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第十七話 二人のするべきこと

なぎさたちが部屋でくつろいでいる頃、満と薫は家の外で二人、木にもたれかかりながら
話をしていました。
「ねえ薫、やっぱりあの子……」
もう何度目かになりますが、満が確認しようとします。
「本当のところは分からないけれど」
薫はまた同じ言葉を繰り返しました。
「『シャイニールミナス』の可能性は高いわね」
ひかりが竹の中で光り輝いていたというなぎさの話だけであれば、薫はそのこと
自体を疑っていたかもしれません。しかし誰かがひかりを狙っていたということ、
その人物からなぎさたちが逃げてきたという事実はひかりが何らかの重大な存在であることを
示す証拠のように思えてなりませんでした。

「だったら、どうするの?」
満は人間の姿で、木に背中をもたれかけながら目を閉じました。胸元には赤い宝石が輝いています。
「どうするって、それは」
アクダイカーンのしもべであればすることは決まっています。
「シャイニールミナス」を手中に収める以外に選択肢はありません。
「渡してくれると思う?」
満が顎を軽くなぎさたちがいる部屋の方に向けます。
「……思わないわ」
「だったら、奪うしかないわね」
満は囁くように言葉を吐き出しました。「奪う?」と薫が聞き返します。
「そうよ。あの子をあの人たちから奪って、アクダイカーン様を甦らせて咲たちと
 別れてあの森に戻って」
それが私たちのするべきことよ、と満は淡々と言葉を紡ぎます。
「……そうね……、」
諦めたように薫は答えました。ひかりを抱っこさせてもらった時のひかりを見つめる
なぎさやほのかの顔を思い出しそうになりましたが考えないようにしました。
「いつから動く?」
薫は満の声から感情の起伏が消えたことに気づきました。するべきことを遂行する。
満はそれだけを考えているように薫には思えました。

「夜……かしら」
「寝込みを襲うのね」
「……誰を襲うの!?」
「!?」
突然割り込んできた咲の声に満と薫は驚いて声のした方を見やりました。
咲と舞ががさがさと背の低い木の枝を掻き分けて二人の方にずんずんと歩いてきます。
「二人で、何の話してたの?」
今度は舞が言葉を投げかけます。普段の舞とはうって変わって、きっと二人を
見ていました。
「……咲と舞には関係ないわ」
満がそう答えると、
「関係なくないよ!」
と咲は言い返しました。
「関係なくないって、どうして」
「だって、二人は私たちの友達だから。二人が何か悩んでるなら関係あるよ」
「悩んでる? どうしてそう思うの?」
「……二人とも何か悩んでいたでしょう? 祈里さんや美希さんと会った後」
舞が静かに口を挟みました。
「どうして」
満が困惑したように言葉を返しました。薫は目を閉じてじっと三人の会話に耳を傾けて
いました。
「見ていたら分かるわ。私は薫さんの様子が少しいつもと違うのに気がついたし、
 咲は満さんが」
「そうだよ! それで、さっきなぎささん達の話聞いてた時の二人の様子もなんだか
 変だったから。部屋出たと思ったら二人だけでどっかに行っちゃうし、だから……」
「だから探して、ここまで来たってわけ?」
咲は満に向って大きく頷きました。
「ねえ、二人の悩みってなぎささんやほのかさんが言っていたことと関係があるんじゃない?」
満と薫は黙ったままでした。その表情はひどく苦しそうなものに舞の目には見えていました。
「薫さん、あの町で……若葉台でなぎささん達に会った時、ひかりさんのこと
 抱っこさせてもらってすごく嬉しそうだったじゃない」
「嬉しそう?」
薫が鸚鵡返しに尋ねます。舞はからかっている様子もなく、真剣な表情でした。
「まるでみのりちゃんと遊んでいる時みたいな……」
みのりは咲の妹です。薫が狸の森に住むようになってからというもの、
薫に良く懐いていました。みのりが纏わりついてくるのに薫は初めのうち
戸惑っていたようでしたが、最近はむしろそれを快く思っているのは誰の目にも
明らかでした。

みのりの名を出されて、薫の表情がまた何かを考えているように沈み込みます。
それを見た満が「薫」と、ぐっと薫の手を取りました。
「行きましょう、薫」
そのまま咲と舞を置いてどこかに行こうとします。「どこに行く気なの!?」と咲は
二人の前に立ち塞がりました。
「どこだっていいじゃない」
「よくないよ、絶対良くない! 友達がそんな顔してるのに行かせられないよ!」
「だから咲と舞には関係ないって……!?」
満が口を噤んだのは、薫が強い力で彼女の手を握り返したからでした。
「何よ、薫」
気勢をそがれた満が不機嫌そうに問いかけます。
「満……、」
もう全部話してしまおう。薫の目はそう言っていました。
「そんなこと、できるわけ……」
「咲の言うとおり……『そんな顔』の満のままにしておくわけにはいかないわ」
「何よそれ」
自分だって今にも泣きそうな顔をしているくせに。満はそう思いました。

しかし薫は、不満そうな満には取り合わずに咲と舞のほうに目を向けます。
どんな話が出てくるのかと二人はごくんと唾を飲み込みました。
「私と満が考えていたのは、私たちが昔住んでいた森に関係することよ……」
話し始めた薫は、祈里の家に泊まった夜に二人がはっきりとアクダイカーンの姿を見、
声を聞いたこと、そして、

「森は火事でなくなってしまったわ。アクダイカーン様も今は黄泉の国にいるそうよ。
 森やアクダイカーン様を甦らせるためには『シャイニールミナス』という存在を手中に
 収める必要があるそうなの。当面の私たちの使命はそれよ……」
と説明しました。
「二人はそのことで悩んでたの? 二人の森が甦るならいいことだと思うけど……」
「……もしアクダイカーン様が甦って森が元のようになったなら、
 私たちは狸の森には居られないわ」
「え、そうなの?」
「そうよ、咲」
ずっと喋っていた薫に交代するように満が口を開きました。
「アクダイカーン様は私たちが狸の森に留まることをお許しにはならないでしょうね」
「ん〜、それは二人にとってはそっちの森が故郷だけど……でも、遊びに来たりする
 くらいはできるんじゃないの?」
「難しいと思うわ」
「元々そういう森だったから」
満と薫が口々に答えます。うーん、と咲は難しい顔をしました。その表情はいかにも
がっかりとしていました。
「……満さんと薫さんはどうしたいと思ってるの?」
遠慮がちに舞が口を挟みます。事情は分かったものの、二人がどうするつもりなのかが
舞にはよく分かっていませんでした。

「私たち?」
「ええ」
「……分からないわ」
薫は見上げてくる舞の視線に耐えられなくなったかのように目を逸らしました。
「故郷の森やアクダイカーン様を元のように甦らせたい気持ちはあるわ。
 でも、狸の森からも離れたくない……」
「満さんは?」
「……私は……」
満はなんと答えたものか迷いました。かつてあの森に住みアクダイカーンに仕えていた
――大した立場ではありませんでしたが――者にとって、森そのものやアクダイカーンの
復活は使命と言っても過言ではありません。

だから満にとって、森やアクダイカーンを復活させる以外の道は選びようがないように
思えていました。自分がどうしたいのか、そんなことは考えても仕方のないことだと
満は結論付けていました。

満は胸に下がった宝石を右手で握り締めます。それは燃えるように赤く輝いていました。
「満、そういえばその宝石どうしたの? 薫と色違いだよね?」
「……アクダイカーン様から授けられたのよ。あの夜、アクダイカーン様が私たちの前に
 姿をお見せになった時に」
「そうなんだ」
「これはアクダイカーン様に仕えるもの――側近に与えられる印よ」
そう答え、満は深く沈んだ表情でこの森の木々を見上げました。木々は黒々とした葉を
茂らせ、森を静寂に包んでいます。やがて満は何かを決意したかのように咲と舞に目を
向けました。

「……私も薫と同じよ。森やアクダイカーン様を甦らせたいし、――狸の森にも居たいわ」
うん、と咲は頷きました。満の気持ちを確認できたことにまず安心したようでした。
「じゃあ、満、薫。まず森やアクダイカーン様を元に戻すことを考えようよ」
「えっ」「でも――」
満と薫が口ごもります。
「アクダイカーン様が例外を認めるかどうかって、実際に話して見ないと
 分からないんじゃない? まず満と薫の故郷を元に戻して、
 それからアクダイカーン様に話してみたら分かってもらえるんじゃないかなあ」
咲にすればこれは当然の考え方でした。咲のお父さんやお母さん、狸の森の大人たちや
長老はきちんと話しさえすれば子どもの考えでも頭ごなしに否定することなく、
聞いてくれましたから。
「……そうかしら」
満はどこか疑わしそうです。
「きっとそうだよ。だからまず、その『シャイニールミナス』を何とかしようよ。
 どんな人なの?」
「それは……」
満と薫がゆっくりと首を廻らします。二人の視線は共にのぞみの家の一角、
なぎさ達がいるはずの部屋に向けられていました。
「……まさか……!?」
二人の様子を見た舞が恐る恐る尋ねます。なぎさとほのかの話を聞いてから、
満と薫が二人きりになるためにここにやって来た理由が舞にはわかってしまったような
気がしました。
「……え、どういうこと?」
咲はきょとんとした表情で満と薫、舞の顔を見比べています。
「……シャイニールミナスは人間の赤ちゃんの姿をしていると聞いているわ。
 光り輝く赤ちゃんだって……」
薫が淡々と咲に答えます。えっ、と咲は大きな声を出しました。
「それって……ひかり!?」
「多分ね。あの二人からあの子を奪おうとしていたのが誰なのかは分からないけれど、
 私たちと似たような目的で動いている可能性はわるわ」
満は咲にそう答え、あの二人も大変ねと他人事のように思いました。
ひかりを奪おうとする人たちの手からここに逃れついたと思ったら、
ここにもまたひかりを狙う存在がいたのですから。一難去ってまた一難とはきっと
こういうことでした。

「どうすればいいと思う?」
少し意地悪な気持ちで満は咲に尋ねます。「力ずくで奪い取る」という結論を
咲が出すはずはありません。しかし、それならそれで、どういう考え方をするか興味が
ありました。

「なぎささん達に相談してみようよ」
咲はあまり悩みませんでした。「え?」と満が問い返すと、咲はもう一度繰り返します。
その表情に迷いは微塵も感じられませんでした。
「なぎささん達に相談してみようよ。ひかりさんが満と薫の森を甦らせる力を持っている
 みたいだから、力を貸してくださいって」
「でも……そんなこと言っても、聞き入れてもらえるとは……」
「でもさ、だからって黙ってひかりを連れて行くわけにはいかないでしょ?」
咲は当然のように答えます。
「だから話して、相談してみようよ!」
「……私も、そうした方がいいと思うわ」
舞も咲に賛成して「ね?」と薫の手を取ります。なぎさ達が居る部屋は静まり返っていました。


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