――これ……かなあ……それとも……
若葉台にある大きな書店の児童書コーナーでひかりは何冊もの絵本を手にとっては
棚に戻していた。児童書コーナーにもう一人いる小さな女の子は先ほどから
一冊の絵本を一生懸命読んでいてひかりがばたばたとしていても
全く動じる様子がなかった。

「ゆかちゃーん、行くわよ」
とお母さんらしき人が声をかけても女の子は聞こえていないようで
じっと絵本に見入っている。

「ほら、行くわよ」
お母さんはしびれを切らしたように女の子の後ろに立つとこつんと頭を叩く。
「お母さん、この本買って」
「また今度ね。今日はゆかちゃんの物は買わないってお約束したでしょう?」
「はーい」
しぶしぶと女の子は本を閉じると、
「今度買ってね、ね」
とお母さんにお願いしながら児童書コーナーをでていく。振り返り振り返りしているのは、
まだあの本を諦めきれていないからだろう。

ひかりはあのお母さんを少し羨ましく思った。あのお母さんはきっと自信を持ってあの絵本を
買ってあげられるのだろう。

「あっ」
ひかりの口から思わず言葉が漏れる。書店の壁にかかっている時計が刺している
時刻は、なぎさ達との待ち合わせ時間の数分前。少し時間があるからと思って書店に
寄ってみたのだがいつの間にか随分時間が経っていた。
ひかりは慌てて駅に向かう。今日は遠出なのでちゃんとポシェットも掛けてきた。
駅に着くと、
「ひかりー、遅い遅い!」
と待っていたらしいなぎさが大きく手を振っていた。
「ごめんなさい、お待たせして!」
ひかりは走る速度を上げる。
「そんなに急がなくっても大丈夫よ」
なぎさの隣のほのかがそう言ってくれているが、既にひかりは少し遅れているのだ。
はあはあと息を切らせながら数秒後、ひかりはなぎさとほのかの待つ駅前に着いていた。

「なぎささん、ほのかさん、すみません……」
「いいっていいって。電車出るのまだなんだし」
「そうよ、ひかりさん。大丈夫?」
息を切らせているひかりの背中をほのかがさする。ひかりが落ち着いたところで
三人は駅に入り、やってきた電車に乗り込んだ。座席の半分ほどが乗客で埋まっている。
ひかり達三人は三人並んで座って発車を待った。


横浜で出会ってからというもの、プリキュアたちは時々互いの町を行き来しては交流を
深めている。色々なタイプの女の子がいて面白い。どの町でもおいしいものを食べられるのも
非常にポイントが高い。

今日は夕凪町にひかり達三人、それにのぞみ達六人が集まることになっている。
ラブたちはミユキさんのレッスンで今日は来れないのだそうだ。

 * * *

「う〜ん、やっぱりPANPAKAパンのチョココロネって最高だよね!」
なぎさがPANPAKAパンに来たときは必ずそれだ。ひかりはほのかの代わりに
「もう、なぎささんったら」と言おうかとちらっと思ったが言えず――ほのかはこまちや
舞と楽しそうに何か話している――笑顔を浮かべてなぎさの向かいの席に着く。

二人がついたテーブル席に次にやってきたのは
「なぎささん、お久しぶりです! ひかりちゃんも久しぶり〜」
と両手に持ったトレイにパンをたくさん載せたのぞみだった。
なぎさのようにチョココロネ一色というわけではなく、
こちらはいかに沢山の種類のパンをトレイの中に積み上げるかという挑戦を
しているかのようにいくつものパンが載っていた。
「久しぶり〜、のぞみ」
「お久しぶりです、のぞみさん」
「わあっとと!」
のぞみがトレイを置こうとした時に少しバランスが崩れたのか、ロールパンが
トレイから転げ落ちそうになる。咄嗟になぎさが腕を伸ばし、テーブルの下に
転がり落ちるのを防ぐ。
「あ、ありがとうございますなぎささん!」
「落としちゃったらもったいないよ、咲の家のパン」
「は〜い」
のぞみが目をきらきら輝かせてなぎさからロールパンを受け取る。
「あれ、ひかりちゃんはそれだけでいいの?」
のぞみはふっと横にいるひかりのトレイを見た。なぎさやのぞみのトレイと
比べると、ひかりのトレイに乗ったパンの数はごくわずかに見える。
「大丈夫? お腹痛いとか?」
「い、いえそういうんじゃなくて」
「のぞみ、私もだけどあんた達も相当大食いだと思うよ。ひかりぐらいが普通なんだって」
「えー? そうですか?」
のぞみはなぎさの言葉に目をぱちくりとさせた。
「いつも六人で食事しちゃってるからのぞみ達は感覚が麻痺しちゃってるんだって」
「おっ邪魔しまーす!」
咲の声が割り込んできた。みんながパンを買い終えた後咲たちも自分たちのパンを取って
きていたのだ。
咲のトレイの上は少し遠慮したのか、パンが少なめである。
「咲、どうしたの!? パンそれだけ!?」
「咲ちゃん、本当にお腹痛いんじゃないの!?」
「咲さん、大丈夫ですか!?」
テーブルについていた三人が同時に立ち上がり真剣な声で迫ってくるのを見て
咲は少し焦った。
「もう、やだなあ」
苦笑いしながら咲はトレイをテーブルに置いて椅子に座る。
「ちょっと少なめにしただけですよ、品薄気味だったから」
「え、あ……そっか」
なぎさとのぞみは首を伸ばして店内を覗き込んだ。
プリキュア一同は全員外に出てきたので店内は混雑がやっと解消し、
常連さんと思しいお客さんが一人咲のお母さんと話をしながらパンを選んでいる。

「ねえ咲、私たちこんなに集まっちゃって迷惑じゃないの?」
「うん咲ちゃん、大丈夫なの?」
「大丈夫ですって、それは」
咲はにんまりとした笑顔を見せた。
「みんなが来るといっぱいパン食べてくれるからお父さんもお母さんも喜んでるんです」
「そう? ならいいけど」
となぎさは紙パックのオレンジジュースにストローを刺す。
「そうそう、だから食べましょうよ」
咲はみんなが席に着いたのを確認すると、
「いっただきまーす」
と元気な声を上げる。ほかのテーブルにもその声は聞こえ、いただきますという
言葉が広がった。とにかくこれで、みんなの食事タイムとなったのである。

「あ、みのりもそのジャムつけたい!」
「……え?」
聞きなれた妹の声が少し離れたところから聞こえて思わず咲がそちらを見ると
みのりがちゃっかりと、りんやくるみのテーブルに混ざっている。
隣に薫がいるからみのりのことは見ていてくれるだろうが、
「ちょっとみのり〜」
と咲は椅子から立ち上がってみのりの後ろまで行くと、
「みんなの邪魔しちゃだめでしょ」
と軽く注意する。
「えー」
みのりはぷっと頬を膨らませる。見ていたりんがあははと笑う。
「咲、大丈夫だよ。みのりちゃんいい子だもん」
「本当? 迷惑になってない?」
くるみとうららも、と咲が二人の顔を見上げる。
「大丈夫よ。はい、これ」
とくるみは自分が使っていたブルーベリージャムの小瓶をみのりに渡した。
「ありがとう!」
とみのりは受け取り、
「薫お姉さんもつける?」
と薫を見る。ええ、と頷く薫にみのりは「じゃあ次に回すね!」とご機嫌だ。
「もう。みんなに迷惑かけちゃだめだからね」
「大丈夫だもん」
「ごめんね薫、いつもみのりのこと見てもらってて」
咲がみのりの隣の薫の背中をぽんと叩くと、
「別に構わないわ」
薫は淡々と答えてみのりに渡されたジャムを受け取った。
咲はみのりのことを気にしながらものぞみ達のいる席に戻ってみると、
みのりが気を取り直したようにして
「それでね、うちのお父さんとお母さんはパンを食べるときにいつも……」
と話を始めているのが後ろから聞こえてきた。

「もう、私の友達が来るといっつも混ざりたがるんだから」
席についてぼやく咲を見て「お疲れ様ー、咲」となぎさは笑った。
「でも、みのりちゃん素直だし可愛いからいいよね。うちの亮太なんてさあ、
 生意気だし可愛くないし」
「えー? そうですか? 亮太君この前会ったときすごく優しくて、
 こまちさんやかれんさんの荷物持ってくれたりしてましたよ」
「それがさあ、また腹立つっていうか……ほのかなんかにはすごく親切にするくせに
 姉の私には全っ然なの!」
のぞみの言葉になぎさは力を籠めて反論すると半分残っていたチョココロネを
口の中に放り込んだ。
「あ〜、やっぱり妹だったら良かったかも。きっと素直で可愛くってさあ……」
なぎさが夢を語って次のチョココロネに手を伸ばす。日頃からなぎさの亮太への
愚痴を聞いているひかりは苦笑しながらなぎさの話を聞いていたが、
「あの、咲さん」
と咲に目を向けた。
「ん? ひかり、どうしたの?」
「みのりちゃんって今いくつなんですか?」
「今8歳だよ。小学2年生」
「そうですか……、あの、」
真面目なひかりの言葉になぎさものぞみも聞き耳を立てた。
咲はもちろんひかりが何を言い出すのかじっと待っている。
「幼稚園の頃のみのりちゃんに絵本買ってあげたことってありますか?」
「絵本?」
「ええ、咲さんとみのりちゃん年が離れてるからひょっとしてって……」
「う〜ん、買ってあげたことはないかなあ。文房具なんかはあるけど……でも、どうして?」
きょとんとした表情で咲が尋ねると、
「ひかるに絵本か何かプレゼントしたいんですけど、何を選んだらいいか
 わからなくて……」
ああそうか、と咲は思った。ひかりには子供時代という経験がない。
だからそういうことは特に苦手なのかもしれない。

「うーんと、そうだね。みのりー! ちょっと来て」
咲は大声を上げてみのりを呼び寄せる。みのりはうららと話し込んでいたが、
「なあに? お姉ちゃん」
と椅子からぴょんと飛び降りる。
「みのり、部屋に絵本何冊か残してたよね? 一番好きなの持ってきてくれない?
 ひかりに見せたいから」
「うん。すぐ持ってくるね!」
みのりは一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐに家の方に向かって駆けだした。
「あれ、みのりちゃん小学生だよね。まだ絵本持ってるんだ?」
なぎさが珍しそうに尋ねると、
「小学生になる時に近所の子に大体あげちゃったんですけど、みのりが好きなのだけ残したんです。
 何か参考になるといいんだけど……」
最後の方はひかりに向かって、咲が答える。ありがとうございますとひかりは答えた。
「お姉ちゃん、はいこれ!」
そうこうしているうちにみのりが戻ってきて一冊の絵本をはいと咲に渡す。
「ああ、これ」
本は元々咲が持っていたものだ。みのりが幼稚園くらいの頃、お下がりでみのりに渡った。
女の子が捨て犬を拾うお話である。

「みのりは何でこの本残したの?」
「絵がきれいだし、お話が好きだから」
「ちょっと見せてもらってもいいですか」
「うん、もちろん!」
咲がひかりに絵本を手渡すと、ひかりは中を開いてぱらぱらと読む。
ほんのわずかな時間でひかりは読み終わってしまったが、
寂しい感じがしたけれど最後は暖かい本だ――という印象は強く残った。

「いいお話ですね」
「ねえ、私にも見せて」
興味津々といった表情でのぞみが手を伸ばす。はい、とひかりがのぞみに本を手渡す。
のぞみの隣にいるなぎさもその本を覗き込んだが、裏側になっていた本を
ひっくり返して表紙を見たのぞみは
「うわっ!」
と大声を上げた。
「ど、どうしたののぞみ!?」
「これ、うちのお父さんの本だ!」
なぎさに答えるようにしてのぞみが叫ぶ。えっ、と咲もひかりも
本の表紙を見ると、「文:」と書いてある後ろにのぞみのお父さんの名前がある。
絵は違う人が描いているようで、のぞみのお父さんが書いたお話に絵をつけたものらしい。

「のぞみさんのお父さんが!?」
「うん、うちのお父さん童話を書いてるから……へえ、咲ちゃんとみのりちゃんも
 読んでて、大事にしててくれたんだ」
のぞみは咲とみのりの顔を見ると少し照れたような笑顔を浮かべた。
まさか自分のお父さんの作品にこんなところで出会うとはのぞみにとっても
予想外である。

「のぞみさんのお父さんの……」
ひかりはまたのぞみから絵本を受け取った。もともといいお話だと思ってはいたが、
のぞみのお父さんが書いたものだと言われれば間違いなくいいお話であるように思える。
ただ問題は……、

「ひかる、こういうお話が好きだといいんですけど。
 どういうお話が好きなのかよく分からないところがあって……」
ひかりが小さな声で呟く。そこが一番の問題なのだ。
「うんとね、」
のぞみがぐっと身を乗り出した。
「うちのお父さんが前言ってたんだけど、小さな子供の本を選ぶときって
 お父さんやお母さんが好きな本がいいんだって」
「え? でも……」
「小さな子が本を読むときって、大抵お父さんやお母さんに読んでもらうでしょ?
 その時にお父さんやお母さんがいいお話だなあって思いながら読めるのが一番いいんだって。
 だから、ひかりちゃんが『これがいい』って思った本を買ってあげるのが
 一番いいんじゃないかなあ……」
「私が好きな本ですか」
「うん!」
のぞみが大きく頷く。

「そうですね」
ひかりはわずかに笑みを浮かべると、「みのりちゃん見せてくれてありがとう」
とみのりに絵本を返す。
「もう一度本屋さんに行ってみます。のぞみさんのお父さんの本も含めて、
 どの本が一番好きか考えてみます」
「うんうん、それが一番いいよ!」
と答えるのぞみ――に合わせるようにして、咲もなぎさもうんうんと頷いていた。

ひかりは、何となくのぞみのお父さんの本を選ぶような予感を抱きながら
紙パックの牛乳にさしたストローを口にくわえた。

-完-

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