ベローネ学院、理科室に騒々しい音が響く。普段は授業で使うこの部屋だが、
放課後は科学部が占領している。

部屋の中央に置いてある仰々しい機械は飴玉製造機。ほのかがなぎさと
知り合ったばかりのころにこれを使って飴を作ってみせたことがある。
後輩が久しぶりにその機械をひっぱり出してきて動かそうとしているのを、
ほのかは黙ってみていた。
説明書も設計図も渡してあるのだし、一年以上しまいこんでいて故障していたとしても
直せるだろう。

「あれ?」
昔動かしたときよりだいぶ軋んだ音を立てて機械が止まって飴玉が
出てきたとき、ほのかの後輩は首をひねった。
部屋内に数人いる科学部員はそれぞれに思い思いの研究に取り組んでいたが、
一番目立つこの機械の周りに集まってくる。

「どうしたの?」
一見したところ赤いきれいな飴玉ができているように見える。だが機械から転がり出てきたそれは
部員たちの見ている前でぐずぐずに溶けていってしまった。
「あ、ああ〜」
形を保つことができずに崩れた飴玉を見て部員たちの間から
がっかりした声が漏れる。機械を動かしていた後輩は助けを求めるような眼で
ほのかを見た。

「分量、間違えてない? 確認してみて」
「あ、はい」
彼女は素直にノートの記録と説明書を突き合わせる。しばしの間
二つを見比べていたがやがて
「あ」
と声を上げた。
「分かった?」
「分かりました。この成分が、」
と説明書に書いてある一つの項目を指さして、
「10分の1しか入ってないんです」
「そうね、それだとこうなっちゃうかも」
ほのかが崩れた飴玉に視線を送る。もうそれは一瞬といえど飴玉だったことを忘れて
しまったかのようにべたりと崩れて機械に張り付いていた。

「ああ、なんだ。やり直してみます」
後輩はがっかりしたようにそう言って、崩れた飴玉の残骸をティッシュにくるんで機械を拭く。
飴玉作ろうって気持ちを汲んで崩れないでいてくれたらよかったのにね、と
誰かの声がした。

「化学反応は自然界で決まったようにしか進行しないから、
 間違ったら間違ったようにしかできないのよ」
ほのかは科学部らしくそんなことを言いながら窓の外を見る。
ラクロス部の練習の光景が見えた。

 * * *

「ほーのーか! お待たせ!」
部活を終えたほのかが教室で少し待っていると、なぎさが駆け込んできた。
まだ汗が止まらないらしく持っていたスポーツタオルでごしごしと拭う。
「終わったの?」
「うん、全部終わったよ! 次の練習のメニューも決めたし」
ラクロス部はもうすぐ大事な試合を控えている。放課後の練習や朝練も最近は多い。
なぎさとほのかが一緒に帰る機会はその分減っていた。
なぎさは自分の机から鞄を持ち上げると、
「ほのか、もう帰れるでしょ?」
と当たり前のように尋ねる。ええとほのかは答えると席から立ち上がった。

「練習進んでるの?」
「うん。でも今、新しいフォーメーションを試してるからちょっとうまくいかない
 ところがまだあるんだ」
ほのかはきょとんとした表情を浮かべた。
「大事な試合なんでしょ? 新しいことを試して大丈夫なの?」
「大事な試合だからだよ」
ぐっとなぎさは声に力を込める。

「今までのやり方だったら多分勝てないと思うんだ。
 部員の力を全部活かしきるには今考えてるフォーメーションの方が絶対いいはずだから」
「そうなの」
ほのかはそれを聞いて微笑んだ。新しく入った2年生の子にすごく足が速い子がいるから、その子にコート内でもっと動き回ってほしいと思ってるんだ、最近ラクロス始めたばかりだから
他の技術面はまだ足りないんだけど――と説明するなぎさはひどく楽しそうで、
それでいて必死さも伝わってくる。

ぐう、となぎさのお腹が鳴った。くすくすとほのかは笑う。
「ああ、お腹減っちゃったなあ」
「練習頑張ったものね」
「今日はお母さん、夕食楽しみにしててねって言ってたなあ。なんだろう」
なぎさの楽しそうな、それでいて切なそうな顔が夕陽に照らされてオレンジ色に染まる。
ほのかはその顔に一瞬見とれていたが、

「そういえばさあ」
となぎさに声をかけられて我に返る。
「PANPAKAパンのチョココロネって美味しいよね」
「え? 咲さんのところの?」
PANPAKAパンは夕凪町にあるパン店である。小さな店だが、その味には定評がある。
中でもチョココロネの評判はなぎさたちが住むこの若葉台までうわさが流れてくるほどだ。

なぎさとほのか、それにひかりは連れだって夕凪町までチョココロネを食べに行ったことがある。
たまたまフュージョンが襲来してきたので大変なことになってしまったが、
それがきっかけでなぎさたちとは違うプリキュア――日向咲と美翔舞に出会うことができた。
今では咲たちと友達として付き合っている。

「うんうん、あれって本当に普通のチョコ食べるのとはまた違ってこう、パワーが出るっていうか、」
糖分だものねと思っているほのかに、なぎさは目の前にチョココロネがあるかのような
表情で話し続ける。

「筋肉がついてスタミナもアップするような気がするんだよね!」
「え? ……筋肉?」
ほのかが呆れたような声を出したのになぎさは気づかずに、
「うん! 筋肉!」
と大きくうなずいた。

 * * *

――ほのかさん、次の電車かしら。
それから数日後の日曜日、美翔舞は駅前でほのかが来るのを待っていた。
ほのかはなぎさと一緒に帰った後すぐ、舞に連絡を取ったのである。
PANPAKAパンの休みの日について聞きたかったのだから咲に連絡をとったらよさそうなものだが、
ほのかとしては舞に連絡を取るほうが気楽だった。

やってきた小さな列車がぎしぎしと軋む音を立てて止まり、車両から
二、三人の乗客が降りてくる。
「舞さん」
改札口を出てきたほのかはすぐに舞を見つけて手をあげた。
「ほのかさん」
舞はぱたぱたと小走りに駆け寄ってくる。
「わざわざごめんなさいね、舞さん」
「いえ、時間ありましたから――今日は咲は部活なんですけど」
「ソフトボール部?」
舞とほのかはPANPAKAパンの方に足を向ける。ほのかの質問に舞は、ええ、と頷いた。
「張り切って練習していて。――なぎささんは、今日は?」
「なぎさには内緒で来たの」
そう言ってくすりと笑うほのかを見て、舞は意外そうに眼を丸くした。
「そうなんですか?」
「なぎさがね、チョココロネがどうしても食べたいって。今度大きな試合があるから」
「え? ええ」
先にも書いたとおり、PANPAKAパンのチョココロネは有名だ。
わざわざ遠方から買いに来るお客さんがいるくらいに。
チョコが大好きななぎさがチョココロネを欲しがったとしても何も不思議はない。

「それだったら、一緒に来た方が」
「なぎさは今日も練習だもの。たまには驚かせるのもいいかと思って」
「そうなんですか」
なぎささんにも会いたかったなと舞は思ったが、驚かせたいという
ほのかの気持ちも分かる気がした。

「なぎさったらね、PANPAKAパンのチョココロネを食べると筋力がアップしそうな
 気がするって言うのよ」
「え?」
ほのかはまるで、舞にこんな話をするのがうれしくてたまらないように見えた。
そんなに言うなら買おうかと思って、という
ほのかの顔はひどく嬉しそうでまるで自慢話をしているようにも見えた。

ほのかはPANPAKAパンでチョココロネを5つほど買い込むと、
再び列車に乗って若葉台へと帰って行った。


夕凪町を通る列車に乗る人はさほど多くない。
ほのかが乗った車両にはたまたま誰もいなかった。
それを察したかのように、コミューンの中のミップルが顔を出す。
「ほのか、結局どっちミポ?」
「え?」
座席に座ったほのかは顔を出したミップルを見て首をかしげた。
「この前は、化学反応は決まったようにしか進行しないって言ってたミポ。
 でも、なぎさが言ってるチョココロネで筋肉がつくって……本当ミポ?」
ほのかはそれを聞いて「そうね」と答える。

「まず、ないと思うわ。チョココロネで筋肉がつくって。筋肉を動かすときの
 栄養としては重要だと思うし、炭水化物が足りなくなると筋肉が分解されるのも
 事実だけれど。でも――」
ほのかは顔を上げて、向かい側の窓の外の空を見上げてからまたミップルに
視線を戻した。

「なぎさが今そう思ってるなら、いいかなって思って。
 そう思ってチョココロネ食べたら、試合の結果につながるかもしれないし」
「そうミポ?」
「ええ。もちろん、試験前には訂正するけど。筋肉のもとになるのは主にタンパク質です、 って」
ほのかはそう言って笑った。

 * * *

釈然としない。舞がそんな表情を浮かべているのが薫には気にかかった。
ほのかを駅まで送って行ってから薫は舞と一緒にスケッチをしようと浜辺に出たのだが、
歩く舞の様子がいつもと違っていた。

「どうしたの、舞?」
「薫さん――」
舞は誰かに聞いてほしくてたまらなかったというようにその困り顔を薫に見せた。

「チョココロネで筋肉ってつくの?」
「え?」
「さっきほのかさんが来て、なぎささんがチョココロネで筋肉がつくって言ってるからって
 買っていったんだけど――」
「そんなことないと思うけど」
薫は首をひねった。
「勘違いではないのかしら」
「でもね、私思い出したんだけど、確かキントレスキーが――薫さんたちの
 いなかった時だと思うけど、PANPAKAパンのチョココロネを買占めていたのよね」
「……そんなことしてたの?」
何だそれは、と言いたげに薫は聞き返す。

「そうなの。だからもしかして、PANPAKAパンのパンには特別に筋肉がつくような
 成分が入っているのかと思って」
「そんなことないと思うけど。キントレスキーがそんな成分のことを知っていたとも思えないし――」
薫はますます首をひねった。

「咲や満に聞いてみたらわかると思うけど。でも、そんなことないんじゃないかしら」
そうなのかなと、舞はまだ納得できていないように呟いた。

-完-

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