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こまちと咲は莉奈たちと別れてしばらくしてから郷屋邸にたどり着きました。
大きな門はいかにもお屋敷と言った様子で、見渡す限り壁が続いています。
かれんのお屋敷に慣れているこまちでも唖然とするほど大きな家でした。
こまちの胸の中でもぞもぞと咲が動きます。しゃがみ込んで地面に降ろすと、
咲はすぐにくんくんと地面の匂いを嗅ぎ始めました。

ぴくぴくと尻尾を振りながらとことこと歩いていく咲に二、三歩遅れてこまちは
後ろからついていきます。しばらく咲は一定の速度で歩いていましたが、
やがてぴたりと止まりました。
「?」
こまちが見ていると、咲はこまちの方を振り返ってたたっと側にかけよると、
ちょんちょんと彼女の足を二、三度つつきました。

「どうしたの?」
とこまちが抱き上げると、「何だか……」と咲はこまちの耳に口を近づけて囁きます。
「この地下に空洞があるみたいで」
「空洞?」
咲はこくんと頷きました。こまちがまた咲を地面に降ろすと、咲はあちこちの地面を
とんとん叩いたり匂いを嗅いだりして調べました。

* * *

日が暮れると、今度はかれんの出番でした。コウモリの姿へと身を変えると、
郷屋邸へと向けて夜の空を飛んでいきます。こまちに咲、美希の三人はすっかり
人のいなくなった街角でかれんの帰りを待ちます。西の空にかかる細い月がわずかに
明かりをもたらしていました。コウモリは高く一声鳴きました。かれんは反射してくる
音で辺りの様子を見ることができました。
「……ちょっと、私も近くまで行ってます。何かあったら大変だから」
咲はもぞもぞとこまちの腕の中で動き、とんと地面に降りると音もなく郷屋邸に駆けて
行きました。こまちは思わず美希と目を合わせましたが、

「目立つといけないから私たちは待っていたほうがいいと思いますよ」
と美希に言われ、「そうね……」とこまちは頷きました。本当はこまちもかれんの側に
行きたかったのでしたが、ぐっと我慢しました。

かれんは高く空を駆け、まず空の上から郷屋邸を見下ろしました。全体の造りを頭に
入れると急降下し、隙間を見つけて邸宅の中に入り込みます。人気のない静まり返った
家にかれんの全身はきゅっと緊張しました。
「……」
時折甲高く――人には聞こえないような高さの声で――鳴きながら、かれんは部屋の
様子を一つまた一つと探っていきました。どの部屋も闇に沈んでいるかのように
真っ暗でしたが、かれんには部屋の中の様子が手に取るように分かりました。
どの部屋もきちんと片付けられていましたがあまり生活感はなく、ただ茶器だけは
この館の主の趣味のようで沢山飾ってありました。

耳を澄ませますが、シャイニールミナス、ひかりの声は泣き声も笑い声も
聞こえてきません。眠っているのか、それともこの館以外の場所にいるのか――
館の端の方に位置する部屋からかれんは一つ一つ潰していきました。

――あっ……。
最後の部屋に入ったとき、かれんは内心で声をあげました。庭に面した広い部屋には、
この屋敷の主人がいます。淹れ立てのお茶を味わっているようでした。かれんは彼の
背後から部屋に入り込むと天井に逆さまにぶら下がりました。

庭に向って大きく開いた戸、かれんが入ってきた戸からは月明かりが差し込んできます。
月の光と、郷屋が灯している行灯の光と。二つの光が部屋の中をちらちらと照らしていました。
かれんは光を避け、影の濃い部屋の隅でじっと息を殺していました。
郷屋は淹れ立てのお茶の味わいに満足しているらしく、一口飲んではため息を
ついています。何かシャイニールミナスの居所を示す手がかりでも持っていないかと
かれんは目を凝らしました。

―― ……っ!?
かれんからは郷屋の背中が見えていましたが、その背中に突然見られたような錯覚を
覚えてかれんは思わず身をすくませました。
「ほほう」
郷屋が低い声で呟いたかと思うと立ち上がり、がらりと戸を閉めます。
出口を塞がれたことにかれんはぎくりとしました。
「中々面白いことになりそうですな」
そう呟き、郷屋は抽斗から何かの入った箱を取り出しました。間違いなく気づかれている、
そう直感してかれんは身を硬くしました。どうすればいいのか、すぐにでも戸の方に飛んで人間の姿で外に出ればいいのか、でもただのコウモリだと思われていれば安全では――
と判断に迷っていると郷屋が箱から出した何かをかれんに向って投げつけ、
かれんは思わず飛び立ちました。自分がぶら下がっていた天井にざっくりと小刀が
突き刺さったのを見てかれんは血の気が引きました。

部屋の中を飛ぶかれんに向って、郷屋は次々に手にした小刀を投げつけます。
刃が何枚も何枚も、かれんの羽を掠めました。一旦天井に止まり体勢を直そうとした
ところにも郷屋の刀が迫り、かれんの足に傷をつけました。

――人間になるしかっ……!
かれんは諦め、戸に一直線に飛ぶとそこで人間の姿に戻り戸をこじ開けようとしましたが、
鍵がかかっているかのようにぴくりともしませんでした。
「おやおや。もうちょっと的当てをさせてもらえるかと思いましたが?」
焦って戸を開けようとしているかれんに郷屋は悠然と近づくとかれんの目の前に小刀を
突きつけました。

「さて、どこから来たのか何をしに来たのか、教えてもらえますかな?」
かれんの脳裏に眠っている満と薫の姿が浮かびました。欲しい情報さえ手に入れて
しまえば、郷屋は躊躇せずかれんを傷つけるでしょう。かれんは郷屋には答えずに
戸をあけようと腕に力を入れました。
「無駄ですよ」
郷屋がかれんの腕を掴みます。ねじり上げられるとかれんの腕はちぎれそうでした。
郷屋は落ち着いていました。ゆっくりとこの侵入者を料理すればいいと思っていました。
「何っ!?」
しかし、意図しない事態が郷屋を襲いました。かれんの姿がまるで液体か何かのように
溶けていきます。掴んでいたはずの腕もなくなり、戸の隙間からかれんは流れ出て行きました。
「何ですと!? そんな馬鹿な!?」
郷屋は慌てて戸を開けます。液体はゆるゆると流れていきました。


かれんは、何が起きたのか訳が分かりませんでした。郷屋に追い詰められ絶体絶命と
覚悟したのですが、突然郷屋はかれんの腕を放し、何かに慌てながら戸を開け放ちました。
事情が良く分かりませんでしたが、千載一遇の機会でした。かれんはコウモリに姿を
変えると、直ちに逃げ出しました。郷屋が追ってくることはありませんでした。

「かれんさん!」 
庭の塀の近くまで行くと、塀の下に穴を掘って邸内にもぐりこんでいた咲が狸の姿で
ぱっと飛び出しました。
「こまちたちは!?」
「さっきの所です! 大丈夫でしたか!?」
空を飛ぶかれんを追いかけるように咲は全速力で走りました。咲はかれんの危機を――
というよりも、郷屋が何かよからぬことをしているのに気がついていました。
だから咲は、自分の持てる力を使ったのでした。


――これは……!?
かれんが逃げ出して小一時間も経ってから、郷屋の目の前の風景はようやくいつも通りに
なりました。涼しい風が庭を吹き抜けて行きました。
――狐狸の類にでも化かされましたかね……。
郷屋は履物を履くと庭に出ました。塀のそばをくまなく調べると、咲が入り込んできた
穴が見つかりました。そういえばひかりを奪った時、なぎさやほのかと同じ部屋に狐と
狸の物の怪がいたことを郷屋は思い出しました。先ほどのコウモリも物の怪であった
ことを考えると、物の怪の仲間たちがなぎさやほのかに協力していることは
十分考えられる、と郷屋は思いました。

その頃、こまちと咲、かれんを乗せた美希はとうに森に帰りついていました。
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