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「行くわよ、みんなっ!」
うららを降ろした美希は郷屋邸正門前に駆けつけました。正門前には咲とミルク、
せつなが待機しています。美希は馬の姿のまま後ろ足で大きく立ち上がると、前足で
正門を踏み破りました。開いた正門から咲とせつな、ミルクが飛び込みます。
目指すは郷屋がいる場所の部屋、うららが乗り込んだ部屋でした。


上空の美希とうららに合図をした舞たちは、りんとのぞみを海岸に残して岩穴の中に
飛び込んでいました。りんとのぞみはいざ何か予想外の事態が起きた時の連絡役として
待機していました。
舞となぎさ、ほのか、それにこまちとラブの五人は先頭に立つ舞が燃やしている狐火の
光を頼りに穴の中を進んでいきます。ここを進んでいけばいずれは郷屋邸に出る
はずですが、この地下道の中にひかりが隠されているのではないかというのがほのかの
読みであり賭けでした。

しばらく進んでいくと、上の方でどんという物凄い音とともに穴の中が一瞬揺れました。
みんなは立ち止まり様子を窺います。揺れはすぐに止まりました。
「うららが……」
「そうね、多分」
ラブとこまちが言葉を交わしました。なぎさとほのかは黙ったままでしたが、
これで後戻りできなくなったことをはっきりと認識していました。
五人はまた歩き始めます。細く長く、岩穴は続いていました。舞の灯す狐火は青く
洞窟の中を照らしていました。ちらちらと五人の影が壁に映っていました。

「……分かれ道?」
先頭に立つ舞が足を止めます。道は左右二つに分かれていました。
「私たちも別れましょう」
ほのかがこまちに向って頷いてみせました。こまちは「ええ」と、ラブを連れて右側の
道を選びます。
「こまちさん、これどうぞ」と、舞は狐火をこまちの人差し指に灯しました。
狐火は不思議と、熱くないのでした。
「じゃあ、見つけたらすぐに出口に出てりんさんとのぞみさんに話して。
 そうしたらりんさん達がみんなに知らせることになっているから」
「ええ、分かっているわ」
ほのかがこまちに手順を確認します。ひかりを見つけて保護したら、今郷屋の足止め役を
引き受けてくれている咲たち共々撤収する手はずになっていました。もちろんひかりは
すぐにミルクが光の園に連れて帰ります。

なぎさとほのかと舞、こまちとラブという組み合わせになって五人は左右に別れました。
こまちとラブが穴の中を進んでいきます。時折上の方で何かがどんどんと動く音がしました。
先ほどの大きな音とは比べ物になりませんでしたが。
「せつな……、大丈夫かな」
ラブが心配そうに上を見上げました。ここはまだ郷屋邸の下ではないでしょうが、
このすぐ上にせつなたちがいるような錯覚をラブは抱いていました。
「せつなさん、良かったの? あちらに行かせて……」
こまちがそっと声をかけます。今日の作戦は大まかに行って、うららや咲たち物の怪組が
騒いで郷屋の目を引き付けている間になぎさやほのか達人間組が地下道でひかりを探すと
いうものでした。物の怪たちには――たとえば咲が人を化かせるように――特殊な力も
ありますから、郷屋と対峙するのはそちらの方がいいという判断でした。
舞は明かりを灯すために地下通路探索の方に加わっていますが、原則はそうでした。
だからせつなはラブたちと一緒に来るはずでしたが、本人が郷屋の方に行くことを選んだのでした。

「……ええ。郷屋さんって人と昔何かあったみたいで……」
ラブはぼかした言い方をしました。ラブはせつなから経緯を全て聞いてはいましたが、
他の人に話すのは本人の許可を得てからと思っていました。
「そう……大丈夫かしら」

ラブはせつなと、ここに来る直前までそのことについて話していました。
せつなが思いつめたような顔をして小刀を自分の懐にしまっているのを見て、
ラブは血相を変えたのでした。
「せつな!? ちょっと……」
「相手は残虐よ。用心してしすぎることはないわ」
せつなは冷静に、そう答えます。郷屋が、せつなの出会ったあの男であるなら用心は
確かに必要でした。
「ねえ、せつな。やっぱり私たちと一緒にシャイニールミナスを探す方に行かない?」
「……ラブ、私意外と強いのよ?」
せつなの言葉は冗談めかしていましたが、その目は笑ってはいませんでした。
「それはそうなんだろうけど……、」
ラブと会ってからのせつなは普通の女の子として振舞っていましたから、
ラブには中々そのことが信じられませんでした。
「ラブ、私は……みんなの為に精一杯頑張るから」
「それは分かってるよ。でも、せつなが危ない目に遭うのは」
「物の怪のみんなだって危ないのよ? 色々な術が使えるとは言っても」
「じゃあ、私もせつなと一緒に行く」
「駄目よラブ。ラブは私よりも物の怪よりも危険だわ」
せつなはこう言って話を打ち切りました。

* * *

郷屋邸に乗り込んだ咲とせつな、美希はミルクを連れて無人の部屋を越え、
やすやすと中心部に侵入しました。
「うらら!」
うららは塗り壁の姿のままで郷屋と揉み合っているようでした。
「何なんですかあなた達、人の家を勝手に入って壊して!」
「ひかりはどこにいるの!?」
咲が叫びます。
「ここにはいませんよっ!」
押されていた郷屋はええいと力を振り絞りうららを突き倒しました。うららは人間の
姿に戻るとぱっと身を起こします。
「シャイニールミナスはどこミルッ!?」
せつなの頭の上でミルクが怒鳴ります。郷屋はパンパンと手を叩いて埃を落としました。
せつなを見て、おや、という表情を浮かべます。
「あなた生きてたんですか。……悪運が強いようだ」
咲とミルク、美希にうららが不思議そうな顔でせつなを見ました。せつなと郷屋に
関係があることをみんなはまだ知りませんでしたから。
「好機とばかり、仲間を連れて私に復讐にでも来ましたか。あの時はあなた方のほうが
 悪かったと思いますけどね」
「違うわ」
せつなは答えました。
「ほう?」
「私がここに来たのは、ミルクと一緒にシャイニールミナスを探すため、
 それとあなたからみんなを守るためよ」
「ほう、変われば変わるものですなあ」
郷屋はにやにやとした笑みを浮かべました。せつなは向っていこうとしましたが、
「お待ちなさい」と郷屋が制しました。
「ここにシャイニールミナスはいませんよ。あなた方がここで私と戦ったところで
 何の意味もありはしません」
落ち着き払った郷屋の様子に、一同は薄気味の悪いものを感じました。

* * *

なぎさとほのかは、舞の尻尾の先についた青い光を見ながら地下道を進んでいました。
どうやらこまち達が進んだ道が枝道、こちらが本道だったようで道は次第に太くなっていきます。
「……?」
なぎさが足を止めました。
「なぎさ?」
「……何か聞こえない?」
ほのかも舞も耳を澄ませます。上からのどたばたという音も静まりかえり、
三人が足を止めるとしんとした沈黙が広がっていました。
その中に、どこかから微かに聞こえる泣き声が……、
「ひかりさんの!?」「ひかりの声だ!」
なぎさとほのかは同時に叫びました。
「こっちですね!」
と舞が先頭に立って駆けはじめます。なぎさもほのかも、必死で走りました。
ひかりが泣いているのは、なぎさとほのかを呼んでのことに違いありません。
すぐに行ってあげないと、となぎさとほのかは直感していました。
本道をどんどんと奥へと進むと、声はどんどん大きくなっていきます。
近い、となぎさもほのかも思いました。もうすぐひかりに会えます。もうすぐひかりに……、

「ひかりっ!!」
本道の横に小さく開いた小部屋のような空間になぎさとほのかは飛び込もうとしました。
その中でひかりは突き出した岩の中に敷いた布団の中で泣いていました。
なぎさとほのかは先を走っていた舞を追い抜いて小部屋の中に踊りこみました。しかし、
「なぎささん、ほのかさんっ!」
舞が悲鳴を上げました。なぎさとほのかの身体は部屋のちょうど入り口部分で
雷のような紫色の稲妻に打たれて地面に倒れました。ひかりの泣き声が一際大きくなりました。

「こまちさん、今の音!」
稲妻のバリバリと言う音はラブとこまちにも届いていました。
「何かあったようね、この地下道で!」
二人は道を戻り始めます。なぎさとほのか、舞に何かが起きたのだろうと予感していました。
少しいくとけたたましく泣くひかりの声も聞こえてきます。二人は足を速めました。


「掛かった!」
なぎさ達の異変を察したのはこまち達だけではなく郷屋もそうでした。
郷屋の部屋に取り付けてあった装置が、ひかりの寝かせてある部屋への侵入者に連動して
甲高い音を立てたからでした。

「掛かった!? どういうことよ!」
咲が郷屋に詰め寄ろうとします。しかし郷屋は、もう咲たちを相手にする気は
ありませんでした。
「文字通りですよ。もうあなたたちに付き合っている時間はなくなりました。
 私を足止めするあなた達の役割もここで終わりでしょう?」
はっと一同が息を飲みます。一同がここに来た理由は既に勘付かれていたようでした。
「簡単なことです、あなた達が求めているのはシャイニールミナス。ならば彼女の側に罠
 を張り巡らせておけば一番大きな魚が引っ掛かってくるのですよ」
郷屋の姿が変化します。もうそれは、いつものような滑稽な小男の姿ではなく、
二本足で立つ巨大なトカゲのような恐ろしい姿になっていました。
「待ちなさい郷屋!」
部屋を出ようとする郷屋にせつながしがみつきます。しかし、
「うるさいですね!」
と郷屋はせつなを振り払うと、尻尾でもって地面に叩きつけました。
せつなの頭の上のミルクは耳を振り回して郷屋の顔に一撃を加えたもののこれも
大した効果はなく、逆に耳をつかまれて投げ飛ばされました。
「あなた方も大人しくしていればいいものを」
一声吠えると、郷屋は咲たちに向ってきました。咲は慌てて尻尾を振り、
何とか郷屋を化かそうとしましたが、
「同じ手は二度は食いませんよ!」
と咲の尻尾を掴んで止めると美希、うらら共々天井に開いた大穴に向って投げ上げ、
更に自分もその上に飛び上がると三人を殴りつけ地面に叩きつけました。
一同がぐったりしたのを確認してから郷屋は地下通路への扉を開き、地下へと向います。

* * *

「月が赤いわね」
外を見ていた満がぽつりと呟きました。沈もうとする細い月は今やもう真っ赤に染まり、
月の影は赤黒く見えていました。ここまで赤い三日月は初めて見ました。
何か不吉な予感を覚え、薫もかれんも窓の外を眺めます。ここから見える範囲には
異変は何もありませんでした――異変が起きているとすればきっと若葉台でした。

「何もできないのかしら、私たち」
――あの人が動いたとすれば……
と、かれんは思っていました。きっとみんな苦戦しているに違いありません。
何とかみんなを手伝う方法はないものか……、今すぐにコウモリになって
飛んでいくくらいしかかれんは思いつきませんでしたが、しかし、
「お茶を淹れて来たわ」
祈里がそれは許してくれないでしょう。
「どうかしたの?」
窓の外を見ている満と薫を見て、祈里もお盆を置くと窓の外を見ます。

「月が赤くて……」
「何か悪いことがおきているんじゃないかって思って」
二人に言われ、祈里も月を見ました。
「……大丈夫だよ」
祈里はきゅっと胸の前で手を握りながら三人に向って笑顔を見せます。
「みんなちゃんと帰ってくるって、私信じてる」
三人は黙って茶碗に手を伸ばしました。

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