前へ 次へ

「私ね、昔ひどいことを沢山したの」
「沢山?」
驚いてりんは聞き返します。せつなの表情は悲しそうなまま、しかし口調はどこか
淡々としていました。
「野盗って知ってる? 山や人気のない道に隠れていて、お金を持っていそうな旅人が
 通ると襲い掛かって金品を奪うの」
「……うん。名前だけは……」
「私、小さな頃からその中にいたから……、ひどいことを沢山したわ」
「……今は?」
「今は、もう止めたから……私がいた野盗集団自体がなくなってるの」
「そうなんだ」
「ええ」
せつなは頷きました。そして、ぽつぽつと野盗をやめた日のことを話し始めました。

* * *

その日は、待ち構えていた道に獲物が通ることはありませんでした。最近は山犬が多く
住むという山の近くを通る街道を通る旅人に主に狙いをつけていましたが、最近は噂が
流れたのかここを通る旅人は少なくなっていました。

せつなは一同の中でも年の若い方でしたが、要領も良く身体能力も高かったので
一目置かれていました。そのため、その夜もせつなは焚き火に近いところで暖をとっていました。
「……誰か来た」
少し離れたところで見張りをしていた者の声が聞こえました。せつなはすぐに焚き火の
火を消します。すぐに辺りは闇に包まれました。暗闇に慣れたせつなの目は、
こんな中でもわずかな光を捉えることができました。

「……商人が一人だ。老人。金はありそうだな……」
見張りが一同に情報を伝えます。老人だから情報が伝わらなかったのだろうかと
せつなは思いました。たった一人の老人が相手ならせつなが行くまでもないでしょう。
せつなが緊張を解き、やや後ろに下がるのと、野盗の何人かが声をあげて商人に
襲い掛かるのとは同時でした。

「ぐえええっ!」
しかし野太く上がった悲鳴は老人の者ではありませんでした。せつなは慌てて元の場所に
戻るとはっと息を飲みました。老人に飛び掛っていった者達が次々に
倒されていっています。ちぎっては投げ、ちぎっては投げと言った様子で小柄な老人が
躍動するたびに、地に倒れ動かなくなるものの数が増えて行きました。
先ほどまでの喧騒が嘘のようにあたりは静まり返ります。せつなはぺたんとその場に尻餅をつきました。
腰を抜かしたのは初めてでした。

「ほう」
ぎろり、と商人がせつなの方に目を向けました。「あ……」とせつなの口から言葉が漏れます。
敵わないとせつなは直感しました。逃げようと思いましたが恐怖のあまり身体が
動きません。商人の方は悠然とせつなに歩み寄ると、地面にしゃがみ込んでいる
せつなの前髪を掴んでぐいと顔を持ち上げました。
「あなたもこの者たちの仲間のようですな」
商人は怒っている様子ではありませんでした。彼はただ薄笑いを浮かべていました。
しかしその笑みは、獲物を見つけた――今はせつなが彼の獲物でした――喜びにしか
見えませんでした。

「ご……ごめんなさい」
せつなの口からやっと纏まった言葉が出ました。
「ほう?」
「助けて……ください……」
しかしそれは、普段のせつなからは想像もつかない卑屈な言い方でした。
「いいでしょう。殺さないでおいてあげますよ」
郷屋はせつなの腕をねじり上げながら彼女を立ち上がらせました。そのまま彼女を
連れて森の中に入っていくと、手ごろな樹を見つけてせつなをそこに縛り付けます。
せつなの顔面は蒼白になりました。

「運がよければ、生きて逃げられるでしょう。もっともこの辺りは山犬が多い森ですし、
 野盗も出るというので最近はほとんど人も通らないそうですが」
郷屋はそのまませつなをその場に放置して去っていきました。
「ま……待って」
とせつなは声を振り絞りましたが、郷屋が振り返ることはありませんでした。
せつなは、視界がぼんやりしてきたことに気がつきました。絶望的な状況に気が
遠くなりかけていたのでした。
どのくらいの時間そうしていたのでしょうか、気づくとせつなの前に一匹の大きな山犬が
いました。山犬は青い瞳を爛々と輝かせてせつなに近づいてきます。

「い……嫌、来ないで……!」
せつなは身をよじって逃げようとしましたがそれはできませんでした。
山犬は近づいてくると後ろ足で立ち上がりました。山犬の大きな口と鋭い牙が
せつなの顔のすぐ横にきます。せつなは声にならない悲鳴を上げました。

しかし、山犬はせつなの喉笛に噛み付く代わりにせつなを拘束していた縄の方を断ち切り
ました。拘束を解かれたせつなは何が起きたか分からず、地面の上で呆然としていました。
よろりと身を起こし、とにかく歩こうとすると山犬が唸って威嚇したので、
せつなは方向を変え――、山から逃げる方へ歩き出しました。最初は歩いていました。
けれどもせつなの歩みはどんどん速くなり、ついに駆け出しました。
夜の闇も、そこに立つ木々も、じっと木の影に居る動物たちも、
何もかもが怖くて怖くてたまりませんでした。やっとまともに出るようになった
せつなの声は絶叫を響かせ、夜の道を駆けて行きました。突然背後から火の手が上がりました。
今せつなが出てきた山犬の棲む森が燃え上がっていました。せつなは振り返らず、
ただただ逃げ続けました。……

* * *

「その山犬って、もしかして?」
黙って話を聞いていたりんが尋ねると、ええ、とせつなは頷きました。
「薫よ」
「じゃあ、ここに来たのは薫を助けるためだったの?」
「それもあるわ。後は……」
せつなは川に目をやりました。
「その、野盗の時の仲間がこっちにいるんじゃないかってこと?」
「ええ……、」
ため息まじりにせつなは頷きます。
「仲間だなんて思ったことなかったけど……でも、なんだか気になって」
「……あっちには連れて行けないよ」
「分かってるわ。少し気になっただけ」
「そう」
りんは少し安心しました。
「ねえ、ラブって子はその野盗の時に一緒だったの?」
それを聞いてせつなは「まさか」と答えました。
「ラブは私なんかとは全然違うわ……さっき話した、逃げ出した後の私をラブたちの
 家族が助けてくれたの」
「助けたって?」
「……私のことを拾ってくれて……、家族の中に受け容れてくれたの」
「……せつなの過去のことは知ってるの?」
「ええ」
こくりとせつなは頷きました。
「助けてもらってしばらくしてから話したわ……、昔のことはちゃんと償うように
 言われているの」
「償うって? その……野盗の時にひどい目に遭わせた人に会いにいって、ってこと?」
そう言われてせつなは目を伏せました。
「ひどい話なんだけど……私は、ひどい目にあわせた人たちの顔を覚えていないの。
 だから……困っている人のことはとにかく助けて、それでそれが回りまわって
 昔ひどいことをした人を助けることになればって思ってるんだけど……」
「……そう」
りんはわずかに頷きました。確かに、そうするより他にどうしようもないかもしれません。突然、せつなははっと目を見開いて慌てました。
「わ、私どうしてこんな……ラブの家族にしか、話したことないのに」
「この場所のせいだよ」
りんは落ち着いて答えます。場所? とせつなは聞き返しました。
「そうだよ。黄泉の国では、隠し事なんてできないから」
「そう……なの」
せつなはまだ驚愕が尾を引いていましたが、
「……黄泉の国のことがまた気になったら、海を見ればいいよ」
とりんが突然言います。え? とせつなは聞き返しました。
「夜に海を見に行くとね、水平線のところにぼんやりと炎が見えることがあるんだよ」
「海に、炎?」
「うん。本当の炎じゃなくてね――見ている人に関係のある霊が炎の姿になってるんだよ」
「そうなの」
「うん。……さあ、帰ろう」
りんはせつなと手をつなぎました。せつなの視界に映る黄泉の国の風景が次第にぼやけて
いきます。来た時には急降下で落ちてきましたが、帰りはゆっくりと上昇していきました。
「さっきのこと……誰にも言わないで」
とせつなはりんに頼みました。
「うん……」
「あなたは私のこと……怖くない?」
りんはせつなの顔を見てふっと笑いました。その顔を見てせつなは少しだけ落ち着きました。
「私が怖いのは幽霊だけだよ」
二人の目の前にぼんやりとのぞみの家が浮かんできました。
やがてそれははっきりとした像を取り、二人は帰ってきたことに気がつきました。

前へ 次へ
コラボSS置き場へ戻る
indexへ戻る