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「こちらの先には何があるかしら、えっと……」
ほのかは紙からはみ出た部分を指差します。その地下道がどこに繋がっているのか、
それが問題でした。
「この方角にはアカネさんがいつも店を出している大通りがあるんじゃなかったっけ?」
なぎさの言葉にほのかは頷きました。咲の言うとおりだとすれば地下道は確かに
その方向に伸びています。
「その辺りに、地下に降りる出入り口みたいなのはあるかしら?」
うーん、となぎさは首を捻ります。
「ないと思うけど、本当にないかって聞かれたら分からないなあ」
ほのかは少し考えてみました。仮に地下道の出入り口が大通りに面した場所にあったと
して、誰かに襲われたときに脱出するには大通りの中に姿を表すことになります。

――夜ならまだいいけど、昼間なら大騒ぎになるわね。
  そうすると、大通り以外の別の場所に出入り口があると考えるのがいいのかしら……

「ずっと伸ばして行くと海岸に出ますけどね、これ」
地図の上で咲が描いた線を辿っていた美希の呟きでほのかの思考は中断されました。
「海?」
「ええ、海岸に出ますよ。若葉台の町から少し離れたところに海があるんです。そこに」
「そこって……港なの?」
「そんなんじゃないです」
そう美希は答えました。
「岩ばっかりで、人もほとんど出てこないような海岸です」
「人がほとんどいない……の?」
「ええ、あそこにの上をたまに飛びますけど、人の姿は見たことないですね」
――仮にそこまで地下道が伸びているとすれば……
ほのかは考えました。その出入り口のところに小さい船でも用意しておけば、
脱出路としては申し分ありません。

「ねえ、かれんさん」
ほのかはかれんに目を向けました。かれんはゆっくりとお粥を食べていたので
まだ半分くらい残っていましたが、椀を置いて「何?」と聞き返します。

「お食事中ごめんなさい。……あなたが郷屋さんの家に入ったとき、
 ひかりさんらしい人影は見えた?」
「いいえ」
かれんは首を振りました。
「姿は見えなかったし……声も聞こえなかったわ。
 あの時間、あの家にはあの人一人しかいなかったんじゃないかしら」
「あんな広い家に一人だけ?」
ほのかの問いに、ええ、とかれんは頷きます。
「建物の中央付近に少し広くなった部屋があって、そこが多分お気に入りの部屋なんじゃ
 ないのかしら。主にそこにいることが多いみたい。ただ……、」
かれんは俯きました。
「私が忍び込んだのが見つかってしまったから、何らかの対策を取っている可能性はあるわ」
「そうね……急いだ方がいいかもしれないわ。ねえ、かれんさん。食べ終わったら、
 この家の間取りを描きこんでもらえるかしら?」
「ええ」
かれんはまた椀を取り上げると、お粥を食べ始めました。

「ほのか……どうする?」
なぎさがほのかの顔を見やりました。ほのかは険しい表情を浮かべたまま腕組みをしています。
「乗り込んでみるしかないわね……多分。とにかくひかりさんを早く何とかしないと……」
「ねえ、ほのか。ひかりをうまく取り返したとして……」
なぎさは恐る恐ると言った様子でほのかに尋ねました。
「その後、どうする? あいつはまた、多分追いかけてくるよ」
「そのことは」
ほのかはミルクに目をやりました。ミルクはせつなの頭の上でみんなの話を聞いていましたが、
「ミルクさんに頼めないかしら」
と言われ、「ミル?」と聞き返します。
「ひかりさんを取り戻したら、すぐにひかりさんを連れて光の園に帰ることはできる?」
「それはもちろんできるミル。でも……それでいいミル?」
ミルクが聞いているのはなぎさとほのかのことでした。仮に郷屋からシャイニールミナスを
取り戻したとしても、なぎさとほのかを説得して光の園に連れて帰るのが
また大変そうだとミルクは思っていたのでほのかの言葉は意外でした。
「……ひかりさんの安全を考えたら、それが一番だと思うわ。光の園というところまでは
 あの人は来れないんでしょう?」
「ミル。そのはずミル」
とミルクが頷きました。
「ほのか……、」
なぎさは心配そうにほのかの顔を見やります。今のほのかの冷静さがなぎさには
却って恐ろしいのでした。

「……仕方ないわ。ひかりさんのことを考えればそれが一番……」
ほのかの表情は悔しそうでした。冷静さが崩れたことになぎさは逆に安心しました。

「……あの人の家に乗り込むなら私たちも行くわ」
すでに食べ終えていた満がぽつりと呟きます。えっ? とみんなが思わず二人の方へ
振り返りました。
「そ、そんな無茶だよ。満と薫は、まだまだ身体の方を治さなくちゃいけないんだから」
真っ先に反対したのは咲でしたが、みんなそう思っていました。
「でも、私たちには責任があるわ」
「ええ……、」
薫が満の言葉に頷きます。「責任?」と舞が聞き返しました。
「あの人をここに連れてきてしまったのは私たちだもの。私たちがあの人に
 騙されなければ、こんなことになることはなかったわ」
だから。と続けようとした満を、のぞみの声が遮りました。
「それは違うと思うよ」
「違うって、何が? 実際に私たちが騙されなければ……」
「騙された満ちゃんと薫ちゃんは悪くないよ。だます方が悪いに決まってるもん」
のぞみはきっぱりとそう言いました。その口調は普段ののぞみからは想像もできないほど、
どこか頼もしいものでした。
「そうだよ、満、薫。今の二人の仕事はとにかく身体を治すことの方だよ」
咲の言葉にみんなも頷きます。
「そうだ、ちゃんと言っとかないと」
と今まで座っていたなぎさが立ち上がりました。みんなの視線がそちらに集まります。
「私とほのかは、ひかりを連れ戻しに郷屋のところに行くつもりなんだ。みんなには
 色々助けてもらって、ここに匿ってもらったり、かれん達には向こうの家のこと
 調べてもらったり……ありがとう」
ほのかもなぎさの隣に立ってみんなにぺこりと頭を下げました。

「ひかりのことは必ず取り戻してミルクに渡すから……みんな、本当に今までありがとう」
「あの〜?」
ラブが怪訝そうに声を上げました。
「なぎささんとほのかさん、ひょっとして二人だけで行くつもりなんですか?」
「え? うん、そうだけど……」
「それは無理ですよ!」
咲が間髪入れずに声を上げます。
「危ないですよ、いくらなんでも。私も行って、何か手伝います!」
「でも、」
言い返そうとしたなぎさの言葉を、「二人きりというのは私もどうかと思うわ」と
かれんが遮りました。かれんはちょうどお粥を食べ終え、ことりと椀をおきます。

「あの人は恐ろしい人よ。……相当気をつけていかないと。私だって……、
 咲があの場にいなかったら今頃どうなっていたか分からないわ。
 まして、今は警戒を強めているはず。二人だけで行くというのがいい案だとは思えないわね」
実際に郷屋邸に忍び込んできたかれんの言葉には説得力があります。
「でも……だって、みんなも危険じゃない」
なぎさは言い返しましたが、咲もラブものぞみもそれには納得しませんでした。
「危険って言うならなぎささんとほのかさんだけの方がよっぽど危険ですよ!」
「私たちだってミルクと一緒にずっと『シャイニールミナス』探してたんですから。
 最後まで見届けます!」
「だからみんなで行くことけって〜い!」
「あ……ありがと」
なぎさが三人に押されてたじたじとなっている横でかれんはごそごそと机の間を移動し、
地図の上の郷屋邸の中に間取りを書き込んでいました。郷屋に会った部屋に印をつけます。
正門から入ると、五部屋ほど通過しないとそこには到達できないようでした。
「……」
それを見て、ほのかは具体的にどうやって忍び込めばいいか考え始めました。

* * *

留守番をすることになったのは満と薫、かれんの怪我人組と付き添いの祈里でした。
他のみんなは、月が出てから行動を開始しました。細かい作戦を決めたのはほのかで、
みんなはその指示を聞いてからでかけました。

残った四人はあまり賑やかに話をする気にもならず、じっと窓の外――四つ葉町の方を
見ていました。特に郷屋邸が見えるわけでもなかったのですが、やはり気になるのでした。
細く輝く月は鋭い光を地上に届けていました。


「ここ――ですね」
若葉台から少し離れた岩だらけの海岸になぎさとほのか、りんとのぞみ、
こまちとラブと舞は立っていました。どこもごつごつとした岩だらけで、
安定した場所は中々ありませんでした。七人を送ってきた美希はすでに次の場所へと
移動したので、ここには七人だけが残っています。
「あ」
ラブが月明かりの中、一艘の小さな舟を見つけました。舟は逆さまに、岩の上に
引き上げて置いてあります。近づいて良く見ると、船体にはゴーヤのような紋が
ついていました。

「当たりね。多分、ここには郷屋さんの家からの地下道の脱出口があるんだわ」
ほのかは海から、海に面してそそり立つ崖の方に目を向けました。崖があって町からは
一段低くなっているので、この場所は人目につきにくくなっているのでした。
みんなが崖を押したり引いたり、触ったりして穴らしきものがないか調べていると、
なぎさがあっと声を上げました。
「この石、何か動くよ!」
なぎさがぼこっと石を外すと、ちょうど人一人通れる位の穴が岩肌に出現しました。
みんながごくりと息を飲みます。
「ここ……だね」
「ええ」
ほのかが頷きました。それを見た舞は、ぽんと狐の姿に変わります。
銀色の毛が月明かりに映えていました。
「いいですか?」
準備はいいかどうか、ほのかとなぎさ、こまちとラブを見上げて尋ねます。
四人は真剣な面持ちで頷きました。
「じゃあ……」
舞は四足で立ったまま、空に顔を向けて口を大きく開きました。舞の口から、ぽうっと
青い炎が浮かび上がり空に向って消えていきます。上空に待機しているはずの美希への
合図でした。

* * *

「空の上って、こんなに気持ちいいんですねー」
その頃美希は、うらら一人を背に乗せて郷屋邸上空を旋回していました。初めて空を飛ぶ
うららは少し興奮気味でした。
「お月様に手が届きそうです」
それを聞いた美希は楽しそうに笑いました。
「昼に飛んでると、お日様に手が届きそうに思えるときもあるわよ」
「今度お昼にも飛んでみたいです」
「そうね、今度」
答えながらも美希は地上の様子に気を配っていました。先ほどなぎさ達七人を降ろした
海岸は――美希としては舞を乗せるのは怖かったのですがそういうことを言っていられる
状況でもありませんでした――、ここからは黒々とした海の一部にしか見えませんが、
そこには確かに七人がいるはずでした。
「あっ」
美希と、地上を見やったうららが同時に声を上げました。ぽうっと光る青い光が海岸に
見えました。
「合図……ですね」
「そうね……準備はいい?」
「ええ! それじゃあ美希さん、また後で」
うららはぐっと拳を握ると、「また後でね、うらら」という美希の声を背後に聞きながら
ぽん、と美希の背を蹴って空中に飛び出しました。空に飛んだうららは郷屋邸の中心、
郷屋のお気に入りの部屋目掛けてまっしぐらに落ちていきます。
うららには怖さはありませんでした。落ちたところで大丈夫なことが分かっていました。
風がうららの頬に強く吹き付けます。頃合を見て、うららは少女の姿から塗り壁へと
姿を変えます。

「ん」
部屋の中でお茶を啜っていた郷屋は何かを感じたように天井に目を向けました。
何か危険が迫っているような――しかし天井には何も異変は見えません。
郷屋は再び茶碗に目を落としましたが、天からの異変はその直後に訪れました。

巨大な岩と化したうららが落ちてきた勢いそのままに耳を劈くような轟音を上げて
郷屋邸の中心地、郷屋のいたちょうどその部屋に突き刺さりました。
部屋の天井は破れ、落ちてきた塗り壁が床まで破り砕き、ようやく止まります。
「こんにちは、初めまして」
「な、なーっ!?」
うららが一応挨拶しましたが、流石に郷屋も腰を抜かしていました。

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