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第十九話 集合

その夜、なぎさはまんじりともできませんでした。母屋の小さな一室にのぞみやりんが
布団を準備してくれましたが、布団にこそ入ったもののなぎさは眠ることができませんでした。
時折ばたばたと足音がするのは、満と薫の看病に当たっている咲や舞、祈里や美希、
それにのぞみ達が何か必要な物を運んだり要らないものを別の部屋に持っていったり
しているのでしょう。満と薫の状況が非常に悪いことはなぎさも分かっていました。
普段のなぎさでしたら、こんなところでのうのうと寝ることはなく看病に加わっていたでしょう。
しかし、今日だけはどうしても駄目でした。身体を動かそうという気になれませんでした。

「……」
眠れないままになぎさは天井を見上げます。今日一日のこと――郷屋から逃げ、
謎の人形を頭に乗せた女の子達からも逃げ、のぞみ達の下にたどり着き、満と薫の話を
聞き、郷屋が現れたことを思い出すとあまりにも多くのことが起きていて、今こうして
目覚めているつもりの自分は夢を見ているだけなのかもしれないとも思えました。

静かな部屋の中にほのかがわずかに漏らした嗚咽が響きました。
「ほのか……?」
隣で寝ているなぎさが上体を僅かに起こしてほのかの顔を見ようとすると、
ほのかは寝返りを打つようにして顔を逸らしました。
「……ごめん」
なぎさはまた布団の中に潜ります。何と声をかけていいのか分かりませんでした。
考えてみれば、二人のそばにはいつもひかりがいました。なぎさとほのかが二人きりで
いたのは二人がひかりを発見する前のごくわずかな時間しかありません。ひかりが
いない状態で何を話せばいいのか、なぎさは途方にくれました。ちらりと隣に目をやると、
ほのかはなぎさを拒絶するかのようにこちらに背を向けています。

―― 一人にしてあげた方がいいのかな……。
なぎさはそう思いました。せめて思い切り泣いた方がいいのかもしれません。
「ほのか、私ちょっと……」
出てるね、と言おうとしたなぎさの言葉を「待って」とほのかの小さな声が遮りました。
「え?」
「ここに……いて」
「ほのか……」
ほのかがまた寝返りを打ち、背中を敷き布団につけました。ほのかの目も頬も
うっすらと涙に濡れていました。
「なぎさが側にいないと……バラバラになってしまいそうで……」
「ほのか……」
なぎさは自分の手をほのかの布団の中に潜らせました。ほのかの手を見つけると
布団の中できゅっと握り締めます。
「……なぎさ」
「側にいるよ。ほのかの側に」
そして、ひかりを……なぎさはそう思いましたが、口には出しませんでした。


こんな夜を迎えた後でも、朝は来ました。のぞみ達や美希は交替で眠ったので多少は
寝ていましたが、咲と舞、祈里は全く寝ていなかったので目の下にははっきりと隈が
できていました。満と薫を寝かせている部屋にも朝日が差し込みます。
咲はしょぼしょぼとした目で外を見ました。眩しい日の光が咲の目に届きました。
「もう、朝なのね……」
舞が呟き、眠り続けている薫を見ました。血は止まったものの、祈里の表情は硬いままです。
「咲、舞……」
りんがそっと襖を開けました。
「おはよ。朝ごはんできたけど、どうする? こっちに持ってくる?」
「あ〜……」
咲は部屋の中を見回しました。部屋の中は祈里の薬の袋や布巾が散乱していました。
「順番に食べにいったほうがいいね。舞、祈里と二人で先に食べててよ。
 満と薫は私が見てるから」
「大丈夫? 咲、お腹すいてるんじゃない?」
「大丈夫大丈夫、行って来て」
咲にそう言われ、舞と祈里はそっと部屋を出ました。
「……」
祈里はずっと黙っています。二人にご飯や味噌汁を注ぎながら、
りんは「……満と薫は?」と何気なさを装って尋ねました。
「あまり変わらないみたい……、」
そう答え、舞はそっと祈里の様子を見ています。祈里は何事かを考え込んでいるようでした。
「はいどうぞ」
「ありがとう」
二人の前に並んだ座卓に朝食を起きます。
「のぞみさん達は?」
「のぞみとうららは寝てるよ。美希は川に水汲みに行ってくれてる」
「遅くまでずっと手伝ってくれてたから……」
「うん……」
りんと美希は比較的早く寝て、朝ちゃんと支度をするということになっていました。
りんが目を覚ました直後、ふらふらになったのぞみとうららが自分たちの部屋に戻って
来て布団の上にひっくり返るとそのまま爆睡し始めました。普段なら行儀の悪さに文句の
一つでも言ったでしょうが、二人の疲れた様子を見ると何も言う気にはならず、
「お休み」と布団をかけてそのまま寝かせておきました。今も二人は泥のように眠り込んでいるはずです。

「食事食べたら、舞ちゃんたちも少し休んだ方がいいんじゃない?
 美希と私で、満たちのことは見てるよ」
「ありがとう、でももう少し見てるつもり」
舞はちらりと祈里の様子を見ました。祈里はまだ押し黙っています。茶碗を手に持っては
いるものの、まだ少しも口に入れてはいませんでした。
「……ね、祈里さん。満さんと薫さんは今……?」
舞にそう聞かれ、祈里はようやく舞に目を向けました。
「……そうね……」
祈里の口調は重々しい物でした。その声色だけで、状況が以前予断を許さないことは
舞にもりんにも分かりました。普段の祈里ならこんな時、「絶対治るって私信じてる!」
と言えるのでしたが、今日は言えませんでした。

「……満さんと薫さんは狸の森に住んでいるのよね?」
「え? ええ」
祈里の質問は唐突にも思えましたが舞は素直に答えました。
「狸の森の主は……」
「長老のこと?」
「その長老の力を借りられるといいんだけど……」
祈里がやっとご飯に箸をつけました。
「どういうこと?」
りんが祈里に尋ねます。
「物の怪が生れる森の主……長老とかそういった存在は、その森で生まれた物の怪に
 不思議な力を与えられる場合が多いの。だから、満さんと薫さんに命の力を
 与えられるんじゃないかって思って……」
舞は祈里の言葉を胸のうちで反芻しました。少し考え、それから口を開きます。
その声は掻き消えそうに小さいものでした。
「……もう、それ以外に方法がないの?」
「ええ……、」
祈里は茶碗をことんと置きました。
「二人の、……心の臓の音が弱いままなの」
りんはふうっと息をつきました。心の臓の音が弱いと言うのは危険な徴です。
そしてそれを回復するには、本人の命の力に頼るほかないのでした。
「……二人は狸の森の生まれじゃないの」
「えっ」
舞の言葉を聞いて祈里が顔色を変えました。
「じゃあ、他の森の……? そこの森の主と連絡を何とかとって……」
舞の表情が曇ります。
「満さんと薫さんが産まれた森の主は、……たぶんもう、いないんだと思うの」
祈里の顔が真っ暗になりました。

    * *

「この森なんですか?」
「ええ、そうよ」
ラブとせつな、かれんとこまち、それにミルクの一行は昼頃森に着きました。
カラスが何羽も鳴き交わしています。その声はまるで、この森に起きた異変を早口で
互いに伝え合っているかのようでした。
「……」
かれんは森の気配に、わずかとは言え自分が怯えているのを感じました。
物の怪は元来、人間たちよりも嗅覚が発達しているものです。かれんは人間の中で
育った分嗅覚は鈍感でしたが、そのかれんでもこの森に満ち満ちた物の怪の匂いを
感じ取ることができました。ここは間違いなく物の怪たちが暮らしている森でした。

「あ、あの人!」
ラブが川べりにいる美希を見つけました。美希は再び水を汲みに来ていたのでした。
「あのー、すみません。この辺に、えーと……」
ラブは美希に駆け寄ると話しかけます。「何?」という顔で美希はラブを見やりました。
「あーっ!! この前の馬ミル!!」
せつなの頭の上のミルクが美希の正体に気づいて大声を上げました。ラブとせつなが
止める暇もあらばこそ、ミルクは美希の前にぽんと降りると噛み付かんばかりの勢いで
まくし立てました。

「シャイニールミナスをどこにやったミル!? この前乗せていった赤ちゃんミル!!」
「え……何?」
わあわあ言っているミルクを見て美希は困惑の表情を浮かべるとラブたちに目をやりました。
「どういうこと?」
「あなたこの前、私たちくらいの女の子と赤ちゃんを連れてここに飛んできたでしょう?
 その赤ちゃんを私たちは探しているの」
かれんがラブの代わりに答えました。
「その赤ちゃん……」
美希は表情を曇らせました。ひかりのことを言っているのだとすぐに分かりました。
けれども、ひかりに何が起きたのかこの人たちは知らないのでしょう。
「そうミル! どこにいるミル!?」
「……どうなったか知らないの?」
「ミルッ!?」
ミルクは美希の不穏な言葉に怪訝な表情を浮かべました。
――知らないと言うことは……少なくとも、ひかりを連れて行った人の仲間ではないってことね……、

「来て」
短くそう言い、水を入れた桶を抱きかかえると美希は四人とミルクをのぞみ達の家へと
案内しました。


「……あっ!!」
家の中では、のぞみ達がやっと起き出して遅い昼食を取っているところでした。
なぎさとほのかは先ほど昼食を終え、今はりんと一緒にのぞみ達の相伴をしていました。
二人は気持ちが晴れるとはいきませんでしたが、少し落ち着いてはいました。
しかし、美希が連れてきた人たちを見るとなぎさは荒々しく立ち上がりました。
「あんた達は……!」
「シャイニールミナスはどうなったミル!」
ミルクはせつなの頭の上からぽんと飛び降りるとのぞみ達がご飯を食べている机の上に
乗り、なぎさを見据えます。二人は一瞬、火花を散らすようににらみ合いました。

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