S☆Sは咲と舞、二人が緑の郷を守る物語として始まりましたが、
話の中盤から満と薫を加えた四人の物語になったと思っています。

ここでは二度のアクダイカーン戦、ゴーヤーン戦を見ながら
「四人」での戦い方を見てみたいと思います。



・一度目のアクダイカーン戦(第23話):満と薫が咲と舞を守る

アクダイカーンを説得しようとした満と薫ですが、
アクダイカーンの怒りに触れ雷撃を受けることになります。
これを見て満と薫を守ろうと咲と舞が戦いますが、
アクダイカーンには歯が立たずに満と薫が身を挺して白く輝くバリアを張り咲と舞を
緑の郷に逃がす形になります。

この時、満と薫が
「私たちはもう見られないけど」「空の泉をお願いね」と言い、
また第42話「お帰りなさい! 満と薫!!」において
「私たち消えたんじゃなかったの」という台詞があることからも分かるとおり、
満と薫は自分達の存在が消滅すると知った上で咲と舞を守る事を優先させています。

しかし、緑の郷に帰還後の咲の台詞、
「私たちだけが助かったって意味ないよ!」
が示すとおり、咲と舞にとっては満と薫を助けなければ意味はありません。

咲と舞はアクダイカーンにも敗北していますが、ある意味で満と薫にも敗北しています。
咲と舞は、「自分達の存在が消滅する事よりも咲と舞を守る事を優先させる」
という満と薫の考え方を打ち砕くことができませんでした。
もちろん、この時のアクダイカーン戦は成り行きによってこうなってしまったもので、
満と薫が上のような考え方を持っているかどうか、結果が出てみるまで
分からない状況ではありました。

しかし、この経験を持つ咲と舞が
二度目の戦いの前、二人だけでダークフォールに行こうとする満と薫を
必死に止めるのも当然のことです。

満と薫は復活以後、特に第44話「二人が消える? 苦しみの満と薫」以降は
「自分達がいなくなっても緑の郷を守れればそれでいい」
と考えている節がありますが、咲と舞にとっては満と薫のその考えも打ち砕くべき対象です。


・二度目のアクダイカーン戦(第46話〜第47話):守り守られる

この戦いで印象的なのは、46話のラストで咲と舞がスパイラルスタースプラッシュを
放ちながら「今度は私たちが満と薫を守る!」と言っているところです。
「今度は」という言葉はもちろん最初のアクダイカーン戦で満と薫が咲と舞を守って消滅したことを
意識しているのでしょう。

しかし、この台詞の直後スパイラルスタースプラッシュはアクダイカーンの技により破られてしまいます。
この時に咲と舞を庇うのは満と薫の張る赤いバリアです。
「これ以上咲と舞を傷つけるのは許さない!」という言葉が満と薫の決意を表しています。

さて、満と薫はなぜここで最初の戦いのときの白いバリアではなく、
より効果の弱い(と思われる)赤いバリアを張ったのでしょうか。
白いバリアを張れば問答無用で咲たちを安全な場所に避難させられるのは実証済みです。

この問いに対するヒントとなるのは、このシーンの前、咲たちとアクダイカーンの小競り合いにおいて
「プリキュアの力はそんなに増していたのか」とゴーヤーンが言い、
満と薫もその力に驚いているという描写があることではないかと思います。

おそらく満と薫にとって、最初のアクダイカーン戦の時には
「咲と舞の力はアクダイカーンには到底及ばない」ということが
はっきりと見えていたはずです。
そもそも第21話「夜空に輝け! 星の光の仲間達」でも、
余計な一言さえ聞かなければ満と薫は咲と舞に勝っていた筈ですから
(その余計な一言こそがプリキュアの強さでもあるわけですがそれはさておき)。

「自分達でさえもプリキュアには勝てる。そのプリキュアがアクダイカーン様に
 かなう筈がない」と判断していてもおかしくはありません。

しかし、二度目のアクダイカーン戦を見て、プリキュアがアクダイカーンとも
戦えると考えたのでしょうか、
この段階で「満と薫が一方的に咲と舞を守る」という関係は崩れ、
「互いに守り守られながら戦う」という関係が成立します。

・ゴーヤーン戦

さて、そのような状態でアクダイカーン戦を終えた咲たちはついで真の黒幕である
ゴーヤーンと対峙することになります。
この戦いにおいても、アクダイカーン戦に引き続き咲、舞、満、薫は
守り守られながら戦いを続けますが、ある時点でその戦法は破綻します。
太陽の泉がゴーヤーンに奪われ、咲と舞の変身が解けた時です。

この時点でプリキュアでなくなった咲と舞は、戦いにおいては無力な存在となり
「満と薫が一方的に咲と舞を守る」という関係に戻ってしまいます。
当初、変身の解けた咲と舞を赤く光るバリアで守っていた満と薫ですが、
ゴーヤーンに更なる攻撃を受けて白く輝くバリヤを張って逃げる展開になります。
この時のバリヤは色と言い、満と薫が手を繋いでいることといい、
一度目のアクダイカーン戦の最後に咲と舞を守ったときの技と同じものでしょう。
満と薫が自分達の消滅を予期していたこともまた同じです。

一度目のアクダイカーン戦は

満と薫が消滅、咲と舞は絶望する

空の泉を元に戻したこと、満と薫がまだダークフォールに居ると知らされたことにより
望みを持ち続ける。

という形ですが、ゴーヤーン戦は

満と薫が力尽き、緑の郷も奪われ咲と舞は絶望する

まだ土や空、風や月が残っていることに気づかされ望みを持ち続ける。

という形で、ゴーヤーン戦の方がスケールが大きくなっているものの
一度目のアクダイカーン戦の変奏であることが見て取れます。
そして精霊の力を得て変身した咲と舞、満と薫は
「満と薫が一方的に咲と舞を守る関係」から再び脱し、ゴーヤーンを倒すことに成功します。

ゴーヤーン戦のクライマックスで満と薫が極めて具体的な夢を語ることは象徴的です。
満と薫は「滅びの力がなくなれば自分達は消えてしまう」ことを自覚しながらも、
「もしも緑の郷に生きていられたら、〜したい」という夢を明確に語ることができました。
この時満と薫は、最初のアクダイカーン戦の時のように自分達が生存する可能性をあっさりと
諦めることなく、自分達も咲や舞と一緒に生き残る可能性を模索し夢を描いています。

「自分達が存在し続けることはありえないが咲と舞は逃がす」という初期アクダイカーン戦と比べ、
「自分達も咲、舞と一緒に緑の郷で暮らしたい」というゴーヤーン戦での主張は
満と薫の考え方に一定の変化が起きていることを良く示しています。

咲と舞は満と薫の「自分達の存在が消滅する事よりも咲と舞を守る事を優先させる」
という考え方をある程度変えさせることができた、
そして「誰かが誰かを守る」のではなく「お互いに守り守られる」関係だからこそ
四人でゴーヤーンを倒すことができたのではないかと思います。

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