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第二十二話 妖怪大戦争

森に戻ったかれんは祈里に簡単な手当てをしてもらうと、すぐに泥のような眠りにつきました。
変な夢を沢山見ましたが、あまり記憶には残りませんでした。部屋の隅から日の光が
差し、それでかれんは目を覚ましました。朝日ではなく、もう大分日は高くなっている
ようでした。

「あっ、かれんさん。起きたんですか?」
かれんがごそごそと布団から出たのに気がついたらしく、のぞみがそっと部屋に
入ってきました。
「あ……、」
かれんは隣に敷いてある布団に目をやりました。
「こまちは?」
「こまちさんはもう起きて、向こうの部屋にいますよ」
のぞみは立ち上がろうとするかれんに「大丈夫ですか?」と手を貸します。
「大丈夫?」
どういう意味かと聞き返しながらかれんは立ち上がり、足に力を入れようとして思わず
「痛っ!」と顔をしかめました。布団に隠れている右足には包帯が巻いてあります。
見覚えのない包帯にかれんは思わず首を捻りました。
「ほら、怪我してるんですから」
「この包帯ってどうしたの?」
「昨日の夜、祈里ちゃんが。覚えてないですか?」
かれんが頷くと、「かれんさんすっごく疲れてましたもんね」とのぞみは笑います。
「その手当てした後、すぐ寝ちゃったんですよ」
「そう……」
全然覚えていませんでした。のぞみに肩を貸してもらってかれんは立ち上がります。
「そういえばあなた……河童、だったかしら」
「そうですよ〜、話してませんでしたっけ」
のぞみはあっけらかんと答えます。その顔を見ていてかれんは、何だ、と思いました。
自分や家族以外の物の怪の姿を見たことがなかったときに思い描いていた恐ろしい
河童の姿とは全然違うものでした。
――もっと早く、森を覗いて見ていてもよかったかもしれない……
少なくともこまちが勧めてくれた時に。かれんはそう思いました。

「こまちさんに聞いたんですけど、かれんさんたちってこの近くの町に住んでるんですよね」
「ええ、そうよ」
「じゃあ、これからも会って遊んだりしやすいですね!」
「……そうね」
かれんは素直に答えました。

* * *

かれん達が郷屋邸から戻ってきた時、もうりんとせつなも戻ってきていました。
帰ってきた二人は真っ先に満と薫が寝ている部屋に向いました。
「……入るよ」
そう声をかけてがらりと襖を開け部屋に入ると、何事か話をしていた舞と祈里が
話をやめてりんとせつなを見ます。
「りんさん、せつなさん」
舞の視線が二人に注がれました。黄泉の国にいけたのか、アクダイカーンと会えたのか。
二人を助ける方法を何か見つけることができたのか。いくつもの質問を舞は胸に抱えて
いましたが、何も言わずに黙ってりんとせつなを見ていました。
りんはその痛いほどの視線の中に舞の質問を感じ取りました。

「アクダイカーンには会ってきたよ」
そういってりんは壁際、舞の隣に座ります。舞は真剣な目でりんを見つめていました。
次にりんが何を言うのか、はらはらして待っていました。
「……これ、渡された。満と薫にって」
りんがアクダイカーンから受け取った宝石を舞に見せると、舞は息を飲みました。
「りんさん……それは……?」
「多分、これが『本物』なんじゃないかな」
赤い方を選んでりんは満の胸元にその宝石を近づけました。ぱあっと宝石が赤く輝き
満の身体を包みます。りんもせつなも、舞も祈里も、息を殺してじっと満の様子を見守ります。
「う……」
満が薄く目を開けました。固唾を飲んで見守っていた一同の口から「あ……」と声が
漏れます。
「どうして……ここは……?」
「満さん、聞こえる?」
祈里がぐっと満の顔の上に身を乗り出しました。満はきょとんとした表情で祈里の顔を
見返します。良かった意識ははっきりしているみたい、と祈里は思いました。
「聞こえるけど……、私、あれからどうなったの?」
「うん、少し落ち着いてから話すわ」
ちょっとごめんね。そう言って祈里は簡単な聴診器――木で作った筒を満の胸に
当てました。鼓動の音は一時期よりもずっとしっかりとしていて祈里はほっと安心しました。
りんは部屋の反対がわの壁際に座り、満と同じように薫にも青い宝石を近づけました。
柔らかい青い光が満と同様に薫も包みます。

二人の怪我は、完全に治ったわけではありませんでした。ただ、意識を取り戻したことは
祈里や舞、そばで見ているみんなにとってひどく安心できることでした。
布団の上に上体を起こした二人に、舞と祈里が口々にあれからどうなったのか説明します。
郷屋がひかりを連れて行ったと知って、二人は「そう」と悲しそうに答えました。

「そうこうしている内に、ラブさんやかれんさん、こまちさんとせつなさんに
ミルクさんがここに来て。ミルクさんたちもひかりさん――シャイニールミナスを
探していたらしくて、手伝ってくれることになったの」
「そう、それで……」
りんが舞の言葉を引き取りました。
「二人が大変なことになってたから、私が黄泉の国に行ってアクダイカーンに二人を助ける方法がないかどうか聞きに行くことになって。せつながついてきてくれて一緒に行ってきたんだ」
そういって、入り口近くに座っているせつなの方をちらりと見やります。
「あなたが」
と薫は意外そうでした。
「それで……、アクダイカーン様にこれを貰ったの?」
満が胸の赤い宝石を指しました。宝石は今、紐が伸びて満と薫の首にぶら下がっています。
「うん。それがきっと、本物なんだよ」
満と薫はそっと手の中に宝石を包みました。
「……餞別だって、言ってた」
ぽつりとりんが呟いた言葉に、え? と満が聞き返します。
「もうアクダイカーンは黄泉の国からこっちに戻ってくることはないって」
「……そう」
二人はそれを聞いて俯きました。予期していたこととはいえ、
実際に聞かされるとやはり落胆を覚えるのでした。
「二人には、……えっと、『因果は巡る。自分のしたことは必ず返って来ると伝えよ』、
っていう風に言われたんだけど」
「どういう意味?」
満が聞き返します。私にもそれは分からないんだけど、とにかくそう言っていたとりんは
伝えました。
「……それで、ひかりさんはどうするの?」
俯いていた薫が顔を上げました。薫はもう次のことを考え始めたようでした。

「郷屋さんの家に今、咲ちゃんやかれんさんたちが調べに行ってるの。
 どこにひかりちゃんがいるか……、みんなが帰ってきたら相談を始めると思うわ」
「そう」
それを聞いて薫は布団から出ようとしましたが、立ち上がったもののすぐに眩暈がして
しゃがみ込んでしまいました。
「薫さん!?」
慌てて祈里とりんが薫の身体を支えました。
「無理して動いちゃだめよ。今までずっと眠ってたんだから、身体だって弱ってるわ」
何か取ってくるの? と祈里が聞くと、「外に出てひかりさんについての詳しい話を
聞こうと思って」と薫は答えます。
「まだそんなに話は進んでないわ。それに、まず満さんと薫さんは体力を
 回復させることが一番よ」
祈里は医者らしくそうたしなめると、「何か食べたり飲んだりできそう?」と満と薫、
二人を代わる代わる見ました。二人は顔を見合わせます。
「水っぽいものなら、多分……」
満が答え、薫も頷きます。
「じゃあ、何か作れるかどうか台所見てくるよ」
とりんが立ち上がりました。「待って、私も」とせつなも続こうとしましたが、
「いいっていいって。休んでて」とりんに部屋の中に押し込まれてしまいました。
せつなは戸惑いながら床の上にぺたんと座ります。
「……あなたも、シャイニールミナスを探しているの?」
薫がせつなに尋ねました。ええ――とせつなは答えます。
「それは……郷屋との昔の因縁があるから?」
「因縁?」
不思議そうにせつなが聞き返しました。せつながシャイニールミナスを探しているのは
ミルクの為であって郷屋は関係ありません。せつなはそう説明した上で、
「それに、私はその郷屋って人とは何の関係もないわ」
と答えます。今度は薫が首を傾げる番でした。

「だって、あの時あなたをあんな目に遭わせたのは郷屋じゃない」
何気なさそうな薫の言葉にえっとせつなの顔が引きつります。
「そう……なの? あの人が!?」
知らなかったの? という表情を薫は浮かべました。
「少なくともあなたを縛っていた縄についていた匂いはあの人と同じものだったけど」
せつながぎりりと奥歯を噛み締めました。
「せ、せつなちゃんも何か食べたほうがいいんじゃない? ほら、黄泉の国に
 行ってたんだし……、そうそう、ラブちゃんがせつなちゃんのこと首長くして
 待ってたんだった!」
「私、呼んで来るね」
祈里が話を変え、舞は慌てて部屋を飛び出しました。

* * *

かれんがのぞにみ肩を貸してもらいながらみんなが集まる少し広めの部屋に入ったとき、
満と薫も遅い朝食をその部屋で取っていました。二人はまだ身体を自由に動かせるほどには
なっていませんでしたので、祈里や舞に身体を支えてもらいながら食事をしています。
かれんが入っていくと、満たちとは別の机でほのかと何か話していましたが、かれんに
気づいてすぐに立ち上がって駆け寄ると
「大丈夫? かれん」
とその手を取りました。
「ええ、大丈夫よ。――何か相談?」 
とかれんはほのかや咲がいる机を見やります。
「ええ、そう。今後のことについて。でもかれんはその前に食事、ね」
こまちの言葉に合わせるようにして、りんが置くからかれんの分の食事を持ってきました。
お粥を食べながら、かれんは隣の机での会話に耳をすませます。
満も薫も、お粥を食べながらそちらの会話の方に意識を集中しているようでした。

「……描けた。あの家は大体こんな形をしているわ」
隣の机の上に大きな紙を広げている美希が筆をおきました。美希は上から見たときの
郷屋邸の大まかな形を図に描いていたのでした。
「それで、」
今度は咲が、美希が描いた地図のある部分を指差します。
「ここの下の地面は空洞になっていたみたい」
空洞、という言葉にほのかもなぎさもぴくりと反応しました。
「……家の周りは全部空洞になっているみたいだった?」
ううん、と咲は首を振りました。
「全部じゃなくて、この辺りだけみたい」
「正確な範囲は分かる?」
ほのかから筆を渡され、咲は「えーっと」と地図に印をつけました。
「こちら側の壁の、この辺からこの辺。それで空洞は、道を横切って伸びて行ってるみたい」
「……そう」
ほのかは厳しい表情で口に手を当て、考え込みました。咲が言う「空洞」とは、
地下道かなにかでしょうか。それが偶然郷屋邸の近くにあるとは考えにくいです。
郷屋が何らかの意思を持って準備した地下道であると考える方が自然であるように
ほのかには思えました。
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