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「会ったばかりなのに。どうしてそんなに話したがるの?」
「だって、折角会えたんだよ! 一杯話さないと勿体無いよ」
「勿体無い?」
咲はこくんと頷きました。それから考えながら、一語一語、ゆっくりと続けました。
「私、小さい頃からずっと色々なところ回ってたから、
 知り合ったと思ったら、すぐに別れちゃってたんだよね」
「そう」
「だから、誰かと知り合ったらすぐに一杯お話しないといけないと思うんだ」
「どうして? 放っておけばいいじゃない」
「うーん、だからそれが勿体無いんだよ。折角会えたんだから、何か縁があると思うんだよね」
「縁?」
「そう、縁。薫と私だって、きっと何かの縁でこうやって会ってこんな風に一緒に
 ご飯食べてるんだよ」
「そうかしら」
「そうだよ、絶対そう。運命なんだよ、きっと」
薫は黙ってパンを食べました。あまり咲のような考え方をしたことはありませんでした。

「……今まで、どうしてたの」
「え?」
「色々なところを回ってたって」
「ああ、私たち、篠原組って言ってね、剣とか拳闘とか練習して各地を回ってるんだ」
「へえ」
そんな人たちがいることを、薫はちっとも知りませんでした。
「練習して、一人前になっていくと貴族の護衛として雇われたりするんだけどね。
 そういう、武術の心得のある女の子を育てるための集団っていうのかなあ。
 私は剣より拳闘の方が得意だけど。
 私は篠原先生に育ててもらってるから、小さい頃からくっついて転々としてたんだよ」
「育ててもらってる?」
咲の言葉遣いに、薫は怪訝な表情で問い返しました。
「うん、変な話なんだけど、私が赤ちゃんだった頃、白鷺が私を篠原組に連れてきたんだって」
「白鷺? ……コウノトリじゃなくて?」
「それは赤ちゃんが産まれる時。そうじゃなくて、どこかで産まれた私を、白鷺が
 連れてきたんだって」
「そんなこと」
「ないよね。……でも篠原先生、すごく真面目な顔でこの話するから、嘘だとも
 思えなくって。私って鷺の使いだったり……なんてね」
「他のみんなはどうしてるの」
「え?」
薫は突然話を変えました。あまり突っ込んで聞きたくはなかったのです。
人の話とはいえ、親元から離れて育つことになった話はついつい自分と重ね合わせて
しまいそうになるのでした。

「篠原組の、他のみんな。一緒にお昼を食べないの?」
「私今日寝坊したから……」
他に誰もいないのに、咲は声を潜めました。

「お昼ごはん減らされちゃって。早く食べ終わっちゃってみんなが食べてるの見てるの
 辛いから出てきちゃったんだよね」
「……ここで食べてていいの?」
「見つかるとまずいんだけど……」
えへへ、と咲はごまかすように笑いました。いつもこういう時はこっそり食べてるから、
と付け加えます。

「多分篠原先生にはばれてるんだけど」
「意味ないじゃない」
「うーんでも、けじめって言うのかなあ……私いっつも寝坊したり遅刻したりしちゃうんだよね。
 薫はそんなことない?」
「ないわ。昨日は特別」

「うーん、やっぱり私がおかしいのかなあ、何か小さい頃からそうなんだよね〜、
 前ここにいたとき、すごく可愛い女の子と仲良くなってここで毎日会ってたんだけど、
 ある時遅刻して行ったらその子いなくて、もうそれっきり会えなかったりしたんだけど……」
薫はパンを食べ終わりました。


役所に戻って一時間ほどしたところで薫の名前と番号が呼ばれました。他の人とは異なり、
別室に入るように指示されます。通された部屋は人が二人入ると息苦しくなってしまうほどの
狭さでした。――しかしそこから更に続く廊下を通って、出た先は石造りの広い広い部屋で
中央にこんこんと水が湧き出していました。薫が驚いたのは、水の上に立っている
人影が見えたことでした。

「フィーリア王女ラピーッ!」
フラッピは薫の腕の中で叫びます。かなり偉いお役人、と見える人が薫の左手から現れました。

「お待たせしている間に、精霊が本物である確認が取れたので特別にお通ししました」
「ここは、何なんですか?」
「泉の郷が現在どのような状態にあるか、こちらでも大体把握しています。
 フィーリア王女が特にお話されたいということでこちらへご案内しました。
 泉の郷は緑の郷を支えるものですし、我々としてもできるだけの協力はしなければなりませんからね」
「あの人が、フィーリア王女ですか?」
「あれは映像ですが」
「フィーリア王女ー!」
フラッピは薫の腕の中からぴょんと抜け出すと、泉の脇まで駆け寄りました。

「フラッピ、よく来てくれました」
フィーリア王女の者と思われる声が響きます。壁と言う壁に反響していてどこから
聞こえてくるのかはよく分かりませんでした。

「フィーリア王女、フラッピはこれからどうすればいいラピ?」
「フラッピ、逃げ続けてください」
何か秘策でも授けるのかと思っていた薫は消極的な答えに拍子抜けしました。

「ラピ!? でもそれじゃみんなが……」
「滅びの国がこういった行動に出るのは、もっとずっと先のことであるはずです」
フィーリア王女にはこちら側の声は聞こえていないようでした。

「滅びの国が本来の姿に立ち戻るまで逃げ続け、緑の郷を守っていて欲しいのです。
 薫さんと一緒に」
「……なんで私が」
「あなた達にはこれから先も多くの困難が待ち受けているでしょう。
 しかしここを乗り切れば必ず大きなものを得ることができます。
 それでは頼みましたよ。私もできるだけの協力をいたします」
「ちょ、ちょっと勝手に」
フィーリア王女の姿は薄くなり、消えてしまいました。
「……」
フラッピも薫も、顔を見合わせます。

「もう一度、出してください」
薫は先ほどのお役人に頼みました。しかし彼は、ただ首を振るばかりでした。
「フィーリア王女のご意思で消えられたのですから私達にはなんとも」
「一方的に言いたい事を言って消えるなんて」
「私では、なんとも。お引取りください」
きっぱり言われて、薫はそこを出るしかありませんでした。
フラッピを無言で抱き上げて、来たときと同じように小部屋に出て、受付の場所まで戻りました。

「××番、カレハーンさん、○番窓口においでくださーい」
相変わらず事務作業は続いています。
「ああちょっと、薫さん」
後ろに先ほどのお役人がいました。
「なんですか」
「フィーリア王女からの伝言で、この街を出るにしても明日までは待っていてほしいと。
 助けを呼べるかもしれないから、だそうです」
無言で、薫はその場を立ち去りました。

「薫、どうするラピ?」
「……全く、何で私が……」
二人は小声で話しながら、星野屋に戻りました。篠原組の人たちはまだ帰ってきていないらしく、
建物の中はしんと静まり返っていました。

薫は自室に戻ると、ベッドの上に大の字になって転がりました。本音を言うと、
フラッピをこのままどこかに置いて夕凪町に帰ってしまいたい気持ちで一杯でした。
――つくづく、面倒なことにまきこまれた……

フィーリア王女の言っていた「大きな事を得られる」云々、というのも
とってつけたもののように感じられ、泉の郷が滅ぶとこの緑の郷が滅ぶと言うのも、
本当だろうかと薫は思い始めていました。

「薫……巻き込んでごめんなさいラピ」
薫の寝ている枕元でフラッピが謝っていました。
「夕凪町に明日帰るわ。あなたを連れて。それからのことは後で考える」

――ふふん、ここか。
薫たちがそんな会話をしている頃、星野屋の側には大柄な男が一人立っていました。
顔を葉っぱのような仮面で隠した、いかにも不審者といった様子でしたが、
あまりに自信満々といった雰囲気で立っているせいか誰も声をかけませんでした。

――まさかつまらない書類を出しにいったところで精霊を見つけるとはな!
男の目的はフラッピでした。フラッピを捕まえて自分の主人に献上すれば
高い評価を得られるに決まっています。
昨日精霊を見つけた時には直接の上役に「お前は手を出すな」と言われましたが、
ここでみすみす手をこまねいていることはできません。

といって、男はすぐに星野屋へ突っ込んでいくほど単細胞ではありませんでした。
今はまだ陽も高く、人目もあります。人間などに負ける気はしませんでしたが、
大勢の人間を相手にすると多少厄介なことになるくらいのことは十分に分かっていました。

――夜までここで待つ。

男は今のところ、フラッピがどこかへ行ってしまわないように見張っているだけが仕事でした。
星野屋の敷地から外に出るためには必ず男のいる場所を通らなければなりませんから、
ここにさえ立っていれば見逃すことはないはずでした。もちろん、壁を乗り越えたりすれば
話は別ですが、
――精霊のあんなに短い足ではそんなことはできまい。問題は一緒にいた女だが……、

さきほど見た薫の様子ではそんなことをしそうには見えませんでした。
役所での雰囲気からは、話の持っていきようによってはむしろ自分からフラッピを渡して
くれそうにも思えましたが――、しかし彼としては、話し合いではなく力ずくで奪う方が好みでした。


薫は夕食を食べるとさっさと寝てしまうことにしました。
明日はまた夕凪町まで徒歩で帰らないといけないのです。
来たときと比べても、あまり楽しくはなりそうにない旅でした。
「あれ? 薫もう寝るの?」
「ええ」
「私これから、なんか篠原先生がみんなに話があるとかで食堂の方に行かないといけないんだけど」
「そう」
「えーとじゃあ、起こさないように静かに戻ってくるつもりだけどもし起こしちゃったら
 ごめんね。じゃあ、お休み〜」
「――期待してないわ」
咲が部屋から出て行くと同時に薫はぼそっと呟きました。
咲が「静かに」帰ってくるなど、至難の業ではありましょう。

「薫ー! 薫、薫!」
――やっぱり。
小一時間もした頃でしょうか。咲がどたばたと走ってくる音が聞こえました。

「薫ーっ!」
――静かに戻ってくるって言ったじゃない。
薫は壁の方を向いて、寝ている振りをしました。

「薫、あ、そっか……」
――もう寝ちゃってるんだっけ。
咲はようやくそのことを思い出すと、足音を立てないようにそっと
自分のベッドに登りました。

「薫、私夕凪町に行くことになったんだよ」
「……」
薫を起こさないようにと思いながら咲はそっと呟きます。薫は聞こえていました。
けれども、目を閉じたまま動かないでいました。

「だから、これからもよろしくね。お休み」
「……」
咲がもぞもぞと布団の中に潜る気配がしてすぐ、平和な寝息の音が薫に届き始めました。
――寝つき、いいのね……
呆れたように薫は思い、壁の方を向いていた身体を直して天井の方を見ます。
戸口近くの咲のベッドからは規則正しい寝息が聞こえてきます。
自然、薫の意識も次第に眠りの方に引きずられていきました。

――そろそろ本当に、眠れるかな……

明日はまた長旅です。ひょっとしたら咲と一緒なのかも知れず、
――来たときより体力を使う旅になるかもしれない。今日はちゃんと寝ておかないと。
薫はそう思いました。



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