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【第二話】
翌朝。
どう説明しようかと思っていましたが、フラッピと、美翔さんの――朝早くからわざわざ
来てくれました――お父さんとお母さんはすんなりと薫が首都に行くことを承諾してくれました。

首都に行くこと自体はそう大変なことではありませんし、今まで買い物や届け物で首都に
行ったことはありますから、適当に理由をつけて首都へ行くことはできたのですけれど。
しかし嘘を吐くのが苦手な薫としては、本当のことを言っておくのが一番でした。

「できるだけ早く行った方がいいでしょう」
美翔さんの言葉もあり、薫はすぐに支度をして発つことになりました。
最低限の荷物をまとめます。大したものはありませんでした。
薫が持っている貴重品、と言えば青いクリスタルくらいでしょうか。
しかしそれも、紐を通していつも首にかけていますから――普段は見えないよう、
服の中に入れていました――財布を持っていくのを忘れないようにするくらいでした。
あとは一組分の着替えを入れて。

――このくらい持っていけばいいかしらね。

「薫お姉さん」
みのりが部屋の中に入ってきました。
「どうしたの?」
「薫お姉さん、首都に行くんだよね。みのりお話聞こえちゃった」
「ええ、そうよ」
「みのりもついて行っていい?」
「駄目。お父さんとお母さんのところにいなさい」
「むう……」
みのりが少し膨れました。珍しいことでした。

「どうしたの?」
「だって、ひょっとしたら危ない目に遭うかもしれないってさっきおじさん言ってたよ」
「そうね。だから、みのりはここにいなさい」
「みのり、薫お姉さんと一緒にいたいな……だって、薫お姉さんが危ないところに
 行くんだったら」
「駄目よ。――みのりをそんなところに連れて行くわけにはいかないわ」
「でも」
みのりは不安そうに薫を見上げます。薫はしゃがみ込むと、目の高さをみのりの目に合わせました。

「大丈夫よ。私はすぐに戻ってくるわ。だからそれまでここで、お父さんとお母さんを頼むわね」
「……うん。本当にすぐ戻ってきてね、薫お姉さん」
いい子いい子。と言うように、薫はみのりの頭を撫でました。
みのりの三つ編みが少し揺れました。

まだ日がそんなに高くない内に薫は出発しました。お母さんが急いで作ってくれたお弁当を持って、
それに、腰にはお父さんから渡された剣を佩びていました。
薫はそんなに剣が上手いというわけでもなかったのですけれど、身を守るために、
と渡してくれたので有難く借りていくことにしました。
日向家のしるしも入っている、お祖父さんの代から伝わるものです。

「行ってきます」
近所に行くときのように、何か届け物でもするときのように薫は言って、そのまま
足を首都の方角へと向けました。一度も振り返ることはありませんでした。

「大丈夫、でしょうか」
お父さんが美翔のおじさんに尋ねます。薫の後ろ姿はどんどん小さくなっていくのでした。
家から出て行く薫の姿はこれまでに何度も何度も見ているはずなのに、
今日はお父さんもお母さんもその姿が見えなくなりつつあることにどこか不安を覚えるのでした。
「薫君は生命力の強い子です。だからきっと」
おじさんは確信しているように言いました。


薫は早足で歩き続けています。肩の上に載っているフラッピがたまに話かけると
相槌を打って、また二人とも黙って、その繰り返しでした。

「首都にはどのくらいで着くラピ?」
「急げば、夜には着くでしょうね。でも門が閉まってしまうから早くしないと」
「門って何ラピ?」
「首都は壁で囲まれているの。門から中に入れるけれど、遅くになると
 閉まって入れなくなるのよ」
「そうなったらどうするラピ?」
「野宿するしかないわね。でも、それは避けたいから」
薫は足を少し速めました。

夕凪町の北側には何もない野原が広がっています。そこを越えると、山にぶつかります。
山岳地帯と呼ばれてはいますがそれほど大きな山ではありません。
ハイキングにちょうどいいくらいの山です。
山道に入ると少しひんやりとしています。木々の中、薫は上を見上げてそれから立ち止まりました。

「どうしたラピ?」
「お昼にしよう。ちょうど木陰になっているから」
「急いだ方がいいかもしれないラピ?」
「ここで一旦止まる方がいいわ。闇雲に急いでも後で疲れて結局遅くなるだけだから」

薫は大きな木の根元に座ると、お母さんからもらったお弁当を広げました。
お弁当はパンが三種類とそれに水でした。水を少し口に含んで、それからパンに取り掛かります。

「……あなたはどうするの?」
薫はじっと見つめているフラッピに諦めたように話しかけました。
「フラッピはお弁当持ってないラピ」
「それは知っているわ。精霊もごはんを食べるの?」
「食べるラピ」
「――今、食べたい?」
「食べたいラピ」
ふう、と息をつくと薫は「少しだけ分けるわ」と言ってパンをちぎりました。

三つのパンをそれぞれ三分の一くらいずつ分けて小さな布の上に置き、
フラッピの前に並べました。

「ありがとうラピ」
フラッピはそう言って食べ始め、「おいしいラピ! フラッピこんなの食べたことないラピ!」
と――これは決してお世辞でも何でもなかったのですけれど、薫は聞いていないように
きょろきょろと頭上の木々を見上げていました。

涼しい風が吹き抜けていきます。木々がさわさわと葉を揺らしました。

「どうしたラピ?」
「この前来たときより葉っぱが少なくなっているような……」
「ラピ? どういうことラピ?」
「さあ――分からないわ。喋っていないで早く食べたら?」
「早食いは体に悪いラピ」
「……そう」
食べ終わってしまった薫はパンパンと手をはたき、そのまましばらくの間風に身を任せていました。

「お待たせラピ、食べ終わったラピ」
「……」
薫は無言で、ぱんぱんと手をはたいて立ち上がると
「行くわよ」一言言って、そのまますぐに歩き始めました。

「あー、待ってラピ」
「そんなにのんびりもしてられないわ」
フラッピは短い足でぱたぱたと薫を追いかけると、後ろからひょんと薫の肩に飛び乗りました。

「はふう〜ラピ」
無言で薫は歩き続けました。ごはんを食べる前よりもずっと早足で。
薫が急いでいるのが分かってフラッピも静かに黙って薫の肩に載っていました。

「……こちら、山岳地帯。精霊らしきものを見つけたんだが、どうする?……」
木々の影にそんなことを言っている人影があったことに、二人ともまったく気づいてはいませんでした。


首都のそばについた時には日が暮れていました。門はがっしりと閉まっています。
念のために押したり引いたりしてみても、ぴくりとも動く様子はありませんでした。
「間に合わなかったわね」
「野宿ラピ?」
「そうね。少しでも寝やすそうなところを探さないと」
「ごめんなさいラピ。フラッピがのんびりごはん食べてたから」
「今そんなことを言っていても仕方がないわ」

「あー、門閉まってる! 今日も遅刻しちゃったよ!」
薫がどこに行こうか少し悩んでいた時。後ろからばたばたと女の子が走ってきて
門をどんどんと叩きました。

「とほほ、今日も怒られちゃうよう……」
情けない声を上げていた女の子でしたが、そのままその場を離れようとしていた
薫に気づいたようでした。

「ねえねえ、あなたも間に合わなかったの?」
「……ええ、まあね」
フラッピを袋の中に押しこんで、何気ない顔で薫は答えます。

「えへへ、私こっそり町の中に入れる場所知ってるんだ。一緒に行かない?」
「別に」
「え、でもどこか遠くから来たんでしょ?」
女の子は薫の服装と荷物を見て言いました。確かに、少し遠くから来た人にしか見えないでしょう。
女の子の方はと言えば荷物らしいものは何も持っていなくて、町に住んでいる人が少し
遊びに出てそのまま遅れてしまったようでした。

「入れなかったら野宿になっちゃうよ?」
「お節介なのね」
「え……あれ? そういうわけじゃないんだけど、気になっちゃって」
「薫、入れるところ教えてもらおうラピ〜!」
荷物の中でびょんびょんとフラッピが暴れました。
「え? 何? 誰か何か言った?」
「何か聞こえたかしら?」
「あれ、私の空耳かなあ……まあいいや、こっちの方に行くと入れるところがあるんだけど、……どうする?」
「教えてもらうわ」
――またフラッピが騒ぐと面倒だし。
今度は薫も教えてもらうことにしました。

「えへへ、こっちだよ」
女の子は薫を木の影になっていて月光が射さない、他の場所よりも一段と暗くなっている
場所へと連れて行きました。

「ここ、ね、塀が少し崩れてて隙間になってるんだ。ちょっと大変だけど、
 通れるでしょ?」
「なるほど」
女の子と薫は、体を横にしてするり、と隙間を潜り抜けました。
石畳の敷いてある首都内部に入ったのが分かりました。

「それじゃあ、私こっちだから」
女の子はそう言って行ってしまおうとして、立ち止まりました。

「ねえ、泊まる場所はとってあるの?」
「これから探すわ」
「もう旅行者向けの案内所は閉まっちゃってるよ……、良かったら私たちが泊まってるとこ
 おいでよ! 安いし!」
「私『たち』?」
「うん、仲間みんなで泊まってるの」
「へえ」
「あ、じゃあ」
女の子は少し背伸びをすると道の奥のほうを指差しました。
「この道をずっとまっすぐ行くと四つに分かれるところがあるんだけど、
 そこを左に曲がってちょっといったところが星野屋っていう旅館――
 そんなにいいもんじゃないけど――になってるから。
 もし良かったら、来てみて。じゃあね〜」
女の子は手を振ると、走って行ってしまいました。

「薫、どうするラピ?」
フラッピがひょっと袋の中から耳と、続けて顔を覗かせます。
「さあ」
「特に当てはないラピ?」
「ないわ」
「だったら、さっき教えてもらったところに行こうラピ」
耳を振りながら、フラッピは主張しました。

「そう……ね」
「薫は素直じゃないラピ〜」
薫がまた強い目でフラッピを見たので、フラッピは袋の中に引き込んでしまいました。



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