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「薫、夕食にしようと思うんだけど、美翔さんのお母さんを呼んできてくれない?
 お家で一人残って、片付け物をされているらしいの」
「はい。……お家は」
「ここですって」
お母さんに渡された地図を手に、薫は美翔家へと向かいました。
美翔家は以前からずっと人が住んでいなかった家で――昔、ここに魔法使いが住んでいた
なんて噂を聞いたことがあった、と薫は思い出しました――それでもだいぶ掃除をしたのでしょう、
ずいぶん綺麗になっていました。

「すみません、お邪魔します。PANPAKAパンですが」
戸口から呼びかけてみても何の返事もありません。
「すみません……?」
家の奥から何かが割れる音がしました。
「……お邪魔します」
一言呟いて、薫は家の中に入ることにしました。家の中はまだあまり荷物も解いていなくて――
たまに何に使うのかよく分からない機械のようなものが置いてありました――
暗い中に沢山のものが置いてあるのが分かりました。

「すみません……」
「あっ……あなたは?」
音がしたらしい部屋に行ってみると、女の人が一人で割れた陶器を片付けているところした。
和也に少し似ていました。
「PANPAKAパンの……日向家の者です、もうすぐ夕食なんですが」
「ああ日向さんの、はいはい、えっもうそんな時間!?」
女の人は窓の外を見て改めて驚いていました。
「私のものをまず片付けようと思ったんだけどいろいろ壊しちゃって」
部屋の棚には薫が見たことのないものが色々と飾ってありました。土でできた人形のような
ものが主でした。

「それね、面白いでしょう。草原にいた時に発掘したの」
「発掘?」
「土の中から掘り出すの。昔の人が使っていた道具が色々出てくるのよ。
 草原に住む人たちは今は遊牧をして暮らしているけど、昔は定住生活を送っていたみたい。
 場所によってはこういう道具が山のように出てきてね、鉱脈を掘り当てたときは
 もう嬉しくって……」
「へえ」
――遊牧の民。
美翔さんが住んでいた「色々な場所」というのは、遊牧の民が住んでいたところも含むようです。
――この一家は遊牧の民ついてよく知っているのだろうか……
そう思った途端、薫の胸の鼓動は大きくなり始めました。
聞いてみたいことがあるような、聞かずにそのままにしておいた方がいいような、
二つの考えの間に薫は揺れていました。

「ここに置いてあるのはほんの一部で、まだまだあるんだけどね」
ふと、薫は床の上に置いてある皿や何かの残骸を目に留めました。先ほど割れたもの
ばかりではなく、他にも多くのものが割れているようです。

「ああ、これ? 片づけしてたら大分割っちゃったのよね。
 まあ、形あるものはいつか壊れるって言うし」
「……」
―― 一体この人は、片付けているのか汚しているのか。
「それで、夕食だっけ? お宅で?」
「あ、はい、そうです。うちの母が支度してます」
「ありがとう! それならお宅に案内してもらえるのかしら」
「はい」
「じゃあ、支度してくるから。ちょっと待ってて」
しばらくして現れた美翔さんは髪を綺麗に整えていました。
こうして見ると普通の美人のお母さん、といった様子です。
部屋の中がある意味引越ししてくる前より荒んでいなければ。

「ところで、あなたひょっとして……薫さん?」
「はい、薫です」
「やっぱり。年恰好がそのくらいだなと思ってはいたのよね」
道はすっかり暗くなっています。薫は灯を片手に持ち、比較的広くて歩きやすい
道を選んで案内していきました。
「あの、私のことを」
「ああ、ごめんなさいね、昔あなたには会ったことがあるのよ。
 赤ちゃんの頃だったけどね。でも……」
変なところで言葉が途切れたので薫は美翔さんの顔を見上げました。

「大きくなって。もう、こんなに立派になる歳なのよね」
「え?」
美翔さんの口調はどこか寂しそうでした。
――私は昔、この人に何かしたのだろうか……?
しかし、赤ちゃんの頃です。何かしたとも考えにくいのでした。
薫はあっさり、考えるのを止めました。
考えても仕方のないことは気にしないほうがいい――と、これは薫の基本的な考え方でした。

「それにしても、この辺は昔と変わらないわね」
「そうですか」
「ええ、この道の雰囲気も木々も、昔とそっくり。少し高くなったかな? 
 そのくらいよ」
「そうですか」
後の道は世間話をしながら――話していたのは主に美翔さんで、薫は相槌ばかり打っていた――
しばらく歩くとPANPAKAパンに着いた。
みのりが扉の前に立っている。
「あっ、薫お姉さん帰ってきたよ!」
「……待ってたの?」
「うん! ちょっと遅いからみんなで心配してたんだ!」
「ごめんなさいね〜、片付けに少し手間取っちゃって」
「お久しぶりです、ようこそ」
「あ、こちらこそお久しぶりです、ご挨拶が遅れまして……」

挨拶を交わしながら、みんなで家の中へ入ります。
食卓の上にはシチューが湯気を立てていました。

おいしいですね、このお魚は今が旬なんだそうですよ、この近くで獲れるんですか、
ええ最近増えてきた魚だそうですよ、僕たちが住んでたとき、こんな魚食べられなかった気がします、
といった会話が続いている中、

「最近は気候が少し変わってきたようですからね」
美翔のおじさんがぽつりと言いました。
「そうなんですか?」
「ええ、数年前に草原の奥にある火山が小規模噴火したでしょう。
 あの影響がいまだに残っていて、生き物も大分生息域を変えているようなんですよね」
「そんなことあったの?」
みのりの疑問に、日向家の面々はさあ、と首を振ります。

「ああ、こちらの方にはあんまり話が伝わっていないかもしれませんね。
 遊牧の民でもよくは知らないくらいですから。
 あの山の近くには比較的古い慣習を守る部族が居たらしいのですが、
 噴火以降彼らの姿が消えてしまったらしくて」
「一つの部族、丸々ですか?」
「部族と言っても……」
美翔さんのお母さんが訂正します。
「一つの家族や親戚単位で行動しているから、そんなに人数が多いわけでは
 ないんですけどね」
「それにしても、それは」
「ええ、大変なことですね」

「星の位置もおかしいんですよ」
美翔のおじさんが続けます。
薫や和也はシチューを大方食べ終わってしまっていました。

「星の位置ですか?」
お父さんは意外そうに尋ねました。――夕凪町の常識では、星はいつも決まったところを
動いていて、位置がおかしいといったことはそもそもあり得ないはずなのでした。
「ええ。よく見てみると」
「さすが星を専門にされているだけのことはある」
「いえいえ、そんなに大層なことではありませんが。
 それにしても本来あるべき位置からいくつかの星がずれているので」
「星がずれると、どうなっちゃうんですか?」
みのりが聞きました。みのりはまだシチューを半分も食べていません。
これまでの話を真剣に聞いていたようです。

「それは誰にも分からないんだよ。昔の人はそういうことが悪いことの前触れだと
 思ったものだけどね」
「悪いことが、起きるの?」
「いやいや。そう、決まったわけじゃない。もし悪いことが起きる前触れだとしても、
 それは変えられるからね」
「変えられる?」
みのりは心配そうにおじさんの言葉を繰り返しました。
「過去は止まっているけど、未来はいつも動いてるのよ」
今度は美翔さんのお母さんです。
「そうそう、だから星の位置が変わっているって言うのは星が教えてくれるんだって
 思えばいいんじゃないかな。これから気をつけていれば悪いことは防げるんだよ」
和也もみのりに話しかけます。美翔家三人でみのりを説得しているような格好になりました。

「ふうん……、何に気をつければいいの?」
「ははは、それは分からないな」
「みのりちゃんができることはお父さんお母さんの言うことをよく聞いて、
 いい子にしてることかしらね」
大人らしい誤魔化し方をされて、みのりは納得したような、腑に落ちないような
表情を浮かべていました。

「さあ、それではケーキを出しましょうか」
話が一旦途切れたところでお父さんが立ち上がります。みのりはまだ残っているシチューを
慌てて食べ始めました。


ケーキを食べ、美翔さんを見送ってから薫とみのりはそれぞれ自分の部屋へと引き上げました。
二人は狭いながらも自分の部屋を持っています。薫にとっては一番落ち着ける場所でした。
もっとも、よくみのりが薫の部屋にやってきては遊んでいくので――薫はお父さんの部屋から
借りてきた本を読んでいたりしたのですけれど、みのりは勝手に遊んでいました――
一人っきりでないことの方が多かったのですが。

――星の位置、ね……
窓から見上げる星の位置はいつもと変わらないように見えます。
毎晩見上げているのではありませんから、星の位置が変わっていても薫は気づかないまま、
今までいたのでしょう。

"本来あるべき位置からずれている"
薫はおじさんが言っていた言葉を思い出しました。それが悪い前触れだと言うのなら……、

「きゃっ!?」
みのりの悲鳴が小さく聞こえてきました。薫は何も考えずに部屋を飛び出すと、
みのりの部屋へと飛び込みました。


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