家よ」
黙っていた薫がぽつりと答えました。
「あなたの産まれた家は日向家」
「そ、そうなんだ、でもそれだったら……」
――薫と姉妹、だよねえ……でも薫なんか嫌がってるみたいだし……

困っている咲に、薫はとうとう痺れを切らしたように言いました。
「あなたは、日向咲! でも私はあなたの姉妹じゃない」
「ど、どういうこと?」
「私は日向家と血が繋がってないから」
「えっ……」
「私が日向家で育ててもらったのは、あなたの代わり。
 あなたがいなくなった後、私が捨てられてるのが見つかったから」
「そ、そうだったんだ……」
薫は言うだけ言ってしまうと、もう咲の方を見ないで歩き続けました。
目線は常に正面を向いたまま、普段活発な咲でも話しかけるのをためらうほどの閉じた
雰囲気を身に纏っていました。
薫がわずかに顔を上げたのは山岳地帯を通ったときです。木々の葉は行きに見た時よりも
ずっと濃く生い茂っていました。

夕凪町に着いたのは日もすっかり落ちた頃でした。薫はまっすぐに日向家に向かいます。
「ここが、薫の家?」
「――あなたの家よ」

薫は日向家の戸を開けました。先に入るよう、咲を促します。
「ええと……その、お邪魔します」
咲は少し大きめの声を出しました。奥からぱたぱたと走ってくる音がします。
「いらっしゃいませ――あっ、薫お姉さん! お姉さんの、お友達ですか」
出てきたのはみのりでした。
「そう、私は薫の――」
「あなたのお姉さんよ、みのり」
薫が咲の言葉を遮ります。

「え?」
きょとんとしているみのりを尻目に、薫は咲を連れて家の中へ入ります。
咲は左右をきょろきょろ見回しながら、薫についていきました。

「ただいま帰りました」
奥の部屋にいたお父さんお母さんに声をかけます。お父さん達は薫を見てびっくりしたものの、
「お帰り」と嬉しそうに言い、後ろにいる咲を見て「お友達?」とたずねました。

「いえ――」
薫は何と答えるか少し迷ってから、
「連れて帰ってきました、咲を」
「咲……!?」
お父さんとお母さんは座っていた椅子から腰を浮かせます。薫は咲の背中を押し、
部屋の中へと咲を導きいれました。
――似ている。
咲とお父さんを改めて見比べ、薫はつくづくそう思いました。
咲が日向家の一員であることは、立派な眉毛が何よりも雄弁に物語っているように
感じました。

「初めまして、――咲といいます。私、十三年前、篠原先生に拾ってもらった時に
 これを着ていたそうです……」
咲は小さな、小さな服を見せました。それは日向夫妻が忘れようにも決して忘れられなかった
ものでした。

「……咲」
「こんなに大きくなって……」
お父さんとお母さんはそれぞれ咲の手をとり、確かめるように咲の頬や肩に触りました。
その目からは今にも涙が零れ落ちそうでした。薫はそっと、部屋を出ました。

「後は家族水入らずで」
口の中で小さく呟き、薫はそのまま家を出ようとしました。
「薫お姉さん、どこ行くの?」
薫の様子を窺っていたらしいみのりが出てきました。
「ちょっと、出てくるだけ」
「みのりも行く」
「だめよ、みのりはここにいなさい」
「だって、折角薫お姉さんが帰ってきてくれたのに、まだ色んなお話聞いてないよ」
「私よりずっと沢山、積もる話のある人がいるんだから」
「え?」
薫はみのりの頭を撫でようとして、途中で手を止めました。

「さっきのお姉さん、お父さん達と一緒にいるから。
 話が一段落ついたら、話しかけてみなさい」
――多分放っておいても向こうから話しかけてくるだろうけど。

「薫お姉さん……」
出て行く薫の様子がいつもと違っているようで、みのりは気になりました。


外へ出ると、涼しいというよりもう冷たいと言っていい風が
薫の顔に切りつけるように吹いてきました。
月明かりを頼りに薫は歩き始めました。どこへ行くとも決めてはいませんでしたが、
足は自然と海へと向いていました。

――私の役割は終わった……
そんな言葉が薫の胸には浮かんできていました。自分が咲の――日向家の本来の子供の
代理であるとはずっと思っていたことですが、咲が帰ってきた今となっては、
もう代理はいらないでしょう。


寄せては返す波の音が聞こえてきます。と、その音に混ざって
「ほら、今日は月がきれいだ」
美翔のおじさんの声も聞こえてきました。

「あれ、薫君?」
「やあ、薫君帰ってたの」
「今日? ひょっとして着いたばかり?」
隠れようか、と思ったのですが先に見つかって美翔家の人たちに次々声をかけられました。

「今日、帰ってきました。さっき……」
「お疲れ様。無事に王女様に会えたかい?」
「あ、……会えました」
――そういえばそんな用事で行ったんだった。
咲のことを知った衝撃の方が大きくて、フィーリア王女のことは薫の頭から消え去っていました。

「何か言われたかい?」
「逃げ続けなさい、とだけ」
「それしかないのかな」
「さあ……」
薫は美翔さんのお母さんの方を見ました。月を見るのに飽きたのでしょうか、
砂浜を掘り返しています。

「あの、ちょっと伺いたいことがあるんですけど」
「あら、どうしたの?」
「遊牧の民の近くに住んでいたことがあるんですよね」
「そうよ、近くなんてものじゃなくて一緒に暮らしていたわ。向こうの好意で、
 住まわせて貰ってたの」
「そうですか。あの……」
薫は言葉に詰まります。美翔さんのお母さんはそんな薫を優しく見ていました。

「あの、私がどこから来たのか、……私の、その、親とか兄弟とか……、
 そういう人たちがどこにいるのか、分かりますか……?」
「あなたの家族はここにいるじゃない。夕凪町に」
「いえ、私はその、……拾われたと聞いています、たぶん元は遊牧の民の出で」
「分かってるわ、あなたの言いたいこと」
美翔さんは立ち上がると、薫の肩を軽く叩きました。

「赤ちゃんのあなたを見たとき、そう推測したのはわたしだもの。
 ……ただ、あなたの血を分けたご家族については、」
「……」
薫は静かに美翔さんの次の言葉を待ちました。

「分からないわ。それに、知らない方がいいかもしれない」
「どういうことですか?」
「双子の片方を忌避するのは遊牧の民の中でも古いしきたりを守っている部族なの。
 草原の奥のほうに住んでいる人たちだけれど、……この前の噴火で、あの辺に住む人たちは……ね」
美翔さんは曖昧な言い方をしましたが、薫はその言葉の意味を理解できました。

「そう……なんですか」
「ええ……一つ、いいことを教えてあげる」
「?」
「あなたが赤ちゃんのとき、青いクリスタルを持っていたのだけれど……」
「これですか?」
薫は今も首から提げていた宝石を服の上に出しました。

「そう、これ。これは草原で採れる石だけど、遊牧の民の間ではお守りとして使われる石よ」
「え? そうなんですか?」
薫はこれを日向家のお父さんとお母さんから渡されていました。
絶対になくしてはいけないよ、と言われていたのですが。

「そうよ。あなたのお父さんお母さんはあなたの側にこれを置いていた。どうしてだと思う?
 ……あなたが誰かに拾われて、幸せに育つ事を願っていたからじゃないかしら。
 子供と離れて暮らさなければならなくなったとしても、
 その子ができる限り幸せになる事を願うのが親だわ。
 ――だから、あなたには幸せになる使命がある」
「使命」
「そう、使命」
大仰な言葉だと薫は思いました。個人的なことにこんな言葉を使うのはおかしいとも
思いました。――けれども、美翔さんの顔はあくまでも真剣で、そしてどこか、寂しそうでした。

「大きなお世話かもしれないけど、日向さんの家はみんな、しっかりした温かい
 人たちだと思うわ。……あなたはこの場所で幸せになる事を考えてもいいんじゃないかしら」
「……」
「あっ、薫お姉さんいたー!」
みのりの声が聞こえました。その後ろには咲もいます。

「おや、君は?」
「あ、初めまして咲といいます」
美翔さん一家と咲との一通りの挨拶をしている間に――咲は和也を見て少し顔を赤らめて
いました――みのりはちょこちょこと薫の側に寄ってきて手を握ってきました。

「薫お姉さん、お家帰ろう。お父さんとお母さんが待ってるよ」
「薫――、帰ろうよ」
挨拶を済ませた咲は薫の顔を真っ直ぐに見ました。
咲の顔は笑っていました。明るく暖かく、誰をも包み込むように。

「みのりが薫はここにいるって教えてくれたんだ」
「うん! 薫お姉さんよくここにいるもん!」
みのりは空いている方の手で咲の手を握りました。
「えへへ」
薫の顔を見上げて笑顔を見せて、三人は並んで日向家へと戻ります。
美翔さん一家はそんな三人をずっと見送っていました。

「薫お姉さん、みのりさっきお父さんとお母さんからいろいろお話聞いたの」
みのりが言います。
「そう」
薫は答えて――どこまで話したのか、多分全部だろうと思いました。

「みのりには薫お姉さんと咲お姉ちゃん、二人もお姉さんがいるってことでしょ?」
「え」
「だってお母さんたちそう言ってたもん。みのりのお姉さんが一人増えたって」
「……」
薫は黙って家に向かって歩きつづけました。風が吹いてきます。
今の風は心地よいと感じられました。

【第二話 完】



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