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第二十一話 隠密大作戦

さて、かれんとこまち、咲は美希の背中に乗って若葉台近くに下りるとそこで美希も
人間の姿になり若葉台に向っていました。賑やかな人の声が聞こえてきます。
咲は少し緊張しながらみんなの後ろについていきました。長身の三人に混ざって咲は
頭一つ小さく、きょろきょろと辺りを見回しながら遅れないようについていきます。
「さて……」
アカネさんが店を出している大通りの端に着くと美希は足を止めました。
「まだ日が高いから、かれんさんが行くのは後にした方がいいですよね」
「そうね……できるだけ暗くなってからの方がいいわ」
かれんも緊張しているようでした。その声はいつもより低く、何かを予感しているかのようでした。
「だったら。どこかで時間を潰して……」
「そうですね。……ねえ咲、大丈夫?」
こまちに答えた美希は咲を見て、ぎょっとしたように声をかけました。
咲は息を止めているかのような苦しそうな顔をしています。
「ねえ、私狸になっていいかなあ? 緊張しすぎて苦しくなってきちゃった」
「んー、と」
美希は辺りを見回しました。ここは人目が多くて危険です。
「じゃあこっちに」
と美希は咲を連れて物陰に隠れると、そこで咲は狸の姿に戻りました。こまちはその姿に
「あら」と笑います。
「じゃあ咲さんは……」
こまちがしゃがみ込むと、四つ足で地面に立っている咲をひょいと抱き上げました。
「私が飼っている狸ってことにしましょうか」
「……何か似合いますね、こまちさん」
咲を抱っこしているこまちを見て美希が苦笑を浮かべます。どういうわけか、
狸を抱いているこまちの図は妙にしっくりくるものでした。
咲はちょんちょんとこまちの胸を叩いて合図をします。
「どうしたの?」
こまちが咲の口元に耳を近づけると、咲はこそこそと話をしました。
「どうしたんですか?」
美希が聞くと、
「咲さん、これからちょっと郷屋さんの家を調べたいって言ってるわ。
 家の周りをぐるっと回って、どんな臭いがあるか見てみるって」
「あ、そっか。狸なら嗅覚いいもんね」
美希はこまちの腕の中の咲の頭を撫でました。
「じゃあ、咲とこまちさんが行って――あんまり大勢でないほうが目立たないですよね」
「そうね、美希さんはかれんと待っててもらえるかしら?」
ね、かれん。こまちはそう言ってかれんを見ました。かれんはこくりと頷きます。
「じゃあ私たち、この辺の道にいますから」
美希がそう言って、こまちは咲を抱いたまま郷屋の家の方へと歩いていきました。

* * *

「ずっと立ちっぱなしも退屈ですから、ちょっとおやつでも食べませんか?」
美希は緊張しているらしいかれんを誘うと、道の中へと歩いていきました。かれんも
美希について行きます。美希が連れて行ったのはアカネさんの店でした。
列に並んで順番が来るのをしばらく待ち、
「いらっしゃい! あ、美希!」
「お久しぶりです」
美希が軽く会釈するのに倣ってかれんも頭を下げました。
「へえ、今日は別の友だちと一緒なんだ」
アカネは手早くたこ焼きを焼きます。いい匂いが美希とかれんの鼻をつきました。
「ブッキーはいつ頃になりそう?」
「……ええと、」
美希は少し顔を暗くして、
「まだもう少し時間かかりそうです」
と答えました。少なくとも満と薫がどうにかなるまで、
祈里はそのそばを離れることはできないでしょう。
「……そっか。再開楽しみにしてるって言っといて」
はい、と美希は答えました。アカネから一人分のたこ焼きを受け取ると、
「実はちょっとお願いがあるんですけど」と声を潜めます。
「ん?」
「夜になるまで、ちょっとお部屋貸してもらえませんか?」
ああ、とアカネは答えました。ちらっとかれんに目をやり、
「いいよ。こっちの子も……なんでしょ?」
美希達の後ろにさらにお客さんが並んでいるのでアカネは「物の怪」という言葉を
伏せました。ええ、と美希は頷き、「ありがとうございます」と答えると、
「じゃあかれんさん」とかれんの袖を引っ張りました。


少し歩いて、二人はアカネの長屋につきます。美希は何度かこの部屋に上がったことが
あったので、慣れたものでどさりと腰を下ろしました。かれんは最初戸惑っていましたが、
やがて美希に並んで腰を下ろしました。
「アカネさんのたこ焼きって、この町で大人気なんですよ。さっきも行列、かなり並んで
 いたでしょう?」
「ええ、そうだったわね」
「どうぞどうぞ」
そう言われて、かれんはたこ焼きを一つ口に運びました。
「おいしい……」
「そうでしょ?」
美希は満足そうでした。
「あなたは食べないの?」
と聞くと、「あ〜ちょっとその……いいから全部食べて」と美希は答えます。
かれんは不思議そうに首を捻りながらも箱の中のたこ焼きを空にしました。

「ねえ。あなたは物の怪なんでしょう?」
「そうですけど?」
たこ焼きを食べつくしてかれんは改めて美希を見ました。
「その割に、人間の町にも慣れているみたいだけど」
ああ、と美希は答えました。
「ブッキーがよく人間の姿でこの町に来るので……、私も一緒に来ていたら
 慣れちゃいました。でもかれんさんも人間には慣れてますよね?
 こまちさんとは友だちでしょう?」
「ええ、そうね……、私はどちらかというと物の怪に慣れていないの」
え? と美希が聞き返します。
「小さい頃から人間の町で育ったから」
「え、そうなんですか?」
かれんは頷きました。へえ、と美希は意外そうに呟きます。そういう状況はかなり珍しい
ものです。
「じゃあ森にいるよりこっちに居るほうが気楽なんですか?」
「そうね」
美希はくすりと笑いました。それは、先ほど緊張の極地に達していた咲を思い出したから
でした。
「咲とは逆ですね」
「そういえばあの子……狸なのよね?」
「ええ、そうですよ?」
わざわざ確認するかれんに、美希は不思議に思いながら答えます。
「狸ってもっとこう、ふてぶてしいものだと思っていたけれど」
ぷっと美希は吹き出しました。かれんが想像しているのはきっと、
人間達が言い伝えている古狸のようなものでしょう。
「長く生きているとそうなる狸もいますよ。でも、咲はまだ子どもだから」
「そうね……小さいものね」
「ええ。可愛いですよね」
こまちに抱っこされていた咲を思い出して、かれんは微笑を浮かべました。
こまちはまるで茶色いぬいぐるみを抱えているかのようで、その姿は良く似合っていました。
会って見ないと分からないものね、とかれんは思います。狸や狐の物の怪というものを
勝手に恐ろしい物だと考えていた自分が馬鹿馬鹿しく思えました。

「ねえ、あの場にいた他の子達は何の物の怪なの?」
「満と薫が山猫と山犬で、舞が狐。のぞみが河童でりんがお化け、うららが塗り壁ですね。
 あと、ブッキーがフェレットっていうイタチみたいな物の怪です」
その種類の多さに、かれんは目を丸くしました。

* * *

――確か、こっちだったわね……
咲を抱きかかえまま、こまちは地図を思い出して郷屋邸への道を歩んでいました。
咲は顔だけをだしてひくひくと鼻をひくつかせます。
「あっ!」
突然大きな声をかけられたのでこまちはびくりとして立ち止まりました。
「狸!」
そう叫んで女の子が二人、近づいてきます。背の高いほうの女の子がこまちの胸元に
ぱっと顔を近づけます。
「飼ってるの?」
「え、ええ」
そう聞かれてこまちはにっこり笑って頷きました。なんとかしてごまかす他ありません。
「莉奈って狸好きだよね〜」
背の低い方の女の子が追いついてきて前の女の子をからかいます。
「だって可愛いじゃない」
莉奈はそう答えました。
「まあね〜、ねえ、名前は名前は名前は?」
背の低い方の女の子が目をくりくりさせてこまちに尋ねます。
えっと、とこまちは思いました。咲という名前をそのまま伝えていいものか悩んでいると、
「まだ名前つけてないなら、ぽんたの助なんてどう?」
と莉奈が提案します。
「あ、それ可愛い可愛い可愛い!」
「そ、そうね……そういう名前にするわ」
こまちはそう言って話をあわせます。咲はこまちの腕の中で、男の子の名前を
つけられたことに少しむくれていました。

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