「なぎさが『これなら勝てる』と思うメンバーを選べばいいんじゃない?」
きっかけはこの一言だった。


若葉台の近くにある市民グラウンドは、いつも草野球のチームが練習していたり
小学生が何人かでミニサッカーを楽しんでいたりする。
夏場はプールもあるので――あくまで運動施設という位置づけなので、
浮き輪や玩具などは持ち込み禁止である――ちょっとしたスポーツをしたい時には
利用する人が多い。

なぎさも少し走りこみたい気持ちになって二学期が始まってから数日間通っていたのだが、
ランニングをしようと準備をしている時に体育館に貼ってある貼り紙を見つけたのである。

「ねえねえほのかほのかー! これ見てー!」
なぎさの練習が終わるまでとグラウンド外に設けられたベンチで本を読んでいた
ほのかはなぎさに大声で呼ばれて少し恥ずかしそうに立ち上がると、
「これこれ」と指さしている貼り紙を見に行く。
「『トライアスロン大会』……? そんな大会があるの」
「そこじゃなくて、大事なのはこれだよこれ!」
「『賞品は○○メーカーのチョコ一年分』……なぎさ、これ狙うの?」
「そりゃこんなの見ちゃったら」
なぎさは興奮気味で、今にも大会に出場しそうな勢いだ。
ほのかはなぎさを落ち着かせようとわざとゆっくりとした声で、
「なぎさ、トライアスロンってどんなスポーツか知ってるの?」
「何かすごく一杯走るんじゃなかったっけ? あれ、それってマラソン?」
「あのね、なぎさ」
やっぱり肝心なことが分かっていないとほのかは内心苦笑した。
「トライアスロンって耐久レースとも呼ばれているんだけど、
 水泳、自転車、マラソンの3つを1人でやってタイムを競うレースよ」
「す……水泳……?」
「そうよ」
「あり得ない……」
がっくりとなぎさは肩を落とした。スポーツ全般が得意ななぎさだが、
水泳だけは苦手なのだ。
「せっかくチョコ一年分のチャンスなのに……」
貼り紙のある体育館の壁に手をついて、はあとため息をつく。
「トライアスロン大会じゃ仕方ないわよ」
ほのかはなぎさの肩に手を置いて慰めようとしたが、なぎさは急に背筋を
伸ばすとほのかに向けて妙な笑顔を浮かべる。
「なぎさ?」
「これ見てよ、ほのか! ここ、ここ!」
貼り紙のちょうど中央の辺り、なぎさが指でさしているところには
「3人でチームを作っての参加も歓迎です!」
と書いてある。個人の部の男性女性、チームの部の男性チーム女性チームの
それぞれ一位に優勝賞品が渡されるらしい。
「3人なら、私が自転車かマラソンやればいいんだよね! よっし、チョコいただき!」
「……誰を誘うの?」
「あ、そっか……えっと……」
う〜んとなぎさは考え込む。3つのうちどの種目にしろ、ハードになるのは間違いない。
なぎさの誘いに乗ってくれて、一生懸命やってくれそうな人となると……、

「誰にしよう」
逆にほのかに尋ねるとほのかは半ば呆れたように
「なぎさが『これなら勝てる』と思うメンバーを選べばいいんじゃない?」
と答える。
「えっと……だったら……」
数分の間なぎさは足元を見ながら逡巡していたが、ぱっと顔を上げた。
「咲とりん誘ってみる」


というわけで。
なぎさに呼ばれてTACOカフェに来た咲とりんはなぎさの突然の誘いに戸惑いながらも、
チョコ一年分という言葉にすぐにつられた。
「一年分だよ! きっと、見たこともないくらいどーんとチョコが積んであるんだよ!  三人で山分けしたって四ヶ月分だし!」
「やります!」「私も!」
咲とりんが即答すると、うんうんとなぎさは満足げにうなずき、
「よし、じゃあ優勝目指して頑張ろう!」
と手をテーブルの真ん中に出す。咲とりんの二人がなぎさの手に手を重ね、
「おー!」
と三人は気合を入れた。

舞や満に薫、のぞみたちも一緒にTACOカフェに来て別のテーブルでたこ焼きを満喫していたが、
舞たちはなぎさ達の間ですばやく話が決まったことに内心苦笑していた。
「それでさ、まず誰がどの種目に参加するか決めないといけないんだけど。
 水泳、自転車、ランニングのどれがいい?」
今回はあくまでもお祭り的な意味合いでのトライアスロン大会なので――大会自体が
初めての企画らしい――距離はかなり短いことをなぎさが説明する。
「私、自転車かランニングかどっちかがいいんだけど」
咲とりんは目を合わせると、
「じゃあ私が水泳やりますよ」
とりんが答える。
「じゃあ、咲は自転車とランニングどうする?」
「どっちでもいいですけど……自転車の方がいいかな」
「よし、じゃありんが水泳で咲が自転車で、私がランニングね。練習はそれぞれ
 各自でやるとして……」
「あの、なぎささん。バトンタッチみたいなのはあるんですか?」
りんが質問すると「えっとね」となぎさは手にしている申込用紙を見る。
「えーっと、チームで参加の場合特にバトンタッチとかは必要ないけど、
 たとえば水泳から自転車の人に代わる場合、自転車が置いてあるゾーンの周りに
 引いてあるラインの中にりんが入れば、咲はもう出発していいみたいだよ」
「あ、そういう仕組みなんですね」
「だったら本当に、それぞれで練習できますね」
りんと咲が口々に言う。それぞれの家は離れているので、ばらばらに練習できるのは
ありがたい。
だが、いつもチームプレイをしている三人には少し物足りないのも確かだった。

「えっと、じゃあさ。練習は各自ですることにして、ウェアの色はせめて揃えない?」
思いついてすぐになぎさが提案する。
「色ですか?」
「うん。競技違うから同じデザインって言ったら難しいだろうけど、せめてチームカラーは
 統一しようよ!」
「さんせーい!」
と咲が手を上げる。二人ともすっかりやる気だなあとりんは思いながら、
競泳用の水着は新しいのを買おうかなと考えていた。

ウェアの色は、黒ベースでピンク色のアクセントが入っているものにする。
咲が使う自転車は普段配達に使っているものではまずいのでかれんの別荘に置いてある
マウンテンバイクを借りる。

この日はここまで決まって、各自帰って練習することになった。

 * * *

「ふう〜」
りんはプールを決められた距離往復するとプールの底に足をついて立ってはあっと息をつく。
なぎさの誘いを受けてから、フットサルの練習がない日は毎日のように水泳の練習をしていた。

水泳は苦手ではないが、体育の授業で泳ぐくらいなのでそれほど長距離を泳いだことはない。
本格的なトライアスロンで泳ぐ距離から比べたら今回の距離は大したものではないのだが、
慣れないりんには何本か泳ぐだけでかなり疲れるものだった。

「りんちゃん、一休みしたほうがいいんじゃない?」
プールサイドで見ていたのぞみが声をかけると、
「あ、でももう一回」
とりんはまた水に潜ろうとした。
「りんさん、ちょっと上がったほうがいいわ」
こまちがりんに手招きをする。まだ泳ぎたいのにとりんは思ったが、
こまちが何か話がありそうなので顔を振って水を払い落してから
プールサイドに上がる。

りんを除く5人はプールサイドのテーブルでのんびりと飲み物でも
飲みながらりんの泳ぎを見ていたらしく、自分が今までしていた
やみくもな練習とみんなの優雅な様子のギャップにううむと思いつつも
一つ空いている椅子に座った。

「あのね、りんさん。この本によると……」
そう言いながらこまちが取り出したのは『速く泳ぐために――練習と実践』という本だ。
学校の図書室から借り出してきたものらしい。
「クロールで泳ぐときも、腕の回転はそんなに速くしないでゆっくり動かした方が
 速く泳げるらしいわ」
「え、そうなんですか?」
「ほら、ここ」
こまちは本を開いてある部分を指さす。
「本当だ。『ストロークを大きく』って書いてありますね」
「だから、今みたいに腕を速く動かさなくてもいいんじゃないかしら」
「そうですね……」
もう一回泳いできます。とりんは立ち上がると、再び水の中へと降りて行った。

 * * *

「おおお〜……」
咲が練習を始めたのは、なぎさに誘われてから一週間ほど経ってからのことだ。
かれんの別荘からマウンテンバイクが届き、荷物を開いてみた咲は
自分が普段乗っている自転車と比べていかにも走るのに特化しました、
という雰囲気のそのフォルムに思わず感嘆の声を上げた。
舞も満も薫も、このタイプの自転車を間近に見るのは初めてなので
物珍しそうに見ている。
「えーっと、高さを合わせてっと……」
大体咲くらいの女の子に合わせたサイズが送られてきたものの、細かい調整は
必要だ。咲は乗っては調整、乗っては調整を繰り返して
自分にぴったり合うところに合わせた。
乗ると普段の自転車と比べてずっと前傾姿勢になる。いかにも前に
飛び出して行きそうだ、と咲は思った。
「咲、これはなんなの?」
フレームについているハンドルを見て満が不思議そうに尋ねる。
「たぶん、ギアだと思うんだけど……」
「ギア?」
「えっと、坂道とか走るときにギアを変えたりして走りやすくするんだと思う」
「普通の自転車と違ってなんだか色々大変なのね」
「うん。でもたぶん、真ん中くらいのギアに入れておいてずっとそれで走れば
 何とかなるんじゃないかなあ。ちょっと、そのあたり走って来るね!」
咲は買ったばかりのヘルメットをかぶってベルトをきゅっと締めると、自転車に飛び乗って外へと走りだす。
「咲、転ばないでね!」
舞の声が咲を追いかけた。

 * * *

「はあ、はあ……」
なぎさは所定の距離を走り終えると、走っていたコースに倒れこんで仰向けになった。
「お疲れ様、なぎさ」
ほのかが上からタオルをかける。
「今のタイム、どうだった?」
「さっきよりも少し速くなったわ」
ほのかにストップウオッチの表示を見せられてなぎさは
「本当に少し」
と寝転がったまま苦笑した。
「疲れもあるから、すぐには伸びないわよ」
「まあね……、でももっと速くしていかないと……」
「あとね、なぎさ。気が付いたんだけど」
「ん、何?」
「なぎさ最初はすごくタイムがいいんだけど、後半になると失速するわね」
「あ……やっぱ、そう?」
「うん。最初から飛ばしすぎないでいたほうが、トータルでは速くなるんじゃないかしら」
「だよね……ラクロスの癖で、ついつい最初から飛ばしちゃうんだよね」
でも、となぎさは立ち上がる。
「何とかしないとね」
タオルをほのかに返しながらにかっと笑って見せた顔にほのかも微笑みを返しながら
もう一度スタート地点に戻った。


 * * *

大会当日の二週間前、なぎさと咲とりん、それにそれぞれの仲間たちは
会場となる市民グラウンドに集まった。この日は何のスポーツの試合もなく、
すべての施設が完全に開放されている。実際のコースで一度練習しておこうというのが
集まった趣旨だった。

「じゃあ、まず私からだね」
水着に着替えたりんがプールサイドからプールの外にいる咲となぎさに向かって
ぐっとサムアップしてから飛び込み台に立つ。
今日は他の人も大勢泳いでいるから全速力で泳ぐのは無理だが、とにかく
感触を見ておく意味はある。
「じゃあ、りんちゃんスタート!」
のぞみの声に合わせるようにしてりんが飛び込んだ。お〜、っとなぎさと咲が声を上げる。
りんの泳ぎを見るのは初めてだったが、随分と様になっていた。
学校の水泳部の子の泳ぎと比べても遜色ないかもしれない。
――結構水の流れの抵抗がある……!
水の中のりんはギャラリーのそんな反応には気づかないまま、今までの練習では
なかったことに気が付いていた。一緒に泳いでいる人がたくさんいると、
その人たちが作り出す水の流れが邪魔になることがある。このことも考えて泳がなくちゃ、
とりんは思った。

「よしっ、次は私!」
りんが泳ぎ終えて上がってくると、咲がすぐに自転車に乗って駆け出す。
「へえ、咲格好いいじゃないあの自転車」
なぎさは思わず呟いた。咲は自転車と一体になったかのように乗りこなしている。
「最初は結構大変だったんですよ。最近は随分慣れてきたみたいで……」
「へえ……」
自分のことのように言う舞の言葉を聞きながらなぎさが見つめる咲の姿はどんどん小さく
なっていった。自転車のコースはグラウンドを大きく囲むサイクリングロードだ。

――意外と、アップダウンあるな……

会場が市民グラウンドと聞いていたのでてっきり平らなコースをずっと走るものだと思っていたが、
意外と上り坂下り坂があることに咲は驚いていた。真面目にギアを動かした方が
いいかもしれない。一段階だけギアを軽くしてみた。


「行ってくる!」
咲がゴールしたのと同時になぎさが飛び出す。
「なぎさ、速すぎ!」
明らかにペースが速い。ほのかは慌ててそう叫んだが、なぎさにはもう聞こえない。
――いける! これなら!
なぎさの身体はいつもよりずっと熱かった。りんや咲のことを見ているうちに
身体全体に火が付いたようで、全速力で走って発散してしまいたかった。
――きっと、今なら後半も失速しない!
確信を持ってなぎさは走る。
ほのかはなぎさの走り方を遠目に見て、いつもと少し違うような気がした。

「咲、大丈夫?」
ほのかのすぐ近くでは舞が息を荒くしている咲を気遣っていた。
先ほどまでのぞみがりんに同じようなことをしていたのだがりんはもうだいぶ
落ち着いたようで、タオルを肩にかけてプールサイドで一休みしている。
「お疲れ様、りんさんも咲さんも」
なぎさが突然迷惑なことを言い出してごめんなさいね、と二人に謝ると
「そんなことないです!」
とりんと咲が同時に反論した。
「もう、絶対チョコ獲りますから!」
「絶対優勝します!」
まるでなぎさが乗り移ったかのように勢いよく答える二人に
「……頑張ってね」とほのかは苦笑しながら、
――この三人は本気で勝ちに行くんだろうなあ……
と思った。


-完-

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